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悲運の闘将・西本幸雄監督の逝去に去りゆく昭和を悼む
親愛なるアッティクスへ

e0027240_1751644.jpgプロ野球監督として、大毎(現ロッテ)、阪急、近鉄(ともに現オリックス)で8度のリーグ優勝を達成しながらも、一度も日本一になれず、「悲運の名将」と呼ばれた西本幸雄氏が、昨25日夜、逝去されたそうですね。
享年91歳だったとか・・・。
ここ2日、スポーツネタが続いていたので、本日は別の話題に触れるつもりだったのですが、この人が亡くなったとなれば話は別です。
(←せめてもの哀悼の意を表してカクテル光線です。)

西本氏といえば、以前から、たびたび、採りあげておりますが(参照:平太郎独白録 : 西本幸雄 ( 4 ))、私はこの人が現役の監督時代というのは、まあ、好きでもなければ嫌いでもない・・・という感じで、それほど注目してみていたわけではありませんでした。
従って、この人を敬愛するようになったのは、はっきりと覚えているわけでありませんが、おそらく、監督を引退された後、その生きざまを知ってからだろうと思います。
その為、私が覚えている頃はもう、近鉄の監督で、それまで、闘将として鉄拳を振るって阪急ブレーブスを引っ張ってきた氏も、「息子には手を挙げられても、孫には手を挙げられんよ」と若い近鉄の選手を見ながら語っていたのが印象的に残っているくらいでしたね。

そんな好々爺然としたイメージしか持っていない私の世代も、いつも口を「への字」に曲げていた姿だけは印象に残っています。
が、近鉄時代は、「祖父と孫」だったこの人も初めて監督になった大毎オリオンズ時代などは主力選手たちとは「兄と弟」という程度の年齢差しかなく、選手時代に特筆するような実績を持っていなかったこともあって選手掌握には随分、苦労したそうですね。
そのことは、大毎を去り、阪急に移ってすぐの昭和41年に、従おうとしない「弟」たちに対し、不信任が1票でもあれば辞任すると宣言し、自らの進退を選手らの信任投票にかけた・・・というエピソードに表れているでしょうか。

ちなみに、私がこの人について、最初に「ん?」と思ったのが、広島との日本シリーズでの「江夏の21球」で敗れたときのことです。
(と言っても、あの時も見ていたけれど、舞台裏であれほどのドラマが動いていたとは思いませんでした。)
激闘の最中、江夏 豊投手が敵である西本監督の方をちらっと見て、「このおっさん、ここで負けたら監督辞めるかもしれんな・・・と思った」ということを後にコメントしていたのを聞いて、「え?唯我独尊を絵に描いたような、あの、無頼派・江夏がこの人に敬意を払っているの?」とそのことに物凄く違和感を持ちました。

さらに思い出されるのが、最初の大毎時代、リーグ優勝したものの、知将・三原 脩監督率いる大洋ホエールズに日本シリーズで4連敗して敗退した際、その采配を名物ワンマン・オーナー永田雅一に批判されると、憤然としてこれを辞した・・・と。
この辺り、何だか今のナベツネさんと清武弘嗣前代表の巨人の諍いを見ているような気がしますが、でも、出処進退の鮮やかさという点では雲泥の差があるんじゃないですか?
いつの時代にも、ああいう勘違いした権力者なんてのはいるわけで、清武さんも、場外乱闘などに持ち込まず、「抗議の辞任」だけで良かったような気もするんですけどね。
まあ、監督と球団社長を同義に語るわけにはいかないのでしょうが・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-11-26 18:12 | スポーツ | Trackback(6) | Comments(0)

工藤公康氏の横浜監督就任打診にDeNAの勘違いを見る
親愛なるアッティクスへ

横浜ベイスターズの新スポンサーになることが事実上、決まっているディー・エヌ・エー(DeNA)は、新球団の監督に元西武投手で、現在、現役続行を模索中の工藤公康氏に白羽の矢を立てたという報道を耳にしました。
工藤氏もまんざらではないみたいですが、はっきり言って、客寄せパンダであることは誰の目にも明らかじゃないですか。
同社はこれまでにも、元日ハムの新庄剛志氏の監督就任も検討しているというような話もありましたが、はっきり言って、「一体、何を考えてるんだ・・」と言いたいですね。

