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今年一年を顧みる四十代最後の年末ご挨拶
親愛なるアッティクスへ

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今年もついに暮れようとしておりますが、皆様、恙なくお過ごしでしょうか。
今年一年間、どなたさまにも大変お世話になりました。

私の今年一年を漢字で表すとなると・・・、やはり、「忙」だったでしょうか。
とにかく、今年一年、何だかんだと忙しかったですね。
4月5月は、6月頭からの上海万博の前に抱えていた仕事を全部終わらせようと、連日連夜の不眠不休でしたし、10月11月はまた、プチ引っ越しのため、これまた寸暇を惜しむ状態・・・。
でもって、その合間を縫って、一年に三回も死にかけるし、自著「黒田家三代」出版と、既著「傾国の烙印」を復刻(1/20出版予定)するための校正などに追われ、とにかく、忙しかったですね。

e0027240_12364796.jpgちなみに、その忙しさは昨日まで続いており、「何で、12月も30日なのにこんなに時間に追われてるのー!」と・・・。
ちなみに、今日はそうならないように祈っておりますが、なぜか、今もしっかり職場に居たりします(笑)。

で、こちら(←)が今年一年の起稿数一覧ですが(通算1,500本安打射程圏内に入ってきました♪)、そうは言っても、まあ、何だかんだ7月までは内容はともかくとして、ある程度の数はこなしていたことが伺えるものの、その一方で、8月は8/1の車が大破した交通事故とその余波、10月11月のプチ引っ越しは本当に寸暇すらない状態だったことがおわかり頂けるでしょうか。
(その意味では、昨年7月の9本というのは如何に凄い状態だったかがおわかり頂けるでしょうか。)

で、来年は私もいよいよ、五十大台に乗ります。
織田信長「人間五十年~♪」と謡い、上杉謙信「四十九年一睡の夢」と詠んだ年を超えようとしているわけで、孔子先生が「四十ニシテ惑ワズ、五十ニシテ天命ヲ知ル」と言われたことを思えば、それにはほど遠い我が身の現状があるわけで・・・。
とまあ、我が身の愚鈍は何ともお恥ずかしい限りですが、これに懲りることなく、来年もまた、宜しくお願い致します。
                                         平太敬白
by heitaroh | 2010-12-31 07:44 | その他 | Trackback | Comments(2)

拙著「黒田家三代」が店頭に並ぶ時代にサザエさんの昭和9年を想う
親愛なるアッティクスへ

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お陰様で、昨日、博多駅近くの書店に行ったところ、先日出版した拙著、「黒田家三代」司馬遼太郎池波正太郎といった有名処と並んで書棚に置いてありました。
既に、東京の友人から、「近くの書店に行ったら在庫有りになっているのに売り切れになっていたけど、新宿まで出て大きな書店に行ったらあった」・・・という報告が寄せられましたので、出ているのだろうとは思っていましたが、やはり、自分の目で見るまでは・・・と(笑)。
もっとも、「売り切れ」というのは単に出版社が年末年始で手を抜いているだけだろうとは思いますが、それでも、どうせ、すぐに絶滅危惧種になることは請け合いですから、どなた様も「保護」にご協力のほど、宜しくお願い致します(笑)。
(ちなみに、こちら→「黒田家三代」を押して頂いても、また、右サイドに表示されている「ライフログ」の中からも買えます。)

で、今年一年ももう残り僅か・・・になってきましたね。
私は今年はこれまでになく、多忙な一年でして、例年なら今頃は大掃除して、割とゆっくりしているのですが、今年に限っては今日に至るも、まだ、時間に追われています。
世間はすっかり、年末の静謐を迎えているにも関わらず・・・。
ということで、本日もなかなか、落ち着いて書ける状況にないので、適当なネタで話をごまかします。

