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郷土愛ランキングに一喜一憂の要なし
親愛なるアッティクスへ

昨日、宮城県より友人が来ましたので、二人で一献やりました。
私は、前夜が2時間くらいしか寝てなかったので、どの程度、お付き合いできるか危惧していたのですが、我ながら、良く最後まで持ったな・・・と(汗)。
で、帰りにラーメン食って帰宅したのですが、胃がもたれているにも関わらず、結局、今日の昼飯もラーメンでした(笑)。

e0027240_16483263.jpgということで、本日はお決まりの二日酔いですので、いつものように適当に流します(笑)。

先日、エキサイトのニュースで面白い物を見つけました。
県別愛着度ランキング(←)、つまり、郷土愛ランキングだそうです。
色々なアンケート結果を数値化したもので、数値が高いほど愛着度が強いのだとか。

で、どういう内容が評価されたかというと・・・。

「出身都道府県のどのようなことが誇り(自慢)に思うか」をたずねたところ、47都道府県の平均では
「海・山・川・湖などの自然が豊かなこと」(51.1%)がトップで、
食事がおいしいこと」(43.4%)、
「道路や交通の便がよいこと」(32.8%)、
「土産や地域産品があること」(27.4%)、
「誇れる温泉レジャー施設・公園など」(27.3%)、
伝統芸能、祭り、イベントがあること」(27.2%)が続き、最も「自慢度」の高かった沖縄県は「海・山・川・湖などの自然が豊かなこと」が83.0%のほか、「人のよさや優しさ、おもてなしがよい」が64.9%と他県と比べて突出して高い傾向だった…と。

で、我が、福岡県は堂々、4位にランキングされているんですね。
まあ、わからないではないのですが、この点で少し思うことがありました。

先日、福岡市ANAクラウンプラザホテル福岡(旧博多全日空ホテル)の総支配人に就任したフェリュス・ジャン・ラファエルという人が、「スタッフに『福岡の良い所は?』と聞くと、すぐに、『食べ物が美味しい』という答えが返ってくるが、『では、その次は・・・』と聞くと途端に続かない」というような内容のことを言っておられました。
この辺は如何にも福岡人らしいんですよね。
愛着は持っていると言っても、自分が興味があることにしか興味がないですから(笑)。
でも、それだけに、郷土愛と言ったって、郷土の何を知っているの?といえば、殆どの人が何も知らないんです。
で、この、「地元ほど知らない」などというのは、何も福岡に限ったことではなく、どこも似たり寄ったりの観はあるでしょう。
であれば、この手のランキングを見て、一喜一憂する必要はないかな・・・と思うわけです。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-10-30 18:40 | 地域 | Trackback | Comments(6)

ドラフト会議の正しい在り方は談合・・・?
親愛なるアッティクスへ

プロ野球ドラフト会議・・・、注目の斎藤佑樹投手との交渉権は日ハムが獲得しましたね。
夏も涼しい札幌では得意の「ハンカチ」もあまり、出番がないでしょうが・・・(笑)。

e0027240_16581335.jpgで、我が、福岡ソフトバンクホークスも斉藤か、地元出身で同じ早稲田大学大石達也投手か・・・で、相当、迷ったようですが、結局、斉藤指名となったようですが、これはこれで良かったと思いますよ。

私は、以前から平太郎独白録: 根本式球団編成の妙は競合を恐れぬ姿勢にあり!などで申し上げておりましたように、良い選手は競合してでも獲りに行く・・・という姿勢がないチームは強くならない・・・と考えているからです。

この点で、以前、「松坂世代」という言葉があったよぷに、今回のドラフトでも同様のことを言わんとした嫌いが見られましたが、ところが、誰も一足先にプロ入りして、華々しい実績を挙げているマーくんこと、田中将大投手に鑑み、「田中世代」とは言わないんですよね。
つまり、明らかに、この世代の「恒星」は未知数の斎藤投手なんですよ。
(参照・平太郎独白録 : 「大投手恒星論」
無論、それで、斎藤投手がマー君以上の実績を残せると言い切れるのか・・・といえば、それはまた別の話で、だからこそ、マスコミもしっかりした実績があるマー君をさておいて、「海のものとも山のものともつかぬ」斎藤投手の名を被せて「斎藤世代」としてしまうわけにはいかなかった・・・ということではないかと思います。

