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一年半ぶりの東京に「To be, or not to be」的心境 2
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

e0027240_1017374.jpg私が日本でもシェークスピアの題材に成り得るのではないか・・・と思ったのが、「木曽義仲と巴御前」です。

(←別に宝飾品などを買いに来たわけではなく、ここがパーティ会場でした。)
だって、「貴族」「男女」「動き」がある、数少ない題材ではないですか?
「源 義経と静御前」でも良いのでしょうが、この場合、悲劇はあっても、静御前は義経と絶えず一緒にいたわけでもありませんし、致命的なのは静御前に「動き」がないことでしょう。
まあ、日本型の時代劇の範疇で演じる場合には問題ないのでしょうが。

e0027240_10402051.jpg・・・などと、くだらないことを考えているうちに舞台は終わり、その後、いくつかの取引先の営業(高級ブランド品店)に付き合うも、ただし、そういう物には致命的なまでに興味がない私は、こっそり、抜け出して「醤油こがしラーメン」なるものを食べ、素知らぬ顔で再び、へ・・・。
案の定、パーティ会場では殆ど、食事らしい食事は無く、ラーメン食ってて正解でした。

(←このとき、女性物の毛皮のコートを見たのですが、後で隣にいた女性に「あれって、何十万かするんでしょう?」と聞いたところ、「何百万ですよ」と言われ、絶句・・・。私は世の中に「何百万もする衣類があること」を初めて知りました(汗)。)

e0027240_10425785.jpgで、とりあえずは、ここで解放され、その後は、銀座のホテルにチェックインして、東京在住の友人と合流し、夜の街(←)へ・・・。
ところが、案内させようと思って呼んだはずのこの、三代続いた東京人氏が、「僕、銀座なんてまったく知りませんよ」などと言いだし・・・。
何のために、こいつを呼んだんだ・・・と(笑)。

で、そのまま夜は更け、翌朝、軽度の二日酔い歌舞伎座へ・・・。
と言っても、私は歌舞伎が見たかったわけではなく、大正時代建築の建物が、まもなく建て替えのために解体される・・・と聞き、建物を見たいと思って行ったのですが・・・。

機会が有れば、続くと思います(笑)。

                                         平太独白
by heitaroh | 2010-02-27 07:02 | その他 | Trackback | Comments(0)

一年半ぶりの東京に「To be, or not to be」的心境 1
親愛なるアッティクスへ

真央ちゃん、やはり、には及びませんでしたね。
まあ、敵ながら、あの精神力天晴れというしかないでしょう。
私的には、むしろ、安藤美姫ちゃんが、よく頑張ったな・・・と。
あの、元々、天才肌の子が、懸命に重責に堪えている姿を見ると、何だか飛べなくなった羽で健気に羽ばたこうとしているようで・・・。
まあ、アスリートがそういう見方をされること自体、好ましいことなのかどうかはわかりませんが。

ところで、私、先日から、訳あって、東京に行ってきました。
私としては、たぶん、友人の御尊父様の葬儀に行って以来だと思いますので、一年半ぶりだったでしょうか。
何をしに行ったのかというと、年末に申し上げたとおりで、年も押し詰まった昨年の12月30日二日酔いで寝てたら、突然、取引先が訪ねてきて、「招待しますので、東京に宝塚見に行きませんか?」・・・と。
「は?何で?」・・・と聞いたら、「うちの周年記念です。ただし、向こうでうちのパーティなどに出てもらわないといけませんけど・・・」とのことでしたので、「タダなら行く」・・・ということで、行ってきました(笑)。

e0027240_17514594.jpgで、まず、神宮球場近くにある東京青年館という所に宝塚歌劇を見に行ったのですが、まあ、結論から言えば、以前、プラハで止せばいいのにクラシック・コンサートに行ったときと同じようなもので、私のような門外漢にはやはり、場違いな観は免れず・・・。

何だか、ライオンキング見てるみたいな気分でしたね(笑)。

e0027240_1713915.jpgただ、出し物がシェークスピア「ハムレット」だったのですが、「ハムレット」と言えば、私も、以前より、黒澤 明監督の「蜘蛛巣城」「To be, or not to be」の名ぜりふなどで採り上げてきましたが、恥ずかしながら、現物を見るのは初めてでした。
つまり、初・宝塚、初・ハムレット、初・東京青年館・・・というわけです(笑)。

