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一年前の恥ずかしながらの今更の関ヶ原紀行 その2
親愛なるアッティクスへ

今更ながらのこのシリーズの続きです。

e0027240_1833184.jpgと言っても、どこまで、何を書いたのかすっかり、忘れてしまったのですが、適当に思い出して続けます。
(この辺のアバウトさが福岡人醍醐味です(笑)。)

この、関ヶ原盆地ですが、西軍が先回りして待ち受けている所へ東軍が入ってきた形となったことから、当然、西軍の諸将は優先的に有利な場所に陣を構えることが出来たわけですよね。
(←まさしく、「兵どもが夢の跡」ならぬ、「夢の中」・・・ですね。現在進行形です(笑)。)

e0027240_19245962.jpg


e0027240_1824834.jpgそう考えれば、かねがね、真っ先に中核となる陣地に布陣するはずの西軍の主将、石田三成の陣地(←)が地図(↑)を見た限りでは、少々、偏っているように思えてならなかったんです。

私なら、宇喜多秀家が布陣した天満山に陣を敷きますね。
まあ、宇喜多隊は西軍中で最大の兵力を有していましたから、敢えて、三成は宇喜多隊をここに充て、その両翼の街道沿いを自分と盟友・大谷吉継の部隊で固めたというところだったのかもしれませんが、それにしても、三成隊の位置は西軍の最左翼ですから、やはり、主将としては少々、偏っているのではないかという気がしてしまいます。

e0027240_19385888.jpgその旨の質問を地元の人にぶつけてみたところ、「いえいえ、やはり、三成の陣地はこの関ヶ原で一番いい所にありますよ」との返事・・・。

どういうことかというと、この関ヶ原盆地というのは地図ではわからないのですが、まったくのフラットというわけではなく、北西から南東へとそれなりに下り勾配が付いており、つまり、三成の陣地はこの関ヶ原の中でもっとも坂上にあり、その為、見晴らしも抜群の場所であったようです。

次回に続きます。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-05-31 17:25 | 歴史 | Trackback | Comments(0)

「酒飲めば 夢に見るなり 崇福寺」 その3 昭和残照
親愛なるアッティクスへ

先日からの続きです。

私にとっては思い出深い福岡市博多区にある崇福寺ですが、この日は山門の一般公開に併せて、筑前福岡藩主墓が公開されてましたが、それに合わせたのか、普段は開いてないような所にも立ち入ることができました。

e0027240_19245634.jpg

で、山門の脇にある塔頭の裏に回ってみると、そこには小さな畑が・・・。
私が子供の頃は、まだ、戦後20年程度の時期ですから、お寺などでも、ちょっとスペースがあれば至る所で、何かしら普通に野菜などを作ってましたよ。
すっかり、忘れていた景色でしたけどね。

e0027240_1925757.jpg

何てことのない風景でしたが、思わず、下人参町時代に帰ったような気がしましたよ。

e0027240_19251933.jpg

私も、もうすぐ51になりますから、それだけ年をとったということなんでしょうねぇ。

e0027240_19253643.jpg

池波正太郎真田太平記という本の中で、真田幸村にかつて仕えていた老兵が幸村が籠もる大坂城へ駆けつけようとして、かつて自らがここに来るまでに辿ってきた足跡を見て回りながら向かう・・・というシーンがありました。

e0027240_19484412.jpg

老兵はかつての名残の跡を見つけると、わけもなく、号泣してましたが、今となっては私にも何となくわかるような気がします。
「嗚呼、昭和は遠くなりにけり」・・・ですね。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-05-24 19:20 | 地域 | Trackback | Comments(0)

「マンションで 肩をすくめる 鯉のぼり」
親愛なるアッティクスへ

e0027240_15554747.jpg過日も申しましたように、内臓脂肪解消の為に、私、晴れた日は徒歩通勤を行っております。
で、昨夕の帰途、マンションベランダに初孫誕生でしょうか、でっかい名前入りの武者幟鯉のぼりが泳いでいるのが見えましたが、少々、場にそぐわないようにも見え・・・。
まあ、鯉のぼりも、本当はこんなところで泳ぐつもりはなかったんだろうし・・・と思い、一句。

