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「振り向けば 遠くへ来たり 四十雀」を想う郷愁のおきゅうと
親愛なるアッティクスへ

e0027240_14501153.jpg本日は、本当はちと忙しくしており、起稿するつもりはなかったのですが、寸暇を惜しんで、小難しいメールの返事を書いていると、どこからか聞き覚えがある懐かしい声が・・・。

「おきゅうと~に~
            豆腐!

・・・と。
思わず、耳を疑ったのですが、やはり、「おきゅうとだ・・・」と思い、慌てて表へ出て・・・、買ってしまいました。

(←これが、その、「おきゅうと」です。パック詰めされてますので、ちと、わかりにくいのですが、まあ、見た目ところてんのような感じです。)

ちなみに、「おきうと」と書いてありますが、誰が何と言おうと私的には「おきゅうと」です(笑)。
ついでに、パッケージにある「ごりょんさん」というのは、博多弁で、「おかみさん」とでもいう意味で、場所によっては酢醤油をかけるところも有るみたいですが、我が家では敢えて武骨に、削り節醤油のみをかけて食します。

で、この「おきゅうと」・・・ですが、拙稿でも、たびたび、採り上げておりますように、私が子供の頃は、博多では、いつも、早朝に「おきゅうと~に~アサリ~、おきゅうと~に~豆腐~」という独特の調子で、おばさんがリヤカー引いて売りに来てました。
声を聞くと、長屋のあちこちから、奥さん連中がぱらぱらと出てきて、それが各家庭の朝の食卓に並ぶ・・・と。
当時は、我が、下人参町に限らず、おそらく、博多じゅうで繰り広げられていた光景ではなかったでしょうか。
それが、時代が進んで、「福岡市下人参町」から「福岡市博多区博多駅前」に呼び名が変わる頃から、段々とそういう光景を見かけなくなり・・・、今や、遠い歴史上のことになってしまいました。
私としては何とも寂しい限りですが、考えてみれば、そういう光景が日常見られたのは、ほぼ、40年前くらいまでで、そう考えれば、我ながら、何とも遠いところへきたもんだなー・・・と。

で、思わず、一句・・・。

   「振り向けば 遠くへ来たり 四十雀」
                              梁庵平太

今でも、我が家では、私の誕生日には食卓に「おきゅうと」が乗ります。
数少ない、私が一家の主であることを確認できる行事です(笑)。
本当は、今夜はこれをおかずにしみじみと・・・と行きたいところなのですが、本日は、宮城県から友人が来るので、今から迎撃出撃(`´;)ゞせねばなりません(涙)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-10-30 17:46 | 地域 | Trackback | Comments(2)

「THIS IS IT」にみるマイケルは日本語で呼ぶのが相応しい
親愛なるアッティクスへ

ロンドンで開催されるはずだったマイケル・ジャクソンの最後のコンサートのリハーサル風景を映像化した「THIS IS IT」・・・、えらく、知人から「一見の価値有り」と進められましたので、ならば・・・と映画館に見に行きました。
私は、彼とは同世代人ではあったのでしょうが、正直言って、なぜ、彼が未だに、こんなに騒がれるのかは少し理解できません。
一時代を築いた・・・、一世を風靡した・・・と言っても、私が若い頃のことであり、昭和時代のことですからね・・・。

私の周りを見ても、ずっと、マイケルのファンで有り続けた・・・という人は皆無ですし、どちらかというと、「過去の人」・・・みたいな感じでした。
まあ、WHAM!シーナ・イーストンなどと一緒にするわけにはいかないでしょうが、私の認識では・・・(苦笑)。
(そういえば、マイケルのライバルみたいに言われていたプリンスというのも居ましたね。私は、さすがにプリンスよりはマイケルの方が好きでしたよ。すっかり、忘れてましたけど(笑)。)

でも、今朝、その映画の上映にあわせて世界中、本当に色々なところでイベントやってるのをテレビで見ましたが、これには、少し、違和感を感じましたね。
台湾はともかく、中国旧東側諸国なんて、当時はマイケル・ジャクソンなんて知りもしなかっんじゃないんですか?
まあ、それはさておき、それらの映像を見てると、マイケルは本当に「神」になったんだなぁ・・・という気がしました。