で、それを見てて、少し思ったのが、以前、誰の言だったか忘れましたが、「主な物語の原型はシェークスピアの時代に出尽くしている」というものがありましたけど、私はこの舞台を見ていて、それほど驚くほどのものはありませんでしたよ。
まあ、私如きには偉大すぎて理解しきれないのだろうと思いますが。

この点で、日本でこういう物は出来なかったのかな・・・と思いましたが、「ハムレット」そのものが、デンマーク宮廷が舞台ですから、日本だと朝廷絵巻か、江戸時代大奥物・・・ということになるのでしょうが、日本の場合、男女が一緒にダンスを踊るわけではなし、致命的に動きが少ない・・・、というよりも、ないんですよね。
じゃあ、比較的、行動に制約がない村娘と庄屋の倅の恋物語・・・という、ありきたりの物に落ち着くしかないのか・・・と思っていたら、あったじゃないですか!
シェークスピアが聞いたら、よだれを垂らしそうな魅力的な題材が・・・。

また、いつか機会が有れば続きます。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-02-26 17:51 | 文学芸術 | Trackback | Comments(0)

昔、男在りけり・・・、桜吹雪の天才打者・大下弘 その2
親愛なるアッティクスへ

今更ながらに、昔、男在りけり・・・、桜吹雪の天才打者・大下弘 その1の続きです。

前回の末尾で述べた、「桜吹雪のホームラン~証言・天才打者 大下 弘~」という番組での無類の浪費家で人情に厚く感激家でナルシスト、そして大の遊び好きという大下評ですが、これなどは思わず、今の清原和博氏にも通じるところがあるようにも思えるんですよ。
ただ、こういうエピソードを残すのは実はそれほど難しいことではないんですよね。
それが出来る環境にいるだけの話で・・・。
実際、「闘将」と呼ばれた江藤慎一さんなどのように、他にもそういうエピソードを残した選手がいなかったわけでもありませんし、その意味では、清原氏には大下 弘という人の轍は踏んでもらいたくないというのが率直なところです。
大下氏も引退した直後は「あの、大下だ」ということで、下にも置かれない対応だったのでしょうが、ライバル・川上哲治氏とは対照的に、その天衣無縫な性格は監督としては不適格だったようで、時間と共に大下を知らない世代が増えてくると、球界に居場所は無く・・・。

で、この大下さんですが、アスリートには珍しく、健筆家で、毛筆俳句を詠み、確か、球道徒然草という句集をも出したようにも記憶しています。
また、女性からのモテ方も半端じゃなく、ある同僚選手が遠征先で遊郭に泊まったところ、部屋には筆で書いた見覚えのある色紙が・・・。
で、翌日、チームと合流して、仲間にその話をしたら、「俺もOOで見た」、「OOにも飾ってあった」などという話が次々に出てきたとか(笑)。
(普通、有名人が、そんなもん、こんな所で残すか・・・と(笑)。)

一方、西鉄ライオンズ時代の後輩、豊田泰光翁に言わせると、「戦争の臭いを引きずっている人だった」と言いますから、その意味では、「行き急いだ大正世代」の典型だったでしょうか。
(この辺は、私が子供の頃には、まだ、多少、世の中にそんな臭いがありましたから。)
従って、金の使い方も半端ではなく、西鉄に引き抜いた当時の三原 脩監督もこれには閉口したそうですが、これも遊びに使う金よりも、実際の所は麻薬中毒となっていた実母の薬代というのが主な出費元だったそうです。
(当時は、ヒロポンなどというのが普通に薬局に売っていたと言いますから・・・。)

