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衆議院議員選挙と政権交代に見る歴史の皮肉
親愛なるアッティクスへ

いよいよ、明日30日第45回衆議院議員選挙投開票日ですね。
今回の選挙では、「政権交代が確実」と噂されていますが、これについては私も実感として感じていることがあります。
それは、うちの近所で、やたら、民主党候補者「ポスター」を見かけることです。
面白いのは、その民主党のポスターが貼ってある場所の多くが賃貸マンションであるということ。
これは、家主(地主)が貼ることを許可しているということでしょうから、家主に組合などがないことを考えれば、そこに主導意思統一などは存在しないはずで自然発生的に湧き起こってきたと考えられるわけで、であれば、それら本来、自民党の支持基盤であった人たちが軒並み、民主党を支持しているということは少なくとも、見逃せない事実であるように思います。
(ひとつには、政党間の離合集散が進んだということもあるのでしょう。事実、民主党を主導している人たちの多くは旧自民党出身者なわけで。)
あるいは、この人たちには、「需要と供給のバランスを無視して、ひたすら、自分の任期中の景気回復の為に、無責任に建物を建て続けさせてきたことで、明らかな供給過剰に陥った賃貸市場という物への不満」というものがあるのかもしれません。

ただ、この現象を持って、自民党の惨敗・・・と決めつけるわけにもいきません。
今週、私は子供を連れて山口県まで行ってきましたが、山口県では安倍晋三元総理のポスターはやはり圧倒的で、逆に民主党候補のポスターは殆ど見かけませんでしたね。
思えば、自民党の苦戦が言われ出したのは、東京都議会議員選挙での惨敗を受けてからのことでしょうから、であれば、これまでも自民党は「都市部に弱い」ということは言われていたわけで、そう考えれば、「東京で負けたから全国でも負ける」と考えるのは少し安直のような気もするのですが。

まあ、それでも私も政権交代は可能性が高いように思いますが、そこで思い当たることが二つ。
一つは、麻生太郎現総理が、ここで退任と言うことになれば、とりあえずは福岡県出身の総理大臣の在任記録更新したということ。
と言っても、2人しかいないんですけどね(笑)。
(ちなみに、前任者・広田弘毅の在任期間は331日、麻生さんは微妙に1年?)
もう一つが、その麻生総理の祖父・吉田 茂を総理の座から追い落とし、総理になったのは次に総理になるであろうと目される民主党の鳩山由紀夫代表の祖父・鳩山一郎であり、その、鳩山一郎内閣を事実上、切り回していたのが、大実力者・三木武吉であったということ。
すなわち、鳩山由紀夫代表についても、すでに民主党の実力者である小沢一郎代表代行が「影の総理」などと報じられているわけで、歴史の皮肉を感じざるを得ません。
もっとも、その小沢代行の父・小沢 佐重喜は吉田 茂の側近であり、そう考えれば、最終的に勝利を得たのは麻生・吉田一派だったと考えることも出来るのかもしれませんけどね。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-08-29 08:19 | 政治 | Trackback(1) | Comments(0)

夏の終わりの長門路の旅 その3
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。
青海島を出て、ぶらぶらしながら、ついに最終目的地・角島(つのしま)へ到着。
で、角島と言えば、これ(↓)が有名ですよね。
e0027240_1039037.jpg

2000年に竣工した角島大橋です。
全国でも珍しい「離島を無料で繋ぐ一般道路橋」だそうですが、何かのCMで見たのですが、真っ青な空と海の間を一直線に橋が延びており、とても印象的でしたね。
私は、てっきり外国かとばかり思っていたのですが、ロケ地山口県と聞き、とても驚いた記憶があり、機会が有れば一度、行ってみたいな・・・と思っていた次第でした。
(この島は、映画『四日間の奇蹟』やドラマ『HERO』スペシャル版でもロケ地になったそうですから、あるいはそちらでご存じの方も多いと思いますが。)

