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歴史に残る今年の大河ドラマを語って今年を終えるの巻。
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先ほど、ちと、所用があり、福岡城の近くまで行って来たのですが、福岡市内では、この冬初めて(?)のが舞いました。
まあ、東日本の皆さんに比べれば、ちゃんちゃらおかしいというような雪なんでしょうけどね。

ところで、私の今年一年はと言えば、とにかく、「忙しい」の一言につきました。
今も、年末年始は関係無いですよ。
むしろ、この間にどれだけ、こなせるかなと危惧しているくらいでして・・・。

「仕事中 普通に聞いてる 除夜の鐘」 梁庵平太

さすがに、そんなことにはならないだろうとは思っているのですが・・・。

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最後に、著しい不評に終わった今年の大河ドラマ「平清盛」に敬意を評して、壇ノ浦こと、関門海峡の画像です。

本当は壇ノ浦の戦いの回ではもう少し、取り上げてみたかったのですが、あまりにもその部分はあっさり終わってしまいましたので・・・(笑)。
ちなみに、このドラマは前半はあまりにもつまらなくて、結構、早送りで見ていたのですが、後半は割りと面白かったですよ。
やはり、こういう物は、スタートダッシュで躓くと、その後、盛り返すのは容易ではないということなんでしょうね。

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(↑平知盛?だったかの墓を祀る神社。)

で、私がもっとも、落胆したのはこのドラマが「清盛落胤説」を採っていたことでした。
「龍馬伝」がかつての、「竜馬がゆく」と異なり、それなりに、大筋の部分では史実を取り込んでいたので、結構、期待していたんですけど、落胤説も含め、多くが、「新・平家物語」そのままでして・・・。
まあ、落胤説については、天皇家に弓引いた人を採り上げているわけですから、現代でも未だに何かと難しい人たちを刺激することを考えれば、壬申の乱同様に、天皇家同士の諍いということにする必要があったのでしょう。
でも、理解できないのが、わざわざ、同性愛だの、不倫だの、果ては近親相姦もどきのような物まで入れる必要があったのかということです。
ま、そうは言っても、ある意味、不評という点では歴史に残る大河ドラマとなったわけで、中途半端ではないところは「らしい」といえるのかもしれませんね。

ということで、どなた様も今年一年、お世話になりました。
良いお年をお迎えください。

親愛なるアッティクスへ
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-12-31 12:49 | 文学芸術 | Trackback(1) | Comments(2)

「甲斐甲斐し 師走の甲斐も 甲斐があり」師走山梨 その4
先日の続きです。

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甲府で泊まった宿はその名もズバリ、「要害」・・・。

何で又、こんな恐ろしげな名前を・・・と、普通の人なら思うところでしょうが、そこはマニアですから名前を聞いただけで心ウキウキ(笑)、・・・そして、ピンと来ました。
「もしや、要害山城の絡みなのでは・・・」と。

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(↑上は旅館から見た夜景、下は翌朝の甲府盆地にかかる朝もやです。九州人にはなかなかに新鮮でした。)

要害山城(ようがいやまじょう)は、武田信玄の居館として知られる躑躅ヶ崎館の背後に位置する緊急避難用の山城のことで、行ってみたら、やはり、その「要害」でした。
巷間、信玄といえば、「人は城、人は石垣」と言って、簡素な居館に住み、終生、城を構えなかったと言われていますが、実はあれは間違いでして、平素は住みやすい平地に住み、緊急の時だけ裏にある要害山城に籠もる、つまり、館城一体の構造となっていたわけです。
それに、第一、あの館を作ったのは信玄ではなく、その父、武田信虎ですからね・・・。

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それにしても、昨年、栃木県に居た時も同じようなことを思いましたが、福岡で見るのと違い、山梨県の風景もすべてに色が物凄く鮮明なんですよ。

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そうそう、残雪というのも、同じく、昨年4月に那須日光のそれがとても新鮮に感じられたのを思い出しました。

なかなか、本題に行き着きませんが、続きは明日のココロだ~と言いつつ、あるいは続きは年明けになるかもしれませんけどね。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-12-29 07:30 | 地域 | Trackback | Comments(0)

