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遅い夏休みとなった今年の夏旅・五島列島福江島 その3
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。
かなり、時間がないのでさっさと飛ばします。

昨日、申し上げた日本最後の城、石田城ですが、今も立派な石垣や白塀などが残っており、なかなかに壮観なものを感じさせていました。
ただ、残念だったのがその管理状態・・・。

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中には立派な庭園などもあったのですが、あまり、手入れが行き届いているとは言い難い状態で、裏の通用門などもこの(↑)状態・・・。
なかなかに結構な料金とっていたので、それが逆に入場者離れを招いているのかな・・・などと思っていたら、この城、なんと殿様の五島家の所有なんだそうですね。
以前は行政が管理していたのか入場料なんてとっていなかったそうですが、戻されたから、金をとらなければならなくなった・・・ようなこともちらりと耳にしましたが、それでも、もう少しどうにかならないのかな・・・という気はしましたね。

ところで、今回のこの福江島行に当っては、事前の天気予報では降水確率50%であまり、好天とはいえない予報だったんですが・・・、行ってみると、晴れ男の面目躍如・・・で、どうですかこの快晴!

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旅行中は、行くときの船の中で降っただけで、あとはまったく降りませんでした。
帰途も、博多では結構降ったそうですが、長崎ではまったく降らず、佐賀辺りから地面が濡れてましたが、私が博多に着いた時にはすっかり雨も上がっており・・・。

e0027240_11153637.jpgおっと、そういうことを言っているとまた、手痛いしっぺ返しをくらいますね。

「晴れ男
  驕り高ぶり
    ヌレネズミ」
     梁庵平太


ちなみに、これは帰ってきて聞いた話ですが、ゲリラ豪雨の数というのは今、福岡東京を抑え、日本一なんだそうですね。
これも意外と言えば意外でした。

ところで、五島列島はキリスト教の教会が多いのですが、ここでも意外な話を耳にしました。

タクシーの運転手さんから聞いたのですが、「隠れキリシタン」というのは差別用語なんだそうですね。
牧師さん曰く、「潜伏キリシタン」と言わなければならない・・・と。
「潜伏」なら良くて、「隠れ」がダメ・・・というのも何だかよくわからない表現ですが(笑)。

で、明日へ続く。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-08-31 07:59 | 地域 | Trackback | Comments(0)

遅い夏休みとなった今年の夏旅・五島列島福江島 その2 
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

この福江島という所は聞けば、結構、意外なことが多く・・・、まず、ここは離島でありながら豊富なんだそうですね。
五島列島でも最大の島であることから、(確か日本の離島の中では種子島に次いで9位くらいだったかと。)ここには長崎県下で一番長い川が流れているのだとか。

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話を先に進めると、この島には石田城という日本最後の城があります。
日本最後・・・というのは、日本最古の間違いではなく、日本で最後に作られた城・・・という意味ですね。
つまり、幕末、西国の離島は欧米列強の脅威に直接さらされるようにとなってきたことから造られた城・・・なわけです。
で、城自体は大変立派な城で、石垣なども、思わず、道を間違えて福岡城の裏手に出てしまったような気にさせられる感じがありました。

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で、驚くべきは、ここは昭和30年代くらいまでは完全な海城だったそうで、その後、大型船が着岸できるような港を作るために埋め立てられたそうで、今ではまったく海に面していない城なのですが、今でも城の海側の堀は海水で干潮時には海の蟹が穴を掘っていたのに対し、裏側・・・、つまり、陸地側の堀は完全な淡水が泳いでいたことです。

e0027240_12544799.jpg(←近寄らなくても明らかに真水だとわかる堀の中にある湧水。)

ちなみに、どうして、そういう早い段階で港湾整備が進んだかというと、この島から長崎県知事を4人くらい続けて出したんだとか。
思えば、長崎県というのは海岸線の長さは日本有数なのでしょうが、面積自体は至って小さく、福江島に県下最大の川があることに象徴されるように、かつては面積・人口・GDPなどの点に置いてその発言権は決して無視できないものであったのでしょう。

意外な話はまだまだ明日に続く・・・と思う。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-08-30 07:15 | 地域 | Trackback | Comments(0)

