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ONの時代に想う虚像と実像と力道山伝説
親愛なるアッティクスへ

以前、NHKで「シリーズ ONの時代」というのをやってましたが、ご覧に成りましたでしょうか?
2回シリーズで、先日は、その「第1回スーパーヒーロー 50年目の告白」というものでしたが、やはり、我々の世代は、別に巨人ファンで無くとも、王 貞治長嶋茂雄と言えば、少年時代に一時代を築いた人・・・という意味で、少し特別な思いがこみ上げてきますね。

ちなみに、当時、王と長島というのが、どれほど、子供たちの間に行き渡っていた存在だったかというと、昭和47年頃だったと思うのですが、ある子供向けSFドラマで、日本とそっくりだけどまったく違う異次元世界の「統制国家日本」に来てしまった子供たちが、お互いに本当に仲間かどうかを調べるのに、「ONの背番号は?」というのを合い言葉代わりに尋ねていたことからもわかるでしょうか。
(さらに、私も、幼稚園の時に、具体的に王と長島を知っていたわけでもないのに、ただ、名前の響きだけで、どちらが良い打者なんだろう・・・と考え、結局、結論が出なかった記憶があります。)
で、このドキュメンタリーで、二人とも、「天才長嶋」と、「努力の王」というそれぞれに貼られたレッテルについて、まったくの虚像だった・・・ということを言っておられましたが、この点は、拙稿でも、これまで、たびたび採り上げてきたことで、プロとして虚像を演じ続ける・・・というのは大変だったでしょうが、当時は割と「有り」の話だったようにも思います。
この点は、以前からたびたび、ご紹介申し上げました元西鉄ライオンズ豊田泰光翁の著書で言っておられたことがあります。

力道山のプロレスはスポーツ興行として出色だった。あれほど大衆に受けたのはかつての敵国アメリカから来たレスラーを敵役とするなど、時代背景を巧みに利用した仕掛けもよかったのだが、やは、り力道山という人のショーマンシップが効いていたのだと思う。
 力道山とは飲み屋で一緒になることもあった。よくよくみていると、彼はどこでも周囲の目を意識していて、たとえばビール瓶のフタを開けると、あっという間に指で平たくし、四つに裂いてしまう。それで店の女の子の気を引いたりするのだが、私もそのタネは知っていた。昔はそういうマジックの小道具を扱う店があり、柔らかい鉛製の 「アサヒ」やら「キリン」 のフタがあったのだ。
 力道山でなくても、ぺちゃんこにできるわけだが、常に人の目を引きつけ、常人ではないというところをみせておくことが大事なのだ。ちまたで「人間」 の部分をみせてはいけないという力道山の姿勢こそショーマンシップの基本だ。
 博多中洲のあるクラブ「会員以外お断り」と言われた力道山が、閉じられたドアをやおらはずして、中へ、というシーンをみたこともあった。一緒にいた私は怖くなり、逃げ帰ったが、あれはやらせなしの 「ガチンコ」だったか、伝説作りのための種まきだったか。
 本当のショーマンは隠すところは隠し、見せたい自分だけを見せる。力道山は公私にわたって力道山だった」

ついでに言えば、豊田さんという人は現役時代、随分と肝が据わったプレー勇名を馳せた方ですが、こういうときはしっかり逃げるんだな・・・と(笑)。
私のような、肝が据わってない人間に限って、妙に、見捨てて逃げたりしないもので、結局、後で一人、馬鹿を見るという・・・。
これはこれで、考えさせられる話でした。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-09-25 08:08 | スポーツ | Trackback | Comments(4)

酔った勢いで書いたオバマの演説原稿書くならこれの論理
e0027240_18184583.jpg「極めたと
 思うた道の
  向こう側」

    梁庵平太

まだまだ、道は遠い・・・(笑)。

(←眺めが良いと言えばよかったのでしょうが特に何があるわけでもないのに・・・。秀吉を詠んだ名護屋城の句を思い出します(笑)。)

