<   2010年 11月 ( 17 )   > この月の画像一覧

香川照之に似た市川亀治郎と鶴田浩二と違う市川海老蔵
親愛なるアッティクスへ

e0027240_17331623.jpg大河ドラマ「龍馬伝」、ついに、昨日で大団円・・・、平たく言えば、終わっちゃいましたね。

で、一年を通して名演技を見せていた香川照之さんですが、最後の最後に来て、従弟の市川亀治郎さんとの絡みは止めて欲しかったですね。
お互いに、よく似てるんだから、アップになったらややこしいし、離れてみても、どうみても兄弟喧嘩にしか見えないという(笑)。
まあ、他人のそら似というのはある話なのでしょうが、見回り組の今井信郎の役よりも、弥太郎の弟、弥之助役で良かったように思うんですけどね。

ついでに言えば、娯楽ドラマですから、ある程度は割り切って見ていますが、岩崎弥太郎がわざわざ、坂本龍馬暗殺現場にまで居合わせなくても良いんじゃないの・・・という気がしなくもありませんでした。
まあ、弥太郎は、劇を進める狂言回しの意味もあるので、やむを得ない部分もあったのでしょうが、それでも・・・と。

で、龍馬暗殺については、また、日を改めるとして、歌舞伎俳優の市川海老蔵さんが大けがをして入院したとか。
この事件、まあ、ある意味、如何にも今風の事件だな・・・とは思いました。
何が今風かというと、昔、昭和を代表する二枚目俳優・鶴田浩二は、暴漢に襲われた際、必死で「顔」だけは守った・・・といいます。
つまり、「顔」が彼にとって商売道具だったからです。
こういう意識は、何も、彼だけの特別のことではなく、プロ野球選手から、果ては娼婦までそうだったと聞いています。
「あたしは、これで飯食ってるんだよ。これが壊れたら、明日から、おまんまの食い上げさ」・・・と。
これって、完全な職人気質でしょうが、海老蔵さんが顔を怪我したという辺り、如何にもそれが失われた今の時代らしいな・・・って気がしたわけです。

・・・などと思っていたら、海老蔵さんは警視庁の聴取には、「酔いつぶれた人を介抱していたら、ほかの男から因縁をつけられて殴られた」と話しているそうですね。
まあ、すべて真実なのかどうかはわかりませんが、でも、それだったら、顔も守りようがなかっただろうし、倫理的にも責められることではないのかな・・・という気はします。
なぜなら、私も昨日、大相撲九州場所千秋楽を見に行った帰り、自宅まで1時間半かけて歩いて帰ってきたのですが、途中、酔っぱらってひっくり返っているじーさんを発見し、救助してあげました。
(でも、これって、まさしく、「いつかの自分の姿」・・・でしたね。「大丈夫ですか?」と問われれば、全然、大丈夫じゃないのに「大丈夫です」を繰り返すんですよ(笑)。)
確かに、ああいう状態の時に、突然、介抱している側に殴りかかってきたら防ぎようがないな・・・と。
ま、私の場合、守るほどの顔は持ってないんですけどね。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-11-29 18:19 | 社会全般 | Trackback(1) | Comments(4)

白鵬優勝!
親愛なるアッティクスへ

今日は大相撲九州場所千秋楽を見に来てます。
例によって、一番安い席です(笑)。

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魁皇~!
凄い懸賞です。


で、結局、白鵬優勝!(↓)・・・です。
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e0027240_14464925.jpg豊ノ島優勝決定戦まで行ったんですけどねぇ。

やはり、実力の差はいかんともし難かったようです。

で、博多は、例年、これが終わると一気に師走の空気が押し寄せます。

祭りの終わりとは、いつの世も、少し物悲しいものを感じさせるのでしょうが、独り、これ(←)を見ていると、おもむろに「いよいよ、年末か」という気がしてきました。

いとをかし。

                                         平太独白
by heitaroh | 2010-11-28 17:46 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

高台寺の紅葉にゴジラもどきの龍馬を殺ったわからんぜよ
親愛なるアッティクスへ

e0027240_15185689.jpg最近、何事によらず、優柔不断が続いています。
昨日も、朝から、博多駅まで行って結局、何もせずに帰ってきました。

来月は時節柄、色々とお誘いがあるのですが、何かと、まだ、迷っています。

四十にして惑わず・・・などと言いながら、四十を終えようとしても、まだ、惑いから抜け出せそうにありませんよ。
次は、確か、五十にして天命を知る・・・でしたっけ?
身の愚鈍を嘆くのみ・・・です。
e0027240_15195021.jpgま、年に何回か、こういうことがあるようですが、結局は、忙しすぎたので、自分を見失っているのでしょうね。
こういう時には、往々にして、良く怪我をしますので、少し、歩みを緩めることも必要なのかも知れません。
ということで、今日は、はっきりと、手抜きです(笑)。

