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再びの自己満足シリーズ 那の名流・鉢の底川 その17
昨日の続きです。

突然ですが、鉢の底川はここ(↓)で途切れます。

e0027240_17211989.jpg

この先はどうなっているのかはまったくわかりません。
左へ曲がって、マンホールに流れ込んで那珂川に注いでいるのか、あるいは右へ曲がって御笠川に注いでいるのか。
距離的には那珂川の方が近いのですが、そちらには間に新幹線JRなどが走っており、さらに、その先にも水路らしきものは見られません。
対して、御笠川の方は距離は遠いものの、途中、遮るような物はなく、少し先から水路が顔を出しています。

ともあれ、現在、どちらの方へ排水されているかを確かめるのは本来の目的ではありませんので、それは捨ておき、かつて、流れていた方向(↓)へ足を進めてみることにしました。

e0027240_17281592.jpg

すると、その先はまだ、しっかり蛇行しながら、これ(↓)に出ます。

e0027240_17302220.jpg

もちろん、私は子供の頃からよく知っている美野島宮島の交差点を結ぶ立体交差、宮島跨道橋です。

e0027240_17313127.jpgで、改めて考えてみると、これは国鉄博多駅が現在地に移転したことに伴い、国鉄線路を道路が交わす目的で出来たはずで、だとすれば、博多駅が移転したのが昭和38年・・・。
私の記憶では、確か、小学校に上がった頃にあったはずだぞ・・・と。

で、そこまで考えて、思わず、「あ、これを作ったから、鉢の底川はここから先を潰したのか・・・」と。
つまり、これを作ったからここまで暗渠で来た川を、東か西に逃さなければならなかったわけで・・・。

逆に下流は、上流からもう、水が流れてこない以上、もう、暗渠にする必要もなかった・・・というわけですね。
まあ、確かにそう言われてみれば・・・と。

次回に続きます。
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-06-29 18:20 | 地域 | Trackback | Comments(4)

再びの自己満足シリーズ 那の名流・鉢の底川 その16
昨日の続きです。

e0027240_1956111.jpg

(↑先の道路で突然、暗渠が途切れているのがお分かり戴けると思います。)

e0027240_18322191.jpgここで再び、地図です。
もう、ここら辺からはもう、中流域と言ってもいいでしょうね。
(何度も申しますが、右下が上流、左上が下流です。)
右下から暗渠となって続いてきた鉢の底川も、立体交差下で綺麗に途切れます。
それが地図右下にある大通り部分です。

地図で見ると、すぐに右方向に続いていることがわかりそうに思えるのですが、現地ではこの時、「もはや、これまでか!」と思いましたよ。

e0027240_18315829.jpgで、立体交差の向こう側に出てみると、しっかり蛇行している道(←)があるじゃないですか。
しかも、よく見れば右にはしっかり暗渠の跡も繋がっているし・・・。
(すぐに気付けよ・・・と言われそうですが、これも現地では、よく見たら気づいた・・・って感じでして。嗚呼、我が身の愚鈍が嘆かわしい(涙!)。)
で、立体交差の下で、一旦、右45°に進路を変えた鉢の底川はここからは再び、地図で見るとほぼ直線に見えるものの、実際には蛇行(↓)しながらの直進を続けます。

e0027240_1904286.jpg


e0027240_194181.jpgで、当初の私の思惑を超えて、川(←)は意外にも私の中学校校区にまで入りました。

私の地元、博多駅前地区は、早くからオフィス街化に伴うドーナツ化現象により、過疎化が進んでいたのですが、ここ、博多駅南地区は昔はまだ、結構人が住んでおり、特に、この辺は我々、博多駅前地区の人間から見れば、人がたくさん住んでいた・・・という印象でした。
でも、今ではそれが往時の活気は見る影もないほど、すっかり寂れた街になってしまいました。

(昔はこの辺は、夕方になると、通りに「バンコ」と呼ばれる材木を適当に打ち付けただけの簡易な長椅子を出して、ステテコ姿のおじさんたちが夕涼みをする・・・といった、古き良き光景がまだ見られたのですけどねぇ。)