先日の日曜日、たまたま、テレビを点けたら長寿アニメ「サザエさん」が始まったところでして・・・、普段だと、こういう物はまったく見ずにチャンネルを変えるのですが、たまたま、この日に限っては何かやっていたものでたまたま、ナニゲにそのままになっていました。
すると、この日は、たまたま、サザエさん何十周年とかで、サザエさんの生い立ちを劇中で紹介し始めたのですが、それは作者である長谷川町子さんの前半生から始まったことから、思わず、手を休めたまま、じっと見入ってしまいました。
サザエさんについては、長谷川さんが博多百道浜の浜辺に住んでおり、その海岸沿いを散歩しているときに構想を得た・・・ということは聞いておりましたが、まず驚いたのは、女史の一家は昭和9年に博多から東京へ移住したということでした。

だって、昭和9年(1934年)ですよ。
飛行機新幹線は愚か、特急電車などもなかったんじゃないですか。
劇中でも、蒸気機関車で移動しているところが描かれてましたが、後年、昭和30年代になって作られた松本清張原作で「張り込み」という映画の中では、主人公たちは横浜から佐賀まで特急電車で移動するのに、冷暖房などろくにない状況で、丸27時間くらいかかってましたよ。
さらに東京駅着いて終わりじゃないし、それに何より旅行ならまだしも、移住でしょ。
今なら、引っ越し業者も充実しているでしょうが、車云々以前に、高速道路どころか、幹線道路の整備すらされていない時代ですから・・・。
まあ、当時は「それが当たり前」の時代ですから、特に不便は感じなかったのかもしれませんが、私の貧弱な想像力では・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-12-30 07:33 | 文学芸術 | Trackback | Comments(0)

関門ベイスターズ構想への提言
親愛なるアッティクスへ

e0027240_13503594.jpg先日、京都(←)に行った折、横浜の方にお会いしたのですが、「横浜ベイスターズ新潟に行かなくて良かったですね」と言ったところ、「実は東京ヤクルト合併して、ヤクルトが横浜に来るという話もあったんですよ」という話を耳にしました。
なるほど、ヤクルトスワローズも学生さんと一緒にホームグランド使っているようじゃ可愛そうですし、だったら、ホームも設備もそろっている横浜に来た方が良いのかも・・・という気もしましたが、でも、身売りではなく、合併となると、近鉄オリックスの時のように5球団になってしまうわけで色々と無理があるような気が・・・。

「でも、動くとしたら、次は新潟しかないですよ」と言ったところ、その方が実に興味深いことを仰いました。
「実は候補には新潟じゃない場所も上がっていたんですよ。ベイスターズの元々の親会社が大洋でしょ・・・」とそこまで聞いて、私は、「あ!下関か!」と。

これは以前、平太郎独白録 : 球団経営の論理でも述べたことですが、プロ野球の球団がフランチャイズを持つとき、福岡、札幌、仙台・・・という順で売れていったわけで、これは、市としての人口は大差なくても、県、州といった後背地まで含めた数字になればなるほど、福岡市の旨みが出ており、かつ、面積となると福岡市は札幌仙台の1/3以下、州面積も確かそれぞれの1/2程度しかなく、当然、面積が小さい方が移動という点では容易なわけですから、観客動員という点でも有利であり、すなわち、「美味しい所から先に売れている」ということがおわかりいただけると思います。
つまり、福岡、札幌、仙台という100万都市が売れてしまっている以上、次は新潟、岡山、熊本、鹿児島、静岡・・・といった60万~80万くらいの都市しかなく、であれば、地理的にも独自性が保てる新潟が一番美味しい場所だといえるわけですが、ただ、消去法での選択であり・・・。
それだけに、下関というのはそれらの発想を根底から覆す妙案だと思いますよ。