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で、それらを見ているうちに、「神」になったマイケルは、ある意味、日本語で呼ぶのが一番相応しい・・・という気になりました。

曰く、

   蹴る


それほど若くもなかった・・・かな?(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-10-29 08:54 | 時事問題 | Trackback | Comments(2)

野村監督退任にみる日本野球史相関性 後編
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

大選手として、また、名監督として、長く球界の中枢にいた野村克也氏は、それだけに、球史の多くに何らかの形で関与しており、曰く、西鉄黄金時代と鉄腕・稲尾和久投手を語るときはその好敵手として。
杉浦 忠投手の昭和34年の伝説を語るときには、その女房役として。
ミスタープロ野球・長嶋茂雄を語る上では、「長嶋が大輪のヒマワリなら俺は日本海に咲く月見草」という名文句で知られるように、たえず、意識してきた人として。
世界の本塁打王・王 貞治本塁打記録が語られるときには、記録の殆どを塗り替えられた前記録保持者として。

日本のプロ野球選手第一号三原 脩とはライバルチームの監督と選手として相対し、さらに昭和35年大洋ホエールズの優勝の折には、日本シリーズ対戦前に三原から直々に尋ねられ、川上哲治監督に率いられた巨人の9連覇を語る上では、対戦相手のパのチームの戦力分析を巨人の森 昌彦捕手に伝授した・・・etc。
また、野村再生工場の異名で知られるように、江本孟紀、江夏 豊から遠山奬志、山崎武司・・・まで、さらに、新人時代からさんの薫陶を受けたという点では古田敦也、田中将大・・・、更に言えば、スコアラーの祖・尾張久次氏を創設間もない西武ライオンズに紹介したのもノムさん・・・、果ては、「あぶさん」がプロ入りしたときの監督もノムさん・・・。

言えば、きりがないので、この辺で辞めますが、その監督としての経歴を見てみると、改めて、三原 脩という人と似てますよね。
ノムさんは初めて監督をやったのが昭和45年(1970年)の南海でのプレーイング・マネージャーのときでこのとき35歳
三原さんは、終戦間もない昭和22年(1947年)の巨人36歳
ともに、それぞれ、弱体球団を見事な手腕で優勝に導くも、球団との確執から「追放」され、三原さんは1年置いて、新興球団西鉄へと移り、ノムさんは13年の歳月を重ねた後、ヤクルトへ。
共にそこで4回の優勝3度の日本一に輝き、名将としての評価を確立する・・・と。

しかし、球団にとって、名監督というのは有り難い反面、持て余す存在でもあるようで、それほどの実績を積み重ねながらも引き留められることもなく、本当はその年限り・・・だったはずが、一転、二人とも日本一になったことから、慌てて球団に慰留され、もう1年やるも、結果は共に4位に終わり、晴れて退任・・・と。
でも、その名声を世間は放っておかず、ともに請われて、当時、お荷物球団といわれた阪神大洋へ。
ノムさんは阪神では結果を残せなかったのに対し、三原監督の方は1年目に大洋を前年の最下位から一転優勝に導き、「三原マジック」と賞賛されるもそこまでで、以後、二人とも優勝に輝くことはなかったものの、ノムさんは今年、お荷物球団・楽天を創設以来初の2位に押し上げ、三原さんもお荷物球団・近鉄を球団創設初の2位に押し上げた・・・と。
ノムさんが来期以降、楽天の名誉監督となるのに対し、三原さんはヤクルトの監督を最後に現場を退いて後は日本ハム球団社長として、初優勝を後方からサポートした・・・と。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-10-28 18:14 | スポーツ | Trackback(2) | Comments(2)

