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冬の終わりの突然の実は初めての壱岐紀行 その1
親愛なるアッティクスへ

今年の2月、3月は本当に忙しかったですね。
よく、「忙しくて目が回る」と言いますが、本当に目まいがしましたよ。
おかげさまで昨日くらいから、ようやく少し落ち着いてきましたが・・・。

で、そんな中、先週だったか、知己より突然の誘いを受け、長崎県は壱岐の島へ行ってきました。

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e0027240_16292175.jpg壱岐には過去2度ほど行ったことはあったのですが、実は、一度は四半世紀ほど前に魚釣りに、もう一度は10年ほど前に宴会に行ったのみでして・・・。
共に一泊こそしたものの、従って、偉そうなこと言いながらも実は観光らしい観光をするのは初めてでした。

特に、最近になって、魏志倭人伝に言う一支國こと、原の辻遺跡の発掘が始まったという話も聞いておりましたので、マニアとしては一度は行ってみたいなと思っていましたので・・・(笑)。

e0027240_1642468.jpgで、往復切符を買ったところ、上陸港は芦辺という所でありながら、帰りは島の反対側の郷ノ浦からの乗船となっており、つまり、島の反対側までは否応なく自力で行けよ・・・と(笑)。

もっとも、これは博多~壱岐間はその先にある対馬の往路復路という形になっているためのようで、最初から郷ノ浦に上陸したければ乗船したまま、一旦、壱岐を行き過ごし、復路で壱岐島の反対側を通過した際に上陸しなければならない・・・ということだったようです。

まあ、合理的と言えば合理的でしょうが、郷ノ浦にのみ用事がある人や福岡市内に通勤通学する人などは大変でしょうね。
芦辺~郷ノ浦間はそれほどの距離ではないのかもしれませんが、歩いて行ける距離ではないように感じましたので・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-03-31 17:17 | 地域 | Trackback | Comments(2)

春宵一刻値千金・・・
親愛なるアッティクスへ

いつも思うことなんですが、国号には末尾に「ア」「ン」が付くところが多いですよね。

ざっと思いつくままに上げるだけでも、「ア」が付くのはイタリア、ギリシア、マケドニア、クロアチア、ルーマニア、ロシア、オーストリア、オーストラリア、インドネシア、チュニジア、リビア、エチオピア、サウジアラビア、シリア、ニカラグア・・・。
「ン」となると、スペイン、スウェーデン、アルゼンチン、イエメン、イラン、ウズベキスタン、パキスタン、アフガニスタン・・・等々。
ついでに言えば、チャイナコリアジャパンニッポン・・・なんてのもあります(笑)。
まあ、昔のラテン語古代ギリシャ語の流れなんだろうと思いますが、そもそも、どういう意味があるんでしょうかね。

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ところで・・・、春宵一刻値千金・・・

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すみません・・・。
昼間っから酒蔵の蔵開きに行ったからなのか、今頃、どうにも眠くて・・・、何を書きたかったのかわからなくなってしまいました・・・。
まあ、先日、7周年を突破した祝い酒・・・ということで平に。
ということで、本題はまた、いつか・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-03-30 17:50 | その他 | Trackback | Comments(0)

プロ野球、予告先発回避って興行主側の都合でしょ・・・の巻
親愛なるアッティクスへ

今日から、福岡県地方は明らかに「春」になりましたね。
空気が春の匂いがしてますよ。
これまでは、気温だけは高くてもまだ「晩冬」でしたが、今日からは春到来・・・ってことでしょうか。
春一番はまだふいてませんが(笑)。

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で、本日の本題です。
プロ野球の開幕も近づいてきたみたいですが、今年から、セ・リーグ予告先発を導入するそうですね。
一部には慎重な意見もあったと聞いておりますが、私は予告先発導入は「当然」のことだと思いますよ。
昔、何の話だったか忘れましたが、長嶋茂雄さんの現役時代、長嶋ファンの少年が長嶋を見たくてかなり遠方から、やっとの思いで球場に足を運んだところ、その日に限って長嶋が試合を欠場しており、少年はとても落胆した・・・というような話を聞いたことがあります。
つまり、少年は、巨人戦が見たかったわけではなく、長嶋が見たかったわけですね。