「マンションで
  肩をすくめる
    鯉のぼり」

      平太独白
元々、鯉に肩なんてありませんけどね(笑)。

そういう意味では、最近、寺山修司さんっでしたっけ、あの人の「書を捨て、町に出よ!」でしたっけ(実にあやふや・・・。)という、この言葉を強く実感するようになっております。
日々、色々な物に目を通さなければならず、読みかけの本も数知れず・・・で、どこに行くときにも、寸暇を惜しんで本を読む・・・をやっておりましたから・・・。
でも、こうやって、本から解放されてみてつくづく思いますよ。
これが人間の本当の生活だよなー・・・って。
鯉のぼりも広いところで泳ぐのが鯉のぼりだよなーって・・・。

e0027240_1622463.jpgそう言えば、昔、豊のぼりって相撲取りがいたよなーって・・・のは関係ないですね、はい(笑)。

(←昨年の今頃、栃木県の足利学校で見た物です。手前にある柄杓で水を汲んで楼閣の下にある器に入れるのですが、一定以上入れるとバランスを崩してひっくり返る・・・って仕掛けです。つまり、欲張って入れ過ぎようとしたらかえって元も子もないようなことになるよ・・・ってことらしいですが、これって、場所柄を考えれば今日の詰め込み教育の弊害を言っているような・・・。)

本日も詰め込み過ぎて時間に追われております。
これにてご容赦。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-05-23 17:42 | 歴史 | Trackback | Comments(0)

「酒飲めば 夢に見るなり 崇福寺」 その2 如水軒殿


先日からの続きです。
書ける時に書いておかなければ・・・と。

e0027240_14591563.jpg
この、福岡市博多区にある崇福寺ですが、私にはここは「お地蔵さんの寺として子供の頃から馴染み深い寺であると同時に、一方では、筑前福岡藩の歴代藩主の菩提寺でもありまして・・・。

e0027240_15244412.jpg
で、山門(↑)を見に行ったついでに境内もふらりと一周していると、普段は立ち入ることが出来ない歴代藩主の墓が一般開放されているではないですか。

e0027240_15452985.jpgこれは結構、びっくり仰天な出来事でして、私も恥ずかしながら、拙著「黒田家三代」の中で描いておきながら、これまで柵の前から遠目で覗いたことがあるだけでした。

で、「何たる幸運!」と、慌てて番号札をもらって行って来た次第だったのですが、「福岡藩の藩主なんて興味無いや・・・」と仰るなかれ、福岡藩の藩主は黒田家ですから、黒田家と言えば歴史ファンの人気も高い、あの、如水こと、黒田官兵衛孝高の墓もあるんですよ。

で、黒田如水公といえば、豊臣秀吉の軍師で、あまりの切れ者ぶりゆえに逆に秀吉から警戒され続けた・・・と言われている人ですよね。

e0027240_15411872.jpg
(↑こちらが黒田如水の墓です。彼自身は京都で亡くなっていますが、福岡藩の始祖ということで、改めて、こちらに埋葬されたようです。)

その隣が、息子で、福岡藩の初代藩主となった黒田長政の墓でしたが、やはり、如水さんの墓だけは別格って感じで、四面ともびっしりと、故人の功績を讃えた漢字が刻み込まれてましたね。
(置いてある賽銭も如水さんの前だけがたくさん・・・でしたので、見かねて、私は長政公の前に置いてきました(笑)。)

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(↑この痛々しさが昭和を感じさせます。ちなみに、博多には「博多塀」と呼ばれる塀があります。博多は戦国時代、何度も戦火で焼けており、言ってみれば「廃物利用」で作られた塀ですね。)
                                         平太独白

by heitaroh | 2012-05-19 17:55 | 歴史 | Trackback | Comments(0)