で、今回のドラフトを見ていて、少し、思ったことがあるのですが、私はドラフトに対する考え方としては、本来、「職業選択の自由」に反している「憲法違反」だと思っております。
では、自由競争が良いのかといえば、これまた、周知のように一部の金満球団に戦力が集中し、やがて、戦力の不均衡から共存共栄の原則を揺さぶることになることから、これも一概に諸手を挙げて・・・とはいうつもりはないのですが、ただ、共存共栄と言ったところで、現在のドラフトが、下位球団から順に指名していくようなウェーバー方式でも無い以上、今のドラフトにはドラフトの大義が存在しないように思えます。
実際、かつてのヤクルトなどのように、妙にくじ運の良い球団が繁栄するということがあるわけで、くじ運が良いかどうかで、球団の戦力に差が生ずるなどというのはおかしいでしょ。

で、私的に結論を言わせて頂くと、「いっそ、談合で決めろよ」・・・と。
談合が悪いと言われるところは、「密室」で処理することにあるわけで、談合自体は用いようによっては日本の風土にはもっとも適した解決法であるとも言えるでしょう。
つまり、球団によっては、「うちはどうしても斎藤が欲しい」とか、「うちは斉藤でも大石でも良い」、あるいは、「うちは大石は地元だからどうしても欲しい」などという意向があるでしょうから、であれば、「だったら、うちは下りるけどその代わり榎田はうちで決まりだよ」とか調整すれば・・・と。
その方が選手の側も、意中の球団ではなかった場合でも、ある程度、諦めもつくでしょう。
「前回、お宅には中田の時には貸しがあるでしょ」・・・とか言ったりして(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-10-29 18:09 | スポーツ | Trackback | Comments(8)

総理という職責の重圧と情報壟断状態の愚
親愛なるアッティクスへ

島根県立大学女子大生のが殺害された事件は、未解決のまま、26日で1年が経ったそうですね。
何とも痛ましい事件で、事件の早期解決を望んでやまないものの、早くも捜査は暗礁に乗り上げたような観があるようで、昔は、「日本の警察は世界一優秀」と言い、こういう事件はすぐに解決したので、すぐに犯人は逮捕されるだろうと思っていたのですが・・・。
この件に限らず、なかなか、犯人逮捕に結びつかない事件が増えているように思うのですが、ふと、思ったのが色々と時代の変化はあったにせよ、こういう雑な手口の未解決事件が増えるなどというのは少しおかしな話で・・・。
つまり、昔はちゃんと真犯人を捕まえていたんだろうな・・・と。
捕まらないと、警察幹部の出世の妨げになる・・・などという理由で、「とにかく、誰でも良いから逮捕しろ」なんてことはなかったんですよね?
今の検察などを見ていると組織の有り様という点で、少し、疑問に思えてきました。

で、本日の本題です。
仙谷由人官房長官の存在ばかりが際だち、ますます、影が薄くなった観がある菅直人総理ですが、小泉純一郎元総理以降の世襲四総理は、一旦、総理になってしまうと急にそれまでの覇気が消え失せてしまったように迷走を始めましたので、世襲ではない管総理には期待したのですが、結局、どうも同じようなことになるようで・・・。
つまり、この辺は世襲云々ではなく、これすなわち、如何に「総理の椅子」という重圧が余人には窺い知れない物であるかということなのでしょう。
ただ、それとは別に、一つ思うことがあるのですが、それは、総理になると情報壟断状態に置かれるのではないか・・・ということです。