遅い夏休みとなった今年の夏旅・五島列島福江島 その1 
親愛なるアッティクスへ

e0027240_12164080.jpg先週、少し遅い夏休みで長崎県福江島という所に行ってきました。
と言いますのも、何せ、今年は7月までこちらに居ませんでしたから、福岡に帰ってきて、子供の都合を聞いて、日程を絞り、手配をかけようとしたらすでにどこもすべて満員・・・という返事で、ようやく、第三希望辺りでヒットしたのが五島だったという次第でした。
福江島は、正確には今は五島市なのですが、単に「五島」と言われても、ピンとこない人もいらっしゃるかと思いますので、少しご説明申し上げますと・・・。

ここは、いわゆる、「五島列島」の中の島の一つで、下五島に属し、五島列島の中では南端にして、かつ最大の島です。
つまり、長崎県五島市というよりも、長崎県五島列島下五島福江島・・・なわけですね(笑)。
もっとも、平成の大合併により五島列島はすべてが合併して五島市になったかというと、さに非ず・・・で、下五島だけが「五島市」になって、上五島は新上五島町になり、さらにその北端の小値賀島だけは佐世保市になったんだそうです。

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思えば、同じ長崎県の対馬が合併に際し、色々言う人がいたものの、上と下で一つの対馬市になったという話や、また、福岡市の天気予報では「壱岐対馬地方」と一括りにされる壱岐対馬が微妙に互いに対抗意識があるという話を耳にしてましたので、五島列島も上五島と下五島でで色々あったんだろうな・・・と思っていました。
(それに、同じ長崎県でも上五島は佐世保市の経済圏であり、下五島は長崎市の経済圏だということは知ってました。長崎と佐世保の間にも微妙な感情があるそうですね。まあ、この辺は両雄並び立たずで福岡-北九州も人のことは言えませんから(笑)。)

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ところが、現地で聞いたところ、こちらはもう、島同士、バラバラなんだそうですね。
つまり、まったく付き合いがない・・・と。
(タクシーの運転手さんも、「私も上五島なんて行ったことがない。どこか行くとすれば長崎」とおっしゃってましたが、確かに、用事がなければ風景に変わりがあるわけじゃなし、わざわざ、船賃使ってまでいかないでしょうね。)

で、そんなこんなで行ったこの島なのですが、いくつか新鮮な驚きがありました。
まずもって意外だったのが、その面積・・・、意外に大きかったですね。
一周、車で3~4時間くらいとのことでしたが、海水浴でもやりながら、ふらふら見て回るのではとてもとても、1日では足りなかったですね。

ということで、明日に続く・・・と思う(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-08-29 06:52 | 地域 | Trackback | Comments(0)

ナイアガラの滝転落死に人は驚きながら死ぬを思う夏の終わり
e0027240_13123751.jpg先週の日曜に、日本人学生らしき人物がナイアガラの滝から落ちたらしいというニュースがテレビで流れましたよね。
結局、木曜日に遺体が見つかったとか・・・。
私はこの滝には行ったことはありませんが、この滝は川の水量も含めてもの凄いものがあるらしく、間近で見ると怖いくらいだ・・・とも聞きました。
であれば、柵から乗り出して撮影する危険には思い至らなかったのか・・・ということが思えてなりません。

ただ、それだけの滝だけに落ちた以上はそうなることは必然だったのでしょうが、本人もまさか、ここで死ぬとは思わなかったでしょうね。

「皆、びっくりしながら死んでいった」とは過酷な戦場体験をお持ちの老漫画家・水木しげる翁の言葉ですが、確かに、「死」なんてものは、「はい、今から死にますよ」といって訪れるものばかりとは限らないわけで・・・。
水木翁の場合も、無論、戦場にいるわけですから、誰も「死」というものを自分には関係ない遠い世界の出来事・・・とは思っていなかったでしょうが、それでも敵の弾に当たって死ぬのならともかく、食料を探しに行ってワニに食われたり、穴を掘っていて土に埋まって死んで行った兵士らもいたといいますから、そういう人たちは、「え?俺、こんなので死ぬの?うそ?え?」って感じだったんじゃないでしょうか。
上杉謙信も戦死した家臣に対し、「驚きながら死んで行くやつがあるか」と言って悼んだ・・・という話も聞いたことがありますから、やはり、「死」というものと隣り合わせの戦場であっても、そういうことがあるものなのでしょう。