ところで、以前、オバマ米大統領の就任式での演説原稿が日本でも話題になりましたよね。
あの原稿を書いたスピーチライターのジョン・ファブローという人はまだ27歳だと聞きましたが、実は、あのとき、私は世間の評判ほどには、あの演説(原稿)がそれほど素晴らしいものだとは思いませんでした。

で、この連休中、酔った勢いで、さわりだけ作ってみました。
オバマっちの「イエス・うぃー・きゃん」を思い浮かべながらどうぞ(笑)。
以下、開陳開陳・・・。

「私は誰だ?
そう、世界はもう知っている。

私は聞きたい。
君たちは誰なんだ・・・と。
君たちは皆、自分が何者なのか知っているのか?
知っていたら教えてくれ、一体、何者なのかを。
私は言おう。
我々は、まごうことなき同じ人間なのだと。

頼みたいことがある。
皆、今、この瞬間、傍にいる人を、あるいは、自分を、見つめて欲しい。
種という点で、人間として、何か違いがあるのだろうか。
皆、多少の違いはあっても、肉があり、骨があり、そして、一人一人に人間としての意思がある。

残念ながら、人間が生きている限り、世界から争いは無くならないだろう。
だが、お互いに、もう少しだけ、ほんのもう少しだけ、寛容になってみることは出来ないだろうか。
我々は見た目は皆、それぞれ多少違うかもしれないが、まごうことなく、同じ人間なのだから・・・・」
・・・続く。
(飲んだら、こういうときに集中力が続きません(笑)。)

とまあ、与太話はこれくらいにして、本日の本題です・・・と行くつもりだったのですが、どうやら、余計なことばかり書いていたおかげで時間が無くなってしまいました(汗!)。
ということで、本日のお題はまた明日・・・ということで、平に・・・(笑)。
                          平太独白
by heitaroh | 2009-09-24 00:17 | 私小説 | Trackback | Comments(2)

19世紀型力の論理を普遍の法則と信じる事の危険 その2
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

まず、昨日、「19世紀型 力の論理」とでもいうような考え方を人類普遍の論理と思っている人が意外に多い・・・ということを申し述べましたが、これは特に、司馬遼太郎小説愛好者に特に言えることのようですね。
確かに、それが国家間の底流に流れるベースであるという点では私も異論はありません。
しかし、同時に人間世界という物は、その時々により形を変えていく物であり、今までが一定だったからと言って、これからも変わらないということでもないと思います。
ちなみに、この点は、かねてより、平太郎独白録 : 幕末のアイドル竜馬ならぬ坂本龍馬の実相などで、「司馬遼太郎という人の、あまりにも良い仕事をしすぎたがゆえの弊害」として指摘してきましたが、しかし、司馬さんが、その作品で舞台にした多くは19世紀以前の話であり、司馬さん自身にしても、主に健筆を振るわれたのは「東西冷戦」の時代ですから、その辺は、少し勘案してあげる必要があるのかな・・・と思います。

さらに、中国のような覇権主義的な体質を持つ大国が地球上から消えて無くなれば世界は平和になるかと言えば、この点は、これも同じく、平太郎独白録 : ムンバイ同時多発テロに見る木星と土星の効用で述べたように、「中国インドというのは日本にとっては、地球に置ける木星土星のようなものであり、木星土星という巨大惑星が太陽系の外周部にあることにより、地球に隕石が降り注ぐことを防いでくれているように、中国インド、それにロシアなどという大国は周辺の中小国家にとっては脅威であると同時に、一方では狂信的原理主義者からの防壁でもある」とも思うのです。

この点で、8月に放送された、NHKの「追跡!AtoZ」という番組の「ニッポンは勝ち残れるか 激突 国際標準戦争」という特集を見て、改めて、私なりに思ったことがあります。
1995年WTO発足以降、国際標準が輸出や政府調達の条件としてルール化されたことで、今や、国際標準は国家間の「特許」のような効力を持つようになっているのだそうですね。
国際標準にするかどうかを決めるのは、一応、各国の投票だそうですが、これに対し、欧州、特にドイツはこの標準化を独占することで莫大な利益を得ることを国策としているようで、事実上、この面でのヘゲモニーを握っており、露骨に、日本の国際標準獲得を排除しようとしているようでした。
その上で、私が注目したのは、国際標準化機構、すなわち、ISOの本部はスイスジュネーヴにあるという事実です。