この点で、以前、読んだ老財界評論家・三鬼陽之助氏(故人)の著書の中に、昭和35年、総理就任の際、ある大物財界人よりの祝福の電話を受けた池田勇人夫人が「あなたの耳に、池田に関する悪評、ことに新聞、雑誌にのらないニュースが伝わったら、是非聞かせて下さい。そしてあなたたちが、ここらで池田は辞めるべきだと判断されたら、私に伝えて下さい。私が責任をもって辞めさせますから…」と言ったという話が出てきます。

e0027240_1792217.jpg総理というものの孤独さを知ることができる話でしょうが、(←象徴的でしょ(笑)。)その池田総理が健康を害し退陣を余儀なくされた時、大学時代からの親友である野村証券会長奥村網雄氏は「大臣・幹事長時代は、なんでも話しあえ、忠告もした。しかし、総理大臣になったので池田も忙がしいし、会うのに手間がかかった。それで、池田の経済政策の不評判を知り、耳うちしたいこともあったが、ついに機会がなかった。相許した親友として、まったく残念だ」と洩らしたとか。

「忙がしいし、会うのに手間がかかった」という辺りが行間から読み取れる本音だとすれば、おそらく、就任当初は自分の耳となる人材を置いているはずでも、側近筋がそれを壟断してしまうのでしょう。
であれば、側近が壟断できない立場にあって、真実を耳に入れてくれるのは身内であるわけで、どれだけ、耳に痛いことを告げてくれる身内を持っているか・・・ということでしょうか。
まあ、一々、それを聞いていては何も出来ないのかもしれませんけどね。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-10-27 18:00 | 政治 | Trackback | Comments(2)

史上最大の作戦と白熱教室に見る現実世界からの乖離
親愛なるアッティクスへ

e0027240_1540491.jpg何だかんだ言って、福岡市内は昨日までは日中はTシャツ一枚でOKでしたが、今日は雨模様ということもあって、さすがに少し涼しいみたいですね。
でも、明日よりはいよいよ、冬モードに入っていくそうで、まあ、考えてみれば10月も残す所あと僅か、年が改まるまでも2ヶ月余となっていることを思えば、そうなるのが当然なのでしょうが。

(←先週の福岡市内。博多駅から車で20分くらいの所ですが、同行した秋田人も「陽射しが違う」と言ってました。)

で、昨日、今週からまた、ちと忙しくなるので、その前の骨休め・・・ということで、一日、ゴロゴロしてビデオを見て過ごしたのですが、まず見たのが、映画「史上最大の作戦」・・・。
無論、以前に見たことはあったのですが、多分、中学生くらいの頃に見たきりで、まったく覚えてませんでしたので、あれだけの大作でもあり、改めて見てみようと思い立ちました。
まず思ったのが、現代の戦争映画と比べて、実にあっさりと死んでいくことでした。
CGが登場する遙か前ですから、やむを得ない面はあるにしても、数年前に公開されたの「父親たちの星条旗」などでは、間近で頭が打ち抜かれたり、手足が吹っ飛ばされたりする恐怖が如実に描かれてますが、戦死者はただ倒れるだけで、それが無いわけです。
まあ、これが公開されたのは終戦から17年後昭和37年(1962年)ですから、多分にアメリカによる従軍者への慰労映画という側面はあったのでしょうが。

次に、NHK教育テレビで録り溜めていたETV特集「ハーバード白熱教室@東京大学 日本で正義の話をしよう」を見たのですが、まあ、マイケル・サンデル教授という人は、発言者の名前から内容から、ひいては千人を超える受講者の中でその人が座っている位置まで覚えてますし、東大の学生さんたちもさすがという切り口で感心しきりでした。
ただ、彼ら、学生さんたちのディベートを見ていて・・・、特に、第二部の「戦争責任」においては、少し、思ったことがあります。

先日、うちのガキが小学校の歴史の教科書を拡げていたのをチラ見したところ、もう、我々の頃の無味乾燥な教科書とはまるで違うんですね。
でも、そこに書かれていることにはある一定の傾向があるように思えました。
それは、個別具体的には申しませんが、一言で言って、「お利口さん」の内容でして、私は彼ら、「白熱教室」で発言していた学生すべてに、これと同じ臭いを感じたんですよ。

