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福岡ソフトバンクホークス総括 その2 
親愛なるアッティクスへ

皇帝ヴィルヘルム1世のもと、ドイツ統一に大きな役割を果たしたプロイセン三傑
鉄血宰相ビスマルク、参謀総長モルトケ、陸海軍大臣ローン・・・。
ビスマルクが政治外交を執り行い、ローンが軍制を整備し、モルトケが軍を率いて敵を撃破した・・・と。
そういうと、三人はいかにも仲が良かったようですが、実際には、この三人・・・、いや、皇帝も含めて、四人は、決して、仲が良くはなかったのだとか。
・・・と言うと、「ん?歴史ものか?」と怪訝に思われる方もあるかと存じますが、決して表題に嘘偽りはありません(笑)。
実は、すでにお気づきの方も多いと思われますが、この4人の組み合わせこそ、オーナー、球団社長、GM、監督・・・というものの在るべき姿を端的に表した物であり、その間には本来、一定の緊張関係があるべきだ・・・と思うのです。

先日からの続きに話を戻しますと、元々、フロントをとり仕切っておられた根本陸夫さんが球団社長として鎮座ましましておられた頃は、当時の福岡ダイエーホークス強打線弱体投手陣という構成でしたが、根本さんはそれでも構わず、井口、松中、柴原・・・と打者ばかりを補強されて、就任間もない王監督は明らかに、「打者はもういいんだけど・・・」みたいな顔をされてました。
(王監督就任一年目のドラフト一位は現在のエース、斉藤和巳投手でしたが、入団後四年間は殆ど二軍暮らしだったことを考えると、やはり、将来性での獲得であり、必ずしも、王さんの意に沿ったものではなかったように思います。)

従って、チームの編成を司るGMというものは、本来、今現在の成績だけを考えようとする監督の意向に引きずられないように、長期的な視野に立った編成というものを心がけないといけないわけで、そこの壁が無くなってしまっていたんですね。
特に根本さんがお亡くなりになって以降、ソフトバンクになってからは孫 正義オーナーが王さんの個人的ファンだったこともあり、王さんにすべての権限を集中させましたよね。
「どうぞ、やりやすいようにやってください」と・・・。
その結果、「野球は投手力だ」ということで、それ以降はやたら、即戦力の投手ばかり補強してきた・・・という印象が私にはあります。

で、そういう視点で見てみれば・・・、結局、今のホークスは投手力中心のチームなんですよ。
つまり、一点を守り抜くような「弱者」の野球をやらないといけないのに、相変わらず、2003年に日本一になった頃の強打線を擁しているかのような野球をやっていることが問題なわけです。
先発投手は5点とられても5回までは変えない・・・。
それはそれで、投手にも責任投球回数という意識を持たせるという上ではいいでしょう。
しかしそれは、現実の勝敗という点では、2003年当時のように、序盤で5点とられても、終盤までに5点を取り返せる打線がある場合の発想です。

後日、続きます。

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by heitaroh | 2008-10-29 17:24 | スポーツ | Trackback(1) | Comments(4)

福岡ソフトバンクホークス総括 その1
親愛なるアッティクスへ

セ・パともに日本シリーズ進出チームが出そろいましたね。
やはり、1勝アドバンテージの存在は大きいということでしょうが、まずは、西武対巨人という1位チーム同士の顔合わせとなったことは順当なところであり祝着至極でしょう。
あれで、日ハム対中日だったら、しゃれにならないところでしたよ。

で、華やかな上位チームの話題には敢えて背を向け、ついに、最下位で終わった今年の福岡ソフトバンクホークスですが、まあ、ある意味、最後が最下位で終わるというのも、さんも諦めがついて良かったんじゃないですか。
で、結果はさておき、一応、今年、なぜ、こういう順位になったかという総括についても少し触れておこうと思います。