となれば、ましてや、危険とは縁遠い平和な日常生活を営んでいる我々としては、突然、死というものに直面したとしても、なかなか、その現実を受け入れることは容易ではないことは想像に難くないことで、実はこの辺は、私にも経験があります。
恥ずかしながら、若い頃海で溺れて死にかけたときには本当に、そう思いましたね。
「え?まさか?俺、こんなことで死ぬの?まさか、え?」・・・って。
他にもまだありますが、多かれ少なかれ、そういうことは考えましたね。

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この方も「ここからロープで滝壺まで下りてくれ」と言われれば十二分に気を付けられたでしょうが、「ちょっと乗るだけなんだから」という安易な気持ちがあったのでしょう。
でも、私がそこに居て、その人を責められたかと言われれば、ちと、自信がありません。
親としては、「運」で済まされる話ではないでしょうが、その人と私とにどれだけの差があったのかと考えると・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-08-28 07:57 | 思想哲学 | Trackback | Comments(0)

竹脇無我さん死去でまた一つ去った昭和の記憶
親愛なるアッティクスへ

e0027240_11194661.jpg昨夜、すべてのポイント失効してしまう・・・という夢を見ました。
やはり、私は病んでいるのでしょうか(笑)。
で、出勤したら、口座が残高不足になっていて引き落としできなかった・・・という事実を知らされました。
やはり、私は病んでいるようです・・・(涙)。

(←以前、重慶の観光地で見かけた標語?です。「貧乏性なのに浪費症」ふたご座の特徴と聞いて思いっきり納得した私のために設置されているのかと思いましたが・・・。要は今の中国には私のようなのがたくさんいる・・・ってことでしょうか。もっとも、上には上がいましたけどね(笑)。)

などという、与太話は置くとして、俳優・竹脇無我さんがお亡くなりになりましたね。
今の人たちにとっては「誰?」でしょうが、私にとっては「二枚目俳優」の代表選手みたいな人で、この点で少々、印象に残っている役者さんでした。
と言いますのも、実は我が家は結構、美男美女の家系でして・・・。
そう言うと、リアルの私を知っている方は思いっきり噴き出されるかもしれませんが、哀しいかなこれは真実でありまして、つまり、私だけが例外なわけで、まあ、それはさておき、それだけに子供の頃から周囲に美男美女の顔がごろごろおり・・・。
もっとも、その辺は天性の助平だったんでしょうね、女性の顔はすべて美人に見えるんですが、なぜか、男性の顔は少しくらいの男前ではまったく男前に見えなかったんですよ。

その私が、子供ながらに「世の中にれほど格好いい人がいるのか」と思った男性が二人・・・。
一人が竹脇無我さんで、もう一人が石坂浩二さんでした。
子供心にも「ハンサムというのはこういう人のことを言うんだろうな・・・」と思いましたよ。
石坂さんは今でもお元気ですが、竹脇さんの方は長らくうつ病に苦しんできたと聞きました。
ドラマ「だいこんの花」で父子を演じた森繁久彌さんとは私生活でも実の父子以上の付き合いがあったと聞きましたが、その森繁さんがうつ病に苦しむ竹脇さんに言ったという「人間笑ってばかりも生きられないが泣いてばかりも生きられない」という言葉も強く印象に残っております。
享年67歳。
私にとってはまた一つ、昭和の記憶が遠くに去ってしまった・・・という感を強くしておりますが、謹んでここにご冥福をお祈りします。
合掌・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-08-23 08:01 | 時代観 | Trackback | Comments(4)

人間五十年目で初めての竜巻来る・・・
親愛なるアッティクスへ

もう、最近ではすっかり年取って、長らく「朝寝坊」というものをしたことがない私なのですが、昨日は早朝4時前頃にトイレに起きて、そのまま例によって眠れずに、撮りだめしていたテレビを見ていたら珍しく二度寝してしまい、目が覚めたら11時を過ぎていました。
で、起きていったら家人から、「なんか竜巻が来たらしいよ」・・・と言われ、「はあ?竜巻?」・・・と。
聞けば、「OO公園は木が折れたりしとうらしい」などと言うのでガキを連れて早速、出かけてみました。

e0027240_11582258.jpg「こんな街中で竜巻だなんて、そんな馬鹿な・・・」と思いつつ街を歩いていると、まあ、確かにゴミは多少、散らかってはいるものの案の定、到底、竜巻とは程遠い状態で、自販機の横の空き缶入れすら吹っ飛んだ様子はない・・・。
ところが、大通りを一つ渡って、目的地の公園へ来たところ・・・、いきなり公園内の樹木がこの状態(←)。
「え?本当に竜巻が来たんだ・・・」と。
そう実感させられるほどに、明らかにこれは少し異様な折れ方でしたね。