それだけに少年ファンはとても可愛がったそうですね。
福岡の大下邸には、いつも近所の子供が誰彼構わず来宅しており、子供が入って気安いようにいつも玄関のドアは開けてあったといいます。
こんなの今の野球選手で誰か考えられますか?
王 貞治前福岡ソフトバンク監督も、「子供の頃、巨人の選手にサインをねだったら、誰もサインしてくれず、そのとき、唯一、サインしてくれたのが与那嶺 要氏だけだった。その記憶があるから、自分も少年ファンには丁寧にサインした」という話をされてましたが、それでもサイン止まりですからね。
まあ、時代が違うと言ってしまえばそれまででしょうが、私的には、今の野球選手も、客商売なんですから、もう少し、ファンに向けた伝説を作ることを心がけるべきではないかと思うんですけど・・・。
                                              平太独白
by heitaroh | 2010-02-25 18:15 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

帰朝報告と人類最古の世界標準

e0027240_16155483.jpg
我が家はガキの1匹が左利きなのですが、左利きというのは昔は、むりやり右利き矯正(?)されましたよね。
(左利きというと、どうしても往年のヒット曲、麻丘めぐみさんの「わたしの彼は左きき」に触れずにはいられません(笑)。もう、あまりにも「とーーーーい昔」すぎて知ってる人も少ないのでしょうけどね。)

で、今は、左のままでも良いということのようらしく、それで、そのまま左利きになったのですが、でも、左利きの人はそんなこんなで生活の多くが右利き対応が前提となっているからか、結構、右左混同の人が多いですよね。
私の友人でも、「鉛筆は右で箸は左、ボーリングは右投げで野球は左投げ右打ち・・・」というのがいました(笑)。

で、昔はむりやり、右利きにしたというのは、個性軽視の全体主義の発想・・・という批判もわからないではないのですが、うちのガキを見ていて「やはり、仕方ないことだったのかな・・・」という感も強くします。

まず、飯を食うときは私の右に座ると、肘と肘が当たるんで、席順を考えないといけない・・・。
それから、回転寿司も右利きの人は去っていくのを追いかける形ですが、左利きの人は向かってくるのにぶち当たる形になるんですよ。
ズボンのファスナーも右手で触るのが前提ですし、パソコンのキーボードもテンキーが右にあることを考えると、やはり、右利き対応なんでしょう。
その上で、見ていて一番思ったのが、「文字」です。

漢字なんてのは、「はらい」とか、「はね」とか、明らかに右利き前提なんですよ。
その意味では、英語やフランス語などのアルファベッドも然り。
続き字では、左から右へと書いていきますよね。
あれなども、右利きの人はまだ何も書いていない白紙のところを手が滑っていきますが、左利きの人は文字を書いた上を滑っていくことになるわけで、手や手紙が汚れる可能性は高いでしょうし、左から右に流れるのは右利きの人が有利な動きだと思います。
(槍を連続で突き出す動きというのは、自分からして左から右へと逃げる相手には対応しやすいが、右から左へと逃げる相手には対応しにくいそうで、続き字もこれと同じ原理なのでしょう。)
そう考えれば、「右利き」というのは、日本だけのことではなく、中国でも西洋でも古くからそういう発想があったと言うことであり、これは人類史上最古の世界標準だと言えなくないでしょうか。

ということで、先日、無事、海外から帰ってきましたの基調報告でした。
海外・・・、はい、下関です(笑)。
                                         平太独白

by heitaroh | 2010-02-24 07:55 | その他 | Trackback | Comments(4)

今、とにかく、ここに居ます。

e0027240_14115918.jpg福岡の小学校5年生は社会科見学北九州市に行きます。
で、私も昭和47年、北九州市に行きました。
で、記念撮影した背景が建設途中の関門橋でした。
その時、先生が「背景としてはどうか・・・とも思うが、かえってこっちの方が良い思い出になる」と仰ってましたが、確かに40年も経てば「あの関門橋がまだ、工事中だったんたぜ」・・・なわけで。
慧眼と言って良いんじゃないでしょうか。
完成してからなら、いつでも撮れるのですが、工事中は今しか撮れませんからね。
(←建築中の第二東京タワーです。なんだか、バベルの塔を想起してしまいます。)

              平太独白


                                   平太独白

by heitaroh | 2010-02-23 14:11 | その他 | Trackback | Comments(0)

今、訳あってここに居ます
親愛なるアッティクスへ

e0027240_1245307.jpg隣に神宮球場があるので、渋谷区かと思っていたら、新宿区なんですね。

今から、初・宝塚です。

ああ、オスカル!