これすなわち、ドイツは国際標準策定に当たっては地理的にも有利であるということを意味しており、であれば、そういう世界公的機関本部が主にどこに置かれているかを改めて考え直してみる必要があると思うのです。
そう考えれば、アメリカとヨーロッパは近く、アジアは遠いということなんでしょうが、であれば、全面的に依存しないまでも、場合によっては、日本は中国と組んでアジア発言力を高めていかなければならないという現実にも直面しているのではないでしょうか。
私にそう思わせたのは、この番組で採り上げられていた日本企業の国際標準審査が、最後はドイツまでが賛成にまわって取得に至ったことについて、「なぜ?」と問われたときの識者の言葉。
「中国が味方してくれたことが大きい。残念ながら、日本にダメという国はあっても中国にダメという国はないのが世界の現実です」・・・と。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-09-19 18:50 | 国際問題 | Trackback | Comments(4)

19世紀型力の論理を普遍の法則と信じる事の危険 その1
親愛なるアッティクスへ

昨日は久々に敬愛する大先輩様と喫茶店で待ち合わせし、二人でジャスミンティーを飲んだ後、日本国際連合協会福岡県本部主催のセミナー、[日中経済関係を中心とする地域情勢]という講演を拝聴してきました。
講師は外務省アジア大洋州局中国・モンゴル課日中経済室長である小川正史という人でしたが、同行したその筋に詳しい先輩によると、「外務省内の中国問題の第一人者」とのことで、となれば、さすがに第一線に居られる方だけあって、なかなか含蓄に富んだ講演でした・・・と言いたいところですが、実はワタクシ、始まると同時に激しい睡魔に襲われ、ここで寝たら高尚たる先輩様に叱られる・・・と思い、何とかして耐えている途中・・・、ふと、傍らの先輩様の方を見ると、何と先輩様はすでに白河夜船・・・。
ここで、心が折れました(笑)。

結局、講演の後半は見事に寝てしまい、「質疑応答」の時間になって、ようやく目が覚めたのですが、司会者の方が「質問のある方」といくら促しても誰も手を挙げない・・・。
これでは講師の方にあまりにも失礼だろう・・・と、やむなく、たった今まで寝ていた私が手を挙げたのですが、横にいた先輩様は、「こいつ、殆ど寝てたくせに・・・」と、目を白黒(笑)。

で、私は、おもむろに、「中国の成長率は7.5%とも8%とも言われていますが、そもそも、中国の統計はどこまで信用して良い物なのでしょうか?特に、リーマンショック以降、アメリカを意識するあまり、少し大本営発表になっているようにも思えますが・・・」という内容のことを尋ねました。
すると、講師の方も苦笑いで、「確かに、痛いところを衝かれました。統計データが違ってくると、すべての論点が変わってきますからね」と(笑)。
で、その後の答えを要約すると、「やはり、中国の地方政府が上げてきたデータをすべて集計すると、中央政府が発表した統計を超えてしまうようなことになる。しかし、国家統計局が出してきた数字に関しては、比較的、信用度は高いようだ。我々も、その辺は計算に入れて対応している」とのことでした。

で、私が手を挙げた後、ぼちぼちと質問が出るようになったのですが、その中で、どなたかが「外交とはパワーゲームである」という観点に立ち、今後の日中摩擦について質問されたのですが、(正直、質問が難しすぎて、大半が私にはわかりませんでした。)これを聞いて、私なりに少し思ったことがあります。
まず、ひとつは「19世紀型 力の論理」とでもいうような考え方を人類普遍の論理と思っている人が意外に多いことです。