九州人はまあ、台風慣れしてますから、割と台風被害は見慣れているのですが、今回のそれはまるで違うんですよ。
台風だと一帯の樹木は軒並み同じ方向に、しかも根元から倒れてしまうのに対し、これはまるで巨人人力でポキッと折ったみたいに途中から、それも特定の樹木だけ、ピンポイントで折れているわけです。

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(↑同じ樹木を違う方向から見たものです。手前の樹木や奥のもっと細い樹木に何の被害も無いのがお分かりいただけると思います。)

さらに、他にも電柱も4本倒れていたそうですが、私はそれには気づきませんでした。
(ガキは気づいたらしいですが。言えよ・・・と。)
でも、それよりももっと、私の目には異様に写ったのがこちら(↓)。

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しなやかで折れないことの代名詞のように言われているが、しかも、手前の数本だけ倒れているんですね。
もし、私が竜巻が来たということを知らずにこういう光景を見たとすれば、たぶん、誰かの悪戯だと思いますよ。
まあ、九州にははいませんが、熊の出没を良く耳にする本州などであれば、「熊の仕業」かと思うでしょう。
昔の人はおそらく、こういうのを見て、化物などの伝説物語などの昔話を想像したんじゃないでしょうか。
「無知と臆病は宗教を作り、知識と勇気が科学を作る」というのが、私のかねてよりの存念ですが、いかがでしょうか、ご同輩・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-08-22 07:28 | 地域 | Trackback | Comments(4)

東日本大震災・北関東派遣見聞録 その4 生き別れリスク
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

そんなこんなで、学生時代の友人と一緒に行くことになったわけですが、いくら、良い年こいた大の大人が自分の意志で来た・・・と言っても、そこはやはり誘った手前、私には彼の家族に対してのある程度の責任はあると感じておりました。
で、たびたび申し上げておりますように、今となっては隔世の感があるのですが、当時はまだ東日本大震災の発生から1ヶ月も経っていない頃ですから、どういう不測の事態が起こるやもしれず・・・、ノーリスクだとは毛頭思っておりませんでした。
(実際、「建築士」という腕章を付けていたら、殺気立った被災者の方たちから囲まれて、「うちも見てくれ」、「いや、うちが先だ!」などというようなことになったらしい・・・というような話も聞いていましたし・・・。)

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そして何より困惑したのが、地震に起因する怪我などについては一切、保険が適用されないということ・・・。
つまり、建物の調査中に余震が来て建物が倒壊し、その下敷きになったような場合でも怪我の治療費はすべて実費かつ自腹ということになるということですね。
(つまり、労災が出ないということですから、場合によっては社会保険も否認される可能性もあったでしょうね。ちなみに、死亡の場合、生命保険は出るようでしたが。)

e0027240_12363377.jpgその上で、当初は茨城、千葉、栃木と勤務地ははっきりしないし、行った後も「そこから誰か一人だけ隣県へ移動してもらうことも有り得る」・・・などという話もあったこともあって、私が一番危惧していたのは、お互い、別々の場所で活動していて、再び、大地震が起こった際に、「何日経っても彼に連絡が取れないから、もう帰ったのだろうと思って、独りだけ福岡に帰ってきたら彼はまだ帰ってなかった・・・」というような事態になった場合のことでした。
(←神社仏閣は殆どこの状態。)

したがって、できるだけ一緒に行動させてくれ・・・ということを申し入れた際には、他の建築士の中には「この期に及んで女々しいやつらだ」という目で見ていた人もいたようですが、真意はそういう所にあったわけで・・・。
と、まあ、今となってはすべて笑い話ですが、当時は本当にそういう切迫感がある中での活動開始だったということですね。

