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「時が人の魂と形を育てる」と「未ダ木鶏タリエズ」の妙
親愛なるアッティクスへ

e0027240_15213273.jpg「暑気払い
   枕元にて
     氷割れ」

      梁庵平太

暑中お見舞い
申し上げます


毎日暑い日が続いておりますがいかがお過ごしでしょうか?
養生専一、ご自愛ください。

e0027240_1491188.jpg当方、昨年の引っ越し以来、ちょうど一年が過ぎました。
(←一昨日とは違う意味での「涼」献上です(笑)。)

思えば、昨年の今頃は急に決まった引っ越しのおかげで毎日、不眠不休で、起稿どころではなかったのですが、ところが、そのとき、「何でも良いから、とりあえず、引っ越せ!」で移ってきたもので、至る所、そのままになっておりました。
とはいえ、一年もあったわけですから、まあ、やろうと思えばやれたのでしょうが、何せ生来の怠け者ゆえ、いざ、引っ越しが一段落してしまうと、「まあ、そのうちやろう」で、結局、一年が過ぎてしまったわけでして・・・(笑)。

ところが、引っ越し時に「一家具の再移動年以内無料サービス」という約束があったことを思いだし、家具の再配置を思い立ったことから、だったら、この機会に手つかずとなっていたところをやってしまおうということになり、それで、急に7月は忙しくなってしまった次第でした。

e0027240_16184625.jpgまあ、そちらの方は先週でどうにか一段落したのですが今度はその間、文字通り、棚上げとなっていた書類などの対応に迫られているのですが、何せ、この猛暑でどうにも進みません。
(今も、とても大事なことをひとつ、何かわかりませんが忘れているような気がします(笑)。)

で、本日もそういう次第ですので、何卒、ご寛恕戴き、手抜きです。
「時が人の魂と形を育てる」とは、ドラマ「白洲次郎」の中で夫人の白洲正子さんが夫に向かって言うセリフですが、なかなか、良い言葉だと思います。
願わくば、私もそういう風にありたいとは思っておりますが、現実には酒飲んで鼻の下に傷を作っているようではなかなか道は険しそうです。

で、先日、色々、問題があった大相撲名古屋場所も横綱白鵬の完全優勝という形で幕を閉じ、白鵬は同時に47連勝という史上3位の連勝記録を更新しましたよね。
今の相撲界の体たらくを考えれば、不世出の大横綱・双葉山の69連勝も夢ではないのかも知れませんが、この点、双葉山は連勝ストップの直後、「イマダモッケイタリエズ(未だ木鶏たりえず)」と電報を打ったといわれていますが、こういう場面でこういうセリフが言える・・・などという辺り、双葉山という人が単に技量だけの人ではなかったということがわかるような気がします。
もっとも、少し、出来過ぎのような気もしますけどね。
何せ、電報を打った先が、著名な陽明学者の安岡正篤大先生ですから(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-07-30 17:05 | スポーツ | Trackback | Comments(4)

映画「ロストクライム -閃光-」の誰だっけ?と良いの?の理
親愛なるアッティクスへ

過日、友人と「ロストクライム -閃光-」という映画を見に行きました。
いわゆる、三億円事件に絡んだ現代サスペンス映画>ですが、てっきり、奥田瑛二扮する定年間際の老刑事が主役かと思ったら、渡辺 大が扮する若手刑事が主演だったんですね。
スクリーンでの配役の最初に渡辺 大が来たときには「え?!」と思いましたよ。
で、改めて言うまでもなく、渡辺 大さんの父はあの、渡辺 謙さんですが、迫るときの声が親父そっくりですね。
思わず、大事な場面では親父がアフレコやってるのかな・・・と思いましたよ、マジで。
でも、可愛い顔の息子が、声だけ、いかつい顔の親父・・・というのは、何か、もの凄く違和感がありました(笑)。

