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夏の盛りのなぜか会津人ゴメンの薩長土肥の旅 その10
親愛なるアッティクスへ

最近、色々あって、本当に気持ちに余裕がありません。
しばし、お目こぼしのほどを・・・。

で、先週の続きです。

e0027240_19204961.jpg(←鹿児島でこの立ち姿を見れば、どうしても桜島・・・と思いがちですが、こちらは長崎鼻から見た開聞岳です。別名、薩摩富士とも言います。)
指宿ではこれらを始め、定番の池田湖などにも行き、最大では人の背丈ほどにもなるという大ウナギも見てきました。

e0027240_19353836.jpgでも、まあ、平日だったということもあるのでしょうが、長崎鼻辺りの観光客目当ての出店も何だか寂れた感がありましたねぇ。
(←そのうちの一軒で、これを見つけました。今時、ペナントが売っている店を見つけたのはある意味、池田湖に生息するという謎の生き物「イッシー」のような、遠い昔に絶滅したと思われていた生き物を見つけたような感覚でした(笑)。私も昔はたくさん持ってたんですけどねぇ・・・。ある意味、これが置いてある店がまだ存在しているということがさすが鹿児島・・・って感じで凄い気がしますよ(笑)。)

で、その後は、またしても導かれるままにマニアックな場所へ・・・。
ここは、征韓論に敗れ薩摩に隠棲中だった西郷隆盛佐賀の乱で敗れた江藤新平が訪ね、決起を促した・・・という場所で、ここにもしっかり、西郷さんの像(↓)が・・・。

e0027240_19572360.jpg

(しっかり、南方系の顔ですよね。)
で、見れば、目玉の黒目の部分にはしっかりとガラス玉がはめ込まれているではないですか!
「何と凝った造形か・・・!」と思っていたら子供のイタズラだそうです(笑)。

で、この日は折悪しく台風の影響で、当初の天気予報では旅行中すべて「雨」の予定だったのですが、私の日頃の善行が報われたからか、この日は雨に濡れることもなく、時には日が差してさえ来たほどで、それが、我々が鹿児島中央駅行きの電車に乗った途端、みるみるうちに大粒の雨が・・・。
それも、さすが南国、驟雨という言葉で形容しきれないような大降りの雨で、思わず私もリュックにカバーをしたのですが、そこでふと、気づきました。
「あ、ホテルは駅の中じゃないか」・・・と(笑)。
どこまでも悪運の強い奴よ・・・という声無き声には敢えて耳を塞いで、明日に続く・・・と思いますが、無理っぽいかな・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-08-31 20:44 | 地域 | Trackback | Comments(2)

どこでも盗られるんだから気にしなくて良いの論理の不可解
親愛なるアッティクスへ

先日、実に奇っ怪なことが起こりました。
私が加入している生命保険の件で保険代理店から電話が入り、「住所変更されましたか?」と。
「いいえ」と答えると、「住所変更の届けが出ています」という。
場所を聞くと私にはまったく身に覚えがない住所で、さらに、しっかり、変更届には認め印まで打ってあったとか。
つまり、行き違いなどではなく、はっきりとどこかの誰かが勝手に私の住所氏名と住所移動届けを入手し、無断で別の場所へ住所移転していた・・・ということで、ということは、この間、ずっと、この件での郵便はすべてここへ行っていたということなんです。

で、その後、代理店からは「元に戻すために錯誤の手続きを行わなければならない」ということを言ってきたのですが、ちょっと待てよ・・・と。
それを出したら、私が住所移動したことを認めてしまうことになるんじゃないか?と思っていたところ・・・、保険会社から「錯誤」の手続きの書類の代わりに「登録住所変更に当たってのお詫び」が送ってきました。
「ん?」と思い、再度、代理店へ確認の連絡を入れたところ、「今回は定期的に郵送される郵便物の中の住所変更通知専用ハガキを使用して住所変更が行われており、この場合は正規の申し出として受付し、住所変更手続きを進めるのが一般的ですので、当方のミスとは思えません」という返事が来ました。