いずれまた続く・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-08-17 08:28 | 社会全般 | Trackback | Comments(2)

東日本大震災・北関東派遣見聞録 その3 隣の芝生
親愛なるアッティクスへ

先日の続きです。

そんなこんなで宇都宮に到着し、業務に精励する毎日が始まったのですが、(業務の内容については肝心要の所ではありましょうが守秘義務の絡みがあり、また、プライバシーの問題もあるため、あまり具体的なことは申し上げられません。この辺のこと、よろしくお汲み取りくださいますようお願い申し上げます。)以前も申しましたとおり、ここには学生時代の友人と二人で行っており、最初の頃はこの友人と勤務が終われば、「今日はどこ行くや?」であちらこちらの店に行きました。
(宇都宮と言えば餃子だと思いますが、餃子は最初の1週間で飽きました(笑)。)

で、時にはそのまま互いの部屋で焼酎を傾けることもあり・・・、そのとき、彼に言ったのが、「まさか、この年になっておまえと二人でこんな所に来るとは思わんやったぜ・・・」でした。
「30年ぶりの修学旅行だ」・・・と(笑)。
と、申しますのも、彼とも卒業後、そう頻繁に会っていたわけでもなく、特にここ10年くらいは殆ど年賀状だけの付き合いでして、となれば、当然、部屋で杯を酌み交わすうち、話は互いの家族も含めた近況のことに及んでいき・・・。

e0027240_17111984.jpg(←宇都宮城攻略の際に土方歳三が斬り込んできたという橋です。後方が宇都宮城ですから、土方は橋の向こうからこちらに向かい刀を振りかざして吶喊してきたわけで、隊士の先頭に立つその勇姿が見えるような気がします。アスファルトですが(笑)。)

で、彼は建築設計を生業としているのですが、私などからみるとその人望は恐るべきものがあり、実態はまったくの個人商店でありながら、聞けば得意先は皆、誰もが知るような錚々たる所ばかり・・・。

私は、この10年、彼の人望にはいささかも衰えがなかったことを痛感した次第でしたが、ただ、その彼をしても業界の衰退ぶりだけはどうしようもないようで、息子には「自営業はやはり大変だから、『おまえは大きな会社に行け』と言っている」と言ってました。
で、それを聞いて思い出したのが、よく、昔のドラマで出てきた、「百姓は大変だから、おまえは大きな会社に入れ」というセリフ・・・。

また、栃木で乗ったタクシーの運転手さんは「もし、娘がタクシーの運転手と結婚すると言ってきたら、俺は猛反対する」と言ってましたし、工務店経営者の別の友人は「きつい・汚い・危険3Kの仕事だぞ。それで、明るい展望があるならいいけど少子化供給過剰で萎む一方の業界だ」と言っていたのですが、一方で、某大企業勤務の友人は「うちの会社は自殺率が異常に高い」ということを言っていたのを思い出し、結局、皆、隣の芝生が青く見えるだけじゃないのか・・・と。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-08-16 17:50 | 思想哲学 | Trackback | Comments(0)

なでしこジャパンの活躍に違う意味での日本代表を思う
親愛なるアッティクスへ

この夏、一番の印象に残る出来事としては何と言っても女子サッカー日本代表チーム「なでしこジャパン」世界一!があるでしょうね。
ただ、今回のなでしこたちについては少しこれまでの日本代表とは異質な部分を感じております。
それは選手たちの出身地でして、いつもこの日本代表というものを見ていると、私としては、別の意味で「ああ、本当に日本代表なんだな・・・」という感慨を強くします。
すなわち、同じ世界一という点で、野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で二回連続世界一に輝いた選手だけを挙げてみれば・・・。