一方で、この映画には、「これ、誰だっけ???」という人がたくさん出てました。
「見覚えはあるんだけど・・・」と。
で、終わりのエンドロールで見て、初めて、「あー」とわかったのですが、まず、劇中、少々、濡れ場らしきものもありましたが、「まだまだ、いけてるよ、このおばさん」と思わせられたのが中田喜子さん・・・。
私にとっては、仮面ライダーでのお姉さん・・・でもあるのですが、若い頃には胸ときめかせた憧れのお姉さんでした(笑)。
その意味では同じく、我々が若い頃にグラビアで一世を風靡した烏丸せつこさんもわかりませんでしたねぇ・・・。
それから、間違いなく見たことあるんだけど・・・って感じだったのが、武田真治さん。
まあ、どなたも今も色々、出てあるんでしょうけど、何せ、私が普段はドラマなどは滅多に見ない人間なもので、この辺は何卒、ご寛恕願いたく・・・(笑)。

で、この映画ですが、現在の東京隅田川で発見された絞殺死体が、かつての「三億円事件」の犯人グループと関わりある人物だったことから、過去の事件との絡みでストーリーが展開していくのですが、この点で、むしろ、私が驚いたのは、そこに描かれていることが「三億円事件の実景」として巷間、まことしやかに言われていることに基づいていたことです。
曰く、「実行犯と疑われた第一は立川の不良少年グループで、その主犯格の少年の父は現職の警察官だった」
「その少年は後日、自殺したが、父による殺害を疑う声もある」
モンタージュ写真と酷似していたということから誤認逮捕された府中市在住の運転手が、釈放後も世間の偏見に耐えかね自殺した」・・・ことなどです。
この映画でも、これらのことは密接に絡んでくるのですが、でも、もし、これらの出来事が事実だったとしたならば、犯人云々は別にしても、それらの本人や、少なくとも、家族、遺族などは健在なんじゃないですか?
その人たちが見たらどう思うんだろう・・・と。
ある程度、取材して、その人たちからの証言を得た上での映画化だったんだろうか・・・と思ったわけです。

ちなみに、この映画に出て来なかった部分で、私が聞いたのは、当時は学生運動華やかなりし頃だったので、アメリカ要人訪日の動きを受け、その前に過激派学生が多く住んでいた都下の一斉手入れを警察がやるための「名目」とされた・・・ということと、盗まれた3億円は東芝の従業員のボーナスだったが保険に入っていたので保険会社より支払いを受け、その保険会社の保険には後日、多数の警察関係者が加入したことから、誰も損をしなかった事件である・・・ということです。
無論、どこまで本当のことかは知りませんけどね。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-07-29 17:28 | 文学芸術 | Trackback | Comments(2)

ドラマ「ゲゲゲの女房」に日々黙考 その5
親愛なるアッティクスへ

ドラマ「ゲゲゲの女房」ですが、いよいよ、水木しげる翁の快進撃が始まったみたいですね。
なぜか、結構、目頭を熱くしながら見ているのですが、この、水木翁の快進撃という点では少し思うことがあります。
それは、手塚治虫という人物の存在です。

e0027240_1625783.jpg(←水木翁に敬意を表して納涼サービスです。
季節柄、少しは涼しくなられたでしょうか(笑)。
ちなみに、ここは今でこそ、夜はこういう怪奇スポットみたいな扱いになってますが、元は小松政夫さんの実家で、私が子供の頃にはすでにこういう状態だったものの、戦後の焼け跡に突如、これが出来たときは、まさしく白亜の豪邸だったそうですよ。

ついでに言うと、最近、デジカメの登場以来、心霊写真が激減したように思われませんか?)

手塚氏は昭和3年(1928年)生まれですから、大正11年(1922年)生まれの水木翁よりは6歳年若になりますが、遅咲きの水木翁とは対照的に、終戦間もない昭和21年(1946年)、大阪帝国大学医学専門部在学中に4コマ漫画でデビューするや、翌年には漫画界に革命を巻き起こしたと言われる「新宝島」で一躍注目を集め、昭和25年(1950年)より漫画雑誌に登場、「鉄腕アトム」「ジャングル大帝」といったヒット作を次々と手がけ、さらに、石森章太郎、赤塚不二雄、藤子不二雄など自らに憧れて集まってきた、いわゆる、トキワ荘グループと呼ばれる後進の育成にあたる一方、昭和38年(1963年)には「鉄腕アトム」で日本初のTVアニメのシリーズ物に進出・・・と、つまり、水木翁が戦争から復員し、紙芝居や貸本マンガなどで細々と食いつないでいた頃、すでに「漫画の神様」として君臨しており、経済的にも高額所得者、つまり、当時の「百万長者」だったわけです。