で、この島のもう一つの名所がこれ(↓)。
e0027240_10383077.jpg

明治9年(1876年)に初点灯した日本海側では初の洋式灯台・角島灯台です。
驚くべきは未だに現役の灯台でありながら、観光客の見学が可能な灯台だということ。

e0027240_10392630.jpgで、うちのお馬鹿なガキどもに、「行くか?」と聞くと「行く」と言うので、「おまえら、とうだいって何かわかってるのか?」と聞くと、自信満々に「うん、わかってる」と・・・。
「何?」と聞くと「東京大学」と・・・。
おまえら、どこでそんな昭和30年代のギャグを覚えた・・・と(笑)。

で、最後に、もうひとつ驚いたのが、この角島ですが、何と今では下関市になってるんですね。
ピンと来ない方のために説明しますと、位置的に言えば、角島というのは山口県の北西端に浮かぶ島であり、対して、下関と言えば逆に山口県の西南端、九州に面する関門海峡に隣接した土地じゃないですか。
つまり、山口県の西海岸はすべて下関市だということであり、そう考えれば、今や、下関市は山口県全体の1/5くらいの面積があるんじゃないですか?
最近では、それほど驚くことではないのかもしれませんが、昭和男には結構、驚きでしたよ。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-08-28 08:36 | 地域 | Trackback | Comments(2)

夏の終わりの長門路の旅 その2
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

e0027240_10334365.jpg青海島では、船を下りた後、地図を頼りに「波の橋立」なるところへ。
橋立と言えば、日本三景の一つ、天橋立が有名ですが、これもそんな類の物なのかな・・・と、思いつつ、着いてみると、やはりそうで、手前に見える水面は淡水ですが、並木で隔てた向こうはです。

青海島への橋を渡ってまもなくの田園風景の中に青海湖と呼ばれる湖があり、わずかな幅の遊歩道を隔てて、海水と淡水が併存しており、何とも興味深い風景でしたね。
ちなみに、波の橋立は、天橋立と同じく、潮流などの影響で自然に出来たものだそうですが、自然に出来た海中の道と言えば、我が福岡市には海の中道がありますが、そういえば、こちらにも海辺に淡水の池が併存しているところが昔はあったっけ・・・と。

e0027240_10515582.jpgまあ、実際には淡水の方は「湖」というよりも「池」って感じで濁ってるし、お世辞にもそれほど風光明媚な物ではなかったのですが、やはり、こういう物は天橋立がそうであるように、高台から見下ろして楽しむものなのでしょう。
(←天橋立の遊歩道を海岸沿いに見た風景です。)

e0027240_112497.jpgで、次は角島へ向かうべく、移動したのですが、その途中で、海水浴場がたくさんあったため、ガキを放し飼いにすべく立ち寄り(←)ました。
私も少し泳いだのですが、水の中は暖かかったものの、水の外は少し寒く、やはり、晩夏であることを思い知らされましたね。

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で、このまま、明日へ続く・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-08-27 08:31 | 地域 | Trackback | Comments(0)

夏の終わりの長門路の旅 その1
親愛なるアッティクスへ

e0027240_1664410.jpg

今年の夏はなんだかんだと多忙でしたので、気が付けば、子供たちを夏休みにどこにも連れて行ってなかったことに気づきました。
で、昨日、山口県の観光名所である青海島角島まで行ってきたのですが、天気も良かったこともあり、絵に描いたような風光明媚でしたね。

e0027240_1672451.jpg

この辺は、北長門海岸国定公園の中ですから、その独特の景観から、元々、海上アルプスなどと言われているところです。

e0027240_1610731.jpg

で、観光船(↑)に乗り、景観を楽しんできました。
本当は島を一周したかったのですが、やはり、売店のおばちゃん曰く、「日本海は瀬戸内海とは違って、やはり、波が荒い」とのことで、1/4ほどのコースを行って帰ってくるだけ・・・でしたが、ここまでのコースであれば、船酔いには極めて弱い私でも(マジで、ブランコで酔います。)、それほど騒ぐこともありませんでしたね。

e0027240_16213023.jpg

(以上、画像はすべて青海島でした。)

ということで、昨日さぼった反動で、今日はちと、ぱにくってますので、この続きはまた明日・・・ということで。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-08-26 18:00 | 地域 | Trackback | Comments(0)