野村監督退任にみる日本野球史相関性 前編
親愛なるアッティクスへ

楽天の名伯楽・野村克也監督・・・・、ついに退任されましたね。
本人はまだ、現場の執着があったみたいですが、何せ高齢という表向きの事情と、1億5千万円という高額の年俸という本音の部分で、どうやら、事実上の現場からの完全引退・・・という雰囲気になってますよね。
もし、これで完全にノムさんの現場人生が終わったと仮定したとして・・・ですが、もし、そうならば、野村克也という人の偉大なる野球人生についても総括しておくべきではないかと思い立ちました。
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(↑ノムさんの故郷、丹後の日本海もこんな感じだったのでしょうか・・・。)

まず、ノムさんが南海ホークステスト生として入団したのが、2リーグ分裂から5年目の昭和29年(1954年)のこと・・・。
この年のプロ野球勢力地図を見てみると、日本一になったのは中日ドラゴンズで、対して、ノムさんが在籍したパ・リーグを制したのは、プロ野球選手第一号にして、巨人監督として実績を残しながらも「石を持て追われ」た智将・三原 脩に率いられて4年目で初優勝に輝いた新興球団・西鉄ライオンズ・・・。
川上哲治藤村富美男と言った戦前からのスター選手はまだまだ現役バリバリである一方、広岡達郎、吉田義男、豊田泰光、中西 太、山内和弘という若い力が台頭してきた時代でもあった・・・と。
この年のMVPは、セは「魔球フォークボール」セ・リーグを席巻した中日のエース・杉下 茂、パは三原 脩をして「ただひとりの天才」と謳わしめた青バットの大打者・西鉄の大下 弘
(ちなみに、この年、入団5年目の金田正一投手はすでに100勝(94敗)を挙げており、大投手への道を一直線に突き進んでおりました。)

その後、「松坂世代」ならぬ「野村世代」とも言うべき、長嶋茂雄、杉浦忠、仰木彬、近藤和彦同級生進学組が入団してきたとき、ノムさんはすでに前年に本塁打王を獲得しており、押しも押されぬパの看板打者のひとりとなっていた・・・と。
その後のノムさんの活躍は改めて言うまでもないことで、MVP5回、三冠王1回、8年連続本塁打王9回などなど、パを代表する強打者にして名捕手であり、さらに、監督としては日本一3回を含む優勝5回という名監督であったわけで・・・。
つまり、何が言いたいかというと、それら、長くプロ野球の中枢に居続けてきたことで、今や、誰かを語るときには必ず、何らかの形でこの人が出てくる・・・ということになっているということです。
言うならば、ノムさんの野球人生は日本戦後プロ野球史と大きく重なっており、ある意味、歴史そのものと言っても過言ではない・・・と。

明日・・・になるかどうかわかりませんが、とにかく、次回に続きます。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-10-27 18:03 | スポーツ | Trackback | Comments(4)

死語になった「マンガの読み過ぎ」と永井豪の世界
親愛なるアッティクスへ

明治日本の近代小説の祖・二葉亭四迷は、親に「作家になりたい」と言ったら、「くたばってしめぇ!」と言われたことから、筆名を、「くたばってしめえ」→「ふたばってしめい」→「二葉亭四迷」にしたという話を聞いたことがあります。
事の真実はともかく、四迷が作家を志した明治初期には作家なんてものの世間の認知度はその程度だったということなんでしょう。
さすがに、私が子供の頃には「小説」に対するそういう偏見はなかったようですが、当時、まだ少しそういう扱いが残っていたのが「マンガ」だったでしょうか。
(「マンガばかり読んでいるとバカになる」なんてことも言われてましたし。)

この点で、最近、つくづく思うことですが、昔は何かあるとすぐに、「マンガの読み過ぎ!」などと言われたものですが、これって気が付けば、見事に「死語」になってますよね。
マンガが世間に認知されるようになったのか、現実がマンガを追い越したのかはわかりませんが、おそらく、両方なんでしょう。
で、そのマンガですが、私が子供の頃、一番よく見た漫画家は誰か・・・というと、実は、神様・手塚治虫でも、天才・石森章太郎でも、奇才・赤塚不二雄でも、大家・藤子不二雄でもありませんで・・・、永井 豪さんなんです。