で、次に・・・と言いたいところですが、残念ながら、ぼちぼち、浮き世のしがらみに戻らなければならなくなってしまいました。
続きは明日・・・ということで。

追伸、 帰宅して、ふと、そういえば、昔、「ジャスミンティーは~ 眠り誘う薬~♪」なんて歌があったのを思い出しました。
「眠り誘う薬・・・、あ、これが我々の敗因だったんだ」・・・と(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-09-18 17:43 | 国際問題 | Trackback | Comments(5)

鳩山内閣発足に見る御輿の論理とOOO
親愛なるアッティクスへ

本日午後、衆参両院で首相指名選挙が行われ、民主党の鳩山由紀夫代表の第93代内閣総理大臣就任が決まったとか。
で、今夜、正式に鳩山内閣が誕生するそうですが、この政権については小鳩内閣などと揶揄されるように剛腕で知られる小沢一郎幹事長の存在が際だっているようですね。
(思わず、かつて、角影内閣とか、田中曽根内閣などという言葉を投げかけられた政権があったのを思い出しました(笑)。)
これについては、先日も、麻生太郎前総理の祖父・吉田 茂元総理から政権を奪ったのは鳩山新首相の祖父・鳩山一郎元総理であり、この鳩山一郎政権の実質的オーナーと言っても過言ではなかったのが、大物・三木武吉翁・・・ということは申し上げましたよね。
その意味では、鳩山政権とは大物に担がれることを選択した政権という風にも言えるわけで、これは単に歴史は繰り返す・・・というようなものではなく、あるいはDNA家訓のようなものがあるのかもしれません。

もっとも、私はこの「御輿に徹する」という選択自体は、決して悪くない、十分に「有り」の権運営手法なのだろうと思います。
(かつて、小泉純一郎元総理が「丸投げ」などと批判されたことがありましたよね。この点は、まあ、理想を言えば、一国のトップとなるような人はすべての分野に、すべてに置いて秀でていることが望ましいのでしょうが、現実世界ではそういうユリウス=カエサルのような人は希で、そういう人物の登場を待ち続けるというのは、国民生活、国家運営という上では決して現実的ではあるとは言えません。カエサルの跡を継いだオクタヴィアヌス、後のアウグストゥスが自らには軍事部門の能力が欠如していることを認識し、この部門をアグリッパという有能な盟友に託したことがその好例でしょうか。)

ただ、御輿というのは口で言うほど簡単なことではないんですよ。
一番最悪なのは御輿が担ぎ手にライバル意識を持つこと・・・。
最初は納得ずくで任せていたのに、次第に大番頭の声望が高まるに連れ、「あの野郎!社長はあくまで俺なんだぞ!」となるのが好例でしょうか。
(かつて、海部俊樹総理(当時)は記者会見で「小沢幹事長」にばかり先に質問が行くのを見て、たまりかねて、「先に総裁に聞くようにしてください」と言ったことがありましたが、「御輿」というのは、時にはこういう扱いにも耐えなければならないということを意味しているわけです。)
さらに言えば、当然、他の重役たちも大番頭ばかりが目立つのは良い気がしないでしょうから、事あるごとに、大番頭の悪口を吹き込むことも考えられるわけで・・・。
この点が、あくまでリーダーに重心がある「丸投げ」との相違だと思います。

で、結論を言えば、安倍晋三元総理の祖父・岸 信介元総理は(ややこしい?(笑)。)、総裁選だったかの折、「俺は御輿だ。御輿がうまく舞うかどうかは担ぎ手の君たち次第だ。さあ、良いようにしてくれ」と言ったと聞いていますが、この言葉こそ、「御輿に徹する」という言葉の意味を端的に表したものだと思いますが、さて、如何でしょうか。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-09-16 19:05 | 政治 | Trackback(1) | Comments(2)