器を無下にする身に手で粥を受けるを想うの謝国明忌
親愛なるアッティクスへ

e0027240_10343124.jpgこちらの画像は毎年8月21日に催されている大楠様夏祭の模様です。

大楠様夏祭とは、以前も何度か採り上げました鎌倉時代の中国人博多商人・謝国明遺徳を偲び、その墓所で行われる祭礼で、別名、謝国明忌とも言います。

(謝国明という人物については、2001年の大河ドラマ「北条時宗」北大路欣也さんが演じていた人物と言えば、わかりやすいでしょうか?彼の墓の傍らに植えられた楠の木が長い年月を経ると共に彼の墓塔を包み込み、以来「大楠さん」の名で親しまれるようになったとか)

この点で、私には少々、思うことがあります。
謝国明という人は博多で、針治療を教えるなどした他、貧民救済にも意を注ぎ、飢饉のときには人々に蕎麦炊き出しをやったと言われております。
(これが年越し蕎麦の起源になったという説もあるとか。)
ここで思い出すのが、マンガの神様・手塚治虫氏の傑作(私は最高傑作だと思っております。)「どろろ」の一場面です。
この作品についても、たびたび、触れておりますので、ことさら掘り下げる気はありませんが、簡単に触れておきますと、どろろというのは主人公の1人である子供の名前でして、戦国時代が舞台でした。

その、どろろという子供は、幼子の時、父と死に別れた後、母と二人で流浪の生活を余儀なくされますが、その折、飢えた貧民に対し、ボランティアの僧侶がお粥炊き出しを行っているところに出くわします。
腹を空かせたどろろに一杯の粥を与えようと、そこへ並んだどろろの母は、他の人と違い、お粥をもらうさえなく、両手を腕の形にして受け取ろうとする・・・。
そのまま、事務的に注ぎ込もうとした僧侶が慌てて手を止め、「容れ物を持ってこないとだめです。熱いから、手が大やけどしますよ」と言うも、母は、「いえ、いいんです。このまま、注いでください」と言い、煮えたぎったお粥を手のひらにもらい、焼けただれる手に顔色一つ変えず、さらに、自らは一粒も食すことなく、どろろに与える・・・と。

で、今回、色々あって、私も引っ越しをしたのですが、その際、家人は片づけるよりも二言目には「コップや湯飲み、茶碗など、全部捨てろ」と言います。
私には、壊れてもいないし、収納するところがないわけでもないのに、なぜ、捨てなければならないのか理解できません。
トヨタジャスト・イン・タイム方式が現在の考え方の主流かもしれませんが、いつでも必要なときに必要な物が買えるという保証はどこにあるのでしょうか?
一円を笑う者は一円に泣くと言いますが、私も、家人からそう言われるたびに、どろろの母のように、茶碗がないばかりに、煮立った粥を手のひらに受けなければならないということにならないとわからないんだろうな・・・と思います。
日本も、赤字国債を含め、諸情勢を顧みれば、そうならないとも言い切れないように思うんですけどね。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-08-21 08:33 | 社会全般 | Trackback | Comments(2)

君、「どう使うか」よりも「どう入れるか」について語れの理
親愛なるアッティクスへ

e0027240_1594096.jpg朝夕は幾分凌ぎやすくなりましたが、まだまだ暑いですね。
私が子供の頃の記憶では、盆を過ぎても、これほどはっきりとした形で「残暑」というふうにはなっていなかったように思うのですが、それって、気のせいでしょうか?

ところで、この辺はまあ、どなたもお感じのことだとは思いますが、どこの政党も最近では、「巧言令色」・・・とまでは言わないまでも、選挙になると如何にも国民が喜びそうなことばかり並べ立てておられるようで、「では財源は?」と聞くと、大体、「無駄遣いを無くして、それを当てる」などという答えが返って来るようです。
しかし、私は寡聞にして未だそれが出来たという例を知りません。

であれば、政党には「入ってきた金をどう使うのか?」よりも、むしろ、「金がどう入ってくるようにするのか?」についてこそ語ってもらいたいと思います。
今ある金をどう使うのか?については、基本的に国民は直接、自分の懐は痛まないわけで、「不公平だ」と思うことはあったにしても、よほど目に余るものでない限り、それほど目くじら立てる人はいないでしょう。