この点は、昭和60年(1985年)、肘の怪我から復帰したロッテの村田兆治投手が日曜日ごとに登板して「サンデー兆治」と呼ばれ、話題となっていた時、滅多に客が入らないロッテの試合にも関わらず、村田を見に客が球場に足を運ぶようになったのに対し、あるとき、日曜に村田投手が登板しなかったことがあり、客の一人が、「村田が投げると思って見に来たのに・・・」と残念な顔をしていたことを思い出します。
この時の観衆の多くは、ロッテ戦を見に行ったわけではなく、怪我から復帰して、黙々と投げる村田投手の姿を見に行っていたわけで、これは怪我の具合もあり、やむを得ないことだったとはいえ、やはり、客からすれば「金返せ!」と言いたくなるのも仕方ないことだったでしょう。

新聞には、「人気がない外人投手なんかが投げたときの集客が課題」などという意見が載っておりましたが、それはまったくの興行主側の都合であって、消費者がつき合わされる筋合いのものではないと思います。
たとえて言うならば、月見バーガーを食べたいと言っている人に「バーガーだけの注文しか受け付けません。中身は何になるかわかりません。嫌いな物が入っていても我慢して食べてください」と言っているようなものであり、通常の商感覚では有り得ない話でしょう。
消費者は「人気がない外人投手」の分まで購入しなければならない義理はないわけで、それが嫌なら、「最初から、人気がある商品(選手)ばかりを揃えろよ」・・・となるわけで。
その意味では、こんな当然の話が話題になること自体、これまで、それでやってこられた日本プロ野球というもののぬるま湯体質、平たく言えば、巨人戦頼みに胡坐をかいてきたということの裏返しのように思えてなりません。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-03-28 20:35 | スポーツ | Trackback | Comments(2)

慶祝慶祝慶祝、毎年恒例、区切りの7周年・・・です。
親愛なるアッティクスへ

どうやら、拙ブログもいつの間にやら7周年・・・を迎えてしまったようです。
これも偏に、皆々様のお引き立ての賜物と厚く御礼申し上げます。

e0027240_20342873.jpgで、毎年恒例のこの周年シリーズですが、ただ、これまでも、5年を過ぎたあたりから、かなり息も絶え絶え・・・となっていたのですが、お気づきの通り、今年は本当にそれが深刻のようでして・・・。
まあ、確かに多忙と言えば多忙で、毎日、何もしてないうちに一日が終わっていく感じですが、かと言って、必ずしも書くことがない・・・というわけではないんですよ。

(←毎年恒例、「道」シリーズです。毎年、そうであるように特に意味はありません(笑)。)

e0027240_20402518.jpg本当の理由は、やはり、7年も続けていると自分の中で意欲がなくなってしまった・・・、つまり、飽きてしまったということなんでしょうね。

(←佐賀県祐徳稲荷にある、人間が手彫りで大岩をくりぬき、「道」とした跡です。虚仮の一念岩をも通す・・・と。つまり、見習え・・・と(笑)。わかっちゃいるんですけど、どうにも粘りがないのが福岡人でして・・・(笑)。)
ということで、本当は何か気が利いたことを書きたいんですが、まあ、目下、その余裕もない・・・ということで。

機会があれば、次回に続きますので、しばし大目に見てくださいませ。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-03-27 20:49 | その他 | Trackback | Comments(4)

「我が心の博多、そして西鉄ライオンズ」読了・・・。
親愛なるアッティクスへ

e0027240_12481365.jpg昨一昨日と野暮用にて東京・横浜まで行っていたのですが、新幹線で行ったことから、往復10時間の貴重な読書タイムを得ることが出来ました。
で、読了したのがこちら・・・(←)。

「我が心の博多、そして西鉄ライオンズ」という本なのですが、著者は以前からたびたび触れました、「エル・スール 我が心の博多そして西鉄ライオンズ」という舞台のプロデューサーにして、博多駅土地区画整理前は隣町の出身で、私の15歳年上の先輩でもあります。

従って、主にここに描かれているのは区画整理前の現在の博多駅前地域を中心とした話でして・・・。
とは言え、哀しいかな区画整理以前の現博多駅前を知る最後端世代(それでも50歳)の私としては諳んじるに能わず語るを得ず・・・で、わずかに残る子供の頃の記憶と一瞬だけ嗅いだ匂いであり、万感胸に迫る時代でもあります。

