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下野薬師寺での道鏡に思う、新しい時代に入った震災体験
親愛なるアッティクスへ

e0027240_18534064.jpg「道鏡の
  見果てぬ夢の
   欠片かな」
    梁庵平太


下野薬師寺は「天皇家の人間以外で天皇になろう」という邪心を抱きながら、和気清麻呂の忠心の前に失脚した道鏡が押し込められ、失意のままに世を去った所ですね。
(その意味では、まさしく、日本のラスプーチンと言うべき存在でしょうか。もっとも、時代的には道鏡の方がはるかに先ですから、むしろ、向こうのほうが「ロシアの道鏡」と言うべきかと・・・(笑)。)

さて、先日、今回の東日本大震災で津波に対しての避難訓練の映像が流れていたのを見て思ったことがあります。
すなわち、この避難訓練は50年後まで続いているのか・・・と。
今は、津波というものの甚大な被害の記憶があるから、こうやって、避難訓練などやっているのでしょうが、宮城県以南の地域はともかくとして、三陸沖明治・昭和の大津波を経験していたわけですよね。
にも関わらず、津波の教訓はわずかに土地の古老の記憶として残っていたに過ぎなかった・・・と。

ただ、過去の大津波の時と大きく違うのは被災地以外の人々も含め、津波というものの恐ろしさ、驚異というものを具体的に映像で共有できた・・・ということだろうと思います。
実際、被災地から遠く離れた私などはもし、明治や戦前だったら、おそらく、「東北の方では何か大きな被害があったらしい」・・・ということくらいで終わっていたはずなんですよ。
つまり、この悲惨な経験は被災地だけの記憶であり、時代を経るごとに磨耗していき、やがて、古文書の中でだけしか知りえぬ世界となる・・・と。
それが、今回は遠く離れた私たちでもその記憶を共有できているわけで、さらに必要なときにいつでもそれをだしてきて、繰り返し見ることができる・・・。
つまり、震災を知らない世代の子供たちにも被害の恐ろしさを伝えていくことができるという、これまでになかった状況にあるわけです。
であれば、50年後、100年後にも避難訓練が続いている可能性がある・・・ということを思い、少しだけ心強く思いました。
                          平太独白
by heitaroh | 2011-06-30 19:30 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)

すっかり朝ドラ化した観がある大河ドラマに辟易
親愛なるアッティクスへ

e0027240_21523320.jpg再来年の大河ドラマ・・・、綾瀬はるかさん主演で、新島八重だそうですね…。

(←一抹の涼をお楽しみください(笑)。)

でも、本来、女性に「ウケ」を求めたのは朝ドラで、大河ドラマはもっと骨太だったはずなんですが、これでは、朝ドラとどう違うんだ・・・と。
時代的にも、「おひさま」の主人公が生まれたとき、新島八重はまだ生きてたんじゃないか?・・・と。

ちなみに、津田梅子じゃなくて、山川捨松(大山)でもなくて、新島八重というところがミソなんでしょうね。
何となくわかるような気がします。

日本中が龍馬ブームに沸いた昨年、会津だけはまったく話題にもなかなかったそうですから(笑)。

                      平太独白
by heitaroh | 2011-06-29 21:52 | 音楽芸能 | Trackback | Comments(2)

梅雨空に 昭和を見たり 宇都宮
親愛なるアッティクスへ

e0027240_20485420.jpg「梅雨空に
   昭和を見たり
     宇都宮」
        梁庵平太


今日のはとにかく、暑かったですね。
汗のあまりの噴出し様に、我ながら、びっくりでした。

ところで、今月末、北京上海を結ぶ中国版新幹線「高速鉄道」が開業し、中国の大動脈を結ぶ1318キロが、これまでの半分の最短4時間48分で走ることになる・・・そうですね。
翌日に控えた中国共産党創建90周年の前日の開業は国威発揚の狙いがあると言われていますが、まあ、それはあるでしょうね。

ただ、一方で、車両は日独の技術をベースに改良され、特許権をめぐる問題が浮上しているほか、急ピッチの工事による安全面への懸念もぬぐえない・・・とか。
でも、特許権の問題はともかく、安全面を言えば、日本だって、山陽新幹線博多乗り入れの時は突貫工事で、おかげで今頃になって、トンネルの天井が剥離したりしているわけで・・・。
ただ、私が思うのは5時間弱と言えば、たぶん、東京~新下関間くらいじゃないですか?
であれば、飛行機で行ったほうが早いのでは・・・?