ただひたすら、自分たちには責任はない・・・と繰り返す文面が来たことで、「結局、不正な住所移転は行われたんですか?保険会社からの文書には、『当社の手違いにより誤った住所で登録されておりました』と書いてありましたが」と再度、問い合わせしたところ、懇切丁寧な文章が送ってきて、「不正な住所異動は行われていません」と言い切るも、続けて、「適正なお申し出として通常の手続きだったと思います。残念なことは事実と異なる住所変更連絡がお客様になりすました者により行われたということです」・・・と。
だからぁ、結局、どっちなの・・・と。

で、「保険会社のミスとは思えないということですが、うちの場合、道路にむき出しの集合郵便受けですから、ささったままの状態であれば、道を通る人が抜き取っていくことは十分に可能です。こういう状態になっているのはうちに限ったことではないでしょうから、もう少しこういう物は『届出印でないといけない』とか、書留で郵送するとか、何らかの保護措置を講じられるべきなのではないでしょうか」と言ったところ、何と、回答は「今回の出来事は極めて稀なケースです。集合住宅の郵便受けに限らず、戸建住宅の郵便受けの多くも無防備です・・・」というものでした。
「盗ろうと思えばどこでも盗れるものは言ったらきりがないから気にしなくて良い」というのは、まさしく、ピッキングオレオレ詐欺の被害の初期の頃と一緒で、あくまでも「こちら側の論理」であり、犯罪者側がそれに合わせて自粛してくれるという理屈にはならないはずなのですが。
そのうち、同じように被害が拡大して、社会問題化してから初めて慌てふためくようなことになるような気がするんですけどね。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-08-28 08:37 | 社会全般 | Trackback | Comments(2)

夏の盛りのなぜか会津人ゴメンの薩長土肥の旅 その9
親愛なるアッティクスへ

毎日、多忙に過ぎて、めまいがしそうです。
今も、かなり、意識が朦朧となっておりますが、とりあえず、先日の続きです。

e0027240_19105858.jpg私も別に意図していたわけではないのですが、タクシーに乗って、「どこか指宿でオススメは・・・」と言ったら連れて来られたのが、ここ(←)・・・でした。
何かおわかりになりますでしょうか?
篤姫さまの出身校・・・ではなく、その実家、今和泉島津家屋敷跡です。

e0027240_19151173.jpg大体、昔の城とか殿様の屋敷跡・・・などというのは殆どが裁判所や役所など、何らかの官有地になっているんですよね。
(←当時の井戸。いくら分家とはいえ、姫様自身が手ずから汲み上げた・・・ということはなかったでしょうが、間違いなく、この水を飲んだのでしょう・・・。)

e0027240_19223158.jpgまあ、維新当時、手っ取り早く、まとまった広さが確保できる場所だった・・・ということなのでしょうが、少し、味気ない気もします。
もう少し、せめて、庭園の一部なりとも残して、つまり、再利用して整備すればいいのに・・・と。
ここに限ったことではないのでしょうが。

e0027240_19451652.jpgでもって、ここから比較的近くにある今和泉島津家の墓地、つまり、篤姫さまの両親祖先が眠る墓地にも行ってきました。
まあ、大河ドラマ「篤姫」を見ていたものの、取り立ててファンというわけでもない私的には、だからどうだ・・・ということはなかったのですが。

本当はこの辺りで一句詠みたいところですが、とにかく、今は余裕がありません。

ということで、次回に続く・・・と思う。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-08-27 19:45 | 地域 | Trackback | Comments(2)