出す漫画出す漫画が、気持ち悪いとか、俗悪であると酷評され、極貧に喘いでいた翁は、果たして、この、6歳年下の時代の寵児をどういう視線で見ていたのか・・・と。
というのも、ドラマでは触れられていなかったようですが、水木翁の快進撃の発端となったのも手塚氏の存在があり、ドラマでは、少年ランドとされているのは当時、後発の少年マガジンであり、マガジンはすでに隆盛を誇っていた少年サンデーに対抗すべく、手塚に原稿を依頼したところ、手塚の機嫌を損ね、逆にマガジンで連載中であった「ワンダー3」をそのまま、サンデーで連載されるという大失態を冒しており、この存亡の危機に際して、マガジン編集部が目を付けたのが「貸本漫画家」であった・・・からです。
で、このとき、水木翁などとともに登用された中には「ゴルゴ13」さいとうたかを氏などもいたと聞いていますが、これらの人材登用により、少年マガジンは連載部数を伸ばすことができたわけですが、手塚氏にしてみれば、面白くない現象だったのでしょう。

手塚氏は、さいとう氏の劇画なども酷評したそうですが、昭和11年生まれのさいとう氏はまだ、小僧扱いだったのでしょうが、水木翁のそれに対してはおそらく、違う意味での「恐怖」を感じたのではないでしょうか。
翁の妖怪漫画「墓場の鬼太郎」を初めて見た手塚氏はそのあまりの衝撃に自宅の階段から転げ落ちたといいますし、私が大好きな「どろろ」などはこれを意識して描かれた物だという説もあるようです。
その後も、一方的に激しい闘志を燃やしたのは水木翁の方ではなく、手塚氏だったことを考えれば、さすがに神様・手塚は本能的に、水木しげるの漫画が自分の脅威になることを見抜いたのではないでしょうか。
この後のことについてご興味のある方は、平太郎独白録 : ブラックジャックに見る人間万事塞翁が馬をご覧ください。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-07-27 17:58 | 文学芸術 | Trackback | Comments(2)

逆もまた真なり、「成名毎窮苦時、敗事多因得意時」の是非
親愛なるアッティクスへ

e0027240_18314892.jpg週末、校区の祭りに出かけ、またしても醜態をさらしてしまいました。
それほど飲んだつもりもないのですが、気が付いたら、土間で寝ており、家人に発見され、「みっともない」と起こされても足にきていて歩けない・・・。
結局、近い距離をタクシーを呼ばれ、家人一行に担がれて帰宅するという「名誉の帰還」となったのですが、困ったことに家人に発見されるまでの記憶がまったくありません。
どういうわけか、鼻の頭から下にかけて見事な傷を作っているのですが、私は何をしたのでしょうか・・・。
どなたか、目撃情報をお持ちの方は是非、非公開コメントでご一報ください(笑)。

ところで、たびたび、ご紹介申し上げている、昭和の老財界評論家・三鬼陽之助という人のオイルショック直後の著書にこういうものがありました。

「 昭和四十八年末の驚きの一つは、日本ハム社長大社義規のプロ野球・日拓ホームフライヤーズ買収である。(中略)
 大社は、いささか誇張していうと、食品界の土光敏夫である。香川県生まれ、野球に強い高松中学を卒業、香川県養豚組合主事から徳島ハム加工場を経営、それをスタートに、鳥清ハムと合併、米国食肉加工のトップ企業のスイフト社と技術提携、兵庫工場を建設した。消息筋によると、大社がスイフト社と技術提携を結ぶまで、十年を要したが、その間の米側とのかけ引きは一編の物語となるようである。
 ところで、大社の〝野球″進出である。
 大正四年生まれ、六十に近い年齢で、しかも競争激化の業界で売上高でも純利益でも業界の記録をたてた。それに野球界で超有名な高松中学出身である。ことに先輩には、三原脩といった野球の鬼がいる。だから、大社のプロ野球進出には、衆知が集められたことと思われる。
 しかし、私はあえて言いたい。それは、経営者が〝得意″時代、計画したものと、〝失意″時代、計画したものとの成功率は、断然、前者が悪いということである。これは中国の名言集〝酔古堂剣掃″にある「成名毎窮苦時、敗事多因得意時」の言葉が物語ることで、例の渋沢栄一の愛好の言葉である。論より証拠である。大映の永田雅一は論外として、東映の大川博、大洋漁業の中部謙吉、鐘紡の武藤絲治等々が〝野球″に色気を出した前後の、その得意満面の姿が、私は職業柄、いまも眼前にクッキリと描き出されるのである。」