今年の低迷は、一言で言って、王さんに、監督ばかりか、GM、副社長までやらせてしまったことの弊害が遂に限界となって表れてきた・・・ということではなかったでしょうか。
何でも、要職を一人の人が兼務してしまうと、話は早い反面、色々と弊害も出てくるもので・・・。
つまり、現場を預かる監督というものは・・・、まあ、王さんは別としても、普通の監督は自分がいるかどうかもわからない5年先の優勝よりも、目先の1勝を求められるわけで、すなわち、監督に補強を任せておけば、「将来性」よりも、「即戦力」ばかりのチーム構成になってしまうわけですね。

昔、中日での話だったかと思うのですが、シーズン終盤、もう、優勝は他チームに決まった後の試合で、監督リリーフ故障上がりエースを使おうとしたら、ヘッドコーチ嫌な顔をして起用させまいとした・・・という話を聞いたことがあります。
どういうことかといえば、その監督はその年一杯で退任がほぼ決まっており、来年の監督にはそのヘッドコーチが就任する予定だったのだとか。
つまり、今年の監督からすれば、来年から自分はいないのであれば、少々、無理をしてでも在任中の成績を少しでも上げておきたいと思うのに対し、翌年の監督としては、「来年、活躍してもらわなければいけない選手に無理はさせたくない」と思う・・・と。
今年の監督は「ファンのために」と言い、来年の監督は「選手のことを思えば」と言う。
どちらも大義名分は掲げるものの、本音は自分のことしか考えていないわけで・・・(笑)。

ちなみに、今年で退任が決まった監督と、翌年、監督をやる予定のヘッドコーチ・・・って、どこかで聞いた組み合わせなんですが、きのせいでしょうか・・・(笑)。
そういえば、王さん、退任を表明してからしばらくは後任のことについては、実に、そっけなかったですよねぇ。
王さんが一言、「後任は秋山君で」と言えばその場で決まったんでしょうけど・・・。
まあ、王さんの場合は監督辞めてもフロントに残るわけでしょうから、この中日のパターンとは違うんでしょうけど、秋山さんとしては、内心、「杉内をこんなに使うなよ」みたいなものはあったでしょうね。
ま、要は、短期的な視野でしか物を見ようとしない監督にとって、長期的な視点で編成を考えるGMというものは、言ってみれば、体に良いけど苦い薬・・・、つまり、青汁みたいなものだと思うのです。
それが、「自分で欲しいと思ったら飲んでくださいね」では、誰も飲まないわけで・・・。

そのうち、続きます。

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by heitaroh | 2008-10-27 10:36 | スポーツ | Trackback(1) | Comments(4)

忍者部隊月光にみる戦後日本人の平和欲求への違和感
親愛なるアッティクスへ

昭和36年生まれの私は、「少年ジェット」は知りませんが、「忍者部隊月光」は知っています。
もっとも、少し難しすぎて、よくわからなかったんですけどね(笑)。

なぜ、そんなことを今頃、言うかというと、実は私には昔から好きな曲が3つありまして、ひとつが「木枯らし紋次郎」のテーマ曲、「誰かが風の中で」で、他の2曲は、ピートマック・ジュニア唄によるドラマ「水滸伝」のテーマ曲「夜明けを呼ぶもの」と、チャーリー・コーセイ唄によるアニメ「ルパン三世」第一作のエンディングテーマ「ルパン三世主題歌II」でした。
(どういうわけか、当時、従兄と二人で自転車を押して行った、夏の日の、まるで人気のない沼を思い出します(笑)。当時は、福岡市南区もちょっと行けばまだ、こんなところがあったんですね。)

で、そういう思い入れがある曲だけに、何とか常々、買い求めたいと思っていたのですが、後の二曲はともかく、「誰かが風の中で」に限っては、あれほどのヒット曲だったにもかかわらず、また、歌っていた上条恒彦さんがミュージシャンとして健在であるにもかかわらず、色々探しましたがどこにも収録されていないんですね。
(ちなみに、後の二曲の内、後者については、やはり、最近、根強いファンがいるということで吹き込み直されたようですが、これはもう、まったく別物なんですよね。これに限らず、今頃、引っ張り出されて吹き込み直すとなると、歌い手の方も妙に上手く歌おうとしすぎるようなところがあり・・・。)

