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高校野球の女子マネージャーが読むもしドラッカー その1
親愛なるアッティクスへ

先週まで、岩崎夏海著、「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」という本を読んでました。
結構、売れてるそうですので、ご存じだと思いますが、まあ、文章自体は、私と五十歩百歩というところで、決して、こなれたものではなかったのですが、なかなかに楽しんで読め、かつ、考えさせられましたよ。

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実は私は、ドラッカーというのはそれなりに早い時期から親しんだ名前だったのですが、と言いますのも、私が若い頃に愛読した元帝国陸軍参謀で兵法評論家の大橋武夫氏の著作に、たびたび、その名前が出てきたからで、ところが、人は「とても読みやすい」・・・などと言いますが、訳が悪いのか、私的にはちと難解ホークス(古い!)で、敬って遠ざける・・・、早い話が敬遠しておりました。

事実、同著においても、引用部分はかなり直訳気味の嫌いがあり・・・。
まあ、そういうこともあって、恥ずかしながら、まだ、面と向かって、ドラッカーは読んだことがなかったんですよ。
(実は、以前、ドラッカーの本は読んだことがあったのですが、内容はドラッカーのまったくの自伝でして、彼の理論には殆ど、触れられず終いでした。その意味では、これはこれで、入門書としては良かったと思います。)
で、この本を読んで、私なりに思ったことがありましたので、備忘録的な意味も兼ねて、少し列記させて頂きます。

まず、この本を読み始めてすぐ、冒頭部分で感心したことがあります。
それは、主人公の女子高生野球部マネージャーになって最初に何をしたか・・・ということですが、何と、この女子高生、まず、手始めに「マネージャー」の意味を調べたんですね。
これには私は率直に驚きました。
普通、日本の高校野球でマネージャーなんて言えば、「雑用係」という認識で疑いませんよ。
それを、まず、「定義を調べてみる」などと考えるところが斬新で、ハッとさせられました。
実際、「課長」に昇進したときに「課長」の定義を辞書で調べた人がいるでしょうか?

で、この少女は広辞苑を引いて、「マネージャーとは支配人・経営者・管理人・監督」、一方、「マネージメントとは、管理・処理・経営」であることを知る・・・と。
作者的には、この少女の勘違いを利用して、突き進むことを主軸に描いていくわけですが、私は決して、勘違いなどとは思いません。
つまり、こちらが、本来のマネージャーの姿であり、「マネージャー=雑用」と思い込む必要はないのではないか・・・と。

明日に続く。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-03-31 08:15 | 経済・マネジメント | Trackback(1) | Comments(6)

愛子さまのいじめ問題と学習院の存在意義におしんを見る
親愛なるアッティクスへ

またまた、今更・・・の観があるのですが、先日、敬宮愛子さまが学習院初等科でいじめられて、不登校になっている・・・というニュースがありましたよね。
まあ、私も小学校の頃は、良く女の子をいじめて泣かせたクチですので、それ自体は何ら驚くところではないのですが、驚いたのは今上天皇「皇族に対するイジメは昔からあった」とコメントされた・・・ことです。
今ならともかく、戦前なんて、「天皇は神様」だったわけでしょ?
それをいじめたりしたら、それこそ、「不敬罪」なわけで・・・。
まあ、この辺は以前、チェ・ゲバラの稿で言った「預言者は己が里にて喜ばれず」・・・で、やはり、「神様」というのは神棚の奥にあるから有り難いわけで、それが、自分と同じ服着て、同じように大小便してる姿を目の当たりにしていると、どうしても、生身の「人間」という意識が頭をもたげてきてしまうものなのでしょうか。

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で、愛子さまのいじめの問題ですが、人間という罪深い生き物は、絶えず、他者よりも己が優位性を示そうとし、一旦、優位に立つや、弱者に対しては己が優位性を見せつけようとする、その行動原理は人間の原型であるでも見られるわけで、これが「いじめ」の原型なのだろうと思います。
(それが、さらに救いようのないものになると、「身分」「奴隷」「階層」というワードに繋がってくる・・・わけで。)
ついでに言うと、平太郎独白録 : マルクスの過ちがもたらした20世紀の動乱と菊千代の指摘でも申し上げたことですが、とかく、「弱者は善」であると錯覚しやすいんですよね。
「弱者」に権力を預ければ、きっと、良い世の中になる・・・と。
しかし、弱者が一旦、強者になったときにはそれ以上に酷いことをするものなんですよ。