ただ、私がかねがね、不満だったのは、博多駅が移転してきたことにより「博多駅前」となったこの地域は、福岡博多のような由緒正しい歴史はなくとも、そこにはそこの歴史があったはずなのにそれが一切、抹殺されてしまっていることでした。
(現在の新装なった博多駅も「歴史」という括りでは「博多駅付近に歴史はありませんから、地下鉄祇園駅から向こうに行きなさい」となっていることに少なからず憤慨しております。)
筑前福岡藩が殖産興業の一環として、足軽を入植させて朝鮮人参の栽培を試みたことから呼び名がついた我が下人参町などはその典型でしょうが、そこに住んでいた人たちの人間模様も含め、もっともっと、こういう物をきちんと保存顕彰すべきだと思っている私にとっては、この本は空白のピースを埋める貴重な一石でしたね。

まだまだ、語りたいことがあるのですが、残念ながら時間となってしまいました。
続きはまた、いずれ機会がありましたら・・・ということで。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-03-24 07:43 | 地域 | Trackback | Comments(0)

忙中閑あり・・・にならない富士の山
親愛なるアッティクスへ

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今、東京です。
先日から、壱岐、山口、そして今から横浜と色々と多忙を極めております。
もうすぐ、毎年恒例の周年なんでしょうが、まったく更新できない日々が続いており、とりあえず、富士山の写真でごまかします。
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イギリス人がここで鉄砲をぶっぱなして、それから攘夷運動が始まったことが何となくわかるような気がします。

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まあ、九州人には縁遠い世界ですけどね(笑)。
                        平太独白
by heitaroh | 2012-03-23 08:34 | その他 | Trackback | Comments(2)

そんなに簡単に始まったわけじゃなかった武士の時代
親愛なるアッティクスへ

いつだったか織田信長を特集した雑誌の中に、信長を評して「近代への扉をこじ開けた男」という紹介が為されていたことがありましたが、そこには続けて、「日本の歴史の中でも他にこういう人物を探すとすれば平 清盛くらいしかいない」ということが書いてありました。
その意味では、信長が近代なら、清盛は「中世への扉をこじ開けた男」と言えるのでしょうが、一方で、米タイム誌が「2000年までの千年紀(ミレニアム)に偉大な功績を残した人物」として採りあげた中で日本人で唯一、そこに載ったのが源 頼朝だった・・・という話があります。
確かに、「革命」という物を単なる権力闘争ではなく、階層の流動化という意味での階級闘争と定義づけたなら、日本の歴史上では明治維新よりもむしろ鎌倉幕府開闢の方が適当だとさえ言えるわけで、その意味では頼朝が日本人で唯一、そこに載るのはそれほどおかしな話でもないでしょう。

ただ、一口に、「明治維新まで700年間続いた武士の時代」などといいますが、それは頼朝が鎌倉の地に武士の政権を樹立した段階でいきなり確立したわけではなく、具体的には、頼朝の時点では源平合戦で勝利を収めたとはいえ、その勢威はかつての奥州藤原氏と同様に東国割拠した地方政権の趣が強く、むしろ、頼朝の死後、権力を掌握した執権・北条義時によって承久の乱において朝廷方の討幕軍が逆に鎌倉方に撃破されたことの方が武士の全国支配という意味ではエポック・メイキング的な出来事だったように思えます。
その意味では、後の戦国乱世が、信長・秀吉・家康という英傑三代によってようやく収斂していったように、武士の時代の始まりも清盛が切り開き、頼朝が基盤を作り、義時によって一応の確立を見た・・・というべきで、その意味では、武士の時代の始まりは清盛にこそ求められるのではないでしょうか。

ちなみに、その100年以上後に、再び朝廷権力の再復を目指した後醍醐天皇によって鎌倉幕府が倒れたことを思えば、朝廷の勢威がいかに根強かったかがわかるでしょうか。
もっとも、皮肉なことに、そのことが武士の時代の定着をいよいよ後押ししたと言え、即ち、後醍醐天皇を吉野に追い新たな権力者となった足利尊氏は、反対を押し切り、鎌倉ではなく京都に幕府を開きますが、このことにより武家政権という物はようやく全国区になり得たわけで、その後、その孫の三代将軍・足利義満の時代になり、朝廷は全国の荘園や公領からの税の徴収を自ら行えず、幕府に依存したことで、朝廷の弱体化は誰の目にも明らかになり、ここに名実ともに武士の時代が成った・・・と。
つまり、「ローマは一日にしてならず」と言いますが、清盛、頼朝の時代からここまで実に200年以上の歳月が流れていたわけで、そう考えれば、やはり、武士の時代の最初の扉を開けた・・・という点では清盛にこそ、高い評価を与えるべきだと思います。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-03-13 18:54 | 歴史 | Trackback(1) | Comments(0)