まあ、今の大学生が同じような教科書を使っていたかどうかはわかりませんが、もし、そういう私の感じたものが正しいのであれば、彼らは優秀であるがゆえに教科書に書いてあること、先生から言われたことを素直に受け入れてきた・・・、俗な言葉で言えば、洗脳されて来たのではないかと。
まあ、戦争容認論が正しいとは言いませんが、安保闘争の時には「安保賛成」を主張する東大生もいたわけですから、全員が同じ認識の上に立脚しているというのは如何にも奇妙なもののように思えるわけです。
私が扱いにくい子供だったのは間違いないのでですが・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-10-25 18:30 | 教育 | Trackback | Comments(2)

大沢親分逝去に思う親分と後任・土橋正幸氏の思ひ出 2
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

土橋正幸投手は昭和33年(1958年)には、当時、全盛の西鉄ライオンズ相手に9連続を含む1試合16奪三振の日本記録(当時)を作ったほどの好投手でありながら、タイトルに恵まれなかった人という認識があります。
特に惜しかったのが私が生まれた昭和36年(1961年)のことで、この年、土橋投手は30勝16敗 奪三振298 防御率1.90という成績を残しながら、この年、同じパ・リーグには稲尾和久という42勝14敗 奪三振353 防御率1.69を記録した化け物みたいな投手がいたからで、この数字を見せつけられてはまったくもって、「不運」だったとしか言いようがないでしょう。

で、土橋氏の話はこれくらいにして、先頃逝去された「親分」こと、大沢啓二氏に話を戻したいと思います。
監督時代のことになるのですが、いくつか私なりに記憶に残っていることがあります。
まず、親分、唯一の優勝となった昭和56年(1981年)、前期優勝のロッテとのプレーオフに勝ってリーグ優勝を決めたものの、日本シリーズ開幕まで間がなかったことから、選手が体調を崩していけないということで、勝利に沸く選手らに対し、「日本シリーズに勝ってから大いに祝おう」と言って、祝賀を自粛させました。
ビールかけなどの祝賀らしい祝賀がなかったように記憶しております。)
でも、翌日がシリーズ開幕だったわけでもないので、私は「これは無いよ」と思いましたよ。
優勝という喜びはその時のことであり、何より、日本シリーズの相手は江川、西本を擁する巨人でしたから、「今、祝っておかないと日本シリーズに負けてから祝っても盛り上がらないだろう」・・・と。
そしたら、案の定、日本シリーズには巨人に完敗し、明らかに盛り上がらない祝賀会・・・。
でもって、以後、大沢監督の優勝は無かったわけで・・・。
この時、親分らしく、「先のことは先のことだ。今日は思いっきり、羽目を外して遊んでこい!」と言って送り出し、翌日から厳しく体調管理に臨むやり方でやっていれば、シリーズもまた、違う展開になっていたのではないかと思うんですけどね。

次に覚えているのが、当時は今よりも引き分けが多く、(年間、一球団当たり130試合中10試合くらい引き分けがあったんじゃないでしょうか。)味方の攻撃が無得点に終わって、これ以上の延長がないという場合、その裏の回の守備というのは、「引き分け負け」なわけで、見てる側も「何だ、引き分けかよ」みたいな感じがありましたから、当然、やってる方も同じだったのでしょう。
こういう場面で抑えて引き分けとしてマウンドから降りてきた、当時の日ハムのリリーフエース・江夏 豊投手が、誰からもねぎらいの言葉一つなく、首脳陣はさっさと引き揚げてしまっていたのを見て激怒した・・・と。
当時、私もこれを聞いてハッとしましたが、事実、一番、つまらない気持ちを抱いているのは、こういう場面で登板させられた投手であって、本音を言えば登板拒否したいくらいのところだったのではないでしょうか。
であれば、せめて、首脳陣くらいは「こんなつまらん仕事をさせてすまんなぁ」くらいの気持ちを抱いてもらわなければやってられないわけで、その意味では他の人ならともかく、「親分」と言われた人にしては随分、気配りのないことだな・・・と思いましたね。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-10-23 18:51 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

大沢親分逝去に思う親分と後任・土橋正幸氏の思ひ出 1
親愛なるアッティクスへ

先般、亡くなった「親分」こと、大沢啓二さんですが、私的には思ったより大きく採り上げられていたのが意外でした。
だって、選手としては見るべき成績は残してませんし、監督としてもリーグ優勝1度やってますが、それも日ハムを率いて6年目のことで、しかも、当時のパ・リーグは前期後期制でそのうちの後期を優勝しただけですからね。
私的には、大沢監督の手腕・・・というよりも、ここまで長期的な視点を持って球団経営に臨んでいた球団フロントにむしろ、感嘆しますよ。