まず、危惧された日本ハムファイターズですが、その後、ご承知の通り、後楽園での不遇時代を耐えきり、今や北海道で立派に根付きましたよね。
それに、それを言っていたら、どこもプロ野球のオーナーになろうなどとは思わなくなるわけで、これはこれでまさしく、今の日本が陥っている負のスパイラル、すなわち、「精神の萎縮」に繋がるのではないでしょうか。
そう考えれば、私如きが大評論家氏に大変、失礼なのですが、これは、反面、「得意のときでないと乗り出せない計画」があるともいえるのではなかと。
讀賣の正力松太郎翁の貪欲なまでの事業意欲は、テレビ事業にしてもプロ野球にしても原子力にしても、当時はかなり時期尚早の観が強かったわけで、後は、それをどう持続するか・・・の問題であり、となれば、本人の気力と、それから後継者も含めた問題になるのかもしれません。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-07-26 19:06 | 経済・マネジメント | Trackback | Comments(4)

人生初オールスター行ってきました!
親愛なるアッティクスへ

e0027240_1503418.jpg昨日は、生まれて初めて、オールスターゲーム(←)に行ってきました。
私は今まで、オープン戦も、開幕戦も、交流戦も、プレーオフも、日本シリーズも、日米野球も行ったことがありましたが、オールスターだけはまだ行ったことがなかったんですよ。

e0027240_1585417.jpgだって、関東や関西と違い、福岡でオールスターが行われるのは単純に考えて12年に一度なわけで、実際には9年ぶり、ソフトバンクになって初めてだそうですから、そうそう滅多に行けないんですよね。
で、今回行かなかったら、次はまた12年後で、もう、私は生きてないだろう・・・と思い、思い立って、チケットを申し込んだら、意外に簡単に当たりました。
(←座席は殆どテレビカメラのすぐ下辺りでした。この座席は意図的にこの辺をとったのですが、私は実は前の方の席よりも、この辺の席の方が好きでして・・・。前の方の席だとネットが気になって見にくいんですよ。従って、このくらい俯瞰で見られる方が良いですね。)

e0027240_1564299.jpg試合開始前には、「松岡修造の情熱チャージ 熱血!ホンキ応援団」という番組の企画で、元甲子園球児で半身不随になり、野球を諦めた人が、かつて、投手として出場した甲子園で大敗したPL学園の四番打者・清原和博氏と対戦する・・・というのをやってました。

でも、この方、相当に緊張されたんでしょうね。
ストライクが全然、入りませんで・・・(笑)。

e0027240_15294721.jpg私が子供の頃のオールスターといえば、パは木樽、成田、金田留、山田、鈴木啓の投手陣に加え、世界の盗塁王・福本を別にすれば、後は2番から8番まで、長池、加藤秀、土井、野村、門田、大杉、張本、白、有藤、アルトマン、江藤と、ずらっと四番打者が並び、対してセは王、長嶋、田淵のクリーンアップに、堀内、高橋一、江夏、村山、上田二、星野、松本、松岡、安田、平松、外木場、安仁屋とエース級がずらりで、本当に見応えがありましたよ。

それに比べれば、随分と小粒になったな・・・という気がしていたのですが、それでも、やはり、初めて見るオールスターは、交流戦とはまた違う、「格」のような物がありましたね。

e0027240_1555157.jpgその、選ばれた者しか出ることを許されない一段高い舞台に、我が福岡ソフトバンクホークスから和田、杉内、ファルケンボーグ、馬原、多村、川崎6人も試合前の整列紹介時にいたのを目の当たりにしたときには、結構、嬉しいものがありましたよ。