鹿児島県出身、川崎宗則選手、福留孝介選手は関ヶ原の中央突破で知られる戦国最強の薩摩隼人
また、馬原孝浩投手は反骨の肥後男・通称、肥後もっこすと呼ばれる熊本県出身で、青木宣親選手はその薩摩と覇を競った宮崎県出身、
さらに、藤川球児投手は同じく四国の猛者で知られる土佐っぽ・高知県出身。
共に、昔から、兵隊が強いところで有名です。
さらにいえば、岩村明憲選手は藤原純友とともに海から中央政府を戦慄させた愛媛県出身で、一方、平将門に率いられた千葉県出身は小笠原道大選手。
関東という点では、近藤勇をして「武者は坂東に限る」と言わしめた坂東武者代表は栃木県出身の渡辺俊介投手、東京都出身の松坂大輔投手・・・。
そしてそして、イチローはといえば、織田信長、豊臣秀吉に率いられ、機動力と先見性で天下を席巻した尾張兵・・・。
ついでにいうと、杉内俊哉投手は千里の彼方にまで漕ぎ出した駆け引き上手な博多商人で知られる我が福岡県出身・・・とまあ、何か、それ見てたら、「あ、本当に日本代表なんだな・・・」と(笑)。

ちなみに、サッカー男子で日本代表を牽引した中田ヒデ武田信玄に率いられ、戦国時代を席巻した山梨県出身・甲州武士。
そう言われてみれば、あの精悍さはさもありなんと・・・。
(あんな顔が武田騎馬軍団にぞろぞろいたことを想像すると、もう、それだけで、武田兵のその強さが想像出来るような気が・・・。あまり、暗いところでは会いたくないですね・・・(笑)。ついでに言うと、川合俊一、ジャイアント馬場はその甲州兵と川中島で死闘を繰り広げた新潟県出身です。)

そう考えると、今回のなでしこの選手たちは殆どが東京、神奈川、埼玉、栃木と関東に集中しているんですよ。
これはつまり、男子と女子の違いはあるにしても、競技としての女子サッカーがいかに認知されてこなかったかということの裏返しではないかと思います。
その意味では今回の彼女たちの活躍がその意味でも第一歩なんだろうなと。慶祝、慶祝。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-08-13 17:06 | スポーツ | Trackback | Comments(4)

東日本大震災・北関東派遣見聞録 その2 宇都宮へ
親愛なるアッティクスへ

先日の続きです。

e0027240_1125293.jpgそんなこんなでさる4月5日博多を発って任地である宇都宮へ向かったのですが、先日も申し上げましたとおりで、とにかく、荷物がものすご~~~く重かったことから、飛行機で行ってこの重い荷物を引きずりながら乗り換え乗り換えするよりも・・・ということで、新幹線で行くことにしました。
通常、福岡人が新幹線で移動するのはせいぜい名古屋辺りまでですから、私も博多から新幹線で東京まで行ったのは初めての経験でしたね。
で、11時発ののぞみに乗って東京着が16:13・・・。
正味、5時間ちょいですから、早くなったものです。
以前は確か、7時間かかってましたから。

で、東京駅で下車して、宇都宮行の新幹線に乗り換えようと思ったら、意外に寒いのにびっくり。
この日の博多はもう、半袖で十分でしたから。
もっとも、行くに当たっては東京から先は計画停電で動いていない可能性もあるといわれていたため、最悪の場合はサウナも何も帰宅困難者であふれていて、駅のベンチで一晩を過ごさなければならないという事態も想定していたため、スーツケースの中にはしっかり、作業用防寒着を持参していましたけどね。
(ちなみに、この防寒着、いわゆるドカジャンですが、帰りに少しでも荷物が減るように捨ててくるつもりで、誰の物でいつからそこにあったのかわからなかった物を洗濯して持って行った物だったのですが、栃木県は意外に寒い時期が長く、このドカジャンは随分、活躍してくれました。当然、今も我が家にあります(笑)。)

ま、そんなこんなで東京駅で乗り換えて、宇都宮に着いたときにはもう暗くなってましたが、とりあえず、ビジネスホテルにチェックインし、一服した後、夕食をとるべくホテルを出ました。
で、宇都宮と言えば当然、餃子でしょうが、そもそも、ホテルがある場所がどういう所かもわからないので、とりあえず、繁華街と思われる所をうろうろしたものの、平日の20時になるかならないかという時間帯にも関わらず、どこも真っ暗・・・。

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結局、駅前にあった餃子屋に入りましたが、まあ、餃子自体は博多にもありますからそれほど驚くことはなかったものの、どうにも違和感があったのがその大きさ・・・。
博多の餃子は一口サイズですが、こちらのはでかい・・・。
いつもと同じ調子で3皿、4皿とったら、もう、腹が膨れて大変でした。

そのうち、次回に続きます。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-08-12 07:33 | Trackback | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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