「甲斐甲斐し 師走の甲斐も 甲斐があり」師走山梨 その3
先週の続きです。
年末で、どうにも気ぜわしく、本当はこういうことをやっている雰囲気ではないのですが・・・。

e0027240_1641489.jpgで、甲府城を出て、まだ、少し時間があったので向かったのがこちら(←)。
甲府五山の一つで、武田信玄の母、大井夫人の墓所を祀る長禅寺です。

で、なぜ、ここに行ったかというと、それはひとえに駅から近かったからでして・・・、正直、それほど期待していたわけではなかったのですが、行ってみたら、楼門はあるわ、五重塔、三重塔はあるわで、その威容にびっくり。
いくら、武田家ゆかりの名刹だと言っても、な甲府藩主の墓所というわけでもなく、参拝客で門前市を成しているわけでもいのにこの壮観さ・・・。

e0027240_17313129.jpg私としてはどうにも腑に落ちぬものがあったのですが、大井夫人の墓所に詣でる途中(←)、婦人の墓よりも遥かに立派な、まるで、大名家の墓か・・・と思わせるような立派な墓の一群が目に止まりました。

「はて?」・・・と。
徳川家一門の墓でないまでも、徳川幕府五代将軍・徳川綱吉時代に権勢を振るった柳沢吉保家などの物であれば、まだ、何かそれらしい立て看板の一つもあって良さそうなもののように思えたのですが、「大井夫人墓所」以外、皆無でして・・・。

e0027240_1746488.jpgで、その一群の、明らかに他とは別格の墓の前に行ってみましたところ・・・、「若尾」という姓が目に止まりました。
「あ、もしや、若尾逸平の一族か!」と。
若尾逸平と言えば、初代甲府市市長・・・というよりも、現在の東京電力の創業に携わった人物で、東武鉄道の根津嘉一郎、日本製粉の雨宮敬次郎らとともに山梨県出身の財界人集団、「甲州財閥」の中核を為した人物です。
(←若尾家等墓所群から見た五重塔。若尾家による寄進でしょうか。)

まあ、若尾と聞いて、私が勝手に思っただけですので、実際のところはどうなのか知る由もありませんが、如何にもありそうな話だな・・・と。

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(↑廟の扉の前にかかっていたお椀。どういう意味があるのでしょうか・・・。)


また、明日へ続く・・・と思いますが、なかなか、時間の方がタイトになってきましたので、予定は未定です。

親愛なるアッティクスへ
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-12-26 18:11 | 地域 | Trackback | Comments(0)

「甲斐甲斐し 師走の甲斐も 甲斐があり」師走山梨 その2
昨日の続きです。

甲府到着がちょうど、昼頃でしたので、戴きましたよ。
放蕩・・・じゃなくて、宝刀・・・でもなく、山梨県名物のほうとう・・・(笑)。
ぺろりと2杯平らげ、次に向かった先が・・・県庁(↓)

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今でも、絵葉書にそのまま使えそうな佇まい・・・でしたが、なぜか、真ん中にどでかい煙突が立っており・・・。
誰に聞いても何のためにそこに立っているのか不明でした。
ゴミ燃やすだけなら、こんな、どでかい煙突はいらないでしょうし、文化財という程には古くないなあ・・・と。

で、県庁を抜けて次に向かったのが、その傍らにある甲府城

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恥ずかしながら、私は「武田家滅亡後、甲斐に入った徳川家康は武田家の躑躅ヶ崎館があった古府中ではなく、少し離れたこの地を新たな拠点とした」とは記憶しておりましたが・・・、また、確かに、江戸時代は江戸の背後ということで、徳川義直、徳川忠長、徳川綱豊(家宣)、柳沢吉保ら、徳川将軍家の信頼が厚い有力者が配されて来たという認識はありましたが・・・・、それでも太平の世のそれですから、城と言うよりも居館というような物を想像しており・・・。
甲府城がこんなに立派なものだとは知りませんでした。