この点で、私にはある経験があります。
十数年前でしょうか、私は当時、ある業界関係の組合に入っていたのですが、その中で、何とかという委員会に配属されたときのことです。
初会合の日に、委員長が「我々の仕事は、組合の収入が組合員からの会費だけでは厳しいので、副収入を得ることを考えることです」と言われました。
で、以下、私と委員長のやりとりです。

私:「名案なんてないんじゃないですか。どうやって金が入ってくるようにするかなんて、そんなウマイ話があれば、皆、やってるわけで」
委員長:「そうは言っても他の委員会は、すでに会報を発行するとか、親睦旅行を計画をするなど活動を開始しているんだ。我々の委員会だけがまだ何もしていないんだよ」
私:「いや、他は皆、簡単ですよ。入ってきた金をどう使うかを考えればいいだけなんですから」
委員長:「・・・」
私:「つまり、一番の名案は、他の委員会にも、それぞれの事業を行うに際しては自ら事業費を稼いでくることを義務づけることなんじゃないですか?」
委員長:「・・・」

・・・以後、その委員会は一度も開かれませんでした。
ていうか、私が呼ばれなかっただけかも・・・(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-08-19 18:04 | 政治 | Trackback | Comments(2)

忙中閑あり、北九州の旅
親愛なるアッティクスへ

e0027240_13415485.jpg今朝、ガキが、「ああ、もうすぐ夏休み終わりか」と呟いているのを見て、「ああ、もう、そういう季節なんだな」と思いました。

ところで、夏と言えば、先月なのですが、ここ(←)へ行ってきました。
北九州市にある洞海湾です。

今は割と綺麗になったそうですが、聞けば、昔は公害でガスが浮き上がってきたり、魚を釣ったら頭が2つある魚が釣れたり・・・という酷い状態だったとか。
私も学生時代、北九州市から来ていた友人の話を聞き、同じ県でも、随分、福岡市とは置かれた環境が違うな・・・という印象を持った記憶があります。
その当時は、本当に酷かったんでしょうね。

e0027240_13535265.jpgで、その北九州市ですが、実は私は同じ県でありながら、数えるくらいしか行ったことがなく、今回行った戸畑、若松というところはまったくの初めてでした。
(←若松戸畑を繋ぐ若戸大橋です。関門橋が出来る前はちょっとした観光名所でしたけどね。)

e0027240_14234739.jpgちなみに、私の母は父(私の祖父)が当時の八幡製鉄に勤務していたときに生まれたので、一応、北九州市の生まれなんですけどね。
もっとも、幼少時しか居なかったので、あまり記憶はないようですが。

で、何をしに行ったかというと、ある日帰りバスツアーに行ってきたのですが、これを申し込んだときは、まさか、自分がこんなに忙しくなるなんて思ってもみなかったので申し込んだのですが、それが蓋を開けてみたら、見事に・・・。
本当はこんなことしている場合ではないんだけど・・・ということで、よほど、キャンセルしようかとも思ったのですが、既に金を払っていたこともあり、結局、思い切って、行ってきました。

・・・と、ここからが本題だったのですが、嗚呼、本日はこれ以上は時間に余裕がありません。
また、いつの日か改めて・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-08-18 17:28 | 地域 | Trackback | Comments(0)

いつまでもあると思うな金と娘の縁談
親愛なるアッティクスへ

e0027240_10101616.jpg今日は、本当はガキのソフトボール送迎で「休み」の予定だったのですが、早朝に起こされて、用意が出来て、さあ、行こうと玄関まで行ったところで「降雨中止」の連絡・・・。
(←ちなみに、今、雨は一段落しているものの、川は結構な状態です。)

ま、引っ越し以来、色々と目を通さなければならない資料も山積みとなってますから、それはそれで良い機会なのですが。
ということで、まあ、盆ということもあり、お堅い話題よりは・・・ということで、本日のお題です。