                         平太独白
by heitaroh | 2010-02-22 12:45 | その他 | Trackback | Comments(0)

龍馬伝に見る攘夷は愛国心で別団体に走る心理
本日の福岡県地方はまさしく、三寒四温・・・。
昨日までとはうって変わって、を思わせるうららかな陽光が降り注いでおります。

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先日、今頃になって、いつぞやの大河ドラマ「龍馬伝」を見たのですが、その中で、武市半平太河田小龍に対し、目をつり上げて、「攘夷をどうするつもりか!」・・・と迫るシーンがありましたよね。
あれを見てたら、まさしく今の世の、ネットなどで過激な意見を吐いている人たちとまったく同じじゃないか・・・と。
(この手の輩が中途半端に理論武装しているからまた始末が悪い・・・。こういうところも、現代と一緒だな・・・と。リリー・フランキーさん演じる小龍も、表立って言うと、また、うるさいので、あまり顔には出さないようにして、でも、辟易していたのがよくわかりましたね。)

で、実際の武市という人がどの程度、本気で攘夷思想を推進しようという気持ちがあったのかはわかりませんが、あるいは彼ほどの人であれば、いざ、そういう局面になったとしても、いきなり、「攘夷」と叫んで斬り込むようなことはしなかったのではないか・・・と思えます。
ただ、彼には「攘夷」を唱えなければならない「2つの事情」があったのは事実で、その事情とはまず、いつの時代でも「勇ましい意見ほど人に支持されやすい」という法則があることで、武士というものが本来は軍務を主とする人々である以上、武勇を誇る者を賞賛することは出来ても否定することは出来なかったでしょう。
さらに、ドラマのこの時点では、時期的に合致しているかは定かではないのですが、「攘夷」というものは、徳川幕藩体制とは別系統で存在していた天皇というものの意向に沿ったものだった・・・ということも無視できないと思います。

体制というピラミッドが堅牢な物であればあるほど、下層に置かれた者がはい上がるのは、事実上、不可能に近く・・・、それが諦めかけたその時に、突然、別団体から声がかかったようなものだったでわけで、そう考えれば、楠木正成が哀しいまでに献身的に南朝方につくしたことも理解できるような気がします。
つまり、「勇ましい意見を言い」、かつ、「天皇の意向に沿っている」以上、「攘夷」というのは、今の中国ロシアなどに置ける「愛国心」に相当するような言葉であり、これを口にしている限り、官憲側取り締まりづらい・・・という傾向があったと思われ・・・。
であれば、武市に限らず、この時代、明敏な頭脳を持った人は多かれ少なかれ、事の実現性には目をつぶってでもそれを唱えたでしょう。
とても危険なことですけどね。
                                         平太独白

by heitaroh | 2010-02-20 08:47 | 歴史 | Trackback(1) | Comments(4)

バンクーバーオリンピックに見る日本のオリンピック事情
親愛なるアッティクスへ

今を盛りのバンクーバー・オリンピック・・・ですが、高橋大輔選手が銅メダルを獲得したそうですね。
日本人男子初のフィギュアでのメダル・・・だそうで、「快挙」だそうで、これで日本は銀1個銅2個となったわけで、まあ、銀と銅とは言え、とりあえず、3個もメダルが取れて、関係者もホッとしているのではないですか。
前回のトリノ・オリンピックのときは、最後の最後になって荒川静香さんが金メダルを獲ったから良かったようなものの、あれが獲れてなかったら、メダル「0」だったわけで・・・。
本当に、最後の最後で掴み取った「まさか」「金」で、一気に祝賀ムードになって、それまでの不成績が覆い隠された形になりましたが、女子フィギュアを残してメダル0の時点では、ぼちぼち、「あれだけの数の選手団を派遣しておきながら・・・」という声が湧き上がる気配がありましたからね。

e0027240_193521100.jpgで、今回のオリンピックでのもう一人の話題の人・・・と言えば、国母和宏選手ですね。
惨敗したら、また、悪態を付いた・・・などという報道も耳にしましたが、こういう選手は朝青龍と一緒で国費で派遣されるオリンピックという物に出ること自体が間違いなんですよ。