で、先日、たまたま、ネットで別の物を検索していて、70年代主題歌集のようなCDを見つけ、まあ、見るとも無しに見ていたところ、これが収録されており、思わず買い求めた次第なのですが、その中に「忍者部隊月光」のテーマも収録されていたというわけです。
まあ、先述したように、元々、こちらにはそれほど思い入れがあったわけでもないので、聴くとも為しに聞いていたのですが、聴いているうちに、少し、別の感慨が涌いてきました。

e0027240_19415961.jpgこのドラマは、昭和39年(1964年)から昭和41年(1966年)までの放送だそうですから、戦争が終わって20年くらい、つまり、我々が平成元年あたりを思い出すくらいの距離感なんですよね。 

(←「君が代」に出てくる「さざれ石」だそうです。)

それが、歌詞には、「弾丸の中も何のその~♪ おお、命を賭けゆくぞ~♪」なんてのも出てくるわけで、この点に少し違和感をもちました。
そういえば、思い起こせば、主人公たちは兵士コスチュームで「悪」と戦うわけですし、今、この番組をやるとなると、おそらく、「戦争礼賛じゃないか!」「右傾化許さない!」「けしからん!」青筋を立てて白眼視する人が出るような気がするのですが、それが、むしろ、戦争という物の記憶が生々しく残っていた時代には、こういう物が平気で子供向けに放送されていたわけで・・・。
そう考えれば、当時の人たちは、本当に本心から「戦争はもう嫌だ」と思っていたのか・・・と、そう思った次第です。
あの当時の方が寛容だったとはどういうことなんだ・・・と。
                              平太独白
by heitaroh | 2008-10-22 19:35 | 歴史 | Trackback | Comments(8)

阿久悠物語に改めて想った昭和 その6
親愛なるアッティクスへ

今更ながら、このシリーズの続編です。

「アーティストが意味のない英語をまぶした詩を書くからプロの作詞家が育たず、時代を歌で捉えられなくなっている」

e0027240_17595382.jpgこれはドラマ・阿久悠物語の中での阿久氏の結びの言葉ですが、でも、私に言わせれば、そこへ道を開いてしまったのは阿久さん自身なんじゃないですか・・・と。
時代にウケるワードをやたらちりばめ、時代に受け入れられる歌、つまり、売れる歌を作る・・・。

媒体を売れるように加工し、その一助として、売れそうな詞を付けて売り出す・・・。
良い悪いは別にして、やはり、そこへ導いてきたという点では阿久氏の存在は無視できないものがあったのではないでしょうか。
(その意味では、これからの時代、私は、「モロ、直訳」みたいな歌詞なんて、面白いんじゃないかと思いますね。)

阿久氏については、当時、私は、「いかにも売れそうな詞を書く商業的職業作詞家」・・・という認識だった・・・という話は以前から述べてきたとおりなのですが、先日、たまたま、目にした毎日新聞に興味深い記事が載ってました。
ジュリーと呼ばれ、一時代、一世を風靡した沢田研二さん(一発で変換しないとは・・・。私的には結構、驚き・・・。)のインタビュー記事だったのですが、この人については、私的には、やはり、昭和の時代に、演技に、大車輪の活躍をしていた「スター」としての印象が強いです。
(当時、私、結構、この人の曲が好きでレコードなんかも持ってましたよ・・・。)
この人は、私が若い頃には、すでに30を越えていたにもかかわらず、まだまだ、トップ・アイドルとして輝き続けるのをみて、「この人は、永遠にアイドルのまま、走り続けるんだろうな・・・」と、そんな気がしてましたが、ある日、気が付いたら、テレビから消えてました・・・。
ちょうど、今の、木村拓哉さんを見ているような気がします。
こういうものは、割合、突然に、終焉がやってくるもののようで・・・。
(この点は、沢田さん自身、当時から、「売れていても安心できなかった。売れても、もっとやろうと思った」と、熟しやすく冷めやすい視聴者の目を強く意識していたことを述懐されてました。)