ちなみに、下関では驚いたときには皆、「奇跡 化石 下関」と言うと聞きましたが、本当でしょうか?
by heitaroh | 2011-06-28 20:48 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)

一見の価値あり「日本のマチュピチュ」上州金山城 中編
親愛なるアッティクスへ

e0027240_19152962.jpg「もののふの
 気を塗りこめし
   梅雨の城」
     梁庵平太


昨日の続きです。
本当は日曜は書かない主義だったのですが、なにせ今、平日は思うように時間が取れない生活が続いており、UP出来る時にやっておかねば・・・と。

私が「日本のマチュピチュ」と申し上げた上州金山城ですが、、突如、山中に出現する石垣群にはとにかく、幽玄にして荘厳・・・、間違いなく、誰かがそこに居た・・・と感じさせるものがあり・・・。


e0027240_19201461.jpg名匠・黒澤 明監督が生きていたら、是非、映画のセットに使いたい・・・と言うんじゃないかと思いましたよ。
その意味では、佐賀名護屋城(名古屋城じゃないですよ)に通じるものがあるでしょうか。
まあ、あちらは海沿いですから、ちゃんと観光地として開けており、その意味では、こういうマチュピチュみたいな秘境的雰囲気はありませんが・・・。
もっとも、黒澤監督は名護屋城で撮影をやったときには、本当に城を作って燃やそうとしたそうですから、それも歓迎できる話ではないでしょうが(笑)。


e0027240_1919268.jpg


ただ、それほどの城でありながら、どうしてこれまで無名だったかというと、やはり、そこに関わった人の知名度の低さがあるのでしょう。
つまり、ハードは素晴らしいがソフトがそれを活かして切れていない・・・と。
これが、鉢形城川越城などのように小田原北条氏の要地として、それなりの武将が居城としていたということでもあればともかく、上杉謙信の攻撃を退けるなど、関東七名城の一つとされる・・・にも関わらず、ここを居城としたに由良氏は恥ずかしながら、私も知らなかった次第でして・・・。

もう一回補足的な意味を込めて続きます。
                 平太独白
by heitaroh | 2011-06-26 20:12 | 歴史 | Trackback | Comments(4)

一見の価値あり「日本のマチュピチュ」上州金山城 前編
親愛なるアッティクスへ

         「ひのもとに マチュピチュ見たり 玉の汗」
                         梁庵平太


e0027240_18551064.jpg昨日、少し触れましたように、今月、栃木県に来て初めての休みを利用して、群馬県太田市金山城跡にに行ってきたのですが、そもそも、なぜ、この城に行ったかと言いますと・・・、実は、以前、足利織姫神社に登った際、そこから見えた、県境を挟んでの対面に位置する山をこの山と勘違いしたことからでして・・・。
そんな具合ですから、当然、恥ずかしながら、私はこの城の存在は殆ど知りませんで、地図を見て、「この山にも城はあっただろうな・・・」という程度の認識でした。

e0027240_19185048.jpgで、大して、興味もなかったのですが、金山城跡ガイダンス施設研究員のお兄さんから城の模型を見せられ、説明を伺ってから興味を持ち、行ってみたところ・・・、とにかく、行ってみてびっくりです。
「日本のマチュピチュ」と言っても言い過ぎではないのではないか・・・と思いましたよ。
私はマチュピチュに行ったことがありませんから、その表現が的確かどうかはわかりませんが、そう思えるほど、素晴らしい物でした。
どうして、これほどの物が、あまり、世間に認知されていないのか・・・と。

e0027240_19324464.jpg


委細は明日に続く・・・。
                          平太独白
by heitaroh | 2011-06-25 19:27 | 地域 | Trackback | Comments(0)

金山城研究員氏と歴史談義で盛り上がった初夏
親愛なるアッティクスへ

e0027240_14583554.jpg今日は今回、栃木県に来て初めての休み。
電車を乗り継いで群馬県大田市に来ています。

で、まずは金山城跡に向かおうとして、その前にある金山城跡ガイダンス施設という施設に行ったところ、ここの研究員のお兄さんと歴史談義で盛り上がってしまい・・・。
金山城跡には行かずに帰ろうかと思います(笑)

一応、新田義貞「新田の庄」に行くことが主目的だったので・・・。

                           平太独白
by heitaroh | 2011-06-24 14:58 | 地域 | Trackback | Comments(0)

備忘録的感慨その4 足利補足・織姫神社
親愛なるアッティクスへ

e0027240_756248.jpgこの織姫神社ですが、なんで織姫なのかな・・・と思っていたら、あの、七夕の織姫じゃなくて、足利市は明治の頃は織物産業で潤った町だったんですね。
だから、機織りの「織」を当時、織物で財をなした資産家らが祀った神社なんだとか・・・。
意外と最近の物だったんですね・・・。

で、補足的に申し上げれば、この織姫神社でもう一つ、注目したのがこちらの画像(←)。
一見、何の変哲もない階段に見えるでしょうが、私が感心したのはこの手すりの部分・・・です。

e0027240_825411.jpg拡大すると、こちら(←)。

つまり、この手すりの中を水が通っていて、防火用水、つまり、いざというときの消火栓の役割をしているんですね。
確かに、高台にある神社で参道の階段に手摺を配置している光景はよく見かける光景であり、階段が境内まで行っているのであれば、手すりも境内まで行っているわけで、ここを利用するのは実に合理的です。
でも、思うんですが、真冬などは凍ったりしないんでしょうかね?