東日本大震災一年に思う「タイミングの悪さ」の共通点
親愛なるアッティクスへ

e0027240_10175411.jpg東日本大震災から一年が経ちましたね。
あの日のことは直接的な被害という点では無関係と言って良い博多人にも鮮烈な記憶として残っております。
お忘れかもしれませんが、あの日は翌日に迫った九州新幹線全線開業プレイベントの日でして、博多駅前に生まれ育った人間としては翌日の本イベントが講演依頼を戴いていた日と重なっていたことから、断腸の思いでこの歴史的なイベントを見送り、やむなく、前日のプレイベントだけでも行くべく車に乗り込みました。

で、少し早めに帰途についたところ・・・、車のラジオから流れてきたニュースで、初めて今、東日本で起こっている事態を知りました。
さらに帰宅後、あの映像を見たときには、福岡県民でありながら、偏屈さゆえか福岡よりも東北に友人が多い私としてはとてもプレイベントに駆けつける気にはなれず・・・。
まあ、幸いにして私の友人らは皆、無事だったのですが、その後、まさか自分自身が長期にわたって被災地に行くことになるとは夢にも思いませんで、その意味ではあの日のことはその始まりの日として鮮烈に印象に残っております。

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それにしても、今回の東日本大震災もそうですが、どうしてこういう歴史的な大災害というものはここまでタイミングの悪い時に起こるのでしょうか。
安政大地震などは別として、被害の甚大さという点では、やはり、近世以降の三大大地震といえば関東大震災、阪神淡路大震災、そして、今回の東日本大震災・・・となるのでしょうが、阪神淡路大震災の時に政権を担当していたのは政権運営という点では素人と言って良い、社会党政権・・・。
今回の東日本大震災では同じく、素人の弊害を至るところであらわにしている民主党政権・・・。
関東大震災のときは・・・といえば、前日に総理が急死しており、事実上の空白状態での震災勃発だったという・・・。
「どうして?」と言いたくなるような見事なタイミングの悪さ・・・。
天に何らかの意図があったのならば、少々、戯れもすぎるのではないですか・・・と言いたくなるような負の悪さです。

何はともあれ、今はお亡くなりになった方のご冥福といち早い復興を祈念してやみません。
改めて合掌・・・です。

                             平太独白
by heitaroh | 2012-03-12 07:05 | 社会全般 | Trackback(1) | Comments(0)

またまた見た邯鄲の夢みたいなどうでも良い夢物語
親愛なるアッティクスへ

今朝、嫌な夢を見て目が覚めました。
まあ、私の夢など、人様が聞いて面白いものでもないでしょうから、別にわざわざ、ここで触れることではないとは承知しておりますが、私が触れたいのは夢の内容ではなく、夢に費やした時間・・・のことです。
ただ、目覚めたもので、やむなく、傍らの時計を見たところ、いつもの起床時間を10分過ぎている・・・。
私も、良い年になってきましたので最近では寝過ごすなんてことは滅多にないのですが、「もし、その時間までに起きてこない時は起こせ!」と家人に言っていたので、起きしな、どうして起こさなかったんだろう・・・、もしかして、起こされたのか・・・、そういえば、起こされたような・・・と。
で、家人に尋ねてみたところ、やはり、いつも通りに起こし、私もしっかり返事をしたのだそうで、そうなると、私はたった10分の間に二度寝し、夢を見た・・・ということになるわけですが・・・。