それはさておき、そのインタビューの中で注目したのは、沢田さんが、「ぼく、個人的好みで言うと、阿久先生魅力を感じてなかったんですよ」と述懐された部分でした。
阿久先生とは、言うまでもなく、昨年亡くなった作詞家、阿久 悠さんのことですが、歌って、しかも、見事にヒットさせていた当事者が言うのは少々、意外でした。

記事から抜粋させて頂くと、曰く、「『時の過ぎゆくままに』 (75年)もそう。もしも二人が愛せるならば恵の景色も変わっていくだろう、ってかっこよすぎる。『サムライ』 (78年)にしても、男は悲しいサムライと断定する詞はぼくには合わなかった。男はサムライって言うけどさあ……みたいなのが好きなんです」
「だからぼくは感情を入れずに無味乾燥な歌い方をして、強い力で圧倒してくる阿久先生に『負けへんで』って立ち向かっていた」・・・と。
そして、「喜んで歌っていたら、売れてなかったと思う」とも述べておられましたが、この点は、何となく、言わんとされていることはわかるような気もしますね。
                              平太独白
by heitaroh | 2008-10-20 18:31 | 文学芸術 | Trackback | Comments(8)

先人は偉大なり・・・、宮崎アニメの原点「長靴をはいた猫」

e0027240_1233954.jpg今をときめく、宮崎 駿氏の宮崎アニメですが、実は私には、未だに忘れられない一本のアニメがあります。
それが、「長靴をはいた猫」

(←トトロが出てくるみたいなバス停・・・でしょ(笑)。)

昭和44年(1969年)の春休み映画、『東映まんがまつり』の中の一作だそうですから、おそらく、他の「ゴジラ」か何かの怪獣映画との抱き合わせだったのではなかったかと思いますが(そうでなかったら、たぶん、私は見に行ってないでしょうから。)、当時、私はまだ、小学校1年生・・・。
親に連れられて見に行った記憶があります。

私としては、もう少し、大きかったような気がしていたんですが、要は、それほどに鮮明な印象として残っているということなのでしょうね。

脚本は、あの!、井上ひさし御大で、宮崎氏もペーペーのイチ原画マンとして参加しています。
その意味で言うならば、現在、宮崎アニメの原点とも言える作品でしょうが、(実際、冒頭の場面で、猫族の掟に反し、ネズミを殺さなかった主人公の猫、ペロに対し、公開裁判の場で猫王がその理由を問うと、ペロはこともなげに、「いやぁ、月がとっても青かったからねぇ」と粋に言い放つシーンや、ラストで、城の塔の上の対決シーンなど、宮崎監督の「ルパン三世 カリオストロの城」を見るような気が・・・。)、今見ても、世界の宮崎アニメと比べても何ら遜色ない・・・、いや、むしろ、宮崎 駿は、まだ、自分の原点に追いつくことができていないのではないだろうか・・・とさえ思えてなりません。

ストーリー的には、ネズミを助けた罪で猫仲間から追われる主人公の猫・ペロが、その機知機転で、貧しい若者を助けて、魔王に立ち向かい、お姫様を助ける・・・という、如何にもありふれた・・・、ストーリー作りの基本とでもいえるようなものでしたが、それでも、その予告編でも、『「機知」か「魔力」か!』と告げられていたように、他を圧倒するような強大な力を持つ魔王に対して、機知で立ち向かう・・・という肉付けは、逆に、最近では見かけなくなったものであり、ある意味、新鮮でしたよ。

で、とにかく、それほどに、子供心にそのすばらしさが印象に残っていたのですが、先日、うちのちびっ子どもがテレビで「トトロ」をやっていたのを熱心に見ていたですが、思わず、「この程度かよ」と・・・。
ふと、「一度、うちの子供たちに、あれを見せてみよう」と・・・。
果たして、今の、ある意味、目が肥えた子供たちに、前世紀の遺物とでもいうような、「長靴をはいた猫」が受け入れられるのか・・・と。