話を元に戻すと、まあ、「いじめ」という問題そのものについては、以前、これも、平太郎独白録 : カムイの五ツに常識の陥穽といじめ問題の原点を見る・後編で申し上げたとおりで、一番効果的なのは、「いじめる側」に「いじめることのデメリット」を教えることだと思いますが、この点、どうしても、今の日本の教育は「いじめはいけません」という善悪、すなわち、モラルで矯正しようとしているようで・・・。
ただ、いじめの問題そのものはともかく、学習院はこれで良いんですか?
だって、学習院というのは、言うならば、「堀越学園」と一緒で、「お近づきになれる」ことが売りなわけじゃないですか。
それが、秋篠宮家は学習院には行かせないし、愛子さまはいじめられている・・・となれば、根幹を揺るがすゆゆしき事態のように感じるんですが。
通り一遍の「いじめはなかったと認識している」なんてコメント出している場合じゃないのでは・・・と。

ちなみに、かつて、ドラマ「おしん」を見て、私の祖父は、母や祖母に向かい、「昔の女はこれほどに苦労したんだぞ。おまえたちは苦労が足りん!」と宣いましたが、今、私も、妻や妹に対し、「いいか、おまえら、皇太子妃の苦労をよく見ておけ!今の時代に、明治の苦労をしておられる」と・・・言いたいけど言ってません(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-03-30 07:57 | 時事問題 | Trackback | Comments(6)

なぜかやたらと足を運んだ先週の福岡城と桜かな。
親愛なるアッティクスへ

e0027240_11442894.jpg福岡市中央区城内・・・。
この地名、何だかおわかりになりますか?
名前の通り、福岡城址・・・、現在では舞鶴公園と呼ばれている地域の住居表示でして、周辺は市内でも指折りの超高級住宅街ばかりですから、その意味では、一等地の中の一等地・・・なのでしょうが・・・。

あるとき、取引先の方からもらった名刺にその住所が書いてあったので、「お住まいもそこですか?」と聞くと、そうとのことでしたので、「一等地に住んでありますねぇ」と言うと、「いえいえ、終戦の時に引き揚げで住み着いて、そのまま動かないだけですよ」と言われました(笑)。

思わず、パリルーヴル宮殿の中庭には、フランス革命前には庶民の家があったという話を思い出してしまいましたが、ていうか、ウィーンシェーンブルン宮殿は、今も上の階には人が住んでますし・・・。

ところで、その大手門から赤坂界隈というのは、名前の通り、かつての「お侍」の街なのですが、実は今も「お侍」の街でして・・・。

e0027240_1233828.jpgどういうことかと言いますと、ここには福岡法務局裁判所があることから、周辺には「弁護士」、「司法書士」、「土地家屋調査士」などの事務所が密集しており、それら、「何々士」の「士」を「さむらい」とも読むことからそういう言い方をするわけですね。


e0027240_11571035.jpgで、私は普段はこちらの方にはあまり行かないのですが、どういうわけか、この1週間はよくこちらの方に行ってしまいました。
まず、先々週、「死にかけた」ときに落としていた携帯電話を受取に行ったのを皮切りに、先々週の土曜には福岡城での説明会があるというので運動がてら出かけ、週明けには仕事で法務局に行ったところ、例によって、「この書類が足りない」と言われ、翌日、また出直し・・・。
でもって、日曜には福岡城でスタンプラリーがあっていると聞き、ガキを連れて、またまた、登城・・・(笑)。

(←「主待つ
    シートも見惚れる
      桜かな」
  梁庵平太)

あ、そうそう、金曜は福岡ドームに出かけたので、行き帰りに通過してました。

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(↑ 帰途、お堀に映える福岡城の桜です。)
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-03-29 08:49 | 地域 | Trackback | Comments(4)