手塚治虫という人は私的には代表作と思える「どろろ」を初め、漫画史に残るエポックメイキング「鉄腕アトム」から、未だに売れ続けている「ブラックジャック」など、これでもかというくらい代表作が目白押しなのですが、ただ、どちらかというと、私よりは一世代上の人たちがのめり込んだ漫画家であり、私が小学校高学年くらいの頃は「手塚はもう終わった」と言われていたわけで・・・。
(参照:平太郎独白録 : ブラックジャックに見る人間万事塞翁が馬。

一方、師匠の石森章太郎氏はあれほどの多彩な作品を残されたものの、私的には少し器用貧乏の感があり、確かに、特撮やテレビアニメでは良く見てましたが、漫画でどれか一つ!と言われると少し考えないといけないんですよ。
また、赤塚不二雄氏については、「もーれつア太郎」辺りまでは好きだったんですが、代表作といわれる「天才バカボン」は少し下品な感じがして、あまり好きではありませんでしたし、藤子不二雄(A?B?)氏は、かつては「21エモン」などという大好きな作品もあったんですが、今では「ドラえもん」一色・・・という印象になってしまいましたしね・・・。

今になってみると、手塚翁は終わることなく復活し、「仮面ライダー」「人造人間キカイダー」はマンガとしての鑑賞度の高さが改めて評価されてますし、さらに、「ドラえもん」は記録的長寿作品になり、「天才バカボン」も未だ根強い支持があるようです。
しかし、それらは今だから言えることであって、当時は皆、そこまで意識して読んでたわけでもなく・・・。
その点、永井 豪さんのそれは、私が小学校高学年から中学生くらいまでの、ちょうど、昭和45年から50年くらいまでの「端境期」を見事に埋めた形になっており・・・。
ダイナミックで活き活きとして力強い線、そして、少しばかりエッチな絵とストーリーは独特の世界観を醸し出しており、ちょうど、その辺のことに目覚め始めた少年たちにとっては、まさにむしゃぶりつくようにして読んでましたね(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-10-26 00:55 | 文学芸術 | Trackback | Comments(0)

プロ野球、初の2位同士の日本一決定戦なるか? 後編
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

今回の野村克也監督同様、飛び抜けた実績を積むごとに「優勝請負人」として引っ張りだこになった分、報酬の方も一般的な監督の報酬からすると高くなっていたことがネックになっていったかつての名監督・三原 脩翁ですが、三原翁はこれに対して、「監督の給料は安すぎる」と反論していたとか。
曰く、三原翁は「私は監督として、それに見合うだけの仕事をしている」と・・・。
確かに、「当て馬」「ワンポイント・リリーフ」など、現在のプロ野球で見られる戦術大半を作った人だけに、ファンとしても、「三原が今度は何をやるのか?!」という采配の妙は十分に楽しめたはずで、その主張には説得力があります。

この点は、チームが優勝したりすると好成績を残した選手へもベースアップを図らねばならない以上、球団としてもやむを得ないところではあるのでしょうが、特に、楽天という球団は、採算ということに関してはシビアな球団であり、今、野村監督の給料は1億5千万円くらいだそうですから、創設以来初のAクラス入りした選手たちへ払う財源を確保するという意味に置いては、確かに、一番、手っ取り早いコストカットの対象なのでしょう。
ただ、監督やコーチの給料が安く押さえられているということの一つには、なり手はいくらでもいる・・・という、買い手市場になりがちな需給関係があるわけで、ましてや、三原監督の頃と違い、現代ではアメリカから安いコストでいくらでも外国人監督を連れてこられるわけで、その意味では、今後も監督の給料は著しいデフレ傾向にあるでしょう。

で、その楽天ですが、あっさり、日ハムに押し切られそうな気配になってきましたね。
ノムさん退任で士気が上がるチームの雰囲気からは、もう少し、健闘するかな・・・と思っていたのですが。
ただ、この点で、私が思ったのが、楽天はソフトバンクとのファースト・ステージから、先発投手は岩隈→田中、そして永井・・・という順番できましたけど、これは岩隈→永井→田中、もしくは田中→永井→岩隈ではなかったかと思うんですよ。
まず、ファースト・ステージを確実に勝つ・・・というのはわかるんですけど、楽天はすでにシーズン2位を手中にしている以上、日本シリーズに進出しない限りは、ファースト・ステージで敗退してもセカンド・ステージで敗退しても大差ないんじゃないかと・・・。