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同社の春田 真会長は「プロなので目立ってなんぼだと思う」と言っていたそうですが、じゃあ、目立てば良いのか・・・と。
毎度、言っていることですが、ファンは歌が聞きたいのならコンサートに足を運びますよ。
勝てれば良いですが、成績が伸び悩む中、ファンは監督の知名度だけで球場に足を運びますかね?
無論、会長氏の言うことを全否定するつもりはありませんよ。
かつて、巨人の堀内恒夫投手がプロ入りする時、高校野球の監督から、「力投しているように見えるから、一回り大きい帽子をかぶれ」と言われ、「そんなことしなくて良い」と言うと、「アマはそれで良いが、プロはそうはいかん。プロはファンにアピールする物がなくてはならない」という内容のことを言われたという話がありますが、これはこれで一理あると思いますから。

しかし、それは堀内投手がプロ入り1年目から新人王を獲るような大活躍をしたから初めて評価される話であり、結果を残さなかったら、単なる目立ちたがりやで終わりでしょ。
この点は、先述した新庄剛志選手も現役時代、マスクをかぶったりして注目を集めた試合では必ず複数安打を打って結果を残すことを心がけていたと言ってましたが、心がけて簡単に打てるほどプロの世界は甘くないわけで、如何に必死で打席に立ったいたかということだと思います。
その意味では、工藤氏も監督として結果を残せれば問題ないのでしょうが、ここで思うのが、彼にはこれまで指導者としての経験が無いことです。

ここで思い起こすのが、サッカー日本代表でかつて名選手として活躍した前園真聖氏が指導者になるべく、日本サッカー協会指導者ライセンス資格取得に挑戦中・・・という報道でした。
サッカーは現役時代の知名度だけで、いきなり、監督なんてなれないんだそうですね。
協会公認のC級→B級→A級のライセンスを取得するための勉強会から、チームでの指導経験などの実務を経て、初めて、Jリーグチームの監督指揮ができるS級の取得を目指すことができるのだとか。
これは、素晴らしい制度ですよ。
この点は、メジャーリーグもそうですよね。
いくら、名選手でも、選手としての実績と指導者としての資格は別と考えられており、ベーブ・ルースが最後まで監督になれなかったように、指導者になろうと思えば、如何に現役時代の知名度が抜群でも、コーチや二軍監督を経ていなければ監督になれないと聞きました。
日本のプロ野球の場合、少し、あまりにも安易に監督に起用し過ぎではないですか?
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-11-25 19:20 | スポーツ | Trackback | Comments(2)

祝!今更ながらの福岡ソフトバンクホークス日本一!
親愛なるアッティクスへ

今月は近来、稀に見る更新さぼり月間でしたね。
(まだ終わってませんが(笑)。)
で、今更ながらではありますが、我が、福岡ソフトバンクホークスが念願、いや、悲願の日本一に輝くことが出来ましたので、この件についてちらほらと書いておくこととします。

e0027240_17192462.jpg

まず、今年の日本シリーズを見ていて思ったのは、2000年の日本シリーズと似ているな・・・ということでした。
2000年は、当時の福岡ダイエー巨人の対戦で、王 貞治、長嶋茂雄両監督の対決となったことから「ON決戦」と称されたシリーズでしたが、この時も、ダイエーが敵地、東京ドームで連勝スタートする形で始まったものの、その後、シリーズが進むにつれ、地力に勝る巨人が4連勝して幕を閉じました。
で、この時、当時、阪神の監督であった野村克也氏は開幕前に勝敗予想を聞かれ、吐き捨てるように一言、「そんなもん、巨人の4勝0敗ですよ」と答えていたのですが、結果的にダイエーの2連勝で始まったものの、最初の2試合を除けばそういう結果に終わったわけで・・・。