ということで、この後、衝撃の展開は次回に続く・・・のココロだぁ。
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-06-28 19:17 | 地域 | Trackback | Comments(2)

再びの自己満足シリーズ 那の名流・鉢の底川 その15
昨日の続きです。

一直線にビール工場の横を走っていった鉢の底川は、敷地の終わりが近づくと共にここ(↓)に至ります。

e0027240_12384072.jpg

(↑左上にわずかに見えている道路にご注目ください。本当はもう少し大写しに出来れば良いんですが、色々と余計な物が写り込んでしまうため・・・。)

e0027240_1212854.jpg

ここで、再び、道路の下に潜り込むわけですが、残念ながら、この先、道路の向こうに川面の姿は見られません。
「はて・・・」と思いつつ、辺りを見回すと左45°方向に一本だけ、思いっきり、蛇行した道(↓)が・・・。

e0027240_12173545.jpg

歩道部分は明らかに暗渠となっているようで、「あ、これだ」・・・と。
暗渠はそのまま、博多~新博多駅間を走る九州新幹線脇の沿道に合流します。

e0027240_12233274.jpg

(↑左に見えているのが新幹線橋脚とその沿道。奥に見える住宅を挟んで歩道が走るという、明らかに不自然な地形。つまり、元々、鉢の底川沿いに家が建っていたところへ、後から、新幹線が走り、沿道が敷かれた・・・と。)

e0027240_12373688.jpg

で、再び、ここ(↑)の立体交差の下で暗渠は完全に途切れます。
もはや、ここまでか・・・と思いつつ、とりあえず、立体交差の向こうを見てみることに・・・。

次回に続きます。
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-06-26 07:42 | 地域 | Trackback | Comments(4)

再びの自己満足シリーズ 那の名流・鉢の底川 その14
昨日の続きです。

つまり、ここまで流れてきた鉢の底川大日本麦酒(現アサヒビール)の工場が出来ることによって、それまでの流れを強引に直角に曲げられて左折し、工場の周縁を周るように流れを変えられてしまった・・・と言いたいところですが、もっとも、こういう物を建てる所はそれなりに元々、土地はしっかりしていたと考えられ、工場の有無に関わりなく、小丘に突き当たって流れを変えていたのを敷地に沿って整備したとも考えられます。

e0027240_16322066.jpg

いずれにしても、川はここ(↑)で2つに分けられ、そのまま、ここ(↓)へ流れ込みます。
e0027240_15574538.jpg

で、この橋の下をくぐった先で右側は直進、左側は取水口のような物の中(↓)へと消えていきます。

e0027240_1626169.jpg

おそらく、ビール工場が川を2つに分ける為の請願工事を行ったのは、それまで、下流の田畑を潤していた鉢の底川の水をビール醸造のために分流する目的で、つまりは当時はそれほどに川の水は清らかだったということなのでしょう。
もっとも、これにより、水量が減ることになる下流の住人からは激しい抵抗があったことが予想されますが。

ちなみに、この請願工事が竣工した昭和14年と言えば、日本はソ連ノモンハンで軍事衝突を起こしており、2年後には太平洋戦争が勃発するわけで、実際、この12月には白米禁止令やら木炭の配給実施やら、世相はビールどころではなくなりつつあったことは間違いなく、おそらくは反対運動で遅れに遅れてこの年になったということだったと。

e0027240_17131493.jpgちなみに、これより24年後の昭和38年に現博多駅の先代の博多駅が竣工するわけですが、これも年が押し迫った12月のことで、農民の反対運動で遅れに遅れた結果だったそうですから、年末の「12月竣工」ということ自体、何やら、そういうことを思わせます。
ちなみに、その博多駅の移転新築計画が最初に持ちだされたのも、この昭和14年だったそうですから、何やら因縁めいた話ではあります。

で、本流はそのまま、一直線に先に進みます。

ちなみに(くどい?(笑)。)、ビール工場に注ぎ込んだ川は当然、今の水質では使われていないのだろうと思いますが(あるいは、浄水して使っているのかもしれませんが。)、こちらの先のことはまた、後日。

次回に続きます。
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-06-25 17:54 | 地域 | Trackback | Comments(0)