数年前、当時の西武伊東監督はファースト・ステージで涌井を使わず、敢えて、セカンド・ステージでの初戦のために温存したことから、結果的に3位のソフトバンクにファースト・ステージで敗退した・・・ということがありましたが、私はこれで良いと思うんですよ。
目的はあくまで日本シリーズ進出であり、ファースト・ステージ突破ではなかったわけですから。
そう考えるならば、今シーズン、ソフトバンクに5勝1敗(?)で相性が良かった永井が第二戦でも十分に勝ち目があったはずで、仮に落としたとしても第三戦で田中(岩隈)で勝てば良かったわけで、うまく行けば、セカンド・ステージの初戦から田中(岩隈)で行けたでしょうし。
やはり、1勝アドバンテージを持っているチームと戦う以上、初戦の持つ意味は大きいですよ。
まあ、野村監督の退任問題が影を落としたことは容易に想像付きますけどね。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-10-23 18:30 | スポーツ | Trackback | Comments(2)

プロ野球、初の2位同士の日本一決定戦なるか? 中編
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

中日は強い・・・という点ですが、実は私、今年、セ・リーグの試合は殆ど見てないんです。
その私が中日は強い・・・と思う理由、それは、個人成績のある部分に注目したからです。
まず、打点部門ですが、1位が中日のブランコ選手(110打点)で、こちらは本塁打王も獲得してますから、「打点は本塁打の副産物」・・・といわれる視点に立てば、特に驚くには値しないでしょうが、私が注目したのは2位が1打点差で同じく中日の森野将彦選手だったことです。
(森野選手の本塁打は23本ですから、いかに好機に打っていたかということがわかると思います。さらに中日からは6位に87打点で和田一浩選手もランキングされており、この三人で中日の全打点の半分以上を叩き出している・・・と。)
同様に、防御率のタイトルを見てみると、1位が中日のチェン投手(1.54)で2位も同じく中日の吉見一起投手(2.00)・・・。

で、なぜ、この部門に注目したかというと、本塁打打率というのは、必ずしも、チームの成績に貢献しませんが打点は確実に貢献します。
また、投手の最大の勲章である最多勝利投手はチームの成績には貢献するものの、反面、チーム事情に左右されるところが大きく、必ずしも個人の実力を表しているとは思えないことから、その意味では、打者に置ける打点と投手に置ける防御率というのは完璧ではないまでも、一番、信頼できうるデータである・・・と。

もっとも、両部門共に3位は僅差で巨人の小笠原道大選手(107打点)、ゴンザレス投手(2.11)であり、さらに言えば、打点は4位にラミレス(103)も名を連ねており、決して、巨人が見劣りしているわけではありません。
その証拠に、打率・防御率ともに巨人からはベストテンに4人がランキングされているのに対し、中日は両部門ともに2人しかランキングされておらず、つまり、打撃成績、投手成績ともにチームとしては巨人の方が圧倒的に優れているということだと思います。
ただ、得てして、短期決戦ではこういう全般的に優れているチームよりも、どこかの部門にだけ戦力を傾斜したチームの方が強いことがままあるわけで・・・。
落合博満という人は、現役時代、「終わってみれば三冠王を獲っている」というスタンスから、「帳尻合わせ」と言われた人ですが、采配でも、どうやら、「帳尻合わせ」に向けて、しっかりとシーズン中を戦っていたように思えますが如何でしょうか。

次に、野村克也監督の退任問題ですが、表向きは「高齢」ということのようですが、実際には野村監督の「高すぎる給料」がネックになっているそうですね。
この点で、思い出すのが、拙稿でもたびたび採り上げております、「智将」と呼ばれた名監督・三原 脩翁のことです。
三原監督も、「三原マジック」と呼ばれるほどの采配の妙で、野村監督同様に、優勝請負人と言われた人ですが、監督時代の最後の頃はその高すぎる給料が色々と取り沙汰されていたように記憶しております。