その意味では、やはり、TBS系の「サンデーモーニング」に出演されていたことが大きかったのでしょうか。
逝去後、誰が後任として後釜(?)に座るのかな・・・と思っていたら、共演の張本 勲氏と同じ日ハムの前身である東映フライヤーズ出身の土橋正幸氏が出てましたね。
なぜ、横浜ではなく、日ハムの関係者ばかりが出るのかわかりませんが、(スポンサーでしたっけ?)土橋氏と言えば、軟式野球チーム出身で、友人の入団テストに付いていったら合格したので入団したという異色の経歴をお持ちと聞いております。
もう一つ、印象深いのが、当時の西鉄の強打者で今や、ご意見番として知られる豊田泰光翁が著書の中で語っていたことで、翁は、「現役の十七年で、私は一度も退場処分を受けたことがない」そうですが、実は一度「退場」と「言われたことがある」のだそうで、以下、抜粋してみますと、
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 東映戦の守備だった。走者一塁で内野ゴロ、遊撃の私が二塁ベースカバーに入り、走者封殺というプレーがあった。ところが長谷川信義さんという二塁塁審は「セーフ」。ベースに足が触れていないという。
 頭にきて、両手でをすくい、長谷川さんのまっさらなシャツの胸にべたべたなすりつけた。こうも泥を塗られては向こうも黙っていられるはずがなく「退場」。
 ところがその声が蚊の泣くような小さな声だった。宣告が周りに届かないのをいいことに「さあ、行こう、行こう」と大声でかき消して、プレーを続けたら、処分はうやむやになった。
 困ったときはとにかく勢いよく振る舞ってみるとよい。威勢のいい方が正しいようにみえることも世の中では多いのだ。
(中略)長谷川さんはかつて大陽(のちの松竹、横浜の前身) の指揮も執ったほどの 「大物」だった。(中略)
 そういう審判がなぜ、私の退場処分を「執行」しなかったかと考えると、実は勢いに負けたばかりでもなかったかもしれない。むやみに「レッドカード」を出す審判がいい審判と限らないのはサッカーと同じだ。退場という球趣をそぐ事態に至らないようにするのがいい裁き。長谷川さんも、退場はあくまで最終手段と思っていて、声が弱くなったのかもしれない。
 とにかく、退場を免れた私だが、実はあの現場にもう一人「宣告」を聞いた証人がいた。
一塁走者の東映・土橋正幸投手だ。あの試合、延長でサヨナラ本塁打を放ったのが、そこにいてはいけない私だった。そりゃ、頭にくるだろう。
 引退後しばらくして、昔の仲間と山梨のぶどう棚でワインを、という飲み会があった。
 木漏れ日の下でうとうとしていると頭をガツンとやられた。顔を真っ赤にした土橋君が立っていた。「この野郎、本当は退場だったのに」
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明日に続きます。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-10-22 18:04 | スポーツ | Trackback(1) | Comments(0)

日本の暗記崇拝への価値観と暗記至上教育の是非
親愛なるアッティクスへ

e0027240_16142949.jpg今朝の朝刊に福岡ソフトバンクホークスクライマックスシリーズでの敗退を総括した記事が載ってまして、その中で、秋山幸二監督が、「間が長く空いた中で調整の仕方がうまくいかなかったのが一番」と言っていたというのを聞いて、大変、呆れました。

中日はしっかり勝っとるやないかい!」と。
まあ、確かに、最後の二つを勝って3位になったロッテと、最後の二つを負けて3位になった巨人とでは手強さという点では違うのかもしれませんが、でも、過去に同じ条件で戦った日ハム西武はしっかり、勝って日本シリーズ出場を果たしているわけで、それを言うなら、他のどこよりもその辺のノウハウを持ってなければならないのがホークスでしょ・・・と。
(むしろ、敗因は「6連戦」にあったと言った方がまだ、説得力があるんじゃないですか?年寄りばかりのホークスは後半、見るからに、疲れてる・・・って感じでしたから。)