ちなみに、私はペナントレースの試合には殆ど、興味が無くなっております。
だって、プレーオフ見ればそれで事足りるわけですからね・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-07-24 17:26 | スポーツ | Trackback | Comments(2)

続・「我が心の博多そして西鉄ライオンズ」と「恋文」比較
親愛なるアッティクスへ

以前、平太郎独白録 : 「エル・スール 我が心の博多そして西鉄ライオンズ」に号泣寸前という記事を寄稿させて頂きましたが覚えておられますでしょうか。
西鉄ライオンズ全盛の昭和30年代前半博多が舞台の演劇なのですが、普通、「博多」を描くときには、いわゆる山笠の舞台となるような「旧博多地区」と呼ばれる地域が舞台となることが多いのに、この作品は、光が当てられることは少ない今の博多駅前である当時の下人参町界隈が舞台となっており、それだけに最後の方で、博多駅移転土地区画整理が進む中、「皆、おらんごとなる(いなくなる)」と主人公が言ったときには、もう私は、あと少しで不覚にも嗚咽を漏らしてしまうところでした。

で、先日、たまたま、別件で検索していて、同作に対する、「娘を連れていかなくて正解だった。過去を美化する必要は無いと思うが、露骨な表現の連発は嫌悪しか残らなかった」という感想が目に止まりました。
確かに地域的に何の思い入れも無い方にとってはまったく仰るとおりで、事実、中には、猥雑な表現や人間関係、道徳的には決して賛美できないような人たち・・・なども出てきたので、私も終始、女性客の舞台への視線が気になっていました。
無論、これは良い悪いではなく、「ALWAYS三丁目の夕日」などに見られる郷愁娯楽映画との違いで、亡父曰く、「近所にはヒロポン中毒だらけ」・・・、先輩曰く、「同級生にはやらやらやらやらという世界・・・」
実際、私も、アル中くらいなら別に珍しくなかったですし、南北さんの関係でとんちゃん(ホルモン)には早くから目覚めましたからね。
その意味では、まさしく、当時の現実だったでしょう。

で、この点で言えば、昭和28年公開の映画で、大女優・田中絹代が初めて監督を務めた「恋文」という作品がありますよね。
この映画には、戦後の世相よろしく、進駐軍兵士の囲われ人、いわゆる「オンリーさん」と呼ばれる女性たちがたくさん出てくるのですが、この中で、田中絹代は自らチョイ役の年増の娼婦として出演しております。
で、オンリーさんに成り果ててしまったかつての恋人を想うあまり、やりきれない主人公から「君ももういい歳なんだから、少しは考えたらどうだい」などと説教されますが、さすがに大女優・・・、キレるでもなし、ヤケになるでもなし、泣き出すでもなし、鼻で嗤って平然を装いつつも、うっすらと目に涙を溜め、「この人、どうかしてるよ」と言って出て行く・・・という。

すべては、この田中絹代の少量の涙こそが、この人が歩んできた現実を雄弁に物語っているのでしょう。
私はこれはこれであって良いとは思いますが、一方で、敢えて、観客の反発を受けることを覚悟で「原色」のまま送り出した岡田潔というプロデューサーの「蛮勇」にも敬意を表したいと思います。
「恋文」の中には、「汝らの中で罪なき者、まず石を投げよ」というセリフが出てきますが、私のような罪深い人間にはとても、「もう少し綺麗な表現で・・・」とは言えませんね。
その意味では、私も、「お袋とは見に行こう」とは思いませんが、子供には、「自分たちだけで見てきなさい」と言うでしょう。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-07-23 12:24 | 文学芸術 | Trackback | Comments(0)

勝てる気がしない太平洋クラブのユニフォームに意義を見る
親愛なるアッティクスへ

e0027240_10204753.jpg昨日、福岡ソフトバンクホークス西武ライオンズ連勝し、これでいつの間にやら6連勝・・・。
ついこの前まで、交流戦後、もの凄い勢いで勝ち進んできた日ハムに追い抜かれてBクラス転落も時間の問題・・・みたいになっていたのが嘘のような展開。
ちなみに、首位を快調に走っていた西武も、なぜか、かつての太平洋クラブライオンズのユニフォームにしてからあまり調子が良くないみたいな気が・・・。
むしろ、当時を知る私的には、あのユニフォームを着ているとまるで勝てる気がしませんけどね(笑)。
西鉄ライオンズまでは良いけど、太平洋クラブクラウンライターは鬼門ですよ(笑)。