少し長くなってしまいましたので、続きは明日のココロだ~。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-10-22 08:29 | スポーツ | Trackback | Comments(2)

プロ野球、初の2位同士の日本一決定戦なるか? 前編
親愛なるアッティクスへ

「名にしほふ 杜の都の まぶしさよ 
    胸にしみいる 仙台のまつ」
    平太

秋ですね。
すっかり、いい風が吹いてます。
何年か前、仙台へ行った折り、青葉城跡から市内を眺めたときの句です。
ちょうどそのときも、何ともいい風が吹いてたことを思い出しました。
でも、どっかで聞いたような句のような気もしないでもないんですが・・・(笑)。

で、仙台といえば今日からいよいよ、球団創設初の日本シリーズ進出をかけて、野村克也監督率いる東北楽天クライマックスシリーズセカンド・ステージを戦うわけですが、実はここ最近、私、結構、忙しくしており、起稿をさぼってましたので、改めて、セ・パ共にファースト・ステージからの戦いも含めて触れてみたいと思います。

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(↑いつの間にやら今年の夏も終わりました。河畔に並べられた灯明です。)

で、まず、セ・リーグから言えば、ファースト・ステージ、私は、「ヤクルトでは巨人には勝てないが、中日は巨人に勝つかもしれない」と思ってました。
そして、おそらく、セカンド・ステージに進出するのは中日だろうと。
なぜなら、中日はおそらく強いですよ。

次に、パ・リーグですが、私は今の楽天の勢いからすると、十分に、楽天が勝ち上がる可能性はあると思っていますが、むしろファースト・ステージ前から興味深く見ていたのが、野村克也・老監督が今期限りでの退任を通告されたことの影響についてです。
私の感覚では、チームに貢献してきた監督が「今期限り」ということになったら、逆に、「よし、花道を飾らせてやろう」と思うような気がするのですが、実際には、やはり、「来年、居もしない監督」というのは見事に求心力を失うもののようで・・・。
実際、あれほど、選手からもファンからも人望を集めていたように見えたロッテのバレンタイン監督でも、今期、シーズン前に、「今期限り」と宣告されると、あっさりと成績低迷に終わったことには、私も、「やはり、バレンタインでも来期やらないとなると、これほど、求心力を失うものか・・・」という想いを強くさせられました。
さて、その点、野村監督はどうかな・・・と思っていたのですが、さすが、百戦錬磨のノムさん。
自らの退任をもって、選手に火を点けることに成功したわけで・・・。
まあ、この点は、長期戦と短期決戦の差や、他球団をお払い箱になった選手が多い、創立以来初の日本シリーズ進出を目前にした楽天という球団の特殊事情もあったと思いますけどね。

セ・パ共に考察の解説と続きは明日のココロだ~ということで、今日の試合結果は神のみぞ知る・・・(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-10-21 18:18 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

今さら虚しい気がする羽田・成田のハブ空港論議
親愛なるアッティクスへ

e0027240_1533873.jpg実は、私、先頃、仁川国際空港へ行ってきたのですが、その折、一人で国際線のフライトボード(←)を見ていたところ、何だか、とても哀しい気持ちになりました。
「もう、成田はダメだな」と・・・。

で、思ったのですが、「であれば、韓国だ日本だと言ってないで、東アジアという視点から見れば、日本はハブ空港に限っては、いっそ、それを放棄し、仁川に一本化した方が良いのではないか」・・・と。