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確かに、当時の巨人は上原、松井、高橋(由)ら生え抜き組の充実という点はあったものの、マルティネス、清原に加え、この年獲得した工藤、 メイ、江藤ら、これでもかというくらい各球団の主力選手を掻き集めて批判を浴びたほどに戦力が充実しており、対して、ダイエーは小久保、松中、井口、城島らが台頭していたものの親会社の経営不振が囁かれていたことから、新たな補強は難しく、その為、選手層の薄さと先発投手陣のコマ不足は深刻でした。
今年、その野村氏はソフトバンクが連敗した時点で中日の4連勝も有り得ると言ってましたが、確かに、昭和35年(1960年)の大毎大洋の日本シリーズのように当初優勢を伝えられていチームが4連敗して終わるということもあるわけで、私も連敗した時は嫌~な予感がしましたよ。

ただ、それでもやはり、2000年と一緒で地力の差はいかんともし難く、第7戦は中日の選手は120%どころか、150%くらい力を出し切っていたんじゃないですか。
押し出し四球での先制点や長谷川の打球をセンターがグラブに入れながら落とした場面、松中の本塁突入を捕手がアウトにできなかった場面など、結果から見ると惜敗でしたが、もう、力尽きていた・・・という感じでしたね。
最後にこのシリーズを総括するとすれば、非情に徹した秋山幸二監督と、温情に殉じた落合博満監督というのが印象的なシリーズだったでしょうか。
調子が上がらない馬原投手を厳しい場面では使おうとしなかった秋山監督に対し、落合監督は8回に抑えの岩瀬投手を登板させていましたけど、もし、同点に追いついて延長になったらどうするつもりなんだろうと思いましたよ。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-11-24 19:12 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

病重い天皇がジョウイしてはいけない疑問は政治の怠慢?
入院中の天皇陛下の病状ですが39度の高熱が続いているそうですね。
「治まりつつあった気管支炎が再燃したか、呼吸器感染症の疑いがある」とのことですが、「退院されたとしても、今月いっぱいは御所でお休みいただくようお願いしている」とのことですから、いずれにしても、しばらくは静養が必要なのでしょう。
その結果、今月23日に予定されている宮中祭祀の「新嘗祭(にいなめさい)」は欠席の可能性が高くなり、他の公務も皇太子殿下秋篠宮親王が代行しているというニュースが流れてましたが、この点で、今朝のニュースを見ていて、二つ驚いたことがあります。

一つ目が、皇太子殿下が公務代行により山梨県に行く為に初めて「御召列車」に乗ったということ・・・。
「御召列車」って皇太子でも乗れなかったんですね。
今まで、安全保障のことを考え、揃っての公務は基本的には無かったんでしょうか?
ていうか、驚きなのは、今に至るまで、皇太子が「御召列車」に乗るような代行は無かったんですか?
でもって、二つ目が、公務代行の際には立派な二人の息子であっても、あくまで、「天皇のお言葉の代読」なんだということです。
秋篠宮親王はまだしも、皇太子殿下はもう、「代読」でなく、「皇太子」としてのお言葉・・・でも良いんじゃないですか?

でも、やっぱり、「皇太子」の代行ではなく、「天皇」その人でなければ・・・という人たちもいるんでしょうね。
だったら、天皇を譲位すれば良いじゃないですか。
天皇の位を皇太子に譲って、自らは「上皇」になれば良いのでは・・・と。
過去には、上皇や法皇などもいたのですから、現在の天皇が死ぬまで譲位できない・・・なんてこともないでしょう。
上皇となって、とりあえず公務の一線からは身を退いて、時々、「天皇」が出席できない・・・というようなときに顔を出してやれば良いんじゃないんですか?
今時、上皇を担いでクーデターを起こす連中もいないでしょ。