コカコーラ・シートで福岡ドーム開幕戦に違和感の岡田采配
風邪ひいたのですが、何とか風邪薬で無理矢理押さえ込んで今年の福岡ドーム開幕戦・・・、福岡ソフトバンクホークスオリックスバッファローズに行ってきました。

e0027240_14184898.jpgと言っても、本当は行くはずじゃなかったんですが、先日、取引先から、「券がありますので、いつでも良いカードを仰ってください」と言われたので、家に帰ってその旨を言ったところ、ガキが「俺、友達と行くから3/26を取っておいて」と宣いやがりました。
で、言われるままに、その日を頼んだ所・・・、なんと、来たチケットがコカコーラ・シートだったんですよ。
コカコーラ・シートとは←のように、グランド内に張り出した・・・、つまり、ファールゾーンの一部を潰して作られた席でして・・・、私もまだ、ここには一度も座ったことがありませんでしたので、「これは行かなきゃ」と(笑)。
ということで私物化を敢行・・・、別のガキを連れて行ってきました(笑)。

e0027240_14282268.jpg(←試合前には渡辺美里さんが熱唱・・・。でも、傍らにいる愚息は当然といえば当然なのでしょうが「誰?」・・・と。まあ、私が島倉千代子さんの歌を聴くようなものでしょうからねぇ。)
で、始球式は佐藤隆太さんで、球場内はむしろ、こちらの方に反応してましたね(笑)。


e0027240_14475543.jpgで、試合の方ですが、先発の和田が降板すると、出てきた救援投手陣がこれでもかというくらいに打たれ・・・、打線も、如何にも福岡の球団らしく見事に粘りがない・・・。(←少年ファンの視線にどう応えようというのか、1回8失点の大場翔太投手・・・。)

e0027240_15582324.jpg投手陣は7.8.9回で14失点の計16失点に、打線は、9回裏の川崎の内野安打とオーティズの本塁打(←)の1安打のみの計2安打1得点で、結果、16対1、何とも大味な大敗でしたね。
ホークスは戦力を0から構築して良い時期に来ていると思いますよ。


e0027240_16132024.jpgただ、この試合で違和感を感じたのが、9回裏1死の時点でオリックスの岡田彰布監督が投手を菊地原からレスリーに変えた采配・・・。
「蟻の一穴」の例えもあるように、慎重を期す・・・というのもわからないではないのですが、この時点で15点差ですよ。

僅差ならいざ知らず、こんな場面で投手を替えなくても・・・と。
勝敗の行方に影響はなかったと思うので、試合終了を待っている観客のことを考えればであれば、少し、観客無視の采配じゃないか・・・と。
                                         平太独白

by heitaroh | 2010-03-27 18:11 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

祝!5周年の節目に思う思えば遠くへ来たモンだ! その4
昨日の続きです。

本日は、まずは女性の皆さんのご期待にお応えして、私の女性の好み・・・についてです。
(誰も期待していない・・・などという暴言には某党幹事長のように一切、耳を貸しません(笑)。)
まず、「人切り平太郎」などと有り難くないあだ名で呼ばれる今と違い、子供の頃はとてもやさしい性格でしたから(←ここ、笑うところではありません・・・(笑)。)、意外に女性は気が強い人・・・が好きでしたね。
なぜかというと、そういう人だと、後事を気にしなくて良いじゃないですか。
(はっきり言って、相当にマセたガキでした。)
その意味で、私の当時の理想の女性は何と言っても加賀まりこさん・・・でしたね。

それから、意外なところでは、「妖怪人間ベム」に出てくるベラおばさんも結構、惚れ惚れとするくらい好きでしたねぇ(笑)。
(あのおばさん、女妖怪同士の戦いになったら、120%負けてませんでしたからね(笑)。)
ところが、最近では、年取ってきたせいか、気が強い女性は、ちと疲れるんですよ。
多分、今でも理想としては気が強い人は嫌いではないんですが、現実世界では・・・。
晩年の毛沢東も、江青「もっとやさしくして」と言ったそうですが、何となく、気持ちがわかるような・・・(笑)。
鄧穎超(周恩来夫人)は周君にあんなに優しいじゃないか」・・・と。

・・・と、これ以上はさすがに厚顔無恥の私も、突き刺さるような女性の冷たい視線に耐えかね、おもむろに話を変えます(笑)。

e0027240_1059246.jpg(←サービスカットです(笑)。背景は、建設中の東京スカイツリーですね。)

