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ドラマ「半沢直樹」のラストシーンに思う小林一三の名言
実は私・・・、今流行の「あまちゃん」「半沢直樹」「ショムニ」も、どれも見てませんで、まったく流行についていけておりません。
唯一、見ているのは「八重の桜」だけですが、これも最近は単なる同志社の宣伝動画みたいになってきてますので(企業のHP内にありそうな創業物語動画みたいな・・・。)、西南戦争の回も終わっちゃったし、このままの流れなら見なくなるでしょうね。
この点で、以前、「歴史ドラマは中央の有名人が絡まないと、単なる地方の郷土史になってしまう。それだと関係ない地方の人には興味が持てない」と言った人がいましたが、確かにそういう傾向はあるんでしょうね。
そう考えれば、良い悪いではなく、明治の頃に地方の学校に在籍していた人が誰かなんて、普通はなかなか興味を維持してもらうのは難しいですよ。
何かしらスパイスを活かさないと・・・。

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ただ、そうは言っても、家族は見てますので、時々、私の意志には関わりなく点いている時があり・・・。
従って細切れには見ているので、何となくストーリーは頭に入っております。
で、昨日もたまたま、食卓でドラマ「半沢直樹」が点いており、最終回だけ、別に見るともなしに見てしまいました。

で、その最終回の最後のラストシーンですが、これを見たうちのガキが「何で?さっぱりわからん」を連発しておりました。
でも、私的にはバレバレでしたよ。
ドラマ特有のどんでん返し・・・という観点から言えば、少し引っ張りすぎましたね。
もう少し、前振りなしに、いきなり結論のシーンに飛んでも良かったんじゃないですか?

で、そのことはさて置いて、このラストの展開、他にも結構、「なぜ、こうなるのかわからない」という声がありましたので、少し解説しますと、こういう人事は昭和の財界人事では実際にあったことのようですよ。
つまり、主人公の半沢くんは非常に良くやったんですが・・・(やり過ぎた?まあ、ドラマですからね(笑)。)、その行為はある意味、スタンドプレーでもあり、追い落とされる側はもとより、それ以外の人たちの中にも快く思わない人も多いわけです。
となれば、仮に彼を取り立てるにしても一度、冷や飯を食わせてからでないと周囲が納得しないし、何より、本人も増長する・・・と。
その人が左遷先で懸命にやれば、戻されて出世コースに乗ることもあるでしょうが、「何で俺が」とか、「話が違う」などと言って腐ってれば、それまでなわけです。
阪急の創始者・小林一三翁の言葉に「下足番を命じられたら、 日本一の下足番になってみろ。 そうしたら、 誰も君を下足番にしておかぬ」という物がありますが、早く、それに気づくかどうかでしょうね。

つまり、半沢くんは上から見られているわけで、後は「半沢直樹2」で述べられるんじゃないですか。
最終回しか見てない私が偉そうなに言うことではいんですけどね(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-09-23 07:44 | 経済・マネジメント | Trackback(1) | Comments(2)

田中マーくんとバレンティンの記録更新に見る記録の意義
e0027240_16213792.jpg先日、遂にヤクルトスワローズのバレンティン選手が王貞治、T・ローズ、A・カブレラの各氏が持つ本塁打シーズン記録55本を抜きましたよね。
同選手は三冠王の可能性も含め、その後も順調に記録を伸ばし続けていますから、最終的には65本くらいは打つのではないかと思ってますが、ただ、この記録に関しては、他の記録と違い、何か、日本球界記録の象徴的な感じを持つ人があるようで、それがこれまでの外国人選手による記録更新を阻んできたことも事実なのでしょう。

外国人選手に対する「差別」の端緒は、昭和40年(1965年)の阪急ブレーブスのD・スペンサーに対するそれでしょうか。
スペンサーはこの年、南海ホークスの野村克也選手と激しい三冠王争いを繰り広げたものの、同じタイトルをとらせるなら日本人である野村に・・・という思いが球界全体にあったようで、8打席連続で歩かされたり、(9打席目、敬遠球を無理矢理打ったことで連続四球は8打席で終わったとか。)野村選手が所属する南海との対戦では、スペンサーはバット逆さまに構えて打席に立つという抗議行動に出たものの、南海はそれでも敬遠した・・・などという話が伝わっているほどに露骨だったようです。