「酒飲めば 夢に見るなり 崇福寺」 その1 参門
先日、まだ私が目が回るような多忙な中に居た頃(本当に頭がくらくらしてました。)、それでも敢えて、時間を割いて行ってきた所があります。
福岡市博多区の福岡県庁近くにある崇福寺です。

e0027240_12097.jpg


ここは、筑前福岡藩黒田家の菩提寺であると同時に、「お地蔵さん」の寺としても知られておりまして、実は私が物心ついた頃から、どういうわけか、いつも連れて行かれていた所でした。
まあ、母としては、「子供を連れてお地蔵さんにお参りに行ってくる」というのは、数少ない息抜きの場だったのでしょう。
それだけにで、私にとって、ここは、「昭和30年代」をもっとも体現した場所でして・・・。
で、ここに行くときにいつも見上げて通っていたのがこの山門(↓)・・・です。

e0027240_12162333.jpg
(昔は両側に店が軒を連ねており、もっと、雑多な人たちで賑わってました。)

e0027240_12313330.jpgとなれば、子供心に「一度でいいから上がってみたいな・・・」と思うのも人情でして、それは大人になってからもこの山門を見上げるたびに、遠い昔の切ない願いとしてフィードバックされていました。
それが、聞けば、一般開放されるというじゃないですか。
で、多忙さの中、ふと、締切に気づいたのが3日前・・・。
翌日はもう、終日、予定が詰まっておりましたので、今日か明後日か・・・ということになり、本当はそれどころではなかったのですが、意を決して、思い切って、行って参りました。

e0027240_12233377.jpg
(↑この先に何があるか、ずっと知りたかったんです。ちなみに、こう言うと、大概、「何があった?」と聞かれますが、「あった」んじゃないんです。「いた」んです。そこから先は言うと減るので言いません(笑)。)

で、この参門、実は最近知ったんですが、由緒正しき参門だったようで、元々、福岡城の門を移築した物だそうですね。
従って、中にはこれ(↓)が展示してありました。

e0027240_1238951.jpg

黒田家の瓦だそうですが、始祖・黒田如水も藩祖・黒田長政も、共にキリシタン大名だったという過去があることから、瓦に密かに十字架を刻んでいたのではないか・・・と。
それがこの瓦だと・・・。

明日に続く・・・と思います。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-05-16 11:42 | Trackback | Comments(0)

超能力者ユリ・ゲラーの真実
親愛なるアッティクスへ

e0027240_16105060.jpg先日、多忙の極みにあった頃、私が帰宅したところ、テレビで「ほこたて」という番組をやっておりました。
(←忙中閑あり・・・。こちらは別腹です(笑)。)

この番組は、いわゆる、「矛盾」という言葉の語源となった「絶対にOOする」と「絶対にOOさせない」を戦わせてみる番組でして、家族が見ていたので、私も見るともなしに見ていたところ、「絶対に曲がらないスプーン」VS「絶対にスプーンを曲げてみせる男」の対決・・というコーナーが始まりました。

絶対に曲がらない山崎金属工業社製のスプーンに対する名前を聞いて、ちょっと、びっくり・・・、ユリ・ゲラーだというじゃないですか!
私はそれを聞いて、思わず、「彼はもう、出てはいかんよ」・・・と呟きましたよ。
対決は、時間無制限でスプーンが1mmでも曲がったらユリ・ゲラーの勝ちというルールで行われ、結果は、案の定、あっさりと敗北・・・。
「初めて曲げられないスプーンに出会った」とコメントし、相手を褒め称えてましたが、何だか、彼が痛々しくなってきました。

彼が、日本に「奇跡」を巻き起こしたのは、昭和48年、私が小学校6年生の時でしたが、翌日は、もう、学校はこの話題でもちきりでしたね。
当時から、「超能力だ!」「いや、トリックだ!」と色々、言われましたが、今では、何でもはっきりと「トリック」だとして、もう、「ショー」をやってはいけない・・・という国もあると聞きましたし、日本人でも、このトリックを利用して、「自分は超能力者だ」とか言っておきながら、隠しカメラでトリックを見破られて、さらし者になった人もいましたよね。
で、それを承知の上で言いますが、私は彼、ユリ・ゲラーは最初からすべてインチキだったとは思っていません。
少なくとも、昭和48年のあの時点までは・・・。