で、思い切ってDVDを購入し、「えー、こんなのー」と訝るガキどもに見せたのですが、結果は・・・、やはり、本当に良い物は時代を超えて受け入れられる・・・ということを再確認致すこととなりました。
いとをかし・・・(笑)。
                                  平太独白

by heitaroh | 2008-10-17 08:07 | 文学芸術 | Trackback | Comments(0)

無人の中国ブースに「信用」という財産を思い出した連休。
親愛なるアッティクスへ

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今回の連休は私の場合、月曜しか休みらしい休みはなかったので、この日だけ、ガキ連れて、初めて、これ(↑)に行ってきました。

e0027240_16224247.jpg←で、ご覧の通り、この日は見事な秋晴れ・・・
特に、紫外線が強かったようで、日差しに限っては暑いを通り越して、痛いほどで、ガキどもは、日差しを避けるために、テーブルの下に隠れるほど。
ベトナムうどんフォーを食べてると、汗だくに・・・。

e0027240_16272765.jpg(←後ろに見える建物が福岡市役所です。ガキが、「お父さん、このマンション、でかっ!」と言うので、「これはね、市役所っていうんだよ。おまえの家の近所にある区役所の親分だよ」と・・・。お馬鹿なうちの子にしては、珍しく、理解が早かったですね(笑)。)

でもって、場内には、簡単なアジア各国の物産展示販売ブースがあり、元々、狭いスペースだったこともあり、かなり、賑わっていたのですが、昨日、「中国から輸入された冷凍食品『いんげん』から、残留基準3万4500倍にあたる農薬ジクロルボス検出され、それを食べた主婦が入院した」・・・という報道がなされてましたよね。
この日は、まだ、それが表面化する前だったと思うのですが、中国のブースは、よりによって、食料品ばかりを扱っていたこともあり、その前だけは見事なくらいに誰もいませんでした。
おそらく、このイベント中、売り上げは限りなくゼロに近かったのではないでしょうか・・・。

これを見て、思わず、昔読んだ、ある倒産した会社の社長に、「私は全財産を失ったが、信用という財産を残すことができた」というコメントを思い出してしまいました。
つまり、一度、失った信用を取り戻すのは、大変な労力を要する・・・と。
中国という国はいい加減に、「信用」というものの存在を認識すべきでしょう。
行きすぎた反日教育の影響がこういうところにも出ているのかどうかは知りませんが、「信義」というものを唱えた本家本元の国が、「真偽」を取り沙汰されているようでは・・・。

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by heitaroh | 2008-10-15 17:15 | 思想哲学 | Trackback | Comments(6)

酒は飲め飲め飲むならばの茶なら十日が酒なら三日の理
  「酒は呑め呑め呑むならば 日乃本一のこの槍を
     呑み獲るほどに 呑むならば これぞまことの黒田武士」


これって、何の文句かわかりますか?

e0027240_14205621.jpg黒田節という、大昔に流行った歌だそうですが、末尾に黒田武士とあるように、(「節」と「武士」とを掛けたわけですね。)江戸時代、筑前福岡藩黒田家に由来する歌なのですが、私が子供の頃までは、福岡では酒席などでは、よく耳にした歌なんですよ。
でも、最近では本当に耳にすることはなくなりましたし、おそらく若い人は知らないでしょう。
コミュニティでの宴会が崩壊している現状を嘆くばかりですが、黒田家がまだ福岡に来る前の話・・・です。