イチロー選手、大リーグ史上初9年連続200安打達成!
親愛なるアッティクスへ

米大リーグ、マリナーズのイチロー選手、ついにやりましたね。
大リーグ新記録となる「9年連続200安打」達成・・・ですよ。
それにしても、タイ記録で並んでいたウィリー・キーラーという人が8年連続を記録したのが、1894~1901年と言いますから、日本で言えば、明治時代、日清戦争を経て日露戦争へ向かう頃の話ですよ。
対象となる記録が100年以上前なんて、改めて、イチローの偉業の偉大さと、そして、大リーグというものの奥行きの深さを感じさせますね。

それはさておき、イチロー選手はレンジャーズとのダブルヘッダーの第一試合に二塁打1本を放ち、残り1本として迎えた第二試合・・・。
二回の第2打席、レンジャーズの先発左腕ホランドの148キロの外角直球を流し打って遊撃手の深いところへゴロを転がすと、遊撃手が捕球したときにはもう、イチローはベースを踏む寸前まで来ており、遊撃手はあっさり送球を断念。
これで、内野安打となり、ここにこの大記録が成立・・・。
まあ、達成はほぼ確実だろうとは思ってましたが、最近も肉離れなどがあったばかりですから、この記録だけは達成できて、私もホッとしました(笑)。
(人間、誰しも明日のことはわからないわけで・・・。)

で、イチローとしては、これは今季55本目の内野安打だったそうですが、まあ、見ている方としては本音を言えば、糸を引くようなライナーで決めて欲しかったような気もしましたけどね(笑)。
(もちろん、やってる方はそれどころではなかったでしょうが・・・。)
この点で思い出したのが王 貞治前福岡ソフトバンク監督の巨人での現役時代のこと・・・。
対戦相手がどこだったか忘れましたが、どん詰まりのポテンヒットサヨナラ打を打った王選手、試合後のヒーローインタビューに呼ばれ、少しばつが悪そうにするかと思いきや、王さん、あまりにも晴れ晴れとしている・・・と。
で、インタビュアーから、「あまり、良い当たりではありませんでしたが・・・」と言われると、「いえいえ、たとえポテンヒットでも公式記録上はただ『安打』としか記録されませんから」と、胸を張って答えていたことがあったのをふと思い出してしまいました。
大打者にとって、たとえ形はどうであれ、立派な自分の記録を形作っているピースの一つであることには違いないわけで、同じように可愛い・・・ということでしょうか。

ついでに言えば、王さんの現役時代の監督にして、巨人の4番打者の先輩でもある川上哲治元巨人監督は、現役時代、「弾丸ライナー」と呼ばれた快打を連発し、打撃の神様と言われた人ですが、さすがに選手としての晩年になってくると、かつての快打は影を潜め出し、野手の前にポトンと落ちる「テキサスヒット」ばかり打つようになったことから、「テキサスの哲」などと呼ばれるようになった・・・とか。
それらを考えれば、安打の形など、無事、イチロー選手の偉業が達成されたことを思えば、五体満足で生まれてきたようなものでこの際、贅沢は言わないことと致しませう(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-09-14 18:21 | スポーツ | Trackback(1) | Comments(6)

吉宗の「国富て民貧す」と宗春の「民富て国貧す」の是非
親愛なるアッティクスへ

享保の改革で知られる八代将軍徳川吉宗に対し、尾張藩第七代藩主徳川宗春は、それを真っ向から否定するような政策を打ち出したことで知られていますよね。
質素倹約、質実剛健を旨とし、大奥リストラし、自らも質素な服をに身を包み、食事の品数を減らすまでして国家財政立て直しに奮闘した吉宗に対し、宗春は、「消費を抑制することは国民生活を苦しめ、結果的に財政再建に逆行する」として、名古屋城下遊興施設を誘致し消費拡大政策を採る・・・。
二人の主張は、今日でもどこかで聞いたような話にも聞こえますが、これは、どちらが一方的に正解で、どちらが一方的に不正解という類の物ではないように思います。