ちなみに、意外に思われるかもしれませんが、私が初めて、東京に行ったのは平成3年(1991年)、30歳のとき、勤めていた会社の「出張」ででして、それまで行った中で一番遠かったのは、高校の修学旅行で行った長野県で、当時は、まだ、名古屋までは寝台車でした。
でも、今となっては、寝台車に乗ったのはこのとき限りでしたから、とても良い経験だったと思っていますね。
(私は基本的に「宿泊場所と移動手段には金を使わない主義」でして、今も、こういう物にはまるでこだわりはありません。)

一つには、あまり、東京という物に興味を持たなかった・・・ということがあったでしょう。
ただ、他の都市は、3日も居れば、その都市のハダカの姿が見えてくるのですが、さすがに東京はでかすぎて、大体の輪郭を把握するのに7日くらいかかりましたね。
もっとも、この辺は「青山のどこそこにOOがある」などということではなく、その意味で言えば、私は今でもそれほど詳しくはないですよ。
この、私が言う「ハダカの姿」というのは、極めて、私の感覚的な物でして、「あー、この街はOOOで持ってる街なんだな」とか、「ははぁ、ここはXXXが存在することにより成り立っている街なんだな」とか、そういうことなんです。
その意味で言えば、東京という街は、ズバリ、「人が居る街」ということろでしょうか。
つまり、何かがあるから存在している街ではない・・・ということで、おそらく、首都を移転してしまうと、いきなり、イチ地方都市になってしまうと思いますよ。
                                         平太独白

by heitaroh | 2010-03-26 08:46 | その他 | Trackback | Comments(10)

祝!5周年の節目に思う思えば遠くへ来たモンだ! その3
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

本日は、私が拙ブログを運営(?)するに当たり、旨としていること、社是ならぬ、「ブロ是」とでも言うべきものについて、今更ではありますが、少々、述べさせて頂こうと思います。

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まず、毎回、画像の下に掲示しております「世の出来事に対し独自の歴史観で語ります」と述べておりますとおり、私は物事を見るに当たって、出来るだけ様々な角度から見てから判断を下したいと考えており、つまり、それが当を得た物かどうかは別として、「ハッとしたこと」、「そういう見方もあるか」・・・ということを、より重視したい・・・と。
ただ、これは以前もどこかでふれたと思いますが、この作業は口で言うほど簡単ではなく、それなりに日頃からそういう視点で見る習慣を身に付けておかねば、知らず知らずのうちに固定観念に囚われてしまうんですよ。
で、その際に大事なのが、明らかに的はずれな意見であっても頭ごなしに否定しない・・・ということ。

徳川家康は家臣のどんな採るに足りない意見でも熱心に耳を傾けたと言われており、それは、頭ごなしに却下すると、家臣は考えようとしなくなる・・・ということだったようですが、その一方で、一見、くだらなさそうに見える案の中に良案が潜んでいるかもしれないわけで、現に、織田信長の革新的な制度というのは、当時の常識で言えば、「却下」に値する物も少なくなく・・・。
その好例が兵農分離でしょう。
兵と農を分離してしまえば、確かに、農繁期の活動に制約は受けなくなる反面、絶対的な兵力は過小になるわけで、普通、「アホ!」で終わりですよ。
それに、世の中には、明らかに現実離れした意見であっても、それが実現してしまう・・・ということもなきにしもあらずで・・・。

昭和29年(1954年)、東西冷戦の中で繰り返される核実験に対し、普通の主婦が、夫に「どうして、核実験を禁止できないのか?」と聞いたところ、夫は「バカタレ!そんなことができるか!」と怒鳴ったそうで、普通、このご主人ならずとも、多少なりとも社会情勢に通じている人であれば日本は敗戦国なんだし、そう考えますよ。
ところが、その主婦たちが原水爆反対署名運動を開始したところ、やがて、欧米を巻き込み、世界で7億人もの署名を得るに至るまでになってしまい、さすがにここまで「民意」を見せつけられると国際社会も無視できなくなってしまった・・・という話もあります。

・・・ということで、明らかに見当違いの駄文も多々あるかとは存じますが、どなた様も、辛抱強くお付き合いのほどをお願い申し上げます。
ちなみに、私、幼稚園の頃から、「お遊戯」が大嫌いでして、何で皆と同じように躍らなければならないのかが理解できず、従って、保母さんに手を焼かせたこと、数知れず・・・でして。
まあ、その点では、元々、納得できる理由が見あたらない規律という物が嫌いだったんでしょうね。
(先生が、その規律が存在するに当たって、「理由」「背景」を教えてくれれば良かったんですが、誰一人、そういう人は居ませんで・・・、結局のところ、「先生~♪、あなたはか弱き大人の~代弁者なのか~♪by尾崎豊」だったのでしょうか(笑)。)
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-03-25 07:59 | その他 | Trackback | Comments(2)