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で、ここ、甲府城と我が、福岡市の福岡城との意外な共通点が幾つかあることに気づきました。
まず、甲府城の別名は「舞鶴城」だそうですが、実は福岡城も「舞鶴城」と言い、今では福岡城一帯を舞鶴公園などと呼んでおります。
次に、福岡城は我々が子供の頃は徳川家に遠慮して天守閣を作らなかった城・・・と聞かされていたのですが、最近の研究では「実は在ったけど、撤去した」・・・という意見が強くなってきているようです。
で、一方の甲府城ですが、聞けば、こちらも昔は「天守閣はなかった」となっていたそうですが、最近では天守台から地鎮祭をしたような遺構や鯱の瓦が出てきたので、実は在ったんじゃないのか・・・という意見が強くなってきているのだとか。

ちなみに、福岡藩祖・黒田長政は関ヶ原の戦い後に筑前を領有し、「筑前守」を名乗りますが、それまでは、官職名は「甲斐守」を名乗っており、長政死去後は宗家・福岡藩の当主が筑前守を、支藩・秋月藩の当主が「甲斐守」を名乗ることが多かったようです。
福岡と山梨、縁もゆかりもないようですが、意外に・・・。

また、いずれ続きます。

親愛なるアッティクスへ
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-12-22 07:41 | 地域 | Trackback | Comments(0)

「甲斐甲斐し 師走の甲斐も 甲斐があり」師走山梨 その1
e0027240_1938556.jpg先日、実は年末のこの忙しい時期に訳あって、山梨県まで行っておりました。
(←甲府駅前で見つけたモニュメント。瓶の中で鈍く輝く灯りはきっと綺麗だったんでしょうね。)

と言っても、大した意味があったわけではなく、とにかく、ここしばらくは多忙さも極まれりって感じで、とうとう、パンク状態になりつつあり、ならばと精神の均衡を保つ為にも、思い切ってどっか行こう・・・と。
ならば、年末になれば、少なくとも新規の仕事は言ってこないだろう・・・という読みの元、現実逃避を試みたわけなのですが・・・。
私の考えは甘かったことがすぐに露呈しました。

まず、多忙さの合間を見て、カバンに荷物を詰め込み始めた途端、出発のその日に仕事が入ってしまい、何とか前日にずらしてもらい、それをこなし、ほっと一安心して機上の人となったものの、羽田について携帯の電源を入れた瞬間、「今週中に良いですか?」の電話・・・。
今週っつったって、今日と明日だけじゃん・・・と絶句。
何とかお願いして後日にずらしてもらいましたけど、神様仏様観音様、頼むよ・・・って感じですよ・・・。

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でもって、山梨県ですが、福岡から山梨県というのは結構、行きづらい所なんですよね。
直行便がないから、一旦、東京に出なければならず、結局、移動で半日は潰れちゃうんで、ならばと思い切って、東京で一泊し、知己の皆々様と旧交を温めるべく、一献やって、翌朝から向かうことにしました。
で、今回の旅は結構、私にとっては「充足」という言葉がピッタリの印象深い旅となりまして・・・。

e0027240_2061068.jpgというのも、まず、山梨県に行くのは実は私は3回目なのですが、過去の2回はいずれも観光はしたものの、泊まりは隣県でして、泊まるのは初めて・・・ということ。
それから、良く、人から「取材ですか?」と聞かれるのですが、上述した通り、全くそんなつもりはなかったのですが、同行してくれた知己(←)のお気遣いにより、かねてより、行ってみたかったマニアの世界を堪能させて戴きましたので、結果的にそういうことになってしまいました(笑)。
この場を借りてこの背中深謝!