夏の盛りのなぜか会津人ゴメンの薩長土肥の旅 その8
親愛なるアッティクスへ

本日も終日、バタバタして、気が付いたら今です。
当然、「龍馬伝」「ゲゲゲの女房」もまだ見てません(ので、世間の話について行けそうにありません(涙)。

で、昨日の続きです。

e0027240_18465190.jpg指宿では、観光ホテルに泊まり、鹿児島名物・黒豚しゃぶしゃぶ(←)を食し・・・ましたが、実は、最近、経済的に余裕がない当家では「とにかく、うちの子は食事量が少ないから」と言って、夕食をムリヤリ一人分カットしており・・・。
ガキには、なるべく、前菜をたくさん食べさせておき、メインの黒豚しゃぶしゃぶは気持ち程度食べさせただけでした(笑)。
今、流行りのワークシェアリングというやつですね(涙)。
ちなみに、私はしゃぶしゃぶは、とにかくポン酢オンリーです。
家人などはごまだれオンリーですが、私はごまだれは何が良いのかさっぱり理解できませんで、毎回、手つかずで残ります。

e0027240_18433154.jpgで、翌日は朝からここ(←)へ。
この島は知林ヶ島といい、夏場の干潮時には砂州で繋がり、歩いて渡ることができるそうで、ちょうど、島との間に、まるで生卵を割った時に良く取り除く「カラザ」(白い糸状の物)のように波が白だっているのがおわかりになりますでしょうか。
この部分が、砂州になる部分です。

e0027240_19484692.jpgで、繋がると、こう(←)なります。
もっとも、砂州が出ているのは限られた時間であり、この日は折からの台風の影響もあり、到着した時点で、係の人から「もう、渡れません」と言われましたが、「途中まで」ということで砂州に入らせてもらいました。

e0027240_19263385.jpg(←こちらは島の方から振り返った風景。右側にある断崖が、↑で島を見下ろしていた所。)
実際、フランスモンサン・ミッシェルのように、渡っている途中で潮が満ちてきて亡くなった人もいるそうで、「絶対に島までは渡らないでください」と念を押されましたからね。

明日に続く・・・と思うけど、厳しいかな・・・の巻。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-08-25 19:32 | 地域 | Trackback | Comments(0)

夏の盛りのなぜか会津人ゴメンの薩長土肥の旅 その7
親愛なるアッティクスへ

先週の続きです・・・と言いたいところですが、なかなか、落ち着いて、ゆっくりとパソコンに向かう気分になりません。
で、手抜きします。

e0027240_18395488.jpg九州新幹線鹿児島中央駅へ着いたのですが、ここで終わりではなく、目的地はここからローカル線でさらに南に1時間ほど下った指宿・・・でした。
面白いくらいに揺れる電車だったのですが、中で見たのがこれ(←)。
整理券ですね。
(ピンぼけしてすみません。何せ、揺れてましたので(笑)。)

全国的にはどうなのかわかりませんが、普通、福岡県地方では整理券はバスにあるもので、電車に付いているのは始めて見ましたよ。
多分、無人駅が多いからでしょうが、でも、狭いバスの車内ならともかく、数両編成の電車だと乗車した駅と別の駅の所で整理券を取り直す・・・ということも出来るんじゃないですか?

まあ、何事も性悪説で考えてはいけないのでしょうが。

e0027240_1933021.jpgで、私も、この付近には行ったことはあるのですが、はっきりと指宿を目的地として訪れるのは初めてで、当然、泊まるのも初めてでした。
(←さすが、温泉地・指宿ですね。駅を出たら、すぐに、足湯がありました。たたずまいは、まるで噴水でもあるかのような池のような感じで、足湯って書いてなかったら気づきませんでしたよ。お湯は、しっかり、暖かかったですね。)

ちなみに、以前、指宿出身者と親しくしていたことがあるのですが、彼曰く、「福岡に出てきて、2つ、驚いたことがある。一つは、居酒屋に入って、酒を注文したら日本酒が出てきたことで、もう一つは、風呂の蛇口からが出たことだ」と言われました。