先日、俳優の石田純一さんとプロゴルファーの東尾理子さんが「結婚!」というニュースが報じられましたよね。
で、話題となったのは石田さんが3回目の結婚であるということや、二人の年齢差22歳ということもながら、東尾さんの父が元西武ライオンズ監督・・・というよりも、我々の世代的には太平洋クラブライオンズのエースだった東尾 脩投手・・・ということがあったでしょうか。
(小学校の頃、友人が地元老舗デパートで東尾投手を見かけたことがあるという話をしてましたが、「むちゃくちゃ格好良かったぜ」と言ってましたね。)
で、現役時代、不敵な投球術でも知られた豪傑・東尾元監督が、自分と4歳しか違わない愛娘の結婚相手の登場にどういう態度を見せるか・・・というのが話題になっていたようですが、この点で、本日の表題となった次第です。

この言葉は実は私の父が良く言っていたことなのですが、良く、世間では、一人娘だと父親が溺愛して手元から離したがらない・・・などという見方をする人があるようですね。
私も世間のこういう決めつけには一度ならず辟易したことがありますが、うちも妹が一人娘でしたので、父も良く、人からそういうことを言われたようです。
で、父も、「いや、俺は娘が結婚するというのを引き留めるつもりはない」と言っても、決まって、「またまた、強がっちゃってぇ」という反応が返ってきたようで、そういうときに、いつも、「いつまでもあると思うな金と娘の縁談」と言い、続けて、「娘の結婚やらいうとはがあったときが大事タイ。縁やらいうとは次もあるとは限らんとバイ」と言ってました。
(参考までに日本語訳しますと、「娘の結婚などというのは縁があったときが大事なんだ。縁というのは、次もあるとは限らないんだよ」・・・と(笑)。)

なるほど・・・と。
確かに、トランプと一緒で、そのカードを流したところで、次はもっと良いカードが来るとは限らないわけで、それを繰り返しているうちに負けてしまい、後で、「最初のカードで手を打っておけば良かった」・・・と後悔してももう遅い・・・などということもあるわけで。
であれば、よほどに何か問題がある人物でない限り、娘が結婚したいと言い出したときが潮時とも言えるわけで、それが、すなわち良縁なんだろう・・・と。

ということで、東尾パパさん的には、内心、複雑なものがあるかもしれませんが、是非、二人を祝福してやってもらいたいものだと願って止みません。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-08-15 08:03 | 社会全般 | Trackback | Comments(2)

上等の氷に見る名脇役の味。
親愛なるアッティクスへ

e0027240_1384228.jpg今日から盆ですね。
ところで、十日ほど前、久々に川沿いの遊歩道を通ったのですが、見ると、先日の大雨の影響で遊歩道が真っ白になってました。
「大雨で遊歩道の上に残った川底のが乾いたか・・・」と思いながら、近寄ってみると、それは泥ではなく、(←)でした。

それも、惚れ惚れするような、見事なまでに粒子が細かいパウダーな砂・・・・。
近頃、北部九州沖の玄界灘ではコンクリートの原料となる砂の大量採取によると見られる環境破壊が問題となっていますが、こんなのがたくさんとれればそういう問題も起こらないんだろうけどな・・・と思わず思ってしまいましたね。

e0027240_13274687.jpgところで、先日、初めて、美味い氷で酒(←)を飲みました。
誰かが、一緒に、クーラーの中に入れていたのを家人がそのまま、保冷剤代わりにもらってきたようですが、「これ、多分、良い氷よ」と言うので、では、ウィスキーに入れて飲んでみよう・・・と思い、グラスに浮かべて喉に流し込んだところ・・・、めっっちゃ美味いかったですね。
私はこれまで、浄水器こそ使ってましたが、それほど氷にまでこだわっていたわけではなかったので、結構、新鮮な驚きでしたよ。
上等の氷というのは、名水などと同じく、ミネラル分から来る甘み旨みなどをふんだんに含んだ氷なんだろうな・・・と思っていたのですが、それは間違いでしたね。
以下、その場で書き留めた物です。

「今宵、初めて美味い氷で酒を飲む。
美味い氷という物は、美味い味があるのではなく、逆に無個性であってがない。
そのため、ウィスキーの味を邪魔しないのだ。
人もまた然り、主張をしない人の方が良いときもあるのではないかと・・・。
織田信長の家臣を評した童歌に「木綿藤吉 米五郎左」という言葉があるが、木綿のように何にでも使えて便利な木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)に対し、米のように欠くことのできない存在として、五郎左(丹羽長秀)が双璧のように歌われたことを想起させるであろうか。
この想いを書き留めるべく、傍らにあった愛用のボールペンを執る。
書き味や良し、一線なめらかなり、我が豊穣。」