(←高台寺境内です。昔はこんなのなかったような・・・。突然、塀の向こうにこんなのが見えたら、まさしく、ゴジラか、今で言うところのエヴァンゲリオン・・・が出現したみたいですよ。)

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   「太閤も 眺めし山の 紅葉かな」(少し、盗作(笑)。)

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e0027240_15205535.jpgそういえば、大河ドラマ「龍馬伝」も明日でいよいよ最終回ですね。
あの流れを見てると、西郷隆盛・主犯後藤象二郎・共犯で行くようですが、あるいは、犯人は謎のまま、つまり、色々な真犯人を匂わせたままで終わる・・・のも有りかなとも思いますが、如何でしょうか。
「結局、誰が龍馬を殺ったがかはわからんかったけんど、誰が殺ったかは、もう、どうでもええことやったがぜよ」と岩崎弥太郎がナレーションして、そのまま、エンディング音楽と共に視線が天に舞い上がったりして・・・(笑)。

                                         平太独白
by heitaroh | 2010-11-27 17:16 | 地域 | Trackback | Comments(6)

紅葉に誘われ御土居に遊び、二つの川に御所の名残を見る
親愛なるアッティクスへ

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今回、京都に行って、せっかくだからと北野天満宮(↑)へ行ったのですが、ちょうど、折から紅葉の時期でもあり、たくさんの人出で賑わっていました。

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別に私はそういう物には興味がありませんので、スルーして、一路、平安京造営当時御所の北西角に当たる大将軍八神社へ行こうとしたのですが、と、「史跡・御土居」という立て看板が目に付きました。

e0027240_19124879.jpg「?」と思って説明板を見てみると、ここは豊臣秀吉が京都の治安維持のために、都を、ぐるっと取り囲む形で築いた土塁であるということが書いてありました。
なるほど、考えてみれば、秀吉の手によって天下が治まった以上、京都の平穏は秀吉の威信と直結するものであったわけで、であれば、山賊、強盗などの凶徒の侵入を防ぐためにも、何らかの設備を設けるのは当然のことであったでしょう。
で、現在は多くが失われ、その一部が北野天満宮に現存している・・・と。

e0027240_18281123.jpgこの土塁はその外側に堀(←現天神川)を配し、さらに土塁自体、結構な高さで、おそらく川底からの高さは5mくらいはあるように思えました。
これでは、少なくとも、大がかりな窃盗団などの侵入はかなり、防ぐことが出来たのではないでしょうか。
で、その後、大将軍八神社に行ったところ、ここも、この川の内側に沿って配置されていたことを見て、おそらく、この川は元々、秀吉の築造以前には、かつての御所の外堀だったのではないか・・・という気が。
(そもそも、天神なんて名前は、どうせ、天満宮から来てるのでしょうから、天満宮・・・、すなわち、菅原道真の後に付けられた名前でしょう。)

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(↑左下に見えている遊歩道の向こうが天神川ですから、その高さがおわかりいただけると思います。)

で、北東端に位置する晴明神社に行くと、その向こう、大通りを渡った先にも小さな川が流れており、おそらく、昔はこの川もそこそこ、大きな堀だったのではないかと思ったわけで、見れば、その傍らには「堀川通り」の看板が・・・。
つまり、この二つの川は御所を守るために作られた堀の名残、あるいは、この川の間に沿って、御所を配置した・・・ということなのかもしれません。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-11-26 18:52 | 歴史 | Trackback | Comments(0)

天皇はんの家に今住んではる両端のパワースポットどすぇ
親愛なるアッティクスへ

昨一昨日と、ひょんなことから独りで京都へ行っておりました。
年内は旅は打ち納め・・・と言った舌の根も乾かぬうちに・・・というご批判には甘んじて頂戴する覚悟でおります(笑)。
おかげで、今日はパニくっており、またまた、手抜きをお許しください。

e0027240_15343520.jpg

で、何をしに行ったかというと因幡堂なる所で狂言の催しがある・・・という話を耳にしたことから、いつもの軽いノリで出かけてしまいました。
で、せっかく行ったなら・・・ということで、実は以前から行ってみたい所があったので、この機会に出かけてみたのですが、それがこの2つ。

e0027240_15474149.jpg
大将軍八神社と・・・、

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晴明神社でした。

と言っても、別にパワースポットに興味があったわけではなく、なぜ、私がここに行ったかというと、この二つがかつて、平安京が出来た当初の御所西北端北東端だったと聞いたからです。
(前日、地元の方に、「明日は晴明神社に行こうと思ってます」と言ったら、「あそこは京都の三大がっかりの一つと言われてるんですよ」と言われましたし、大将軍八神社に至ってはガイドブックにも載ってないという(笑)。)