私が、そこまで思ったのは、このボードの中に、福岡空港はともかく、成田へは周航さえしていないはずの大分空港北九州空港の名前を見つけたからです。

私も、何度か、成田空港に行ったことがありますが、成田空港が想定しているのは関東近郊、もっと言うなら東京からの出発だけなんですよね。
つまり、成田までは来たければ自力で来い・・・、来た奴だけを乗せてやる・・・と。
だから、たとえば福岡空港から成田空港に行こうとしても、JAL、ANA併せてもわずかに一日5本程度しか出ておらず(おまけにこれがまた妙に時間が被っており実質は一日2~3本というところでしょうか。)、これでは国際線との乗り合わせが非常に悪く、5時間くらいの待ち時間になることはザラです。
(そのため多くは一旦、羽田まで移動して、羽田から帰ることになります。)
福岡空港でさえ、そんな具合ですから、ましてや他の地方空港は推して知るべし・・・というところでしょう。
対して、仁川へ乗り入れている日本の空港は関空・中部・成田を含め27・・・。
つまり、ご丁寧にも、地方にやたらと空港を作ってきたことが、成田の地方空港冷遇と相まって仁川の地位確立に貢献してしまった・・・と。
私が哀しくなった理由がおわかり頂けるでしょうか。

これでは、いくら羽田が充実しても、少なくとも九州から仁川への流れは変わらないでしょうし、それに、そもそも、福岡からへ向かうならともかく、へ向かうのに、どうして一旦、成田まで行かなければならないの?というのもかねてより釈然としないことだったわけで。
                                          平太独白
by heitaroh | 2009-10-17 18:01 | 時事問題 | Trackback | Comments(2)

オーナー経営者とサラリーマン経営者、どちらが是か非か
唐突ですが、オーナー経営者サラリーマン経営者というのは、果たして、どちらかが良いシステムなのでしょうか?
オーナー経営の欠点とは、言うまでもなく、何代にも渡って優秀な人物が輩出されるという保証がない・・・ということでしょうが、一方で、サラリーマン経営の弊害は自分の任期中のことしか考えないことにあると思います。

確かに、歴代の徳川将軍全てが皆、家康並に優秀であったわけではないこと一つを見ても、そのことを如実に物語っているわけですが、一方、サラリーマン経営の弊害にも好例があります。
それこそ、日本を初めとする民主主義国家の行き詰まりでしょう。
(「歴代、有能なTOPを輩出し続けるということの難しさ」は歴史が証明していますが同時に、「有能で、自分の痛みを気にせず滅私奉公で行動するTOP」の登場に期待する・・・というのも、まあ、理屈ではその通りなのですが、これまた、現実的ではないことも歴史が証明しているようです。)
では、どちらが好ましいシステムなのか・・・と言われれば、これら二つのシステムは、良い悪いとかではなく、本来、うまく組み合わせて使うべきものなのだろうと思います。
(その好例が、かつての三井家のように、オーナーはオーナーとして存在しながらも、「君臨すれど統治せず」で実際の経営は有能な番頭の中から、一番、相応しい者を選び任せる・・・というものでしょう。)

では、日本におけるオーナーとは?と考えてみると、もっとも適当なのは天皇でしょう。
であれば、絶対君主制にしろとは言いませんが、少なくとも、もう少し戦前のようにもう少し、諮問権くらいあってもいいのではないでしょうか?
天皇が象徴などになってしまったから、(元々、象徴なんでしょうが。)歴代内閣が、国債魔法の財布代わりに使うという無責任の構図が出来上がって行ったわけで・・・。
(「使うときは自分で、払うときは他のやつ」なんて、こんなうまい話はないでしょう。)

元々、赤字国債というのは憲法で禁止されていたのを昭和40年不況の時に福田赳夫さんが使えるようにしたと聞きました。
つまり、パンドラの箱を開けてしまったんですね・・・。
さらに、中曽根康弘内閣のときには償還期限が来た物を、そっくりそのまま新たに国債を再発行してツケを後の代に回しましたよね。
まあ、中曽根さんにしてみれば、「そんな、前のやつが作った借金、何で俺が払わないといけないの?」というところだったでしょうが、でも、サラリーマンである首相と違い、オーナーである天皇に任期はないわけで、その意味では、本来なら、天皇も、「福田が緊急時というので赤字国債の発行を許したが、中曽根は償還する気はないのか?この後の返済計画をどう考えているのか?」くらいのことは言ってもよかったんじゃないですか?
明治天皇だったら言えたんでしょうが、象徴が本当に象徴になっちゃうから、ああいう無責任なことになってしまうわけで・・・。
                            平太独白
by heitaroh | 2009-10-15 19:24 | 経済・マネジメント | Trackback | Comments(8)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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