すなわち、民主制というのは、とかく、選挙民からの支持を得るために国民の歓心を買おうとする傾向があり、その結果、「民富て国貧す」となりがちであるのに対し、独裁制というものは、基本的に民意というものを顧みる必要がないことから、「国富て民貧す」という可能性が高くなるわけで、この辺は我々の生活が貧窮するのも困るものの、バラマキの挙げ句に国家財政が破綻するというのも、結果的に我々の生活に大変な災厄をもたらすということを考えれば、表裏一体、自己矛盾のジレンマと言っても良いのかもしれません。

ちなみに、吉宗は紀伊家の四男から将軍に登り詰めた人ですが、宗春も尾張家の十九男として生まれており(吉宗が12歳年長。)、これは普通は家督を継ぐことなく、他家に養子に出るか、そうでなければ一生を厄介者として生きることを宿命づけられていた存在であり、それが、将軍尾張藩主になったわけですから、当初、吉宗は自分と似た経歴のこの分家の当主に親近感を持ってこれを迎えたと言われています。
しかし、尾張藩主となった宗春は、紀伊家出身のこの将軍が気にくわなかったのか、あるいは厄介者であった頃に吉宗の財政再建のための緊縮財政による庶民の窮乏を目の当たりにしていたこともあったのか、吉宗の政策を真っ向から否定するような消費拡大策を打ち出します。

これにより、少なくとも名古屋城下に限っては、倹約令で停滞していた街は活気を取り戻しますが、当然、将軍吉宗としては容認しがたい話であり、宗春が参勤交代で江戸へ下った際には詰問の使者を差し向けています。
このとき、宗春は、一応、上意として受け賜ったものの、尾張藩主と幕吏という立場に戻った後は整然と反論し、使者を黙らせたと言いますから、単なる吉宗への当てつけなどではなく、彼には、それなりの自分の政策に対する理論的裏付けがあったように思えます。
しかし、この路線対立の結末は宗春の一方的敗北で終わります。

消費拡大によって経済の活性化を図るという政策は、どうしても爛熟退廃の気風に繋がりやすいもののようで、尾張藩のモラル低下も目に余るものとなった上、消費刺激策という名のバラマキを続けてきた結果、藩財政はついに破綻
バブル崩壊により財政赤字に転落したことから、庶民に増税を課したことで民衆の支持も失い、頃合い良しと見た吉宗は、将軍家との対立を案じていた尾張家重臣団と呼応しクーデターを敢行、宗春は失脚に追い込まれました。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-09-11 08:28 | 歴史 | Trackback | Comments(2)

「エル・スール 我が心の博多そして西鉄ライオンズ」に号泣寸前
先日、私が1歳の頃・・・、つまり、昭和37年(1962年)のクイズ番組があってたので、まあ、見るとも無しに見ていたところ、回答者が、「犯罪の低年齢化少年法の改正を・・・」と言っていたのには、思わず、苦笑してしまいましたね。
映画「ALWAYS三丁目の夕日」などでは、あの時代は「良いことばかりの時代」として描かれてますが、あれはあくまで娯楽映画であり、ドキュメンタリーのつもりで見るのはとんでもない誤解を生じさせますよ。

で、昨日、友人を誘って、「エル・スール ~我が心の博多そして西鉄ライオンズ~」という舞台を見てきました。
西鉄ライオンズ全盛の昭和30年代前半の博多が舞台の演劇で、全編、博多弁で語られるというのを知り、場合によっては東京まで見に行こうか・・・と思っていたところ、昨日一日だけ、福岡で開演されるということでしたので、万難を排して行ってきました。
で、見た感想は・・・というと期待以上・・・、もう、120点でしたね。