時の当主、黒田長政の家臣で母里太兵衛という人が、酒癖の悪いことで知られる福島正則の邸に使いしたところ、太兵衛が家中でも知られた酒豪であったことから、正則は大杯に並々と酒を注ぎ、「これを飲め」と執拗に勧め、固辞すると、なおも絡んできて、ついには、「飲み干したら、何でも好きな物をやるぞ!」と言いだしたことで、ついに、太兵衛は腹を決め、「それでは」と言って、そのまま、一気にその大杯を飲み干すと、正則が主君・豊臣秀吉から拝領した名槍「日本号」を所望した・・・と。
「あ、これだけは!」と言って蒼くなる正則に対し、「武士に二言はござるまい!」と言って、そのまま、持って帰ってきてしまった・・・という実話に由来するものです。

ところで、昔、プロ野球の広島東洋カープの監督に就任した方が、「選手にとって酒というのは身体能力の低下に繋がり、プレイの妨げになる」として選手に禁酒令を出したことがあったそうです。
いわゆる、管理野球の先駆けみたいなものだったでしょうか。
その時、それを聞いた当時のオーナーが、「君ね、そう言うけど、『酒で三日、茶なら十日』というように、お茶だと10日かかるところが酒だと3日で仲良くなれるんだよ」と言い、結局、その監督は禁酒令を取りやめたといいます。

この点は、私も思い当たるところがありますね。
同じ組織の一員とはいえ、全国から集まった初対面の人たちと、マジメな昼間の会議だけで意思疎通が出来るものでもありませんよ。
会議とは、とかく、「何を言ったかではなく、誰が言ったか」が問題になるものですから。
昼間、いて好かない奴と思っていたのが、夜の会で話してみると意外に良い奴だったりで・・・、同じ事は、軍隊にも言えたようで、私が敬愛する元帝国陸軍参謀にして、兵法評論家であった故・大橋武夫氏も、その著書の中で、「旧日本帝国陸軍では、昼間、軍事演習があるときは、夜は慰労と称して宴会があったが、実はこれが意外に大事だった。ここで、バカ騒ぎをして、懇親を深めると、戦闘中などに援軍を要請した際に、普段なら、『今、こちらにもそんな余裕はない!』と言われるところを、『おぉ、あのときの貴様かぁ、こちらにも余裕はないんだが・・・、仕方ない』ということになる」・・・ということを述べておられました。

これは、理想としては、こういう緊迫した場面で私情を差し挟むべきではないのでしょうが、やはり、そこは人情でしょう。
確かに、良い悪いではなく、これが人間という感情を持った生き物の現実であり、業務を円滑に進める上ではやむを得ないことなのかな・・・とも思いますが、如何でしょうか、御同輩。                                          平太独白
by heitaroh | 2008-10-10 17:15 | 歴史 | Trackback | Comments(8)

セ・パ決戦の秋・・・、CSはどうにも賛成できないけど。
親愛なるアッティクスへ

今年のオリックス大石大二郎監督というのはやはり、優秀な監督なんでしょうね。
シーズン途中で、しかも、低迷しているチームを引き継いで、あそこまで露骨(?)に立て直す・・・という例も珍しいですよ。
NHK特集などで採り上げてくれればいいのに・・・。

で、パの方は上位3チームの順位が出そろいましたので、私なりにCSを展望してみますと、こういう短期決戦では、良い投手3人がいるチームよりは、圧倒的な力を持つ大投手一人がいるチームが有利なように感じるのですが、私は今や大投手の代名詞となったダルビッシュがいる日ハムの進出はないように感じます。
これ即ち、かつてのソフトバンクがそうだったように、優勝に慣れてくると、かつてのような、優勝への渇望感が薄らいでくるんですよね。
今年の日ハムがそれだと・・・。
圧倒的な大投手、松坂大輔を擁する西武が2004年福岡ダイエーには勝てても、2005年ロッテには勝てなかったのがそれではないかと。
この点、西武と・・・、特に、オリックスにはそれがあるように思います。