そういうと、「下関って30万人弱でしょ?そんな小さな街に・・・」と仰るかも知れませんが、侮る無かれ、その向かいにある北九州市は100万人を割ったとはいえ、まだ、98万人の大都市であり、これに下関市を加えると一気に130万人近い、福岡市と並ぶような都市が出現するわけです。
(私は、この街は県境を越えて合併し、関門トンネルも無料化して往来を活発にし、イスタンブールのような海峡都市を目指すべきだと思っています。)
つまり、下関ベイスターズではなく、関門海峡(↓)を挟んだ「関門ベイスターズ」構想ですね。

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我が、福岡ソフトバンクホークスと競合することになるかもしれませんが、リーグが違うわけですから、共存共栄できると思いますし、プロ野球全体のためにもそれが良いんじゃないですか?
間違いなく、日本シリーズは盛り上がらないでしょうけどね(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-12-28 08:34 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

福岡県太宰府市の死亡事故に見る傍観する勇気
親愛なるアッティクスへ

ここ数日、ニュースでも繰り返し報道されてましたが福岡県太宰府市でワゴン車が池に転落し、高校生7人死亡したという事故がありましたよね・・・。
現場は県道とは言いながら、地元ではよく知られた、通称、5号線と呼ばれる、割と交通量の多い道路でして、郊外型の店舗など建ち並んでいることから、私も、以前から、「こんな幹線道路沿いに池があるんだ」と思っておりました。
で、この事故では、一方の事故相手である乗用車の運転手も亡くなったそうですが、その後の報道では、この男性は衝突後に脇のガソリンスタンド内に駐車すると、県道を渡り、そのまま、「人が落ちた」などと大声で叫びながら自ら池に飛び込んだ・・・とか。
この事故では幼子も亡くなっており、その悲惨さには胸を打たれますが、同時に私が想起したのは、数年前に、同じく福岡の志賀島で起きた福岡市職員による飲酒運転での幼児死亡事故についてでした。

あのとき、加害者の市職員は海中に落ちた被害者一家の救助に当たろうとしなかったということで、随分と批判されましたよね。
でも、今回、救助(?)に飛び込んだ事故相手は共に亡くなったわけで・・・。
それは冷静に考えれば、当然と言えば当然で、太宰府市という所は盆地でして、福岡市内よりはいつも気候が厳しいんですよ。
報道によると、池の水温は5度だったと言いますが、そんな中に何の防備もなく飛び込んだら、下手すれば即心臓停止、もっても数分とはもたないのではないでしょうか。
夜の真っ暗な冷たい水に飛び込んだ彼の勇気には敬意を表しますが、単に死人を一人増やしただけで、であれば、彼に出来ることは声を掛ける、警察に通報する、ロープを用意するなどの、結局は「傍観」することしか出来なかったのではないかと。

これは私の想像ですが、おそらく、この男性の頭には市職員のことが一瞬、頭に浮かんだのではないでしょうか。
ここで、飛び込まなかったら、市職員同様、「相手の男性は助けようともせず、ずっと傍観していた」と言われるのではないか・・・と。
私が同じ立場に立っていたら、おそらく、そういうふうに考え、この男性と同じように行動してしまったのではないかと。
そして、結果、哀しむ人の数を増やし、余計な手間を増やしただけとなった・・・と。

今の福岡では何か、こういう暗黙の空気があるような気がします。
つまり、もし、この事故の前に自分が同じような事故の当事者になっていたら・・・と。
無論、まだ、事故の詳細もわかりませんし、双方のご遺族の方のことを思えば、何の根拠もない勝手な推測などするべきではないのでしょうが、私が申し上げたいのは、こういう場合、マスコミは「幼子まで見殺しにした奴」と言って喜んで叩きたがるでしょうが、たとえそれでも、飛び込んで何一つ得られることがない、マイナスにしかならないのであれば、断固、今の自分に出来る範囲以上のことはすべきではない・・・、極論するならば、絶対に「傍観」すべきである・・・ということです。
とはいえ、私に出来ることはひたすら、亡くなられた方々のご冥福を祈って合掌することだけでしかありませんが・・・、合掌・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-12-27 07:12 | 社会全般 | Trackback | Comments(0)

一緒んたくり
親愛なるアッティクスへ

e0027240_20251480.jpg久々、モツ鍋に来ています。

食後にチャンポン玉うどん玉を一緒に入れるのは邪道ですが、万事、アバウト博多人はこだわりません。

そういうことを博多弁で「一緒んたくり」と言います。

「一緒に入れると?」
「一緒んたくりで良かくさ」
・・・というふうに使います。

アンダスタン?