再びの自己満足シリーズ 那の名流・鉢の底川 その13
大変、間が開いてしまいましたが、前回の続きです。

どこまで書いたか忘れたのですが、まあ、こういう(↓)所を抜け、こういう状態で鉢の底川は下っていきます。

e0027240_1830354.jpg

水はまったく溜まっておりませんで、つまり、明らかにこの辺が、底上げされて、川上へ排水されるようになった一番、高い部分だということです。

e0027240_1832965.jpg

で、ここで、前回提示した地図をご覧頂きたいのですが、私が点線を引いている箇所がありますよね。
それまで割合、まっすぐ流れてきた川が突然、直角に曲がり、さらにその先で再び、直角に曲がっており、これは地図を見るまでもなく、人為的な物が加わっているのではないかと思われる部分であり、本来はこういうふうに流れていたのではないか・・・と私が推測して書き込んだものです。
で、その部分がこちら(↓)。

e0027240_18325511.jpg

ほぼ、直角に曲がってますよね。

e0027240_1848294.jpg

で、そのまま川を下って行く(↑)と、その先に、なぜそうなったのかの謂れが何となく見えてきます。

e0027240_18501022.jpg

それがこれ(↑)です。
「大日本麦酒株式会社請願工事 昭和十四年十二月竣工」と書いてあります。
大日本麦酒とは今のアサヒビールのことで、今も、福岡市内で唯一のビール工場として稼働しており、工場に隣接した「アサヒビール園博多店」で知られております。
つまり、先ほどの直角に曲がっている先(直進方向)にはビール工場があるわけで、そこの請願工事との表記があるわけです。

次回に続きます。
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-06-24 19:27 | 地域 | Trackback | Comments(2)

体育会系薩摩藩士が見た長州の同志的放言

慶応2年(1866年)、坂本龍馬、中岡慎太郎らの仲介の下、薩長同盟締結を目指す薩摩藩は長州藩に対し、使者として28歳の薩摩藩士・黒田清隆(後の内閣総理大臣)を送り込みます。
到着後、大坂での薩摩の西郷隆盛との長州の桂 小五郎(木戸孝允)との対面を提案したところ、慎重居士の桂は逡巡する姿勢を見せたそうで、すると、この時、同席していた長州側の主要人物の一人で桂の6歳年下になる高杉晋作が、桂に対し、「桂一人死んでも長州が滅びるわけではあるまい」と、まるで、尻を叩くかのように言い放ったとか。
体育会系である薩摩藩では、下っ端の黒田君が12歳上の西郷先輩や10歳上の大久保利通先輩らに対して、「西郷や大久保が一人死んだくらいで・・・」などいうような発言は絶対にあり得ないことだったそうで、黒田はこれには本当に驚いたそうです。
(ちなみに、高杉は黒田の1歳年上。)

これに対し、桂はしばらく熟考した後、「よし、行こう」と、上方行きを決意する・・・と。
この辺の経緯を桂は「主命下るによりやむなく・・・」と記しているそうですが、実際には桂自身の意思と判断によって上方行きを決意したわけで、この辺のやりとりを見ていた黒田清隆は、「余計なことは考えずに黙って行けばいいんだ」という薩摩方式よりも、「自分で考えて納得して行く」長州方式の方を是とすべきなのではないか・・・と考えるようになったと言われています。
つまり、下級生であっても自分で納得して決めるというプロセスを抜かさないということですね。

この点で、私の知人にも典型的体育会系の人がいて、上からのウケは良い反面、下からは「上から言われたことに盲従するのではなく、少しは現場の現実を上に言ってください」などいう反発もあるとか。
彼の論理としては、「自分もその役職の時は上から言われることには黙って従ったのだから、彼らもその役職になった以上は従うのが当たり前」というもののようですが、でも、すべての人が彼のような体育会系上がりではないわけで・・・。
で、別の体育会系の友人にこの話をすると、「体育会系というのはそういうものじゃない。最後は実力なんだ」と言いますが、でも、実力と言っても、「数字で評価できない部署にいる人達にそれをどう当てはめるの?ペーパーテストでもさせるの?」・・・と。