e0027240_1216337.jpg

普通、昭和30年代の博多を描くときには、当時の博多駅前、いわゆる「博多」と呼ばれる地域が舞台となるんですよ。
博多祗園山笠の舞台となる地域と言えばわかりやすいでしょうか。
それが、この作品は、光が当てられることは少ない当時の博多駅裏、今の博多駅前が舞台となってるわけで、そこにあったのは、まさしく私の誕生前夜の我が地元、下人参町界隈の世界以外のなにものでもなく、それだけに最後の方で、博多駅移転土地区画整理が進む中、「皆、おらんごとなる(いなくなる)」と主人公が言ったときには、もう、私は滂沱の如く・・・状態であり、あと少しで不覚にも嗚咽を漏らしてしまうところでした。
(私はかねてより申し上げておりますように、この作品の舞台となった、当時の末広町の隣の「下人参町」で、西鉄ライオンズ三連覇の3年後に生まれました。で、調べてみたら、詳しいのも道理、プロデューサーの岡田 潔という人は私の小学校の先輩でした(驚)。)

中には、ハラハラするような表現や、決して賛美できないような人たちも出てきましたが、これは良い悪いではなく、まさしく、当時の現実なんですよ。
犯罪発生率は今より高かったわけですし、私の父に言わせると「近所にはヒロポン中毒だらけ」という世界だったそうで、要は劇中でヒロインも「ヒロポンでもやらないとやってられない」と言っていたように、「ヒロポン中毒かアルコール中毒にでもならなければやってられない」ような世の中だったということでしょう。
(私も、アル中くらいなら別に珍しくなかったですよ。)
ということで、日程が合えば、東京までもう一度見に行こうかな・・・とさえ思わせる素晴らしい作品でしたね。
                                         平太独白

by heitaroh | 2009-09-09 08:21 | 文学芸術 | Trackback(1) | Comments(0)

張本勲の歯と夏
親愛なるアッティクスへ

イチロー選手のメジャーでの活躍は知らぬ人がいないのででしょうが、まあ、昔と今ではトレーニング方法からケアから何から、比較にならないくらい進歩してますから、昔のケースと当てはめるわけにもいかないのでしょうが、この点で、少し思うところがあります。
と言っても、ご多分に漏れず、昭和55年頃に聞いた話ですが・・・(笑)。

まず、野球選手、特に、打者というのは一流選手になればなるほど、「歯」ガタガタらしいですね。
それは、打つ瞬間にグッと歯を食いしばるからだそうで、具体的な数値は忘れましたが、その時、歯にはもの凄い荷重がかかっているとのことでした。
で、野球選手はそれを試合から練習から、毎日、もの凄い数を繰り返すわけですから、おかげで、現役を引退した頃には強打者と名が付く人たちは殆ど歯は酷い状態になっており、打撃の神様と呼ばれた川上哲治元巨人監督などは、30代にして、殆ど、総入れ歯だった・・・と。
それらプロ野球の強打者の中で、引退後も独り、ピカピカの歯を持っていたのが先頃、イチロー選手に最多安打記録で抜かれたことでも知られる張本 勲氏なのだそうです。

なぜ、張本氏が独り、健康な歯を保っていられたのかというと、彼は現役時代、とにかく、歯を磨いたのだそうで、曰く、「野球選手が成績を残せるかどうかは、暑い夏場夏バテせずに乗り切れるかどうかにかかっている。そのためには、たくさん食べることが大事。それが、食欲のない時期に歯が悪かったら食べる気がしなくなる」・・・と。
そのため、張本氏は、パーティの席でだろうが、人との会食の席だろうが、いつもポケットには歯ブラシセットを入れており、食事が終わると、人前も構わず、その場でゴシゴシ磨いたとか。
(もっとも、歯は磨きすぎても削れるから良くないと聞いてますので、それ自体が本当に良いかどうかはともかく、注目すべきは彼のそのプロ意識についてでしょう。)