                                         平太独白

by heitaroh | 2010-12-26 20:25 | 地域 | Trackback | Comments(2)

NHKドラマ「坂の上の雲」に見る配役の妙?配役が妙?
親愛なるアッティクスへ

e0027240_13524073.jpgNHKドラマ「坂の上の雲」・・・ですが、一昨日、今更ながらにようやく、今週分を見ました。
(←関門海峡を見下ろす山に設置された高射砲・・・です。)
ここに至って、ついに筑前福岡藩出身者が出てくるようになりましたね。
まあ、金子堅太郎明石元二郎の取ってつけたような博多弁には触れないとして(それでも、もう少し誰か教えろよ・・・と(笑)。)、劇中、明石を白眼視していた栗野慎一郎ロシア公使もまた、福岡藩出身者なんですよ。

e0027240_13473222.jpgまあ、明石元二郎という人は、ティッシュがないときに痰が出ると、手に「ぺっ」とやって、そのまま、ポケットの中にこすりつけた・・・という人ですから、身なりに構わなかったのは事実のようで、洗練された栗野公使の目から見ると同郷かつ同窓でも合わない存在だったのでしょう(笑)。

(ちなみに、明石は身なりについて人から指摘されると、「筑前武士は身なりなどに気をとられるものではない」と言って、悠然としていたとか。)
結局、栗野は明石の能力に気付かなかったそうですから、同郷といえども、皆が仲が良いというわけではないということなのでしょうか。

e0027240_14402288.jpgまあ、この辺は以前、申し上げた平太郎独白録 : 日露戦争と福岡人の奮闘に見る男装の女傑と人参畑!2をご覧いただくとして、このドラマでもう一つ思ったのが、配役への疑問でした。
主人公クラスの人たちはまだ良いのですが・・・。

一般に顕官貴人と呼ばれる人たちにこの傾向が強く、かつて、映画「二〇三高地」での配役に比べると、「何でこの人なの?」という思いがなきにしもあらず・・・でして。
この点、二〇三高地の配役は良く出来てましたよ。
泣き顔が張り付いた乃木希典(仲代達矢)福顔児玉源太郎(丹波哲郎)・・・。
森繁久彌伊藤博文なんて、どっちが本当の顔だっけ?というくらいありましたから。
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で、「坂の上の雲」で一番いただけなかったのが、石坂浩二さんの山本権兵衛・・・。
山本権兵衛という人は、眼光炯炯、筋骨隆々、相撲取りになろうとまでしたという巨漢で剽悍薩摩隼人・・・ですよね。
であれば、石坂さんはどう見ても優男・・・じゃないですか。
いっそ、伊藤博文役を加藤剛さんと交代した方がまだ良かったような・・・。
ちなみに、劇中、もっとも良くできていると思ったのは・・・、ニコライ皇帝でした。
出てきた瞬間、あまりに似すぎているのに思わず、噴き出してしまいました(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-12-25 07:16 | 文学芸術 | Trackback | Comments(2)

クリスマスの夜に消えたネタにぐらぐらこいたから京都
親愛なるアッティクスへ

e0027240_19501313.jpg今、NHKのドラマ「坂の上の雲」について書いていたのですで、書いている途中でロックがかかってしまい、ロックを解除しようとしていたら、せっかく書いていたのが全部、消えてしまいました。
がっくりしましたので、もう、この話題は止めます。
まさしく、博多弁でいうところの「ぐらぐらこいた」という心境です。
(いわゆる、「やってらんねーよ」という意味です。)