つまり、指宿では、居酒屋で「酒」と言えば、普通に「焼酎」が出てくるし、風呂の蛇口からは普通にお湯が出る・・・と(笑)。
嘘のような本当の話です。

で、指宿といえば、真っ先にイメージするのが「砂風呂」です。
過去に別府で一度、入ったことがあったのですが、本場の物はやはり、まったく違いましたね。
・・・と思っていたら、翌日、タクシーの運転手さんに聞いたら、「あそこのは人工だから」・・・と、「人工なんて・・・」と言わんばかりの口ぶりでした(笑)。
また、次回の宿題が出来たようです。

ということで、明日・・・に続くと思うが、ここから先は神のみぞ知る。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-08-24 19:35 | 地域 | Trackback | Comments(0)

高校野球決勝戦に見る投手の登板過多問題
親愛なるアッティクスへ

高校野球もついに決勝戦ですね。
ところで、私、ここまで甲子園の高校野球を見ていて、強く思ったことがあります。
それは、「一人の投手にこんなに投げさせて良いのか・・・」ということです。
以前、元巨人の桑田真澄投手が言ってましたが、「子供の体は大人が守ってやらなければならない。アメリカでは小学生は何球まで、中学生は何球まで、高校生は何球まで・・・と厳しく決まっている」と。
そう考えれば、今大会に限らず、甲子園では大体、打たれない限りエースが投げきりますよね。
しかし、勝ち進んで、対戦相手が減ってくると、球場の使用期限が決まっているという背景もあるのでしょうが、過密日程となってきて、連投か、精々、中1日での登板ということになってくるように思います。
チームとして、「勝ちたい」という気持ちはわかりますが、プロの投手が中6日で投げている時代に、まだまだ未完成な高校生の体をそこまで酷使させて良いのか?・・・と。

良く、甲子園では快刀乱麻を断つような投球をし、一躍、将来を嘱望された投手が、大学やプロに入ってからは肩や肘を痛め、意外に鳴かず飛ばずで終わった・・・などという話も別に珍しくないわけで。
松坂大輔投手と延長戦を投げ合ったPL学園上重 聡投手(現日本テレビアナウンサー)が良い例でしょうか。
前途有望な若者の将来を潰す権利など誰にも無いはずで・・・。
この点は、思わず、先日、NHKで放送されていた「幻の甲子園」とい番組を思い出しました。

e0027240_1503370.jpg戦時下の昭和17年、非公式に開催された大会を採り上げたドキュメンタリー番組で、この大会では、戦時色が強かったことから、「打者は球をよけてはいけない」とか「選手交代ならびに控え選手の起用は禁止する」などというルールがあったとか。

こうなると、投手は肩が痛かろうと、肘が壊れようと投げ続けなければならないわけでしょうが、結局、やってることは現代もこれと大差ないんじゃないですか?

そう考えれば、高校野球でも、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)のように球数制限を設けるべきだと思うんですよ。
1試合90球までとか、あるいは、1試合完投したら、最低、中4日は登板できない・・・とか。
最低でも、延長戦に入った場合は9回を投げた投手はそれ以上投げてはならない・・・というくらいの決まりは作るべきでしょう。
そうなると、高校野球もローテーション制を採り入れざるを得ず、一人の絶対的なエースを擁するよりも、複数の投手を確保せざるを得ず、戦い方も変わってくるでしょう。
無論、一部の金持ち校に有利だ・・・という指摘もあるでしょうが、たとえ、そうであっても選手の保護ということを考えれば、私はこの制度の導入はやむを得ないと思います。
戦時中じゃないんだから・・・と。
                                         平太独白

by heitaroh | 2010-08-21 08:46 | スポーツ | Trackback(1) | Comments(7)