(←どなた様も頭を抱えたいようで・・・(笑)。)

冬の競技というのは、九州人の私にとっては、「スポーツ」と言われること自体に違和感を感じるほど、まったく馴染みがありませんで、従って、知識興味も殆ど無いのですが、競技とは違うところで話題になったのでは彼も本旨を見失っていると言われても仕方がないでしょう。

で、まず、問題になっていた彼の服装ですが、彼のファッション自体は、私には特に違和感はありませんでしたけど、それでも、オリンピック選手団というのは、相撲と同じように、協会、つまり国民の税金から支援を受けているわけで、彼が普段出ている民間主催の大会とは事情が違うということを理解するべきでしょう。

オリンピックは、プロも参加できるものの、こと、日本に限っては、「金を獲っても飯は食えない」などと言われているように経済事情だけを見れば、まだアマチュアなんですよ。
かつて、旧共産圏などでは良く、「オリンピックで金メダルを獲ったら、家がもらえ、車がもらえ、一生涯の生活が保障される」・・・などと言われてましたよね。
まあ、今はそこまではないでしょうが、それはそれで競技で飯が食えない選手に報いる一つの形ではあるんですよね。
(そうでなければ、アメリカのように、活躍した選手にはCM契約でバンバン収入が入る・・・というものでないと。)
実際、日本の場合、引退後、食っていける選手は一握りであるのが現実でしょう。
であれば、競技によっては遠征費用にさえ事欠く場合もあるわけで、国母君の収入がどれだけあるのかは知りませんが、国単位で参加する以上、「国は費用など出すな」とも言えないでしょう。
そう考えれば、彼が別にワールドカップなどでの収入で経済的に困ってないのなら、無理してオリンピックになど出るべきではないでしょうし、「出たい」というのなら、制約を受け入れるしかないわけで・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-02-19 19:25 | スポーツ | Trackback(1) | Comments(0)

野党は「是は是非は非」であるべしと新聞の苦境と無策
今朝の朝刊を読んでいて、思わず、笑ってしまいました。
与良正男という毎日新聞論説室の人が書いた簡単な社説(コラム?)だったのですが、一部、要旨を抜粋すれば、
「05年は郵政選挙。民主党代表は岡田克也現外相だった。マニフェストは大盤振る舞いの印象はなく、基礎年金の財源を税金ですべて賄うため年金目的消費税を創設する増税方針も打ち出していた。
 選挙は郵政一色。こんな話はほとんど争点にならず、民主党は惨敗した。しかし、昨年、政権交代機運が高まる中で同じ方針を示していたらどうだったか。それでも民主党は勝っていたのではないか、というのが私の仮説だ」というもので、これって、私が一昨日2月16日に拙録(当ブログ)に書いたことの一部と殆ど同じじゃないですか。

つまり、日本の野党に欠落しているのは「是は是、非は非の姿勢である」ということなのでしょうが、ちなみに、私の方が先に書いていますので、私の盗作ではありませんよ(笑)。
もっとも、向こうも実際に原稿を書いたのはもっと前でしょうが。
で、私はこの人の名前は、今まで、見ていたのかもしれませんが、特に気に留めていなかったのでまったく知らなかったのですが、ネットで調べたら、テレビのコメンテーターなど、色々やってる人だったんですね。
年も私の4歳上みたいですから、ほぼ、同世代のようですし、まあ、世の中には似たようなこと考える人もいるもんだな・・・と(笑)。

ところで、新聞と言えば、今、どこも「不況」「ネット」に押されて、大変らしいですね。
特に、大新聞ほど広告収入が激減しているとようで、日本以上に広告収入に頼ってきたアメリカではすでに壊滅的打撃を受けており、権力への監視など、社会的にも色々、懸念される事態になっているそうですが、少し無策なところがあるようにも思います。
私如き素人に、一気に退勢を挽回できる妙手・・・などという物が有るわけではありませんが、もう少し、やりようはあるんじゃないですか?
まず、新聞というのは向こうが発信するだけの片側通行ですよね。
今の時代、もっと、やり方を変えて、双方向にすることを考えないんでしょうか。
実際、今、冒頭に書いた与良正男という人のコラムに同感の意を伝えようとしても、向こうには何も受け付ける準備がないわけで、つまり、ニュース自体が金にならないのであれば、付加価値を付けて売ることを考えるべで、ネットに広告を奪われていると言ったって、ネットも新聞も媒体であることには変わりないわけで・・・。