一方、セ界では今、オリックスと同様に中盤まで下位に低迷していた巨人がもの凄い猛追を見せ、首位を独走していた阪神と、これまた、もの凄い、デッドヒートを展開してますよね。
昨日の試合も実に見応えがある試合でしたし、こういう展開こそがプロ野球ペントレース醍醐味なんでしょうが、CS・・・、いわゆる、プレーオフがあると、いきなり、興味半減しちゃいますよね。
だって、どっちが勝っても、結局、1ゲーム差から、もう一度やり直し・・・なわけでしょう。
これじゃあ、意味無いジャン・・・と。
以前から、私は平太郎独白録 「原理原則を無視したパシフィック・リーグのプレーオフ制度。」などでもたびたび、申し上げていたように、この、プレーオフという制度には批判的だったんですが、以前は、よく、私が言うと、「ソフトバンクが出られなかったので言っている」ととられたのですが、今となっては、ソフトバンクはまったく関係ないので、少しは客観的に聞いてもらえるでしょうか。
(これはこれで寂しいけど(笑)。)

ちなみに、福岡ソフトバンクホークスの監督、秋山幸二氏に決まりましたね。
当初は前ヤクルト監督の古田敦也氏の就任もあるという話でしたが、王さんの意向が絶対のソフトバンク球団にあっては王さんが「後任は秋山」と明言した段階で決まりなんだろうとは思いましたが、鳩首会談もあったようですし・・・、まあ、要は結局、古田氏が受けなかったんでしょうね。
でも、まあ、これはこれで良かったと思いますよ。
内部昇格がないとなると、次の小久保や、次の次の松中なども心安らかならぬところがあったでしょうからね。
ちなみに、今年の低迷についてはまた後日・・・。

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by heitaroh | 2008-10-09 13:02 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

その時歴史が動いた「神様、仏様、稲尾様」補足編 その1
親愛なるアッティクスへ

e0027240_15265599.jpg以前、平太郎独白録 : ついに歴史上の人物になってしまった稲尾さんでもご紹介していたように、去る先月の24日、NHK総合「その時歴史が動いた」という歴史ドキュメント番組で、あの、西鉄ライオンズの大投手にして、昨年、逝去された稲尾和久氏の奮闘ぶりを描いた「奇跡の大逆転!神様、仏様、稲尾様 〜稲尾和久 奮闘の日々〜」が放送されました。
ご覧に成られましたでしょうか。

(←この放送のチラシです。稲尾さんが「歴史上の人物」になった記念すべき瞬間を示した物ですので、永久保存版にすべく、数枚もらってきました。お入り用の方がありましたら、おわけしますよ(笑)。)

で、この放送はもちろん見ましたし、録画して、永久保存版にしようかなと・・・とも思っていたのですが、まあ、マニアからすれば、かなりかいつまんだ内容でしたので、少々、物足りないところがあり、どうしようかな・・・と思っているところです。
(むしろ、歴史番組ということで野球に興味のない人にも見てもらわなくてはならない・・・ということであれば、逆に、もう少し工夫は必要だったのかな・・・と思えなくもありませんが・・・。)
で、拙稿では、以前から、稲尾さんのことについては少なからず採り上げてきたこともあり、少し捕捉をしておきたいと思います。

まず、稲尾さんの入団のとき、西鉄ライオンズのスカウトが稲尾さんの評判を聞きつけて入団交渉に来た・・・ということでしたが、実際には、稲尾さんに目を付けたのは南海ホークスのスカウトであり、それを知った西鉄側が半ば南海への嫌がらせで獲得に動いたというものだったとか。
だから、最初から、まったく期待などされるはずもなく、野手の打撃練習のためのバッティング投手をさせられることになったのだと。
ちなみに、稲尾家では契約金を見て、家族中、ぶったまげたと言いますが、実は、この年の目玉選手は、小倉高校から入団した、甲子園の準優勝投手・畑 隆幸氏(ムツゴロウ先生の従兄弟)であり、入団後、畑投手の契約金を聞いて、稲尾さんは自分とのあまりの差に絶句したとか。