祝!5周年の節目に思う思えば遠くへ来たモンだ! その2
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

本日はまずは、この五年間での裏舞台について・・・です。
まず、アクセス数(ユニークユーザー数)につきましては昨日も触れたとおりなのですが、以前、日祝以外の毎日書いていたときは、大体、一日250~350人の方のアクセスがあったものの、更新を不定期とした4年目以降は一日150人前後というところで落ち着いてきたようです。
ただ、意外だったのが、去年の秋口に、訳あって一週間ほど書かなかったことがあるのですが、さぞかし、アクセス数は0に近くなっているだろうな・・・と、「まあ、ぼちぼち潮時かな」などと思っていたところ・・・、蓋を開けてみると、意外に毎日、コンスタントに100人以上の方にお越し頂いており・・・。

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で、再び、割とこまめに更新するようにしたところ・・・、皮肉なことに、なぜか、昨年末辺りから1月くらいまでは100人を割る日も少なくない日が続き・・・(笑)。
で、気を取り直して書き続けていたところ、まあ、どなた様も年末年始の多忙に一区切り付けられたからか、2月くらいから元の100という数字に戻って来るようになったのですが・・・、ここで事件が起きたんです!

先月20日、アクセス数を見てみたら、「575」となっている・・・。
「ん?間違いか?」と思い、確認したところ、やはり、575・・・。
私としては、特に、話題に上ることも書いてなかったものですから、「は?何で?」という思いがあり、今度は2月の検索ワードランキング(↓)を確認してみたところ、1位として644のアクセス数を叩きしていた物がありました。

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それが「樅の木は残った あらすじ」・・・です。
「樅の木は残った」といえば、言うまでもなく、山本周五郎原作で昭和45年(1970年)のNHK大河ドラマでもありますが、6位にも31アクセスで、「樅の木は残った あらすじ」の文字あるわけで(←どう違うのかわかりませんが(笑)。)、如何にダントツだったかがおわかりになるでしょうか。
でも、最近、あれがドラマになったという話も聞かないので、「何で?今頃?」と・・・。

ちなみに、3位は瀬島龍三氏の「瀬島機関 39」ですが、こちらも、4位、10位にも入っており、まあ、こちらは、ドラマ「不毛地帯」の関係からだと思いますが、でも、この人はそれ以前から、結構、しぶとく入っていたんですよ。
(この人については、私も違う意味で印象深い人でした。私がこの人のことを採り上げたのはそれほど多くないのですが、礼賛、軽蔑、いずれも極端な反応があり、結構、辟易させられました。その意味では、亡くなってからも、これだけ、人々の関心を惹くということは良い悪いはともかく、本当に賛否両論、毀誉褒貶、人の評価が定まらない人なのでしょう。)

その意味では、この検索ワードランキングというのは、時々、見てると、面白い物ですよ。
「は?何で、これが?」みたいなのがありますから。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-03-24 08:37 | その他 | Trackback(1) | Comments(2)

祝!5周年の節目に思う思えば遠くへ来たモンだ! その1
親愛なるアッティクスへ

お陰様をもちまして、拙ブログも2005年の3月下旬よりの書き始以来、5周年を迎えることが出来ました。
この間、起稿した拙文は1,215本、アクセス頂いたユニークユーザー(正味の人数)はこのエキサイトだけで157,991人、これに当初やっていたライブドアや、一時期併設していたJANJANgooなども含めると、おそらく、25万人近い方にアクセス頂いたのではないかと思います。

(↓gooのアクセス数です。全然、更新してなかったけど結構あってたんですね。)
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どなた様も、このような、とりとめもない駄文にお付き合いくださり、誠に有り難うございました。
改めて、皆々様のご厚情に厚く御礼申し上げます。

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(↑ 過去4回、なぜか、ずっと「道」の画像をUPしてますので、今回も適当に付けてみました(笑)。オーストリアウィーンの朝です。)