で、本日の本題です。
オランダ43歳マルク・ルッテ首相が誕生したという報道を見ていて、「閣僚経験もなく未知数だが、討論では博覧強記ぶりを発揮して・・・」という一文が目に付きました。
思えば、博覧強記という点では人後に落ちない、故田中角栄元首相も、日中国交回復の折、交渉の相手となった周恩来首相(当時)には舌を巻いたようで、「周恩来という人は、交渉中、どこそこの戦闘での被害云々という話になると、『このときは、どれだけの死傷者が出て、どれだけの被害があった』ということを忽ちのうちにそらんじた。すべての数字が頭に入っていた。私が知る限り、この人より凄い交渉相手はいなかった」と回顧しておられました。
でも、ここで注意すべきは、単に暗記していたことが凄いというのであれば、円周率を延々暗記している人などが総理大臣になれば良いわけで、周恩来という人が凄いのは、それを交渉の席で臨機応変に使いこなした・・・ということだと思います。

この点で、実は今、うちには受験生がいまして、この不肖のガキの勉強を見ていて思うのが、日本の勉強・・・、ひいては日本人の、「人の能力に対する評価の基軸」となっているのが「暗記力」ではないか・・・ということです。
実際、「あの人くらい頭がいい人はいない」などという場合、大半が「記憶力」を意味しており、(それ以外ではわずかに「計算力」が続くくらいですが、ただ、暗算が発達している日本では割と計算力は賞賛の対象にはならないことが多いようです。)従って、試験に出るから暗記しなさい・・・などというのは、何のために勉強するのかという意味では愚の骨頂であり、学問を修めるという観点から考えれば本末転倒だと思うんです。
つまり、忘れたことは調べれば良いし、覚えきれないことはメモすれば良いわけで、この点、確か、アメリカなどでは試験には辞書教科書を持って入って良いんですよね?
つまり、詰め込みの暗記ではなく、自分なりにそれをどう消化するかという応用力に重点を置いているわけで、私も本来の教育とはこうあるべきだと思いますよ。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-10-21 18:11 | 教育 | Trackback | Comments(0)

戦い済んで日が暮れて・・・投げ遣りの佐賀に行ってきた記
親愛なるアッティクスへ

福岡ソフトバンクホークス、またもや、日本シリーズ進出はなりませんでしたね。
今日は、顔をあわせる人皆、その話題でした。
当初から申し上げてましたように、いやな予感はしてたんですよ。
選手から球団から、あまりにも対戦成績が良すぎましたからね。
ま、あのヘンの粘りの無さがいかにも福岡のチームって感じなのでしょうが。
こうなれば、ロッテ対巨人の日本シリーズに期待しましょう。
顔合わせから言えば、たぶん、昭和46年以来でしょうから、一番、新鮮で良いんじゃないですか(笑)。

第3戦で小久保フェンス直撃打を放ちながら、本塁打と思って走るのを怠ってシングルヒットになったのや、松中走塁ミスを見たとき、勝ったとは言え、「大丈夫かぁ?」と思いましたよ。
年寄りばかりなのに、「誰も自分たちの力の衰えを自覚していない」、つまり、「客観的に見れてない」ということのように思えたからです。
もっとも、元来があの戦力で良くぞ優勝したなぁ・・・という観を抱いていましたから、その意味では今までが出来過ぎだったのかもしれませんが、ただ、チームは来年は、勇気を持って若返りを断行しなければダメですよ。
選手思いは良いですけど、プロというのは本来、そういう物なんですから。

e0027240_16111981.jpgで、本日はなーんか、どうでもいいや・・・って感じで投げ遣りに話を進めます(笑)。
先週末の土日で、秋田市より友人が遊びに来ましたので、彼がまだ、泊まったことがないという「佐賀県」へ一泊で出かけてきました。
先々週、東京へ行ってきたばかりですから、良く、あちこち行っているなーという印象を持たれるかも知れませんが、とりあえず、年内はこれで打ち止めです。