もっとも、私的には今まで散々、「西武ライオンズは西鉄、太平洋クラブ、クラウンライターの歴史を引き継がない、まったく別の球団」と言い張ってきた西武が手のひらを返したように「復刻版」を使うことには、もの凄く抵抗があるんですよね。
別に当時、ライオンズのファンでも何でもなかった私としても、「今更、何ば言いようとか!とぼくんな!」・・・と。

で、そこら辺の「恨」の精神は一旦、さておくとして、これらの期間限定復刻版ユニフォームのライオンズに対して、一方のホークスも期間限定ユニフォームで戦ってういるわけですが、この「期間限定ユニフォーム」という点で少し思ったことがあります。
最近、ライオンズとホークスに限らず各球団とも良く一定時期限定でこういうユニフォームを作りますよね。
で、その期間が終わればもう、二度と使うことはなく、来年はまた別のユニフォームを作る・・・と。
で、昨日、ちょっと用事があり、取引銀行まで行ってきたのですが行員の皆さんが、ホークスの期間限定の赤のユニフォームを着て業務をされてるんですよ。
営業の方に「あれって、イベントが終わったらもらえるんですか?それとも、返さないといけないんですか?」と聞いたら「いえいえ、返さなくて良いですよ。着ているその人が『欲しい』といえば持って帰ることが出来ます」とのこと。
ちなみに、「あれって銀行が買うんですか?」と聞いたら、「いえ、ソフトバンクの方が使ってくださいと持ってこられます」とのこと・・・。

一人当たりどれくらい作るのかはわかりませんが、まあ、選手はわかるんですよね。
使用後は選手のサインを入れて、オークションか何かで売れば良いんですから、それほど費用負担は発生しないのでしょうから。
一応、ここでは窓口業務をしている人たちだけが対象ということでしたが、配る以上はこの銀行だけ・・・ということもないわけで、他の地銀から市役所などにもある程度配るのでしょうから、だったら、もの凄い数になるはずなんですよね。
無論、選手仕様の物とは違うでしょうから、それなりの安物なのでしょうが、それでも、それだけの枚数を「プレゼント」というのも凄いな・・・と。
まあ、回収しても使いようがないでしょうから、それはそれでわからないでもないのですが、盛り上げるための先行投資とはいえ、良くやるよな・・・と。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-07-21 08:05 | スポーツ | Trackback | Comments(4)

前任者が華々しいと無名で登場し無名のまま終わる悲哀
親愛なるアッティクスへ

e0027240_1924376.jpg目下、かなり、多忙を極めておりまして、暑さ疲労で意識が朦朧とし始めております。
今日明日が疲れのピークなのかも知れません。

当然、連休中も早朝から活動しておりました。

そういえば、去年の今頃もこれに近い状態でしたね。
友人から、「そんなに忙しければ、ビールが美味いでしょ」などと言われましたが、疲労も限界を超えると、ビールなんて体が受け付けなくなりますよ。

で、そんなこんなで、最近、なかなか机に向かうことが出来ておりません。

昨日は祭日だったこともあり、幾分、ゆっくりとすることが出来ましたので、この際・・・と思い、多少、まともなことが書けたのですが、今日も笑ってごまかすしかありません(笑)。

で、本日の本題(・・・といえるかどうかわかりませんが。)です。
以前より、たびたび、拙稿でも採り上げました、三鬼陽之助(故人)という老経済評論家がオイルショック直後に書いた著書の中に、少し面白い物を発見しました。
曰く、
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昭和48年は近年にない会社首脳者の交代が行われた。そこで、笑い話というのは、これら交代社長は、揃いも揃って無名の連中だということで、まず挙げられたのが次の人たちである。
新日本製鉄 平井 富三郎 (稲山嘉寛)
日清製粉   石井良雄   (正田英三郎)
本田技研   河島喜好   (本田宗一郎)
日本精工   長谷川正男  (今里広記)
日本化薬   近藤潤三   (原安三郎)
近鉄      今里英三   (佐伯勇)
日産自動車 岩越忠恕    (川又克二)
江崎グリコ  大久保武夫  (江崎利一)
電通      中畑義愛   (日比野恒次)
立花証券   中田忠雄   (石井久)