あ、新聞と言えば、今朝は、大昔に亡くなった私の祖父が葬儀費用に疑惑・・・って顔写真入りで新聞に載っている夢・・・で目が覚めたのを今、思い出しました(笑)。
ていうか、公職と言えば、下人参町町内会自治会長くらいしかやってないうちのじーさんが何で新聞に顔写真入りで載るんだ・・・と。
疑惑って、町内会関係かよ・・・と(笑)。
それに、葬儀費用だったら、疑惑の対象は俺じゃなくって親父じゃねーかと(笑)。
って、そもそも、じーさん死んだのは昭和の頃だから、すでに時効だし(笑)。
                                    平太独白

by heitaroh | 2010-02-18 18:19 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)

確信を持って言い切る「中国はバブル」の怖さ
親愛なるアッティクスへ

先日から、某大手商社の重役さんや経済関係の評論家など、何人かの識者と呼ばれる方が、現在の中国を手放しで礼賛する話を耳にしました。
すなわち、日本などは逡巡している間に、どんどん、置いて行かれている、これ以上、乗り遅れないようにしろ・・・と。
でも、私は敢えて無学を承知で申し上げますが、かなりの確信を持って、「中国はバブルである」と言えると思います。

もちろん、私如きが様々な指標や複雑な経済原理などに精通しているわけもなく、かといって、最近、特に現地に行ってきた・・・などというわけでもありません。
なのに、私がそう思うのは、自分の専門分野からと、過去に実際にバブルという物を目の当たりにした経験からで、この辺は、以前、平太郎独白録 : 幸運が去る前の基盤固めをおろそかにしている中国で申し上げたことにも通じることなのですが、このときと同じで、基本的に、過剰な通貨供給量、つまり、金余り状態で実需の裏付け無し不動産の値段が上がっていく・・・というのはバブルなんですよ。
(以前、「ドバイバブルだ」と言ったことがありましたよね。これも、まさしく、かつて、私が現実に見てきたことであり、肌で感じてきたことでした。)

ただ、誤解のないように申し上げておきたいのは、識者が言うように、中国の首脳が命綱とも言える経済政策に対しては相当に勉強しているということも事実でしょうし、無事、ソフトランディングに成功するかもしれず、従って、「バブル」=破綻・・・と申し上げているわけではありません。
ただ、今、中国はリーマンショック以降の世界不況の中で、「G2」などと持ち上げられ、単独で世界を引っ張り始めたかのような観があることから、気分はすっかり、「G1」になってしまったようで、それにともない、中国人は今や過剰な高揚感に囚われ始めているようにも思えます。
(こういう気分そのものも、「バブル」だと言って良いひとつの要素・・・と思います。)
その結果が、第15回気候変動枠組条約締約国会議(COP15)での、アメリカを見下したような態度で、これなども、まさしく、かつて、「ジャパン・アズ・ナンバー1」などと言われ、「アズ」「イズ」とすっかり勘違いして、アメリカ様を見下そうとしていた頃の日本人の姿と重なるのではないでしょうか。

ただ、その代償は小さくないですよ。
以来、ワシントンでは、殆どG2という言葉は聞かれなくなり、台湾への武器売却という形になって顕れてきたわけで・・・。
そうなると、これも以前から申し上げていることですが、過剰な自信を抱いてしまった国民世論というのは扱いが難しいわけで、これらを勘案すれば、中国の首脳がいくら優秀でも果たして、バブルに酔ってしまっている人たちを誘導して、無事、軟着陸に結びつけることができるのか・・・という点は、出来ないとは言いませんが、相当に難しいと思います。
そう考えれば、、ドバイとは比べものにならないであろうと思われる中国のバブル崩壊というのは、ちと、想像を絶する物がありますので、あまり考えたくはないのですが、やはり、上海万博というのがひとつの目安となるのでしょうか。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-02-17 18:39 | 国際問題 | Trackback | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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