世間的にはこの程度の事、それほどおかしなことではないかもしれませんが、私が驚いたのはその夢の内容そのものではなく、その夢がそんなに短い時間のことではなかったことでして・・・。
まあ、内容はくだらない、私としてもあまり愉快な夢ではなかったのですが、そこでの時間というものは10分なんてものではなかったですよ。
1時間とは言わないかもしれませんが、40分くらいあったんじゃないでしょうか。
「AからBに飛んだのを、その間があったと錯覚しているだけさ・・・」と言われるかもしれませんが、それがその夢が隣客とのトラブルものでしたので、嫌な思いで目が覚めたからか、結構、細かいところまで覚えてまして・・・。
これって、邯鄲の夢・・・とまでは言いませんが、実際に、そんなことあるんだな・・・と。

この点は、以前、平太郎独白録 : 春眠暁を覚えずに思い出す邯鄲の夢的妄想の極み!で申し述べたようなことを体験するような元々、少しおかしな人間ですからわからないではないのですが・・・。

e0027240_17553410.jpgちなみに、邯鄲の夢・・・とは、「古代中国はの都、邯鄲にてのこと。我が身の不遇を嘆く若者が、粟が炊き上がるまでの間、道士から借りた不思議な枕でうたた寝をしたところ、夢で名家の娘と結婚し、科挙にも合格して官吏に登用され、異民族を討伐し出世。一時は宰相に疎まれて左遷されるも、ついには自らが宰相になる。その後、謀反の濡れ衣を着せられ失脚、世を儚んで自殺しようとし、妻に諌められてこれを思いとどまると、やがて濡れ衣が晴れて再び高位に上り、晩年は大勢の子や孫に囲まれて一生を終える・・・。
そこで目覚めると、枕元の粟はまだ煮えてもいなかった・・・という故事ですね。

とにかく、今、多忙でして・・・。
これにて、ご容赦くだされたく候・・・です。
現実の時間もこんなふうに圧縮してくれれば良いんですけどね(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-03-06 18:11 | 思想哲学 | Trackback | Comments(0)

ALWAYS 三丁目の夕日に後継者問題の3Dを見る その1
親愛なるアッティクスへ

年が明けたかと思っていたら、今日からもう春弥生3月・・・。
今、あれやこれやと幾つも重なっており、まったく余裕がありません。
特に、訳あっての「50(歳)の手習い」は思った以上に厳しく・・・、すっかり煮詰まってしまっております。
で、この現状を打破するべく、思い切って、この多忙の中、一切を放り出して、映画「ALWAYS三丁目の夕日'64」3Dを見に行ってきました。

e0027240_153627100.jpgまあ、このシリーズについてはたびたび、触れておりますように、昭和30年代・・・というものを4年弱しか知らない身だからか、どうにも、あの、とても良くできたCGにはなじめないものを感じておりまして・・・。
特に、平太郎独白録 : 古き良き「ザ・ヒットパレード」に想う、寂しい暗さに蔭が匂う。で申しましたように、どういうわけか昼のシーンにはいくらCGを駆使されてもイマイチ共感できないのに対し、夜のシーンになると思わず、引き込まれそうになるくらい郷愁を誘われる・・・と。

これは、まあ、幼心にしか当時を知らない世代としては、余計な情報が入ってこないからなのか・・・とも思いますが、一方で、かつてのNHKのドラマ「イキのいい奴」などではセットでありながら、物凄く、往時を感じるわけで・・。
もっとも、これも、たまたま舞台となったのが、私にとっての当時の福岡市下人参町と似通った風景の地域だったということだけなのなのかもしれませんが・・・。

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で、なぜ、今回、この映画を見に行ったかというと、これが3Dだったからでして・・・。
つまり、そこに奥行、立体感というものを添えれば、昼のシーンでももっと心打ち震えるものが出てくるんじゃないか・・・と思ったわけです。
これについては、まあ、前よりはましかな・・・という程度でしたが、驚いたのが3Dの進化・・・。
以前、アバターを見に行ったときは、大したものじゃないな・・・と思ったんですが、今回のそれはしっかり、「空飛ぶ十字剣」状態まで行ってましたよ。(古い!)

で、ようやく、本題ですが、劇中で、吉岡秀隆さん演じる売れない小説家の父が今わの際に見舞いに来た息子に対し、心を鬼にして、突き放すシーンがあったのですが、確かに昔の親父は、我が家も含め、決して子に甘くなかったですよ。
・・・と、ここまで書いたところで、本日もちょうど時間となりました~ということで、続きはまた近々。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-03-01 07:45 | 文学芸術 | Trackback | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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