つまり、名脇役は決して、主役を食わない・・・というやつですね。
思わず、往年の名脇役・堺 駿二翁(大御所・堺 正章さんの父)を思い出してしまいました。
それにしても、さらさらの砂、無個性の氷、書き味の良いボールペン・・・、何か共通しているような・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-08-13 17:14 | その他 | Trackback | Comments(0)

幕末版オタク登用事例、大村益次郎。
大村益次郎という人物をご存じでしょうか。
東京の靖国神社に銅像として置かれている人物・・・と言えば、思い当たる方もいらっしゃるかもしれませんが、事実上の日本陸軍の創始者とされている人です。
ところが、この人は元々、長州藩出身とはいえ、松下村塾で知られる志士の出身ではなく、本来、幕末の激動とは何ら関係なく、家業の村医者を継ぐために、医学を学んだ学者さんだったとか。
ただ、勉強の方は半端じゃないほどに出来た人のようで、防府の梅田幽斎、豊後国日田の広瀬淡窓緒方洪庵大坂適塾といった私塾に学び、長崎に遊学後は、適塾の塾頭を務めたほどの秀才だったそうで、まあ、今日で言うならば、国立大学の大学院を出た後に欧米系の大学に留学、帰国後は母校で助教授を務めていたようなケースを想像すればわかりやすいでしょうか。

その後、一旦、父親に言われるままに帰郷し、近隣の娘と結婚したものの、村医者としてはあまりにも優秀すぎたのか、患者に対しては診察よりも講義をしてしまう傾向があったようで、医者としてはあまり芳しい評判がなかったのに対し、一方では、その学識を惜しむ声は多く、やがて、伊予宇和島藩から求められて出仕、西洋兵学の翻訳と講義を受け持ち、その後、安政3年(1856年)には宇和島藩御雇の身分のまま、幕府の蕃書調所教授方手伝として幕臣となり、さらに、万延元年(1860年)、噂を聞きつけた故郷長州藩からの要請を受け、長州藩士となり、やがて、文久3年(1863年)に長州へ帰国。
帰国後は、西洋学兵学教授となったものの、その翌年、長州藩は軍部の暴走により、蛤御門の変にて大敗し、その結果、幕府の第一次長州征伐を経て高杉晋作の決起による内乱状態となってしまうわけですが、やがて、討幕派が政権を掌握すると、高杉や桂 小五郎ら藩中枢は西洋式兵制の採用を推し進め、書物を通して、この点に一番詳しい大村にその指導を要請・・・。

ここで、面白いのは、長州藩は、これまでの相次ぐ戦乱で、多くの人材を失っていたこともあり、大村は講義だけでなく、実際の作戦指導まで任されることになったことです。
なぜなら、大村その人は本の中でしか戦争を知らない単なる学者であり、その人に作戦指導を任せてしまったということは、今日で言うならば、軍事に詳しい大学教授を、そのまま、自衛隊の司令官に任じてしまったようなものでしょうが、インパクトの上ではむしろ、戦争マニア、あるいは兵器オタク防衛大臣兼参謀総長に任命した・・・と言った方が当を得ていたでしょうか。

この点、メジャーリーグ、ボストン・レッドソックスのチーム編成を担当しているのは、野球経験などまったくない、ネット上で独自の数式で選手を評価していただけの、いわば、ネット版野球オタクのような人だと耳にしました。
つまり、レッドソックスのオーナーとしては、「能力さえ確かならば、出自や経歴などにはこだわらない」・・・ということなのでしょうが、日本のプロ野球がそういう人を抜擢するなどとは到底考えられないことを思えば、如何に追いつめられていたとはいえ、長州人というもののこの辺の発想の柔軟さには凄味すら感じます。
                                        平太独白

by heitaroh | 2009-08-10 08:39 | 歴史 | Trackback(1) | Comments(6)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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