張本氏は、その言葉を裏付けるように、現役時代はスロースターターとしてしられていたそうで、これは普通、選手は皆、開幕戦に向けてピークになるように仕上げてくるのに対し、張本氏は敢えて、投手がバテ始める初夏辺りにピークを持ってくるように調整していたからだそうです。
そのため、開幕当初はあまりパッとしなくても、夏が近づくにつれ、どんどん調子が上がっていき、終わってみれば打いつも撃成績の上位に位置しているという・・・。
(現役生活23年中、打撃ベストテン入りは17回。日本タイ記録)
その積み重ねが、氏を、日本プロ野球史上唯一の、通算打率3割・300本塁打・300盗塁や、通算3000安打・500本塁打を記録した選手に押し上げたことを思えば、たかが「歯」とはいえないのでしょうね。
もっとも、今はおそらく、マウスピースなど器具の充実や、当時とは比べものにならないほどに進歩したケア知識などがあるのでしょうから、もう、その必要はないのかもしれませんが・・・。                                         平太独白
by heitaroh | 2009-09-08 08:47 | スポーツ | Trackback | Comments(4)

イチロー2000本安打達成にみる沈まぬ太陽の理
親愛なるアッティクスへ

イチロー選手、ついにメジャー通算2000本安打達成!!ですね。
イチロー選手がアメリカに渡る前年に、私がアメリカに行ったときには、向こうにいる親戚は、「日本人のメジャーリーガーなんて、こっちじゃ誰も知らない」などと、明らかに「格下がたまたま通じただけ」みたいな感じで言ってましたが、日米通算ではなく、メジャーだけで2000本、しかも、年間162試合を採用した1961年以降では最速記録ですから、もう「たまたま」などとは言わせませんよ(笑)。

これで、ついに大リーグ史上初となる9年連続シーズン200安打まであと5本と、こちらも、いよいよ射程に入ってきたわけですが、私的にはこちらの方が待望感が大きいですね。
だって、2000本安打達成はスピード記録があるにせよ、来年でも達成できるのでしょうが、連続記録は途切れてしまえば、また、最初から積み上げなければ成らないわけで、特に今年はワールド・ベースボール・クラシック(WBC)での限界説に起因する胃潰瘍により、開幕から8試合欠場というハンディを抱えてのそれだったことを思えば、プレッシャーに屈することなくこういう大記録を達成してしまうあたり、本当に凄い選手だと思いますね。

その意味では、彼を見ていると、この先も、永遠に数々の記録を塗り替えていくのではないか・・・と期待させる「沈むことなき太陽」のようにも思えますが、この点ではちと気になることがあります。
それは、往々にして、年寄りはある日突然、衰える・・・ということ。
これは、実年齢のこともながら、どういうわけか、選手としての年齢についても言えることのようで・・・。
すなわち、イチローは、選手としては、明らかに「晩年」に入りつつあるということは動かせない現実であり、こういう、選手年齢が高くなってきた後に大活躍した選手というのは、「一体、この先、何歳まで活躍して、どれほどの大記録を作るんだ・・・」と思わされるものの、その後は、意外にあっさり終わっちゃう傾向があるように思えるんですよ。

この点で、私が思い起こすのは、元近鉄の鈴木啓示投手・・・。
私の記憶ではおそらく、日本のプロ野球で25勝以上を挙げた投手が出たのは昭和53年(1978年)の、この鈴木投手が最後だと思うのですが、少なくとも31歳で25勝を挙げたのは彼が最後だと思います。
で、鈴木投手はその後も勝ち星を積み重ね、昭和59年(1984年)、37歳のとき、16勝を挙げ、通算312勝としたときには、一体、いつ衰えるのだろう・・・と思っていたら、その翌年、5勝を加えた時点であっさり引退・・・。
(打者という点では、王 貞治さんも、そういう傾向にあったでしょうか。)
無論、現代では鈴木投手の頃とはトレーニングからケアまで比較にならないほど進歩してますから、イチローがそうなると言い切るつもりは毛頭ありませんが、ただ、彼のような抜群の身体能力を活かして活躍してきた選手ほど、その傾向が強いようには思うんですよね。
この点、堀内恒夫投手は、「150km/hの球を投げられた投手が140km/hしか出せなくなるのは、140km/hの投手が130lkm/hになるよりもはるかに致命的」と言ってましたが、あるいはこれに近いことなのでしょうか・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-09-07 07:59 | スポーツ | Trackback(4) | Comments(4)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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