夏の盛りのなぜか会津人ゴメンの薩長土肥の旅 その6
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きですが、本日よりは鹿児島編です。

e0027240_15495657.jpg四国渡海からちょうど1週間後、今度は鹿児島(←)へ行ってきました。
と言っても、別に幕末散策シリーズ続編・・・などではなく、冒頭にも申し上げましたように、昔は福岡市内の小学校の修学旅行長崎、中学校は鹿児島・宮崎広島・山口と決まっていたことから、我々の時代は何だかんだ言っても九州内は皆、それなりに行ったことがあったんですが、それが、昨今では、小学校は長崎で変わらないのに、中学の修学旅行はいきなり関西になっているようで、これでは機会を作らなければ、「九州人でありながら、南九州は行ったことがない」ということになりかねない・・・ということで思い立った次第でした。

(ちなみに、私の時は広島・山口でしたが、概ね、隔年で行っていたみたいですね。)

e0027240_1602130.jpgと言いつつ、実は私も同じ九州でありながら、福岡からですと、どうしても大分・熊本止まりになってしまうようで、なかなか鹿児島は馴染みがないんですよ。
鹿児島県には数年前に知覧に行きましたが、その時も泊まりは熊本でしたので、ピンポイントで行って引き揚げてきたという感じで、ちゃんとまともに鹿児島に行くのは多分、昭和49年(1974年)、中学一年の時以来ですから33年ぶりでしょうか・・・。
今にして思えば、オイルショックの翌年、まだまだ、世上騒然としていた時代に良くも行ったもんだなぁとは思いますね。

(←来年の竣工に向けて工事が進む新・博多駅です。)

e0027240_1554927.jpgただ、今、行くとなるとどうしても触れなければならないのが九州新幹線(←)でしょう。
九州新幹線は現段階ではまだ、鹿児島中央~新八代間(つまり、南半分)しか開通しておらず、つまり、一旦、新八代で降りて乗り換えなければ成らないんです。

e0027240_16252541.jpg来年の全線開通後は博多駅からそのまま鹿児島中央駅へ乗り入れることが出来るので、不便と言えば不便で、何も今行かなくても・・・という感じなのですが、逆に考えれば、繋がってない時期の九州新幹線は今しかないわけです。
(←久々に駅弁なる物を食いました。昔と違って、結構、凝った物を売ってますね。なかなかに美味でした。)

で、行ってきたのですが、乗車して切符を見たら、博多から新八代までは「リレーつばめ」で行き、それから先は「つばめ」と書いてあったのですが、ここで私が困惑したのは、席番が「リレーつばめ」も「つばめ」も共にまったく同じだったこと。
「これって、今乗ってるのは特急で新八代から先は新幹線なんだから乗り換えるんだよなぁ?」・・・と。
でも、席番は一緒だし、乗り換えるにしては乗り換えの時間も3分くらいしかない・・・。
もしや、最近の技術革新で、「特急リレーつばめ」が新八代に着いたら、そのまま線路だけが変更になって「新幹線つばめ」として走る・・・とか?
それを知らずに、ホームに降りた間に新幹線が行ってしまったらどうしよう・・・などと考えていると、「新幹線は向かい側ホームで待機しております」のアナウンスが・・・。
「だよなー」・・・と(笑)。

明日に続く。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-08-19 17:36 | 地域 | Trackback | Comments(2)

夏の盛りのなぜか会津人ゴメンの薩長土肥の旅 その5
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

e0027240_1537596.jpgということで、夕方の内に高知を出て、0時を廻らない前に高速に入ってしまおうと思っていたところ、愛媛香川方面に別れる川之江JCTのところで、なぜか、カーナビが突然、高松方向へ行け・・・と指示。
「え???」と。
だって、高松に行くってことは瀬戸大橋通って岡山に行けってことなわけでしょ?
見知らぬ土地ですので、カーナビに従うしかないのですが、どう考えても高松に向かうのは岡山~広島間の分だけ遠回りでしょ・・・と思い、意を決して、愛媛方面にハンドルを切ったところ、今度はしまなみ海道がある今治(←)ではなく、愛媛の県庁所在地である松山へ行け・・・と指示するんですよ。