(中略)
カッコ内が前社長であるが、一見して、まず言えることがある。それは前社長のあまりにも有名なのに比較、新社長のあまりの〝無名″さである。この十会社のなかには、日本化薬の原安三郎とか、江崎グリコの江崎利一のように九十歳の声を聞くまで、一人で社長のイスを独占した者もおり、また本田技研の本田、近鉄の佐伯、日産の川又、日本精工の今里、さらには日清製粉の正田英三郎のように、その会社を象徴した天下周知の社長もあった。
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・・・と。
確かに、結構、知ってるもりの私でも、前者については河島喜好氏以外まったく初めて聞く名前ばかりですし、後者について言えばまったく知らないのは石井久という人だけです。
私が知らないということは、多分、この方たちはその後も無名のままで終わったということだろうと思います。
やはり、前任者が華々しすぎると、後任はやりにくいものなんでしょうね。
その意味では、これらの「新社長」さんたちは何とも気の毒な気がします。

あ、ちなみに、誤解のないように申し上げておきますが、私が申し上げているのはあくまで「有名無名」という点だけであり、この方たちに業績が無い・・・などと言っているわけではありませんよ。
悪しからず。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-07-20 19:30 | 経済・マネジメント | Trackback | Comments(2)

坂本代理店説で読み解く大河ドラマ「龍馬伝」の真実?
親愛なるアッティクスへ

大河ドラマ「龍馬伝」で、日本の中で孤立した長州人が「長州は日本から独立する」と言ったのにはもの凄い新鮮味を感じましたよ。
高杉晋作などが早くから、「割拠」を唱えていたのは知ってましたが、一歩進めて「独立」にまで考えが至っていたとしてもおかしくはないですよね。

ところで、同番組には、イギリス人商人トーマス・ブレーク・グラバーが出てきましたよね。
坂本がグラバーに面会したのは勝海舟の弟子になった後と聞きましたが、もし、もっと早い時点で外国人商人への接触に成功していたのではないか・・・と。
というのも、昨今、「坂本龍馬は当時のイギリス武器商会の営業マン」だった・・という説があると聞きましたが、確かに如何にも突飛な話ではあるものの、ただ、「歴史に極端な深読みは持ち込むべきではない」という考えの私も、この論については頷かざるを得ないものを感じております。
まず、私がかねてより腑に落ちなかったのが坂本が様々な有力者に接触できた点でした。
越前侯松平春嶽と面会できたなどというのもそれで、ああいうものはいくらTOPが「俺は気さくだから誰でも通して良いよ」と言っていても、下僚というものは決してそうはさせないものだからです。
実際、どこの何とも知れない者を殿様に会わせて、それで、万一のことがあった場合、取り次いだ者は切腹は免れないわけで、特に、当時はそういう過激派がうようよいたわけですから、普通に考えれば、どうしても土佐脱藩浪人などが会えるとは思えないんですよね。
でも、そこにイギリス人商人の代理人としての肩書きを持っていたとしたなら・・・。

で、何の根拠もない勝手な私見を述べさせて頂くと・・・。
坂本は脱藩直後の下関から薩摩への単独行の途次、長崎に立ち寄り、外国人商人に面会し、自らを「特約代理店」とするよう求めた・・・と。
曰く、「外国人商人が入っていけない東日本の諸藩などにも日本人である自分なら入っていくことが出来るし、それで新たな市場が拡大できれば儲けもので、失敗したとしても代償は紙切れ一枚で済む」・・・と。
まあ、紙切れ一枚と言っても、権限その他、どの程度リスクを獲るか・・・という判断はあったにしても、そこは海千山千の外国人商人ですから、いざとなればノーリスクで切り抜ける手だては考え得た上で、この要求に応じた・・・と。
他の侍には無い、こういう要求をしてきた坂本という人物への興味を抱きながら・・・。
で、坂本はそれを持って、幅広く権力者へと接触を試み、門前払いをくらうこともあったが、興味を持つ者もあった・・・と、この点では、「営業マン」という表現は極めて言い得て妙である・・・と。