ただ、当時は戦後まだ20年ですから、昨日までの交戦国ということもあり、やむを得ないものがあったのでしょうが、以来、半世紀近く、通算打率、三冠王、名球会入り・・・と外国人選手に対するアレルギーもかなり薄まってきたように思える時代となった・・・ということも記録更新の背景にはあるのかもしれません。
その意味では、バースの時もローズの時も自らの記録を更新される側の立場で監督として対戦することになった王さんは、「私は何の指示もしていない」と言ってましたが、「そりゃないよ!」って思いましたよ。
この件については何度か触れていたと思いますが、誰だって、上司の機嫌損ねるようなことはしたくないわけで、王さんは明確に勝負を指示するべきですよ。
それをしなかった以上、王さんにも暗黙の指示があったと言われても仕方ないわけで・・・。
王さんは自分の記録だからこそ、余計にそうするべきだったと思いますよ。
おそらく、指示していても現場は歩かせるかもしれず、そういう時は自らマウンドまで行って、「勝負しろ!勝負して、打ち取れ!」と発破をかけるべきで・・・。

今回も張本勲氏などは、「抜いてほしくない。日本人の記録だから」と言ってましたが、既に韓国で抜かれているわけで、その意味ではバレンティンに抜いてもらうのが、日韓双方にとっても良いことなんじゃないの・・・と(笑)。
ちなみに、記録の神様の宇佐美徹也さんが、「記録を時代で比べるのは無意味。記録でわかることはその時代での突出度」だと言ってましたが、まったくそのとおりだと思いますね。
実際、福岡人的に言えば、田中まーくん20連勝稲尾和久さんは1ヶ月で達成してますからね(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-09-19 07:56 | スポーツ | Trackback(1) | Comments(4)

太宰府の名花「おいっしゃん」の伝説
先日、太宰府九州国立博物館に行った帰り、久々に「お石茶屋」に行ってきました。
ここは太宰府天満宮の一番奥まった所にあるお休み処なのですが、今となっては知る人ぞ知る・・・・という伝説を持つお店なんです。

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ll>まあ、天満宮を訪れた人で、わざわざ、ここまで訪ね来る人は少ないでしょうね。

e0027240_17353654.jpgこの日も、ここに至る道はしっかり工事中のクレーン車が塞いでおり、一瞬、もう無くなったか・・・と覚悟したほどでしたが、でも、他店の軒先の道無き道を行くと・・・、しっかり開いてました。
つまり、こういう扱いをされるポジションにある・・・というわけです。
が、それでも私が行った時間は昼飯時を外していたのですが、にも関わらず、結構、お客さんは入ってましたね。
私的には少し意外だったのですが、まだ、おいっしゃんの伝説は生きているということなのでしょうか。

で、この店の店名にもなっている「お石」とは、大正から昭和にかけて、世の名だたる男たちをことごとく魅了した美人女将の名で、博多では「さん」が訛って「しゃん」になるので、「おいしさん」が訛って「おいっしゃん」として、私の父の時代くらいまでは男と名がつく生き物であれば、知らぬ人はいないと言われたほどの美人だったそうです。

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事実、佐藤栄作元首相は運輸省国鉄二日市駅長時代は毎日通い、総理になってから後も事あるごとに足を運んだと言われ、また、麻生太郎氏の曽祖父はこの人が回り道しなくてすむようにトンネルをプレゼントしたなどと噂されたほど。
他にも女将目当てにこの店に足を運んだのは、高松宮殿下、田山花袋、野口雨情、根津嘉一郎、犬養毅、松岡洋右、松永安左エ門・・・などなど、多士済々の顔ぶれ。
でも、私が生まれたくらいの頃までは「鯉取りまあしゃん」「おいっしゃん」は知らん奴はおらんと言われたほどの地元の有名人だったんですが、今となってはさすがにもう、知る人ぞ知る・・・って感じになってます。

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で、この「おいっしゃん」。
店には中年期以降くらいの写真が飾ってありましたが、確かに若い頃は綺麗だったんだろうな・・・という感じでしたが、決して小柄な人ではなかったそうで、今なら、間違いなくモデルさんとして引っ張りだこだったでしょうね。
また、性格も体格同様、大らかな性格で人に好かれたとか。
兵どもが夢の跡・・・ですな。
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-09-18 18:30 | 地域 | Trackback | Comments(0)

九州国立博物館「中国 王朝の至宝展」行ってきました。
福岡県太宰府市にある九州国立博物館です。

e0027240_144507.jpg

何をしに行ったかというと、今、「日中国交正常化40周年特別展 【中国 王朝の至宝】展」が開催されており、これはやはり、マニアとしては行かないかんやろう・・・と。

e0027240_1448234.jpg特に、の青銅の仮面は一度見てみたいと思っていたんですよ。
(←右下に写っている物です。)

(今では「商」というそうですね。)に滅ぼされた古代中国の地方文明だと言われていますが、これ一つ見ても、まったく他のどの時代のどの文明とも違う、異質な文化を持っていたことが伺われますよね。
殷の覇権確立が進む途次であったとはいえ、当時の中国大陸には国ごとに種々多様な文明が花開いていたことを雄弁に物語っていると思います。