e0027240_15563619.jpgそれも、どう考えてもおかしいでしょ・・・と。
で、これまた、意を決して今治方面へ向かい、しまなみ海道を渡って、広島県の尾道に上陸し、福山西ICへ向かおうとしたら、今度は尾道市内の一般道を行けと・・・。
(←尾道ラーメンです(笑)。)


e0027240_16444752.jpgでも、来るときは一般道を通った記憶はないので、しまなみ海道(←)から福山西ICまでは尾道市内に出ずに行けるはずなんですよ。
「???」・・・と思いつつも、ちょうど、ガソリンの方が怪しくなってきていたこともあって、「ま、いっか」と軽く考え、それに従ったのが運の尽き。

交差点を普通に直進中、右折車両が来たのが見えたので、普通に一旦停止するだろうと思っていたら、なぜか、スピードを緩めることなく、そのままこちらの方へ突っ込み、気が付けば車は大破・・・。
事故の件は、先日もちらと触れましたのでこれ以上は申し上げませんが、その日は尾道市内に泊まり、翌日迷った末に新幹線で帰宅。
私も片道だけの新幹線・・・というのは初めての経験でした(笑)。

e0027240_16412646.jpgで、四国路の最後に、今治での興味深い出来事を一つ。
今治に到着後、既述の通り、まずは今治城へ向かったのですが、城内、しかも、天守閣のすぐ下に、なぜか人家があり、茶店も営んでおられましたので、「かき氷でも食っていこう」ということになり、中に入りました。
で、「かき氷はいくらですか?ここで食べて良いんですか?」と言うと、店主曰く、「中で食べたら400円、外だと250円」という答えが・・・。
「だったら、外で食う」というと、渋い顔をして、「うちとしては、中で食べて欲しいんですけど」・・・と(笑)。
こんなの最初から、「400円です」とだけ言っておけば、400円払ってるんだし、そもそも、同じかき氷なのに、中と外で料金が違っていること自体がおかしいんですよね。

まあ、この人独りを見て、すべてを決めるわけにはいかないでしょうが、なぜか、この辺の商売下手が今治人なんじゃないかな・・・という感じがしました(笑)。
間違ってたら、ゴメンナサイ(⌒_⌒;

ということで、四国編を終え、明日よりは鹿児島編へ続く・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-08-18 18:30 | 地域 | Trackback | Comments(4)

夏の盛りのなぜか会津人ゴメンの薩長土肥の旅 その4
親愛なるアッティクスへ

e0027240_1550493.jpg昨日、やはり、突然、佐賀県へと行く予定が入りました。
で、途中、ここ(←)で少し早い夕食をとり・・・。
最近、お気に入りの場所ですが、結構、美味なんですよ。
(←眼下に臨む筑紫平野。左に見えるは久留米、右に30分ほど車を走らせれば佐賀市です。)

これで、見切り発車で起稿したこの夏の薩長土肥制覇行にいよいよ王手がかかりました。

で、昨日の続きです。
大河ドラマ「龍馬伝」での、土佐に置ける舞台各地の距離感なのですが、結論を言えば、岩崎弥太郎家がある井ノ口村のみは一つ、飛び抜けて遠かったですね。

e0027240_1693367.jpg(←太平洋です。)
健脚で知られた弥太郎ならば、この距離の移動は造作もないことだったのかも知れませんが、少なくとも子供の頃から坂本龍馬とちょくちょく顔を合わせたり、弥太郎を探して父が武市道場に乗り込んだり・・・などという設定は少し無理があったのではないでしょうか。