で、御所の往事の大きさを体感したく、西北端に位置する大将軍八神社から、北東端の晴明神社まで歩いていったのですが、途中、ちょうど、中間に位置したという朱雀大路を横切った時点で、ほぼ12分・・・。
その後、晴明神社へは途中で少し迷いましたので合計30分ほどかかってしまいましたが、道も直線にはなっていないことなどを考慮すれば、往事、敷地の端から端まで行った場合の数字は、おそらく、朱雀大路までの倍、20~25分というのが適当な時間ではなかったでしょうか。
で、その足で、南北の大きさも知りたく、東南端と言われる神泉苑にも行こうと思ったのですが、途中で、北野天満宮、平野神社などに寄ってしまったことから、ここでやむなくタイムアウト・・・となりました。

ちなみに、両端の間にはたくさん、家々が立ちこめてましたが、その意味では、この人達は、かつて、天皇はんが住んではった所に住んではるのやな・・・と(笑)。
道々、歩きながら、そんなことを考えてました。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-11-25 17:33 | 地域 | Trackback | Comments(0)

今、ここどす
親愛なるアッティクスへ

e0027240_15133013.jpgあては何をしてはりまんのやろ。

初めて、京都タワーなる物に登ってはりますぅ。

たまたま、券もらったので、出かけてみたのですが、何と、聞けば、東京オリンピックの年、昭和39年(1964年)開業だそうじゃないですか。

でも、これが建つときに「景観を壊す」と言って、反対運動がどうのこうのと聞いたことがあったのですが、であれば、私がリアルタイムで知るはずはないですね。

                                         平太独白
by heitaroh | 2010-11-24 10:47 | Trackback | Comments(2)

ヘッジ・ファンドは政治の怠慢を促進させる苦い薬?
親愛なるアッティクスへ

e0027240_8571888.jpgギリシャに続き、アイルランド危機的様相を呈してきましたね。
昨日、EU当局は「厳しい条件付き」で支援要請を受け入れたとか。
5月に、EU及びIMFによる1100億ユーロを注ぎ込んだギリシャ支援措置が打ち出されましたが、ギリシャ政府はこれと引き換えに緊縮財政措置を約束し、その結果、国民による大規模な抗議運動につながったことは記憶に新しいところでしょう。

(←いつの時代にも「格差」はあるもののようで・・・。)

まあ、これなどは何年か前のインドネシアなどの通貨危機の時と同じ構図でしょうが、支援する側が、支援される側に、金を貸す以上、節約を求めるのは当然のことでもありますが、ある意味、典型的な銀行員の発想ですよね。
国際支援と一般的な企業などへの融資と一律的に考えるのは少し、危険な気もしますよ。
今回も、アイルランドの銀行に貸し込んでいるイギリスや、同様に、巨額の財政赤字を抱えるスペインポルトガルなどのユーロ圏諸国にも波及する恐れがあると懸念されてきましたが、一方で、ドイツの財務相は、「アイルランド問題jは正しい解決策さえ見つけ出せば、他国に波及しない可能性は高い」と言い、これを重要視しない姿勢を示した・・・とも言われています。

その上で、これらの問題を語る上で、どうしても触れなければならない物に「ヘッジ・ファンド」の問題があります。
主に、欧州で「ヘッジ・ファンド元凶説」の声が高いようですが、その主な根拠は「ヘッジ・ファンドは各国の弱みにつけ込み、ハイエナのように暴利を貪る汚い連中」・・・ということではないでしょうか。
でも、その国の不備是正するのは本来、政治の役割ですよ。
言うならば、放っておけば無期限に続きかねないそれらの政治の怠慢、平たく言えば、政治が機能しないことに対して、対応を促す役目を果たしている・・・ともいう見方もできないでしょうか。
(日本政府も他人事・・・どころか、中国に依存していたレア・アースの問題、世界的な農地確保の問題などは早くから指摘されていたことであるにもかかわらず、何も対応してこなかったことを思えば、何をか言わん・・・でしょう。)