なぜ、このようなことを言うかというと、私としては根本的な部分で非常に素朴で義憤さえ感じる疑問があるからです。
それは、昭和天皇の晩年の時も思ったことなのですが、あの時も、皇太子殿下(今上天皇)は、今の立派な息子たちと同様に、もう、堂々たる働き盛りだったわけで、であれば、「見ているだけで痛々しい高齢の人」を無理して公務に引っ張り出さず、「もう、息子で良いじゃない」・・・と思いましたよ。
今上天皇についても、あの御高齢で、かつ、ああいう病状でありながら、「とりあえず、病状が回復したらまた公務ね」・・・というのは、私には人権無視、老人虐待以外の何物でもないように思えるのですが・・・。
政治家は、早急に天皇位を譲位できるように法整備に取り組むべきですよ。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-11-16 08:43 | 時事問題 | Trackback | Comments(2)

義経と仲達の差に見る上司に恵まれない時の政治判断
官房長官時代の枝野幸男氏を評して「頑張っているのに上司に恵まれない」ことを「エダる」と言う流行語があったそうですね。
まあ、いつの時代もこの手の話はあることのようで、「判官びいき」という言葉で知られる悲劇の名将・源 義経という人は軍人としては優秀でもやはり、高度な政治判断とは無縁の人だったのでしょう。
彼は自らのその後の保身のことを考えれば壇ノ浦平家を滅ぼしてはいけなかったんですよ。
平家の脅威が健在であれば、上司で兄の頼朝「狡兎死して走狗煮らる」の典型のような酷い仕打ちを科すことはなかったでしょうから・・・。

この点で、同じような立場に立たされた時の鋭敏な政治感覚を備えた人の対処例としては、三国志で有名な司馬懿 仲達の場合があります。
仲達という人は、三国志演義の中では、「死せる孔明、生ける仲達を走らす」などと言われ、天才軍師・諸葛亮 孔明にいつもいいようにやられる引き立て役のように描かれていますが、実際には孔明に勝るとも劣らない第一級の名将で、そのことは、都合5度に渡る両者の名勝負が「孔明の名采配の前に仲達が毎度苦境に陥りながらも最終的にはなぜかそのたびに孔明が撤退して終わる」という不思議な様相を呈していることを見ればよくわかるでしょうか。

三国志演義などはこれを「孔明の不運」として描いていますが、運などというものはそうそう一方にばかり加担するものではないはずで、実はこのとき、仲達が所属していた魏の王宮内では仲達の敏腕ぶりを危険視する反仲達派の人々がいたようで、(事実、最終的に魏を滅ぼし三国を統一したのは仲達の孫・司馬炎です。)、かといって、彼らにしても名将・孔明がたびたび攻め込んできている以上、これと対等に戦えるのは仲達しかいないということは衆目の一致するところで、となれば反対派も安易に仲達排除には乗り出せない・・・ということだったわけですね。
ただ、その一方で仲達は惨敗を喫したならば、反仲達派ももはや仲達に頼らなければならない理由はなくなるわけで、そうなると、この時とばかり仲達の責任が追及され生命の危険に瀕することになったでしょうから、その意味では、仲達は実績を上げてもいけない(=孔明軍温存)、上げなくてもいけない(=孔明軍撃退)という難しい課題を背負わされて、この戦いをやっていたというわけですね。

相手を完全に撃滅してしまうことが自身に与えられた役割であり、それが国益なのでしょうが、それをやっては我が身が危ない・・・という場合、上手に自分の身を守りながら、その上で国益を追求する必要があるということでしょうか。
                                         平太独白

by heitaroh | 2011-11-14 18:09 | 歴史 | Trackback | Comments(2)

なにげに日本シリーズなう
親愛なるアッティクスへ

e0027240_18345837.jpg福岡ドームなう。
何気に日本シリーズに来ています。
ていうか、今年ホークス戦初観戦。
まあ、今年は地元にあまりいなかったということもあるのですが、それよりも、クライマックスシリーズとやらが始まって以来、ペナントレースの勝敗は意味がなくなったように思えてならないわけで・・・。
で、今こそ、声を大にして言いたい。
「このシステムはおかしい!」・・・と。
今まではこの話を東京人に言うと、「ホークスが負けたから言っている!」と言われ取り合ってもらえず、邪馬台国九州説を支持しても同様。
私は我田引水で物を考える人間ではないということをいい加減にわかってほしい!