ただ、毎度申し上げておりますように、当初は、まさか、これほどに長いスパンを想定して書き始めたわけではないもので・・・、それどころか、「ちーと、やってみるかねぇ」程度の軽い気持ちで始めたもので・・・、正確な日付がわからなくなっており・・・、まあ、確か、このくらいやったろう・・・という、例によって典型的福岡人気質アバウトさで本日にしました・・・(笑)。
(すなわち、書き始めた当初、書くことが山のようにあったので、遡ってまとめて書き、やがて、日を経るに従って書いては消しを繰り返した結果、周年ということになったときに調べてみたらわからない・・・と。)
それに、大体、このくらいの時期はWBCプロ野球開幕と重なるから、まあ、この辺でいいや・・・と(笑)。

で、4周年の時は、「いつまでこんなことやってるかなぁ」という感じでしたが、さすがに、5周年ともなると、そういうわけにもいかず、こんなことなら、3周年までで、あんなにネタを浪費するんじゃなかった・・・と(笑)。
まさか、熱しやすく冷めやすい典型的福岡人の私が5年もやる・・・とは思ってませんでしたからねぇ。

で、小難しい話は明日以降に持ち越すとして、これは私からの5周年のプレゼントです。
つまらない物ですが、少し前に、戯れで書いた小説です。
             ↓
http://ncode.syosetu.com/n0250k/

ついでに、こちらは起稿済みの物ですが、よろしければどうぞ。
             ↓
http://ncode.syosetu.com/n1660k/

http://ncode.syosetu.com/n1659k/

で、これ・・・、誤解があると困るのですが、別に「一旗揚げてやろう!」などということではなく、なぜ、このような形でUPしたかと言うと・・・、以前、私の故郷である現博多駅前3丁目・・・、当時の「福岡市下人参町」のことを調べていて、たまたま、同地付近について書かれた土成謹造という人の、「キンゾーの作り方」というネット小説を見つけたからでした。
(こちらについては、ちと、方言色が強く・・・、それも死語になった観の物が多く、福岡県以外の方が見ると、とても読みにくいと思いますので、ご紹介程度に留めさせて頂きます。)
この話についてはまた、後日、改めて触れたいと思っていますが、まさしく、我が、下人参町界隈の話であり、私の子供の頃の世界でして・・・、是非、作品にコメントを残したい・・・と思ったところ、コメントしたいなら、ログインして自分も何か小説をUPしろ・・・ということで、やむを得ず、こういう物をUPした次第でした。
いずれにしても、それほど、大した物ではありませんけどね・・・。

明日に続く。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-03-23 08:18 | その他 | Comments(4)

努努鶏食いました・・・のご報告と家族で練り歩くどんたく
親愛なるアッティクスへ

e0027240_17191039.jpg先日、遂に「努努鶏」を買ってきましたよ。

(←上にあるのは、韓国土産の「焼き海苔チョコレート」です。家族には評判でしたが、私は一口食ったらゲロゲロ~でした(笑)。やはり、焼き海苔とチョコレートは合わないように思うのですが・・・。)

「努努鶏」というのは、冷やして食べる「冷やし手羽先」みたいな物で、博多新ブランドなんだそうですが、どうやら、テレビに紹介されたらしく、ほとぼりが冷めてから・・・と思っていたのですが・・・。

e0027240_17332483.jpgそれでも、一度、夕方に行ったら「売り切れ」で、先日、ようやくゲットした次第なのですが、この日も、オバサンたちが群がっており、目の前であっという間に「絶滅危惧種」状態に・・・。
私的には、先日、酔っぱらって死にかけて、友人の奥様に大変、ご迷惑をおかけしたので、そのお詫びに何か送らなければ・・・と思い、ありきたりの物を送ってもな・・・という考えから、ここに行ったのですが・・・。

残り2個と成ったところで、私の順番が廻ってきたのですが、このとき、私が何個買うかで明らかに後ろのおばさんは殺気立ってましたね(笑)。

で、おばさんの殺気を背中に感じ、気が弱い私はかぼそい声で「1個・・・」と・・・(笑)。

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(↑アップです。)

で、味の方ですが、私的には「ビールのつまみには良いな」とは思ったものの、それほど、驚くほどの物ではなかったのですが、スナック菓子みたいな感覚で食べられるということもあり、家族には評判良かったですね。