(弥太郎も城下に縁者は居たので、行ったことくらいはあったでしょうが、しょっちゅう行っていたかとなると・・・。)
だって、おそらく、今でも普通に歩いて片道8時間、少なく見積もっても5時間くらいはかかりますよ。
しかも、その道はトンネル有り、切り拓いた場所有り・・・で一直線に通した道でしたから、弥太郎の時代は、おそらく海岸縁を歩いたり、いくつも丘を越え、あるいは迂回し・・・という状態だったでしょうから、同じコースを歩けば片道10時間くらいはかかったのかもしれません。

e0027240_1619831.jpgむしろ、これだけ距離があると、同じ土佐国と言っても、文化的には高知城下と、井ノ口村が在る安芸郡とはまた別の文化圏だったと考えて良いのかもしれません。
(←桂浜です。)

ただ、そこへ行くまでが意外に栄えているのは新鮮な驚きでした。
高知からすると、現在の安芸市の先は室戸岬があるだけで、徳島へ抜けるとはいえ、高速がこっちを通っていない以上、わざわざ、こちらを抜ける人も少ないように思え・・・。
私としては、和歌山茨城辺りの残念な(?)海岸沿いをイメージしていたのですが、実際にはそこそこ、何かしらの建物が建っており・・・。


ということで、明日に続く。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-08-17 18:11 | 地域 | Trackback | Comments(0)

夏の盛りのなぜか会津人ゴメンの薩長土肥の旅 その3
親愛なるアッティクスへ

先週の続きです。

e0027240_13414449.jpg翌朝、今治の友人邸で厚かましくも朝食までお世話になった後、辞去し、一路、高知県へ。
私は、高知県には一度、行ったことがあり、従って、桂浜高知城などは行っていたのですが、この機会に、行ってみたい所がありました。
それが、こちら(←)。
いわゆる、「わしっがいわっさき弥太郎がぜよ」の岩崎弥太郎邸跡・・・です。

今回、ちと、思う所があり、岩崎家三代が生まれ育った場所というのを是非、一度、見ておきたかったのですが、まあ、予想していたこととはいえ、家の前は観光客目当ての出店が軒を連ねる状態となっており・・・(笑)。

e0027240_13514576.jpg(←こちらは高知城下からは30kmくらい離れているため、割と往事の雰囲気を知ることができるのではないかと思います。無論、戦後の耕地整理などで田畑の風景は変わったでしょうが、傍らの山々などは弥太郎が見たであろう風景と大差ないのではないかと・・・。)

e0027240_14145678.jpgまあ、屋敷自体は藁葺き小さな家で、私が子供の頃は、祖父の田舎などに行けば普通にあった百姓家でしたが、規模的には、妻に子供二人と両親に弟とよくぞこの部屋数で暮らしていたものだ・・・と思いますね。
でも、裏にはしっかりと「三菱」のマークが入った藏(←)が(笑)。
おそらく、弥太郎の弟で現代に続く三菱グループの直接の祖となる岩崎弥之助による家屋保存時の物ではないかと思いますが、少なくとも「龍馬伝」の時代にはなかったでしょうね。

e0027240_14281795.jpgで、もう一つ、行ってみたかったのがこちら(←)。
蟄居中の東洋 吉田元吉が私塾・鶴田塾、通称、少林塾を開いていた場所で、弥太郎はここを訪ね、その門下に入り、後藤象二郎、福岡孝弟らの知遇を得た・・・と。
(かなり、マニアックな旅でしょ(笑)。)

この近くには、土佐藩山内家の前の土佐の領主である長宗我部家の菩提寺・雪渓寺があり、弥太郎はまず、ここを訪ね、東洋への紹介の労を得た・・・と言われていますが、今回の旅で、私が一番、知りたかった・・・・、いや、感じたかったのは、岩崎家がある井ノ口村、弥太郎が蟄居していた神田村、東洋が逼塞していた鶴田村、そして、坂本龍馬ら土佐の英雄たちが蠢動していた高知城下・・・との距離感でした。

足早に明日へ続く。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-08-16 07:09 | 地域 | Trackback | Comments(2)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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あけましておめでとうござ..
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>Mさん  そうだ..
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壊れた時計が動く理由もネ..
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