で、先日も申し上げましたように、訳あって、一人で京都に行ってきたのでのですが、私も、年末のこの時期に京都に行ったのは初めての経験でした。

e0027240_1939630.jpgで、先斗町の女将さん一人の小さな小料理屋で独り、手酌で一献やったのですが、ついつい、杯が進み・・・。
まあ、それ以上はいつものことで、お聞きくださるな、武士の情けで御座る・・・で置いといて~、聞けばこちらの店は先斗町では何とか言うすき焼き屋の次に古いそうで、昭和15年開業70年続いている・・・とのことでした。
でも、昭和15年って、真珠湾攻撃の前年・・・でしょ。
良く、そんな時期に店始められたな・・・と。
で、その後、ホテルへ帰り、途中、コンビニで買ったおにぎりを食べたところまでは記憶があるのですが、どうやって寝たかはまったく覚えておりません(笑)。

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とりあえず、今日はもう帰ります。
でも、昔はクリスマスに家になんかいたことは無かったんですけどねえ。
九州人的には、男が、クリスマスに家で家族とケーキ食ってるなどと言うのは、実に嘆かわしい状況なのですが・・・。
明日も忙しいし、おとなしく、家に帰って寝ます(涙!)。
                                         平太独白

by heitaroh | 2010-12-24 20:23 | その他 | Trackback | Comments(0)

もはや解散総選挙は避けられず・・・ならば早くやってくれよ
親愛なるアッティクスへ

私は昨日は今年最後の忘年会でした。
久々にカラオケで「あしたのジョー」を熱唱しました(笑)。

e0027240_14535359.jpgところで、この画像(←)、何だかおわかりになりますでしょうか?
いわゆる、習字の時に使う「墨」ですね。
これ、私のではなく、大正生まれの人の硯箱の中に入っていた物で、この方面に詳しい先輩が、「上に『甲』の文字が入ったのは珍しい。初めて見た」と仰ったので、一応、画像に納め、謹呈した次第です。

おそらく、昭和初期の子どもの文房具だったのだろうと思いますが。
ちなみに、先輩とこの話をし、この画像を撮ったのは12/22でした。
2006年の・・・(笑)。
以来、ずっと、拙稿用の素材集の中に入ったままだったんですが、いい加減、使わなくちゃ・・・と。
で、ここで使ったので、そのまま、削除しようとして、日付を見たら12/22・・・と。
「?」と思って良く見てみたら、奇しくも4年前の今日でした。

で、どうにも先が見えない政治の話題ですが、もう、ここまで来たら、菅直人総理は小泉純一郎元総理がやったように、「俺のいうことを聞かない奴らは今度の選挙で公認しない」と言って良いんじゃないですか。
小沢一郎元幹事長に付き従っている小沢チルドレンと呼ばれる一年生議員達も今、選挙をやれば確実に落選するということはわかっているわけで、ましてや、国民の評判が悪い小沢さんに付いて新党作って出て行ったら、確実に選挙は早まることになり・・・。
つまり、小沢さんに付くか、菅さんに付くか、それにより、どちらが一日でも長く国会議員でいられる可能性が高くなるかを考えれば、小沢さんについて新党に行く人もそれほど多くはないと思います。

菅さんからすれば、小沢派と袂を分かってこちら側に来れば良し、来なくて小沢氏に付いて党を割れば、どのみち、政権は運営できないわけで、下野を視野に入れてでも解散総選挙に打って出る・・・ということで良いのではないでしょうか。
このまま、今の生殺し政局が続くよりも良いと思いますよ。
まあ、小泉さん以降、1年、1年、1年、8ヶ月と来て、また、数ヶ月で総理が替わるというのも如何なものかとは思いますが、同じ、解散するんなら早くやって、政治を正常に戻してくれよ・・・と。
佐藤栄作政権以降の三角大福の時代だって、何だかんだ言って、任期2年はやっていたことを思えば、まったく、何をやってるんだ・・・と。)