結局、通貨だけは統合しても、主権はそのまま加盟各国に置いたまま動かそうとしないEUに対し、ヘッジ・ファンドが尻を叩いたという見方も出来るわけで、その意味では、ヘッジ・ファンドは必要悪だと考えて良いのではないでしょうか。
怠慢をしてきた連中にとっては、かなり、苦い薬にはなるでしょうが、彼らがせっつかなければ、何も先に進まないようにも思えます。
ちなみに、EUについて言えば、以前から申し上げていたとおり、まずは、ドイツ=フランス連合から始めるべきだったでしょう。
まず、ドイツ=フランス連合から「連邦」にまで高めて、ある程度、しっくりしてきたら、次(イギリス、イタリア、スペイン)を加えていく・・・。
いきなり、同じヨーロッパだからといって、いきなり、ウラル以西にまで拡げようとしてしまうのはどう考えても無理がありますよ。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-11-22 06:48 | 国際問題 | Trackback | Comments(2)

英雄と富士山は遠くで見る物
親愛なるアッティクスへ

かつて、司馬遼太郎さんは、「歴史上で一番仕えてみたい人物は誰?」と問われ、迷わず「織田信長」と答えたそうですが、司馬さんに限らず、歴史上の人物・人気ランキングでは、信長は今でも、「坂本龍馬」と並んで、もっとも人気がある人物だそうですね。

で、今、福岡市博物館国宝「圧切」(へしきり)というがあります。
あの、織田信長の愛刀で豊臣秀吉の名参謀として知られる黒田如水が拝領し、以来、代々、福岡藩黒田家に伝わってきた名刀です。
この刀が、なぜ、圧切というかと言えば、信長がまだ弱年の頃、仕えていた茶坊主が、あるとき、カチンと来ることをしでかしたようで、すると信長公、たちまち、ぶち切れて、すぐに抜き身の刀を振り回して、城中、その茶坊主を追いかけ回したそうです。
茶坊主も斬られたらかなわないから「ひえ~」とばかり逃げまわり、ついには台所に逃げ込み、そのまま、膳棚の下に隠れて、中からしっかりと戸を閉めてしまったとか。

「ここを開けろ!」と言われたところで、茶坊主も必死だから、絶対に開けない。
しばらく、「出て来ぬか!」「お許しを!」の問答があった後、信長公、ますます怒り狂って、ついに、膳棚の真ん中付近にある隙間に刀を差し込んで、そのまま、「えいや!」とばかり上から力を込めるや、何と見事に(?)、膳棚ごと、その茶坊主が真っ二つに切れてしまったそうです。
信長公、この切れ味に大いに喜んだそうで、以来、この刀を「圧切」と命名し、愛刀とした・・・って、戦国の英雄・織田信長も、実際に生身で付き合った人間は、たまったもんじゃなかったでしょうね。
茶坊主も何したか知りませんが、給料もらうのもマジの命がけですよ。

また、信長は、自分自身が、超人的なまでの精力家だったこともあり、他人が休んだりするのが許せなかったみたいで、事実上の覇権が確立した後の安土城時代、朝、突然、「OOまで出かける!」と言って、そのまま、突然、馬を疾走して、出かけちゃったそうです。
家来も大変でしょうが、もっと大変だったのは、「そんな遠いところまで行ったのだから、今日はお泊まりだろう」と思いこんで、息抜きに遊びに行っちゃった侍女たちで、何と、信長公、普通、一泊するところを日帰りで帰ってきてしまったそうで、侍女たちが不在なのを知ると、これまた激怒!
侍女たちは、全員、茶坊主状態・・・つまり、死刑になったそうです。
やはり、英雄と富士山は遠くで見る物・・・のようですネ。
                                         平太独白

by heitaroh | 2010-11-19 18:31 | 歴史 | Trackback | Comments(0)

決して絶望する事なかれ
親愛なるアッティクスへ

昭和時代、極道和尚と呼ばれ一時代を築いた今 東光という人物がいます。
この人は、その豪放磊落な人柄もあり、まあ、良いにつけ悪いに付けエピソードには事欠かない人でしたが、中でも私が忘れられない話に「絶望するなかれ」というものがあります。