で、取って付けたように本日の本題です(笑)。
今、ゴールデンウィーク地域別に分けるのどうのという議論がありますよね。
私は渋滞緩和という意味では決して反対ではないのですが、2つくらいの中からの選択制にするとかしないと、今のままでは導入に現実味があるようには思いませんよ。
第一、「九州・中国・四国は一括り」って、それって、殆ど西日本じゃねーかと(笑)。
ちなみに、GWと言えば、博多では博多どんたくですが、先日、昭和39年のの記録映像を見たら、当時は、各家庭で一列になって勝手に近所を練り歩いていたんですね。
私が子供の頃などは、私の祖母などは、うちの下人参町町内会婦人会として、どんたく隊を結成して出てましたが、さすがに家族で列を作って町内を練り歩く・・・ということはありませんでしたよ。
結構、びっくりでした(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-03-20 18:04 | その他 | Trackback | Comments(0)

どこから来てどこへ行くのかの日本人論
親愛なるアッティクスへ

先日、友人と「日本人はどこから来たのか?」ということについて話していたのですが、私は以前見たNHK番組の受け売りで、「縄文人氷河期に凍った海を渡って北から入り込み、その後、西から中国大陸動乱を避けた渡来人先住民駆遂しつつ北上。他に沖縄方面から黒潮に乗りやってきた者、朝鮮半島から渡来した者がやがて混じり合ったもの」だと言ったところ、友人は、「それでは蒙古斑が説明できない。蒙古斑は、韓国人中国人も無いのに、日本人モンゴル人だけにある」・・・言い、応えて私は、「それは、日本人と一口に言ったって、相当に混じり合っているからだ。現に、福岡の支配階級の大半は兵庫県民(福岡藩黒田家)だ」・・・と。
などという話をなぜ、今頃したかと申しますと、私、先日、サッカー日本代表中国代表の試合を見ていて、少し、思うところがあったからです。

それは、サッカーそのものではなく、出てる選手そのものについてで、韓国代表や中国代表というのは、明らかな黄色人種の、いわゆる、中国人、韓国人・・・という感じの人たちばかりなのに対し、日本代表というのは、ハーフ帰化人なども混じっており、また、純粋な日本人であっても欧米に感化されたようなスタイルの選手が多く、かなり、雑多な集団という感じがしました。
この点は先のバンクーバー・オリンピックもそうですが、キャシー・リード、クリス・リード日本代表で、その妹はグルジア代表、長洲未来がアメリカ代表で、川口悠子はロシア代表・・・と、かなり、グローバル化してますよね。
(もっとも、北京五輪銀メダルを獲得した女子卓球シンガポール代表は全員中国出身だったり、中東産油国が資金力を背景にアフリカの陸上選手を引っ張るケースがあったり・・・で、一概には言えないのでしょうが、日本は、中国や韓国に比べて、比較的、抵抗無く、世界と同化しようとしているように映るんです。)

ただ、この点は誤解のないように申し上げておきますが、私は決して、ハーフや帰化した人たちを非難しているわけでも、その動きを排除すべしと言っているわけでもありません。
むしろ、これが中国・韓国と違う、日本の特色であり、日本はこの方面で持ち味を活かしていくべきなんじゃないか・・・と思ったんです。
日本という国は、中国・韓国と比べ、早くから欧米に門戸を開いてきたこともあり、また、古代より、先進国の文化を吸収することに抵抗が少ないDNAがあるからなのか、すっかり、欧米化してしまってますよね。
ある意味、日本が欧米のそれに合わせてしまったことで、中国・韓国もそれに追随せざるを得なくなった・・・という側面があるのかもしれませんが、でも、「量」という面では日本は中国には絶対勝てないんですよね。

であれば、中国が「量」を前面に打ち出す・・・ということになれば、日本は「質」に活路を求めるしかなく、ならば、「グローバル化」ということも選択肢の一つではないのか・・・と。
つまり、「日本・・・、早くから、欧米に門戸を開いてきたこの国は、他のアジア諸国の中では異質なほどに、世界との同化が進んでおり、独自の雰囲気を持っている」と紹介されることこそが、今後、日本が進むべき道なのではないか・・・と。
私自身、この傾向を歓迎する気は毛頭ありませんが、元々が混じってるんですからねぇ。
                                            平太独白
by heitaroh | 2010-03-19 08:31 | 社会全般 | Trackback | Comments(13)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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