(←目の前の大きな物にばかりに気を取られて、彼には自分のすぐ近くにある「出口」が見えていないようです。こいつの人生そのもの・・・、いや、特に深い意味はありません(笑)。)

e0027240_16202185.jpgで、福岡市内を出て、せっかく福岡に来たんだからと、昼飯に福岡のもつ鍋発祥店でもつ鍋を食べ、そのまま、県境を過ぎて、一路、佐賀県へ。
夜は、佐賀県下第一の温泉街である嬉野温泉へ行き、温泉で旅の垢を落とすと、軽く一杯加減で夜の街を堪能すべく浴衣で出撃・・・。

(←やつの人生に幸多かれと願わん・・・(笑)。)

ところが、嬉野という所は盆地だからか、夜は寒い寒い・・・。
念のために持って行ってたホークスのスタジャンを浴衣の上に羽織って闊歩する羽目になりましたが、おかげで目立って目立って・・・、参りました。

でも、さすがに秋田人は寒さには強い強い・・・。
浴衣一枚で平然として夜の街を満喫していましたからね。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-10-20 17:44 | 地域 | Trackback | Comments(2)

魯酒薄くして邯鄲囲まる
親愛なるアッティクスへ

「魯酒薄くして邯鄲囲まる」という言葉があります。
荘子の一節で、むしろ、その前に続く「脣竭くれば歯寒く・・・」の方が史記「唇破れて歯寒し」の表現で知られているかとも思いますが、すなわち、「楚国主催のパーティに魯国代表団が持ってきたが薄かったことで、楚の王が怒って、と共同してに魯を討とうと軍を起こしたところ、楚と斉の連合軍が魯へ向かったのを見たの王が「今のうちだ!」とばかり、に攻め込み、何も関係ないの首都・邯鄲包囲されることになった」という、言わば、「風が吹けば桶屋が儲かる」的な話で、「世の中には、一見無関係に思われるところに因果関係がある」という時に使われる話ですね。
確かに、趙国からすれば、「何でうちが!」という気がしたでしょうが、でも、これって、今でも世界で起こっていることと何ら変わりないことなんじゃないでしょうか。

日本人はとかく、一元的、すなわち、日本を中心にしか物を見ようとしない傾向があると言われてますが、(かつて、沖縄返還の時、「自分たちの熱意が通った結果」と思っていたら、実際には「米中国交樹立に向けて中国側を安心させる必要があったアメリカの事情」だったなどというのがその好例でしょうか。)尖閣諸島での領海侵犯拿捕事件以降の一連の騒動について言えば、偏に民主党政権「不慣れ」の結果ですよ。

これ以上はあまり詳しく言うと、また、面倒くさいことになりますので申し上げませんが、一方で、この事件は、政権交代期に来ていた中国国内の権力闘争に火を点けることにも繋がったようで、その後、中国では大規模な反日デモがまた、あちこちで起こっているようで・・・。
(そもそも、中国ではデモや集会は当局への事前申請による許可制であり、それが、ほぼ同時に各地でデモが起きるということ自体、当局に組織されたとしか考えられないわけで、そう考えれば、早期に収拾したいと思っている現政権を揺さぶろうとする勢力より事件が「利用されている」という認識は持っておくべきでしょう。)
問題はこの事件は日中だけのことに収まらないということです。

一例を挙げればフィリピンは、かつて米軍の戦略拠点だったスービック、クラーク両基地が1991年に返還されたものの、以後、アメリカからの支援も激減し、その結果、フィリピン空軍は05年から予算不足を理由にジェット戦闘機すら飛ばせない状態になっていたそうで、それが、95年、中国が米軍撤退に呼応するかのように南沙諸島に軍事拠点を構築したことから、フィリピンは99年、再び、「訪問米軍に関する地位協定(VFA)」批准にこぎつけ、その前年から米国の軍事援助が再開されることになったのだとか。
(日本でも、この事件以降、沖縄基地問題での報道がピタリとやみましたよね。)