残念ながら、黒田という人は酒乱で、酔って夫人を殺害したなどと言われるくらいに、あまり、良い印象を持たれていない人ですが、、体育会系で育ってきた人でありながら、違う考え方を認める辺り、やはり、見識はさすがに立派なものを持っていたようですね。
                               平太独白
by heitaroh | 2013-06-07 07:53 | 歴史 | Trackback | Comments(4)

再びの自己満足シリーズ 那の名流・鉢の底川 その12
昨日の続きです。

で、上流の方の拡大図(↓)です。

e0027240_1740563.jpg

くどいようですが、下(南)が上流ですね。

これを見ると、中央下付近、源流からほど近い所で一本、東方向に分岐している川がありますよね。
確か、何かで、18世紀半ばに豊田徳作翁によって番托井堰が石造りとなった際、同時に、那珂川御笠川(当時は石堂川)を開通させる工事をしたと見たような気がしていたのですが、おそらく、これが、翁が引いた水路で、そのまま、東側を流れている御笠川に注いでいます。

e0027240_17405112.jpg

この部分がこれ(↑)で、右から左へと流れている鉢の底川から、住宅の塀で右側っへと枝分かれしている水路が豊田翁掘削による水路です。
さらに、農繁期にはそちらの方へ水をたくさん流す必要があったからか、鉢の底川の方に水を堰き止める装置も見えます。
この辺の事はまた、改めて触れるとして、そのまま、鉢の底川を辿ります。

e0027240_17474597.jpg

豊田翁の水路を右手に見ながら、川は直進します。
(手前に見えているのが、その部分の堰です。)

e0027240_17562249.jpg

で、川はまたしても、ここ(↑)で、道を道連れにすること無く、独り、何処かへ・・・。

e0027240_17573947.jpg

やむなく、回り道をして、川の抜けたであろう方向を探すと、団地の横を抜け、こちら(↑)へと抜けておりました。

e0027240_17593677.jpg

もう、この辺になると殆ど水は溜まっておらず、おそらく、市街地化が進んだ時点で生活排水を流すために川底を上げ、逆に上流の方向へと水を流す工事をしたのではないでしょうか。
川底盛り上げ工事自体は、勾配の関係でそれを行える距離には限りがあり、ここより先はこれまで通り、下流へと流すようになっているのでは・・・と推察いたします。

次回へ続きますが、多忙のため、しばらく、先送りになると思います。
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-06-05 18:38 | 地域 | Trackback | Comments(0)

再びの自己満足シリーズ 那の名流・鉢の底川 その11
既に、気がつけば、しっかり6月に食い込んいる・・・。
何か書かなきゃ・・・と思いつつも、毎日、多忙さに追われ、日が暮れる頃にはぐったりでして・・・。
やはり、年はごまかせません。
ということで、取り急ぎ、このシリーズの続きです。

e0027240_1913976.jpg

鉢の底川はJR鹿児島本線の下をくぐった後、以前、申し上げた地禄神社の前をまるで堀であるかのようにかすめ(↑)、ここ(↓)に出ます。

e0027240_1931716.jpg

ご覧のとおり、宅地と宅地の間を流れ、人が辿る道がありません。

e0027240_19122310.jpg何が言いたいかというと、結構、こういう状態の所が多く、川を辿っていくということはそれほど簡単では無いということです。
ここの場合は、すぐに向こうがわかりましたので(←)、苦労はありませんでしたが・・・。

さておき、川が入っていっている上は最近出来た片側二車線の大通り(?)です。
鉢の底川はここも下をかいくぐり、道の向こうへと出ます。
(もう、地面の下は実際のところ、どうなっているかはわかりません。)

e0027240_18571832.jpg

ちなみに、この大通り沿いに初回の項でも申し上げたが那珂八幡宮(↑)があります。
大体の位置関係がおわかりいただけたでしょうか?

e0027240_19263875.jpg

その後、大通りを渡った向こうで、いきなり、水量がまた、少なくなっておりましたが、ただ、こちらはそもそもの川の深さ自体も極端に浅くなっておりました(↑)。

頑張って次回に続く。
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-06-04 19:43 | 地域 | Trackback | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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