あの時、彼は、自らがスプーンを曲げて見せるばかりではなく、ブラウン管の向こうから、我々、視聴者にも、スプーンや壊れた時計を用意して念じるように言いましたよね。
残念ながら、我が家ではスプーンは曲がりませんでしたが、私が持っていた、祖父の、壊れて何年も動いてなかった腕時計は私の手のひらの中で動いたんです。
そういうと、「何かの衝撃を与えれば動くんだ」という人もいましたが、あの後、どんな衝撃を加えても、どれほど念じても、その時計が二度と動くことはありませんでした。
その意味では、彼がスタジオでやっていたことにはトリックがあったのかもしれませんが、少なくとも、「うちのタンスの中に長年放置されていた時計が私の掌の中で動いた」・・・という事実は私にはトリックでは説明がつかいんです。

おそらく、彼は最初、日本のテレビに出だした頃は、それほど自分が特別な存在だとは思っていなかったのではないでしょうか。
「何か知らないけど、出来ちゃうんだよ」という感じで。
それが、ああやって、マスコミで弄り回され、詐欺師呼ばわりされ、汚れるうちにかつての力を失くして行った・・・と。
昭和48年頃の彼は、見るからに、あまり擦れてない純朴な青年だったような印象があります。
今回、スプーン曲げの前に彼が、「少しなら曲げてみせる自信があるんだ」などと言ったのを聞いて、「最初から『少し』なのか」と失笑してしまいましたが、思わず本音を言っちゃったんでしょうね・・・。
明治の頃の日本の超能力者も最初は研究に協力していたつもりが、いつの間にか、見世物、詐欺師呼ばわりされ、自殺に追い込まれたと聞いていますが、彼も、すっかり、かつての純朴さは失い、生活の為、過去の栄光の為に、今では「スプーン曲げ芸人」に成り果てているんじゃないのか・・・と。
何だか、彼が可愛そうでなりません。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-05-15 17:45 | その他 | Trackback | Comments(4)

一年前の恥ずかしながらの今更の関ヶ原紀行 その1
親愛なるアッティクスへ

今日からいよいよ、五月ですね。
GW中も、たまりにたまっている残務の処理に追われており、世間の華やぎとは裏腹に、普通に出勤の毎日が続いております。
何とか、連休中に目途を付けたいんですけどね。
ところで、昨年の今頃は東日本大震災の関係で栃木県へ行き、最初の帰省で福岡へ戻ってきた頃でした。

e0027240_1215322.jpg
(↑日光東照宮にある徳川家康の墓です。)

で、昨年は色々と忙しく、そのままになっていたことがあったのですが、その帰途、せっかくなので寄り道をして、「関ヶ原」へ行ってきました。

e0027240_12224851.jpg

関ヶ原といえば、壇ノ浦、鳥羽伏見と並んで日本三大会戦の一つに挙げられるほどで、おそらく、日本で一番有名な戦いではないでしょうか。
この点、当然、拙著でもたびたび採りあげていたのですが・・・、実は・・・、恥ずかしながら・・・わたくし・・・、まだ行ったことがありませんでした(笑)。

e0027240_1234638.jpg(以前、行こうとしたことはあったのですが、岐阜市内で聞いたら、「関ヶ原って名前は有名なんだけど、行っても何もないん所なんですよ」と言われ、連れがあったので、彼に遠慮して、結局、郡上八幡に行き、鹿鍋で一献やって帰ってきてしまいました。)

「紀之介が
  先を促す
    春木立」
     梁庵平太


←名将・大谷刑部少輔吉継の墓よりの戻り道。
なぜか、誰かに、帰りを促されているような気がして・・・。

また、次回に続きます。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-05-01 07:09 | 地域 | Trackback | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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