ちなみに、
「11月15日(火)〜17日(木)にヤフードームで開催を予定していた日本シリーズ第3戦〜第5戦(ナゴヤドーム)のパブリックビューイングは、諸般の事情により中止」とのこと。
昨日、福岡ドームに爆発物を仕掛けたという書き込みをした東京都大田区の人が逮捕されたというニュースもあったみたいだけど、東京人はよほど中日が許せないんだな・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-11-13 18:34 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

世界人口70億人突破に思う福田赳夫元総理が危惧の足音
親愛なるアッティクスへ

11月に入って初めての更新です。
気になってはいたのですが、とにかく、今、むちゃくちゃ忙しいです。
目が回るような忙しさで意識朦朧状態なのに、たった今、あっさりと、「今週までに処理しておいて戴ければ結構ですから・・・」なんて気軽に言われてしまい、絶句状態です。

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去る日本時間10月31日に世界の人口はついに70億人を突破したそうですね。
それを記念して、世界の人口問題に取り組む国連機関・国連人口基金の東京事務所から、10月31日生まれの赤ちゃんには希望すれば「70億人目」の認定書が発行される・・・と聞きました。
70億人という数字は一見、日本のような少子化が懸念されている国から身れば結構なことのようにも思えますが、これを2011年という数字の上から見ると決して手放しでは喜べない、むしろ、認定書なんて出している場合ではない、とても深刻なことであると思えます。

実は、今、河野一郎という政治家に興味があり、その一環として、先日から、「私の履歴書 保守政権の担い手」という本を読んでいました。
(河野一郎とはかつての政界の一雄として、吉田 茂をして「顔を見るのも嫌なのは河野一郎とスカルノ」と言わしめた人物にして、前自民党総裁・河野洋平氏の父、現自民党代議士・河野太郎氏の祖父になります。)
ところが、それだけの人でありながら、今、この人のことについて書かれた資料で満足いくような物があまりなく、それでやむなく、日経新聞連載の「私の履歴書」の復刻版を取り寄せた次第でした。

従って、同書には河野一郎のみならず、岸 信介から中曽根さんまでが集録されており、その中でもっとも印象に残ったのは田中角栄元総理の部分だったのですが、この辺はまた、後日触れるとして、私が申し上げたいのが福田康夫元総理の父、福田赳夫元総理の部分でした。
一部、抜粋しますと、氏は「21世紀の人類の大きくかつ困難な障害」として特に「最も困難な問題」として上げておられたのが人口問題でした。
曰く、「世界の人口はイエス・キリストのころは二億人だったといわれ、それが今世紀初めに十六億人になった。その十六億人の世界人口は今世紀末に六十四億人になる。そして、今後当分の間、一年間に一億人は増え続けること必至と見られている」・・・と。

確かに、古代ローマの当時の人口が3,000万人で世界人口の1/4を占めていたと聞いたことがありますから、キリストの時代はそんなもんだったんでしょう。
それが2000年かかって8倍になったのに、この100年でさらにその4倍・・・でしょ。
(ちなみに、氏がこれを書かれたのはまだ存命中の平成5年だそうですから、ここで言われている「今世紀末」とは20世紀のことですね。)
以前、平太郎独白録 : 自然淘汰容認論で申し上げたことですが、地球が人類を養えるキャパシティに限りがある以上、このまま、増え続けることがどういう事態をもたらすかは容易にそうぞが付くことで、今更いうことでもないのでしょうが、福田赳夫元総理が危惧していた数字が着々と現実のものになりつつあることを思うと、何だか、とても不気味に思えてなりません。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-11-09 19:16 | 国際問題 | Trackback(1) | Comments(6)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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