この蜀はまったく異質な文明を持つ殷に滅ぼされたわけですが、これはある意味、国家間の覇権争いもながら、一面には異質な文明同士の文明標準化への主導権争いだったという見方も出来るのではないでしょうか。

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もっとも、そうは言ってもそこは古代のこと、この青銅の仮面も火にかけられ、地中に埋められていたということも聞きましたが、これなどは敗者に対する勝者からの徹底した文明破壊が行われたことの証でしょう。
後に、殷滅亡に際して蜀は次の覇者となる周王朝の陣営に馳せ参じて、強大な殷に立ち向かったと言われていることも、殷への怨みがどれほど激しかったかを裏付けているようにも思えます。

ちなみに、この青銅の仮面ですが、「仮面」と言いながらも、大きさは一抱えあり、見た限り、かなり硬くて重そうな材質に見えました。
これって、焼けるとそんな感じになるんですかね?
それとも、ただの青銅器じゃないとか?
また、裏側の一部に微妙に左右対称になっていない部分があったのはなぜでしょうか?
破壊される時にそうなったという可能性があることはわかるのですが、だとすれば、復元できないほどに硬かったということでしょうか?

e0027240_1527303.jpg

・・・などなど、出来れば、触って、抱きしめて、頬ずりもしてみたかったマニアでした(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-09-08 18:24 | 文学芸術 | Trackback | Comments(0)

マーくん20連勝の日に摂津15勝の土橋正幸逝去を悼む
昨日、マーくんこと、楽天田中将大投手が日本ハム戦に先発して開幕20連勝を飾り、昭和32年(1957年)の西鉄ライオンズの「鉄腕」稲尾和久氏のシーズン20連勝のプロ野球記録に並んだ・・・と。
無敗でのシーズン20勝到達は史上初めてで、昨年からの連勝記録24を更新、さらに、ルーブ・マーカード(ジャイアンツ)が記録した開幕19連勝の世界記録も101年ぶりに更新だとか・・・。

e0027240_139789.jpg
(↑福岡人的には新聞の見出しに「稲尾」の文字が並ぶと、それだけで少しウルウルっときてしまいます。ちなみに、福岡では今だに、「稲尾」ではなく、「稲尾さん」です。)

で、実は昨日は、マーくんの陰に隠れてまったく注目されませんでしたが、福岡ソフトバンクホークス攝津正投手も15勝目を挙げたんですよね。
つまり、彼は例年ならてっぺんにいる数字を残してるんですよ。
ところが、今年に限っては、上にちょっと異常な数字を残している選手がいるという「不運」があるわけで・・・。
この点で、私には思い起こされたことがあります。
それが、先頃、亡くなった往年の東映フライヤーズの名投手・土橋正幸氏の存在でした。

土橋氏は通算162勝を上げ、また、1試合での奪三振記録を打ち立てるなど、当時を代表する名投手だったわけですが、どういうわけか個人タイトルには縁がなく、特に私が生まれた昭和36年(1961年)にはパ・リーグ唯一の30勝台である30勝に加え、防御率1.90という成績を残したにも関わらず・・・です。
なぜか?この年、30勝台はいなかったけど、40勝台がいたんですね。
それが、日本記録の42勝を上げ、防御率も1.69、さらに、14敗もしていながら勝率一位も獲得してタイトルを独占した、福岡人をして「神様仏様稲尾様」と呼ばしめた稲尾和久投手の存在です。

もっとも、それほどに日本記録を更新し、投手のタイトルを総なめにしたにも関わらず、稲尾さんは1つだけ、あって当然のタイトルを逃しております。
それが、「最高殊勲選手賞」(現在は最優秀選手賞)、すなわち、M.V.P
この年、これだけの活躍をしたにも関わらず、M.V.Pは優勝した南海ホークスの野村克也氏が獲得。
(この年、野村さんが獲得したタイトルは本塁打王(29本)だけ。打率に至ってはベスト10にも入らない.291・・・。)

今ではちょっと考えられないことですが、当時は「優勝チームから選出」という制約があったそうで、2年後の昭和38年(1963年)に西鉄が優勝した際には今度はこの制約が外されいたことから、28勝を挙げた稲尾さんではなく、当時のプロ野球新記録となる52本塁打を記録した野村さんが選ばれた・・・と。
おそらく、当時の西鉄ファンは皆、釈然としないものを感じたんじゃないですかね。
まあ、ともあれ、兵どもが夢の跡、土橋翁が逝ったこの年、田中マーくんが次々に稲尾さんの記録を更新し、摂津が霞んでしまう・・・というのも、いささか、因縁めいたものを感じるわけです。
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-09-07 07:17 | スポーツ | Trackback | Comments(2)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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