大正3年(1914年)、16歳の今 東光は、女性問題を咎められたことで教師を殴り、学校を退学処分になったことにより、町にいられなくなった彼は、上京すべく、独り、駅のホームに立ちます。
当然、一人の見送りもなく、他には人もまばらで、がらーんとしたホームで、不意に、誰かが隣に立つ・・・。
フロックコート山高帽という出で立ちで身を固めたその人物は、よく見ると何と、退学になった学校の校長先生だったそうです。
校長と言っても、当時の校長は今とは比べものにならないくらいステイタスが高い時代ですから、怪訝な顔をしていると、突然、「絶望するなかれ」と一言・・・。
さらに、困惑する少年に構わず、校長は前を見つめたまま、「君にこの言葉を贈ろう」と言い、こう続けたと言います。
「絶望したときがすべての終わりである。絶望さえしていなければ、まだ、事は終わったわけではない。決して絶望するなかれ」
うろ覚えで書いてますので、言葉の詳細は違うかもしれませんが、ニュアンス的には大筋はこのようなものだったと思います。

「敗戦とは、司令官負けを認めた瞬間決定する」と言う定義があります。
つまり、司令官が負けを認めてないうちは、どれほど苦戦していても、当然、撤退命令も出ないわけで、まだ、負けてないわけです。
フランスの英雄ナポレオンロシアとの激戦の際、ロシア軍の猛攻の前に、「もうだめだ。負けた。明日の朝になったら撤退を発令しよう・・・」と思っていたところ、夜が明けたらロシア軍の方が撤退していた・・・という話があります。
ロシア軍はロシア軍で、フランス軍の敢闘の前に「負けた」と思ったということなのでしょうが、世の中とはとかく、こういうことが起こり得るもので、この校長が言ったのも、そういう意味だったのでしょう。
けだし名言ですね。
絶望して、投げやりになったときに終わりが始まる・・・と。

しかし、この言葉の意味もながら、さらにこの言葉を効果的にしているのが、このシチュエーションでしょう。
地域の名士である校長が、これまた、退学処分になるなどというとんでもない問題児を独り、見送りに来た・・・と。
あるいは、校長は駅まで来て、もし、見送りの生徒が数人でもいたら、一言も声をかけず、その場を立ち去ったのかもしれません。
なぜか、そんな気がします。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-11-18 19:26 | 思想哲学 | Trackback | Comments(2)

名文は業務連絡に適さず
親愛なるアッティクスへ

日露戦争時の帝国海軍の名参謀にして、天才と謳われた人物に司馬遼太郎さんの著作、「坂の上の雲」で有名な秋山真之という人物が居ます。
この人が書いた文章で、名文として有名なのが、日本海海戦の折に大本営に向けて打った「天気晴朗なれど波高し」の一文です。

e0027240_20104876.jpg

これは、司馬さんによると、たまたま航海日誌の最初のページに書いてあったことなのだそうで、秋山参謀としては他意はなかったのかもしれませんが、戦後、彼はこの一文を巡って激しく非難されたとか。
つまり、「名文すぎる」と・・・。
作戦報告に、名文は一切必要なく、名文が一度、まかり通るようになると、作戦の失敗などの都合の悪い事実を、名文で固塗するようになるということだったとか・・・。
なるほど・・・と。

参考までに、こういう場合に好まれる文章とは以下のような物でしょうか・・・。

 「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」
〈出征中の徳川家康の家臣、本田作左衛門が嫁に宛てた手紙〉
つまり、火の用心子供の面倒と仕事の道具であるをよろしく・・・と。

 「三島の胴体と首の距離 1メートル」
〈作家、三島由紀夫の割腹自殺の際の警視庁入電〉
当時、警察には色々な情報が飛び込んできて、生死がよくわからなかったのだとか。
首と胴体が1m離れていれば間違いなく死んでるわな・・・と。

 「ダンナハイケナイ、ワタシハテキズ」
西南戦争前夜、熊本鎮台司令長官種田政明少将が愛妾と同衾中に不平士族に襲われたときの、状況を知らせる愛妾からの電報〉
司令官は助かりそうもないけど私は無事だから電報を打っている・・・と。

すべて、短文ながら、状況がよくわかりますよね。
用件を手短に、それでいて、的確に相手に知らせなければならないビジネス文書などには必要な心得のひとつでしょうし、ついでに言えば人の話を最後まで聞かないお年寄対策にもなります(笑)。
ワタシも苦労させられましたから・・・。
だって、話聞かないんだもん・・・。
                                         平太独白

by heitaroh | 2010-11-17 20:08 | 歴史 | Trackback | Comments(4)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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