次に、昭和33年日本シリーズ3連敗から逆転の4連勝を飾ったことだけを採り上げられてましたが、この年、西鉄はシーズン中も一時は南海ホークスに大差を付けられ、今年は絶望的と言われていたところを、今年のオリックスのように、後半、ぐいぐいのし上がってきて、逆転優勝しています。
そのため、西鉄の三原 脩監督は、今年は優勝は無理・・・ということで退団して、大洋ホエールズの監督に就任する意向を固めており、球団側も引き留めるつもりはなかったのだとか。
それが優勝し、さらに日本一にまで成ったことで、退団することが出来なくなり、三原氏の大洋入りは一年遅れることになる・・・と。

それから、稲尾さんは、毎年、シーズン中の連投疲れからか、シーズン・オフになると、高熱を出して寝込んでいたそうですが、この年に限って、それが日本シリーズ前に出たのだとか。
従って、第一戦長嶋茂雄選手を中心とする巨人打線に打ち込まれた・・・とは言っても、実際にはそういう状態だったのだとか。

また、後日、続きます。
                                平太独白
by heitaroh | 2008-10-07 17:24 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

小沢昭一の小沢昭一的こころに想う夕焼けの記憶
親愛なるアッティクスへ

小沢昭一という人物をご存じでしょうか。
小沢一郎じゃないですよ(笑)。)
かつてはよく、テレビなどでも脇役としてお見受けした個性派俳優さんですが、私はむしろ、ラジオの「小沢昭一の小沢昭一的こころ」という番組の方で知ってました。
この番組、実は、私は主に中学生の頃によく聞いていたのですが(当時の中学生はよく、ラジオを聴いてましたっけ・・・。)、その後、社会人になってからも、折に触れて、たまに車のラジオなどで耳にするにつけ、「あ、まだやってたんだ」と感慨深いものがあり・・・。

が、それもそのはず、この番組は昭和48年(1973年)放送開始だそうで、放送開始当時、この方は今の私より年下の44才。(ちなみに、私は12才小学校六年生・・・。)
つまり、私がよく聞いていた頃というのは、この番組はまだ始まったばかりの頃だったんですね。
翁は昭和4年(1929年)生まれだそうですが、こういうものは、是非是非、いつまでも頑張って聴かせて頂きたいものです。
(私はいまだにあれを聞くと、中学生の頃、今はもう無い拙宅の強い西陽の当たる部屋で、窓の外にあった駐車場で遊ぶ近所のガキどもを見降ろしていたことを思い出します。)

ちなみに、当時は、他にも、「夕焼けに歌おう」などという番組もあり、高校生の時、これに詩を送って、読み上げられたこともあるんですよ。
出来としては、我ながら、それなりの出来でしたから、まあ、読まれても不思議はなかったと思うのですが、こちらは採り上げられると思って書いていなかったんで、何も控えなんか取ってなかったんですよね。
(まさしく、「無欲の勝利」・・・、いわゆる、ビギナーズ・ラックでしょう。)

e0027240_12245080.jpg

↑秋の日はつるべ落とし・・・。この一枚を撮って、場所を移動したら、もう、終わってました。私的には下の方に少しだけポツンと見える寂しいネオン郷愁を感じさせて好きなんですけどね(笑)。)

ちなみに、昔、「夕やけ番長」という漫画があったんですが、(覚えておられませんよね(笑)。)当時は、アニメにもなったし、結構、人気があった漫画だったんですが、主人公、赤城忠治破天荒なまでの快男児だが、夕焼けを見ると、なぜか、センチメンタルになる・・・という設定でした。
でも、やっぱり、夕焼けと言えば、黒澤 明の名作、「生きる」で、志村 喬演じる末期癌に冒された主人公が、ふと、夕焼けを見上げ、「実に美しい。ワシは夕焼けなんてこの30年間すっかり・・・、いや、しかし、ワシにはそんな時間はない」と言って歩きだすシーンこそが圧巻だったでしょうか。
                               平太独白
by heitaroh | 2008-10-06 08:14 | 文学芸術 | Trackback | Comments(8)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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