まだ、何か続きがあったんですけど、二日酔いのダメージからか、思い出せませんので、また、後日(笑)。
                                      平太独白

by heitaroh | 2010-12-22 17:53 | 政治 | Trackback | Comments(4)

性懲りもなく「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」告知
親愛なるアッティクスへ

e0027240_141831.jpgこのたび、またもや、性懲りもなく、「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」
という歴史小説を出版しました。

内容をかいつまんで申し上げますと・・・、
戦国時代、名うての知恵者として知られた黒田如水も、その智謀ゆえに、その主君・豊臣秀吉との間にを繰り広げるが、やがて、その子で後に福岡藩初代藩主となった黒田長政も、その重臣で兄弟子(あにでし)とも言うべき後藤又兵衛との間に激しい相克の炎を燃やす・・・。

そして、時代は下り、福岡藩二代藩主となった長政の子・黒田忠之もまた、その後見役ともいうべき重臣、山大膳との間に再び、激しい反目の嵐を巻き起こし、「黒田騒動」と呼ばれる御家存亡の危機をもたらす・・・。

黒田家三代の藤と相克を描いた作品ですが、現代でも、中小企業などでは少なからず見られる人間関係にも共通する者があるように思います。
ということで、ご興味お有りの方も、そうでない方も、どなた様も遠慮無くご協力のほど宜しくお願い致します。
結構、生活がかかっております(笑)。

一応、書店でも並ぶ予定にはなっているのですが、どこの書店に置いてあるのかはまだ、出版社からは何も言ってきませんが、こちら→(「黒田家三代」)を押して頂いても、また、右サイドに表示されている「ライフログ」の中からも買えますので、どうぞ、宜しくお願いします。

(こちらでも買えます。)
     ↓
http://www.bk1.jp/keywordSearchResult/?keyword=%E9%BB%92%E7%94%B0%E5%AE%B6%E4%B8%89%E4%BB%A3&storeCd=1&searchFlg=9&x=19&y=8

                                         平太独白

by heitaroh | 2010-12-21 07:12 | 私小説 | Trackback(1) | Comments(12)

寂しい奴・・・
親愛なるアッティクスへ

e0027240_557446.jpg「旅館の寒灯 独り眠らず
 客心 何事ぞ 転た凄然
 故郷 今夜 千里を思う
 霜鬢 明朝 又一年」


唐代の詩人、高適「除夜の作」という七言絶句だったと記憶しておりますが、概意は、
「 旅館の寒々しい灯の下、独り眠れない。
 異郷に在って心はなぜかいよいよ物悲し。
 今夜は千里の彼方の故郷を思う。
 既に白髪を蓄えた身でありながら、明朝にはまた一つ年を取ってしまうとは」

といった、大晦日の夜に故郷から遠く離れた任地で独り年を越す寂しさを詠んだ詩です。
(昔は「数え年」ですから、正月で年をとるんですね。)

で、今夜、私はなぜか、この年末の押し迫った時期に独りで京都駅近くのビジネスホテルにいます。
明日が早朝から参加しなければならない予定があり、他の人達と違って、一人だけ遠方から来てる私のみは、今日のうちから独りで先に入ってないといけないんですよ。
「移動に時間がかかるので、他よりも二割増の戦力を持たなければ」と言ったのは、福岡のかつての球団・西鉄ライオンズを率いた三原 脩翁でしたが、まったくです。
(愛知県辺りからの人たちは、その日の朝で良いのでしょうが。)

ヒマだから、独り手酌でやって寝るとします・・・と言おうと思ったのですが、そうは言っても、飯は食わなければならず、ついつい、先斗町でがっつり飲んでしまいました(笑)。
おかげで、しっかり、二日酔いです・・・。
嗚呼、どうしませう。
                                        平太独白

by heitaroh | 2010-12-18 05:57 | その他 | Trackback | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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