本当はこんなことやってる場合ではないことはわかってはいるんですが、とりあえず、明日に続く・・・と思うが予定は未定(笑)。

親愛なるアッティクスへ
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-12-21 20:27 | 地域 | Trackback | Comments(0)

マヤ暦世界滅亡説で騒然とする世界を嗤う麻疹経験者
e0027240_20233349.jpg今朝、朝起きたらテレビのニュースが「世界滅亡の噂に世界中が大変なことになっている」と伝えてました。
「マヤ暦12月21日世界滅亡説」だとか・・・。
そういう話があるのは私も知ってましたが、でも、「フランスで軍隊出動」とか、中国では「食料品の買いだめ」、「ノアの箱舟と称するシェルターが販売」から、さらには「悲観した男が刃物で児童に襲いかかった」などという話があり、ロシアでも同様の話があったことなどを聞けば、思わず本当かよ・・・と。

まあ、日本人的には何とも馬鹿馬鹿しい話なのですが、特に、中国とロシアで酷い・・・ということを誰か言ってましたが、それを聞いて、少し違う感慨を持ちました。

私が中学生の頃、日本でも「ノストラダムスの大予言」が流行りましたよね。
「1999年7の月、人類は滅亡する」ってやつ。
思えば、あれは確か、日本がオイルショックによって高度経済成長が終焉を迎えた3年後くらいの頃だったと思うのですが、当時、日本も「低成長時代到来」などと言われ、出口が見えない閉塞感が漂っていたように記憶しております。

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 (↑出口が見えない階段(笑)。)

今の中国やロシアが置かれている状況もそんな感じなのでしょうか。
で、結果、人間とは閉塞感に押し潰されそうになると、そういう極端な行動に走りがちになるのかな・・・と。
でも、まっさきにこういうのに踊りそうな日本人が意外に冷静というのも、結局はノストラダムスがまったくの迷言に過ぎなかったことを知ってしまったことが大きいのでしょうね。
その意味では、成長が止まって、これから大人になろうとしている人がかかりやすい「麻疹(はしか)」みたいなものなのかな・・・と。
でも、日本では自殺した人は居たけど、そこまでの騒ぎにはなりませんでしが、これもインターネット時代ゆえの弊害でしょうか。

親愛なるアッティクスへ
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-12-19 20:55 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)

吉祥寺なう。

吉祥寺なう。
吉祥寺といえば井の頭公園

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この年末の忙しいのに東京に来ています。

「武蔵野の 面影残す 落ち葉かな」 梁庵平太

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もう、年末になれば、これ以上、仕事が増えることはないだろうと思っていたのですが、羽田空港に到着して携帯電話の電源を入れた瞬間、自分の認識が甘かったことを思い知らされました(>_<)

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                          平太独白
by heitaroh | 2012-12-15 08:46 | 地域 | Trackback | Comments(0)

唐津に来ていますというCMあったなあ

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かーらーつー♪なぜ鳴くのー♪。。。
失礼しました。
別に酔っぱらっているわけではありません(笑)
ちと、所用で佐賀県に来たのですが、道間違って唐津なう。です。

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ここの夕日は美しい。

ちなみに、表題のCMは唐津の銘菓・松露饅頭だったと思います。
九州限定なのか、どこまでやってるのか知りませんが、今でも時々、目にします。
明らかに私が子供の頃のままのCMなんで、もう、40年くらいやってるのではないでしょうか。
綺麗なおねえさんが出てますが、この人、いったい幾つなんだろう・・・という気が。

                     平太独白
by heitaroh | 2012-12-14 14:09 | 地域 | Trackback | Comments(0)

哀悼!小沢昭一の小沢昭一的こころ
e0027240_11483921.jpg色々あって、少し遅れましたが、この話題です。

一昨日の12月10日、タレントの小沢昭一さんがお亡くなりになりましたよね。
年末繁忙期ということもあって、本当はこんなこと書いている場合じゃないのですが、この方についてはどうしても触れておきたいと思い、敢えて・・・。
(←本当に雲の上の人になってしまわれたんだなぁ・・・と。ファンの方には申し訳ありませんが、私には中村勘九郎さんの逝去よりも、こちらの訃報の方が印象深いです。)

と申しますのも、この人がやっていた「小沢昭一の小沢昭一的こころ」というラジオ番組を中学生の頃、いつも聞いていたからで、当時、この方は、まあ、よくテレビに出ている脇役の人・・・という程度の印象でしたが、さすがにこの道何十年、軽妙な語り口は面白かったですねぇ。
で、聞けばこの番組が始まったのはオイルショック前の昭和48年(1973年)1月だそうですから、私が聴き始めた頃はまだ、始まって間もない頃だったんですね。
当時、私が聞いていたラジオは携帯型のそれではなく、お年玉を貯めて買ったナショナル(現パナソニック)のクーガという、まるでジャングルで米軍が使っている・・・みたいなデザインの物で、当時は無限に知らない世界が詰まっている魔法の箱のように思えましたね。