でも、今、むしろ、一番、中国の脅威を感じなければならないのは韓国でしょう。
中国は近年、「高句麗琉球も元々、中国の領土だった」などと言い出しましたから、北朝鮮が崩壊したら間違いなく獲りに来るでしょうし、沖縄を獲って日本が獲られれば、韓国は見事に囲まれてしまうわけで、こうなっては、もはや独立は成り立ちませんよ。
つまりは、魯(日本)が持ってきた酒が薄かったことから、楚(中国)が怒って、斉(ロシア)と歩調を合わせたことから、趙(韓国)は囲まれるのを恐れて旧敵の魯を支援せざるを得なくなり、梁(フィリピン)はやっと追い出した(アメリカ)の庇護を再び求めざるを得なかった・・・というところでしょうか(笑)。
                                        平太独白
by heitaroh | 2010-10-19 17:41 | 国際問題 | Trackback | Comments(2)

似たような経過を辿るセとパの進化論とその違い
親愛なるアッティクスへ

プロ野球、クライマックスシリーズですが、セ・リーグでは3位巨人が敵地・甲子園で2位阪神に逆転逆転でストレート勝ちしてしまいましたね。
(阪神の敗退を見ていて特に目に付いたのが城島健司捕手です。福岡ソフトバンクホークス時代の彼を知る者の目から見れば、明らかに力の衰えは否めませんよ。その意味では、彼は選手としての一番良い時期をアメリカで棒に振ったということであり、猫も杓子もメジャーメジャーと鳴く風潮がある昨今、選手には警鐘としてもらいたいものです。)

で、これって、パ・リーグで3位ロッテが2位西武をストレートで打ち負かしたときと、まったく同じ構図ではないですか。
私は、これって、たまたま、偶然などではないと思いますよ。
いわゆる、「人類が同じような進化を経ていれば同時期に遠く離れた所で同じような発見発明が見られる」という説と一緒で、ドラフト制施行後、両リーグの戦力分布がある程度、均等になっており、それにより同じような現象が現れてくるものなのでしょう。
前半、主に首位をキープしていたのはロッテと巨人であり、どちらかと言えば、争っていた西武と阪神の後の文字通りナンバー3に付けていたソフトバンク中日が優勝したという構図も含めて(笑)。

その意味では、ロッテとソフトバンクの覇権の行方というのは、巨人と中日のそれを占う上では少なからず、参考になるかと思われますが、一点だけ、大きく違う所があります。
ソフトバンクと中日は同じ1位通過チームであっても、ソフトバンクが2004年、2005年の苦い経験があるのに対し、中日はクライマックスシリーズ導入後、1位通過するのは初めてだということです。
2位と3位が戦っている間、待たされる1位のチームは長くゲームから遠ざかることで、試合勘が鈍るのではないかと言われていますが、これは、プレーオフ導入後、2004年、2005年と1位通過しながら、2位球団に競り負けたホークスが好例でしょう。
つまり、、同じブランクであってもソフトバンクにはその間の過ごし方などの面でノウハウがあるであろうのに対し、中日はこれほど長い間、待たされた経験がない・・・ということですね。
(もっとも、その後、1位通過した日ハムや西武はあっさり、日本シリーズ進出を決めましたので、その辺はさほど気にする必要はないとは思いますが、ちなみに、2004年、2005年当時は1勝アドバンテージがありませんでした。)

そのソフトバンク対ロッテですが、一応、まだ、ソフトバンクの優位は崩れないとは思いますが、まだまだ、予断は許さないと思いますよ。
今日の福岡ソフトバンクホークスの先発の大隣憲司投手も、投げてみないとわからないという投手ですし、第三戦などは勝ったとはいうものの、結局、初回のノーヒットでの1点だけが得点だったわけで・・・。
(それも含め、このセカンドステージは、結構、ソフトバンクは敵失に助けられている嫌いがないでもないわけで、それがなければかなり、追いつめられていたんじゃないですか。)
ちなみに、今年の交流戦ではパ・リーグ全球団が上位を占めるという形でセ・リーグを圧倒しましたが、しかし、戦力的には西武、ロッテ、ソフトバンクと、阪神、巨人、中日を比べてみると、パはどこが出ても日本シリーズではセには勝てそうな気がしないんですけどね。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-10-18 18:05 | スポーツ | Trackback | Comments(4)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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