                      平太独白
by heitaroh | 2011-06-22 08:07 | 地域 | Trackback | Comments(2)

備忘録的感慨その3 足利時代の足利家を知る織姫神社
親愛なるアッティクスへ

ずっと気になっていましたが、寸暇を惜しんで以前の続きです。

足利館跡と言われる鑁阿寺でしたが、確かに、往時を偲ばせる土塁はありましたが、私には何だか、後世になってからの物であるような観がありましたし、それ以前に私にはここが足利館跡・・・ということにどうにも違和感がありました。

e0027240_8739100.jpg

で、その結果、気がついたのが背後にある山(↑)・・・。
私としたことが迂闊でした。
織田信長岐阜城にしても武田信玄躑躅ヶ崎にしても、普段は麓の館で暮らし、有事の際に背後の峻厳な山を利用する・・・という造りになっていたのを思い出しました。

e0027240_18565935.jpgで、これは行かねばならぬ・・・と背後の山まで行ったところ、山の中腹と思われる所に織姫神社という神社(←)があるのを見つけました。
すでに結構、体力を消費しておりましたので、どうするか・・・と思ったのですが、麓に湧き水があり、これを飲んで水分を補給したところ、どうにか登れそうな気が・・・。
で、ここに登ってみたところ、麓の鑁阿寺や足利学校は樹木の陰に隠れて見えませんでしたが、正面には川があり、その向こうに見えるのは小高い丘・・・。

e0027240_1914198.jpg

足利家としては川向こうのこの丘も絶対に確保しておきたい所だったでしょう。
(ちなみに、今は川向こうも足利と名のつく駅があるようですが、おそらく、当時とは川の流れが変わったのがもしれません。ついでに言えば、この向こうには分家の新田義貞に代表される新田氏の領土「太田」があります。)
ともあれ、ここら辺一帯が上州野州の国境だったはずことには違いないでしょう。
東国を基盤とした八幡太郎源義家が四男・義国をここに配置した意味がわかるような気がしました。
(その子、義康が足利氏を名乗るわけで・・・。)

e0027240_1842630.jpg

で、この織姫神社の境内で見かけたのがこの地図(↑)。
まさしく、私の仮説が良く理解できるものではないでしょうか。
有事の際には右下にある館から、半島状の山間部へ逃げこむ・・・。
背後は無限とも思われるほどに深い山々があり、万一の際には妻子を逃がすには適している・・・。
となれば、織姫神社がある山脈の先端部は敵の動きを見通すことができる反面、攻撃が集中する危地でもあり、足利家としてはここは絶対に失う事ができな要地だったと言えるでしょう。
その意味では、ここは後世の天守閣にも等しい足利家のランドマーク的存在でもあったのかもしれません。
                       平太独白
by heitaroh | 2011-06-21 08:15 | 歴史 | Trackback | Comments(0)

紫陽花の 花が見送る 鹿沼道
親愛なるアッティクスへ

e0027240_11113092.jpg今日は最初の訪問先から次の訪問先にいくまでに、少し待ち時間が出来たので宇都宮市の隣の鹿沼まで名物のニラそばを食べにきました。
たぶん、こちらに来て以来、一番美味しいニラそばだったと思います。

で、飯食って次に行くまでには、まだ時間があるので、近くの磯山神社という所にきています。
ここは紫陽花が売りの神社で、ちょうど今が見頃だと聞いて来たのですが、殆ど終わりに近いみたいで…と思っていたら、どうやら、まだ、見頃はだいぶ先のようです。

今年の冬が寒かったのが影響したのでしょうか・・・。
                    平太独白
by heitaroh | 2011-06-19 12:54 | 地域 | Trackback | Comments(0)

宿は変わっても送信メールだけができない怪
親愛なるアッティクスへ

またもや始まった宇都宮での二重生活・・・。
昼は建物の震災被害調査、夜はホテルで自分本来の仕事・・・。
毎日、眠たいのに気がついたらいつもこの時間・・・。
毎日、何か寄稿しなくちゃ・・・と思いながら・・・、足利の稿もそのままになっているとは思いながら・・・。なかなか、思うに任せない状況が続いております。

e0027240_22593100.jpg

(明日はマンションの上の階から下の階まで一人で調査しなければなりません。こちらの画像は以前、同じようなマンションの最上階から写したものですが、目の前に雪山がでーんとそびえている光景は九州人には新鮮でした。)

ところで、今のホテルですが、ネットは出来る、メールの受信もできるんですが、なぜか、どうしても送信メールだけができない・・・。
実は、以前の埼玉のホテルもまったく同じ現象がありました。
もっとも、そちらは無線LANで、今回は有線なんですけどね。

ちなみに、うちに帰って接続したら普通に送信できました。昨日もホテルのコンピューター担当さんが来てくれて、ずいぶん、長い時間やってくれましたが原因不明でした。
                     平太独白
by heitaroh | 2011-06-18 23:12 | その他 | Trackback | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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