で、当時はハマっちゃいまして、暇さえあればラジオばかり聞いていたのですが、(ふと気が付きましたが、これって今の子供達がユーチューブにはまってるのと一緒のような・・・。もっとも、我が家は当然、親父から没収されましたけどね(笑)。)、そんな頃、夕方になると決まってラジオから流れてきたのがこの番組でした。
この番組は驚いたことに高校生になっても大学生になっても社会人になってもやっており、平成になって久しぶりに聞いた時、「え?!まだやってたんだ!」と思い、驚いたことがあります。
で、最近も時折、車のラジオで耳にしていたのですが、先日聞いた時にはもう、過去の放送を流してましたので、とうとう、来る所まで来てしまったかぁ・・・とは思っていたのですが。

私にとって、昭和がまた一つ、無くなってしまいました。
合掌。

                                         平太独白
by heitaroh | 2012-12-12 07:46 | 文学芸術 | Trackback | Comments(0)

直江兼続のジンクスと普通に出てきた物が食べられる社会
直江兼続という人物がいます。謙信亡き後の上杉家の舵取りを任された人ですが、この人が50代の頃、自筆で3冊の少雑誌をまとめたそうです。
1冊めが「戦いに関する心得」を述べた「軍法」、2冊目が「漢文の文辞に関する物」を書き写した「文鑑」・・・と、ここまではさすがに文武に秀でた智将!と感心するのですが、なぜか3冊めは「秘伝集」という少々、怪しげなタイトル・・・(笑)。
この中には、「その日大事が起こるときには自分のが見えない」とか、「小便をしてが立たないときは、その日大事があると考えよ。が立っていれば心配はない」とか、少々、「???」と思うようなことも書かれているそうです。
(影が見えないというのは緊急入院の必要があるでしょうから、そりゃ、大事も起きるでしょうし、私なんぞは、若い頃は小便の泡がまったく立ちませんでしたが、不摂生を続けている最近では泡がなかなか消えません。心配ないって言われても、これはこれで逆に心配なんですけどね(笑)。)

この辺りは、現代でも、「政治家と大企業の社長は占いが好き」と言いますし、プロスポーツ選手などもジンクスを大切にすると言いますが、ましてや、当時は生命の危険と隣り合わせの日常・・・ですよ。
この本の後半には毒殺防止の為の心得などもあり、「毒のある膳」を前にすると、「持ってきた者は目に涙を浮べ、自分も涙目になって急に小便に行きたくなる」とか、「にわかに口が乾いて、唇がひりひりする」・・・など、思わず、当時、主に毒として使われていた物がどういう成分だったか想像がつくでしょうが、そう考えれば、我々、現代日本人が噛み締めるべきものは、普通に外食に行って、出てきた物を何の疑いもなく食べられる社会というものの有り難さ・・・なのかもしれませんね。

同書にはさらに、「口の中に脈がある。それと手の脈を取り合ってみよ。二つの脈が同時に打てば、どんな難儀があっても身に危険が及ぶことはない。これから合戦というときにも、このことによって生死を知るべきである。脈が同時に打ったならば、心を強くもって高名をあげよ。またそうでなければ用心して、きちんと慎むように。もしどちらかわからないときには、思いきって、討死にしようと思い定めて進め。意外にうまくいって高名をあげることもあるものだ」と。
口の中の脈・・・というのは私にはよくわかりませんが、これなどもあるいは消防士さんやレスキュー隊の人たちなどにはわかるのかもしれません。
要は、戦いを前にして平常心でいろ、狼狽えてるとかえって危ない・・・ということだと思いますが、興味深いのは人によって違うのではなく、同じ人でも、その時その時で、平常心でいたり、ビビったりしていたってことですね。

親愛なるアッティクスへ
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-12-11 07:46 | 歴史 | Trackback | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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