ところで、劇中、英国人商人同士の会話の中で、「幕府はフランスに支援を求めた。イギリスが黙ってこれを見逃すと思うか」というものがありましたが、私は「見逃す」と思います。
まず、このドラマはまあ、ドラマ故の盛り上がりの必要上やむを得ないのでしょうが、少々、日本中心史観で描かれており、如何にも列強は日本を狙っていたように思われていますが、実際には列強が高い関心を持っていたのは中国であり、日本については「その先に島がある」という認識だったように思います。
ただ、「東の果て」の、「最後の植民地」という認識はあったでしょうから、そこをどこが獲る・・・という関心はあったにせよ、英対仏というのは、ある意味、大鵬柏戸みたいなもので、「両雄」と言われながらも対戦成績では圧倒的に差を付けられていたわけで、仮にフランスが日本を獲ったとしても最後の取り組みで1勝したようなものに過ぎず、イギリスの優位は動かないという観点からいえば、「何としてでも獲らなければ」という意識はなかったでしょう。
であれば、イギリスとしても自らがコストを負担して軍隊を派遣するよりも、薩長などの倒幕勢力を支援し、代理戦争をさせた方が費用対効果という点では良いわけで・・・。
その意味では薩摩藩にしてもイギリスの強い影響下にあったと言わざるを得ず、詰まるところ、薩長同盟戊辰戦争もイギリスが望んだ結果であり、坂本暗殺もその延長線上だと考えて良いのではないでしょうか。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-07-19 07:21 | 歴史 | Trackback(1) | Comments(4)

梅雨明けに思いを馳せる水の論理

e0027240_165215.jpg「満々と
 水をたたえて
   夏来たり」

    梁庵平太

ついに福岡県地方は梅雨明けです。
でも、それは今朝、家を出たらすぐにわかりましたよ。
これまでと違って、もう、はっきりと「夏!」の空気でしたからね。

もっとも、今年の梅雨は福岡県地方も含め、もの凄い、豪雨に見舞われましたので、雨量については申し分ないような気がしておりましたが、全国的には「空梅雨」なんだそうですね。
まあ、安定した水源を持たない福岡市とはいえ、今年はいくら何でも大丈夫でしょうが、水は掃いて捨てるほど降ったのに「飲み水」は不足する・・・という、何とも皮肉な話です。
で、確か、まだ日本では海水から真水を作っている自治体は無いはずですよね?
水不足に陥りやすい福岡市でも、以前、そういう話が出たのですが、「何年に一度成るか成らないかわからない水不足のためにそういう高額な設備を作ることが割に合うのか?」という議論だったようで・・・、「福岡市議会・・・、意外にちゃんとやってるじゃない」と(笑)。

e0027240_1644023.jpgとはいえ、「水」は人間にとって酸素の次に無くてはならないものでしょうが、今回の豪雨被害を見ていると必ずしも多ければ良い・・・というものでもないなと。
かつて、斎藤道三「波」を自らの印とし、黒田官兵衛は自らの号を「如水」としたように、水は器によりどんな形にもなる、そして、静かに収まっているときは一点の起伏もなく、一旦、荒れればすべての物を一呑みにしてすべてを根こそぎ奪い去ってしまう・・・というのが如実にわかるような気がします。

(それでいて無ければ奪い合いになる・・・と。)

で、私、最近、水道の蛇口から水を出すたびに、つくづく、「水って凄いよなぁ」と思ってます。
それは、水害という意味でも、無ければ困るという意味とも違い、だって、「水」だけは単に「そこにある物を持ってきているだけ」でしょ。
これって、基本的に古代ローマの頃から原理は変わらないんですよね。
どこかに溜まった水を網の目のようにパイプを張り巡らし、各家庭に途切れることなく供給し、昼でも夜でも蛇口をひねれば水が出る・・・。
おまけに、蛇口を締め忘れて、流しっぱなしになっていても、それで町中の水が枯渇したという話は聞いたことがないわけで・・・。
これって、凄くないですか?

まあ、これはあくまで日本などの一部の国に限った話なのでしょうが。
                                         平太独白

by heitaroh | 2010-07-17 18:00 | 社会全般 | Trackback | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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