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小泉元総理引退にみる二世議員の階層化の是非
親愛なるアッティクスへ

先週からの続きになるのですが、小泉純一郎元総理が引退に伴い、後継者として次男を指名したこへのマスコミの論調を見ていると、小泉嫌いというよりは、小泉否定のように聞こえ、何だか、かつての吉田 茂への生理的なまでの否定的論調と似ているような気がしますが如何でしょうか。

さておき、その世襲ですが、それに否定的な人たちの最大の根拠は「親が優秀だからと言っても子も優秀だとは限らない」ということにあるのだと思いますが、「子は優秀ではない」と決めつけるのは、湯川教授じゃないけど、「実に非論理的・・・」でしょう。
ただ、そうは言っても、現実には、徳川将軍家歴代将軍がすべてに英邁でもなかったことを考えれば、「次も優秀である」と言い切るのも、これまた「実に非論理的・・・」だと。
つまり、この辺は、以前から、平太郎独白録 「オーナー企業は是か非か!」の中で申し上げて来たように、「オーナー社長」「雇われ社長」とはどちらが良い悪いということではなく、本来は双方うまく組み合わせて使うものだと・・・。

その上で、世襲議員ですが、私はこれは、それほど悪い傾向ではないと思います。
まず、大英帝国を始めとするヨーロッパ諸国には、古代ローマ以来の「ノブリス・オブリージュ」すなわち、「高貴なる者の責務」という概念があり、彼らは特権階級であると同時に、国家に対しても責任を負っていたわけで、この考え方は明治以降の日本でも導入され、戦前は皇族と呼ばれる人たちは、皆、同時に軍人であることが義務づけられており、つまり、戦前の日本では、華族・皇族などの貴族たちは、国家の存亡に対して、一蓮托生的「責任」を持つよう宿命づけられていたといえるわけです。
(それが衆議院に対する貴族院というものの存在として顕れていたのだろうと思います。少なくとも、選挙の洗礼を受けるのでしたら、「良識の府」というのは機能しませんよ。)

ところが、戦後、ご承知の通り、GHQの政策により、華族はおろか皇族とて、臣籍降下を余儀なくされたことで、日本からは貴族はいなくなってしまったわけですが、このことは同時に、天皇と共にオーナー意識を共有し、何代にも渡って、祖国の将来に責任を負う階層が居なくなってしまった・・・ともいえるわけです。
そしてその結果が、先日から申し上げている「自分の任期中だけ景気が良くなればいいという、歴代政権の雇われ社長的体質による天文学的な赤字国債の積み重なりであり、同様にオーナーを持たないアメリカブッシュ政権による今日の破滅的な災厄であるといえるでしょう。

ところがところが、それから年月を重ねるに連れ、GHQの思惑とは裏腹に、段々と、二世議員が増えて行き、今や、与党も野党も世襲議員だらけになってしまったと・・・。
しかしこれは、ある意味、日本型社会という土壌に種を蒔いた結果出来た品種であるともいえ、すなわち、国民全体が「階層としての世襲議員」、つまり、かつての貴族層のような物を招き寄せた結果だとも言えるのではないでしょうか。
(小泉さんのところだって、けしからんと言うなら、選挙民が落とせば良いだけで・・・。)

で、この二世議員というものが「階層」として存在することの良いところは、戦前のように、貴族に生まれつけば、無審査で半ば永遠に貴族で在り続けられるわけではなく、選挙という、それなりの審査を受けなければならないことです。
その意味では、「国家に責任を持つ階級として存在しながらも、特権階級としての永続性は保証されない」という、ある意味、理想の制度なのかも知れません。
まあ、選挙というフィルターを経る分だけ、大所高所より政策をチェックする機能は減退するでしょうけどね。
                      平太独白

by heitaroh | 2008-09-29 08:00 | 政治 | Trackback | Comments(0)

歓迎されない命令は実行されないの理
昨日の続きでもあるのですが、小泉純一郎元総理が引退を表明された時、マスコミなどの報道を見ていると、少なからず、悪く言う意見が目に付きました。
しかし、私的には、昨日も申し上げましたように、その意見には賛成できません。
なぜならば、平成13年(2001年)4月に小泉内閣が登場するまでの歴代政権の多くはバブル崩壊後の深刻なデフレ・スパイラルの中、あくまで、「自分の任期中だけ景気が良くなればいい」という「痛み止め」政策に終始していたからです。
特に、小渕恵三政権時代には、連立パートナーの公明党が強引に主張したとはいえ「地域振興券」という商品券を配り、無用の極致といえる2000円札の発行を企図し、(私は紙の主要サイズB5版からA4版に変更になったのも消費喚起のための陰謀ではなかったかと思っています。官公庁などの公文書が一斉に、それまでのB5版で作られた物が廃棄され、新しく、A4が購入されたわけですから、これだけで、相当の出費ですよ。)さらに、減税や金融対策などを含む計約42兆円の経済対策を打ち出したものの、その4割を占めるのは、当時から効果が疑問視されていた公共事業でした。

当時、私はある先輩に、「資本主義の体質的行き詰まり」について述べたところ、「資本主義が行き詰まったのではなく、消費さえ回復すれば景気はよくなるんだ」という、答えが返ってきました。
さらに、別の友人は「減税すれば景気はよくなる」、「宮沢喜一大蔵大臣になればよくなる」などといったようなことを言う人もおりましたが、この点で私は消費云々という問題ではないと思っておりましたので、余計、小渕政権の政策には批判的でした。
(この点は、平太郎独白録 : 消費は是か非かをご参照ください。)

この辺の雰囲気を知る、当時、知己に書き送ったメールがあります。
曰く、「・・・消費税の福祉目的云々、それに商品券といい、二千円札導入といい、泣きたくなるの通り越して、もう、滑稽なまでにおかしくなります。これでアメリカのバブルが崩壊したらどうなるのでしょうか。痛み止めが訊かなくなって、嵐の中で、手術を受けたのでは、もう、病人ではなく、死人になってしまいますよ。自分たちの選挙のことしか頭にないんでしょうね・・・」と。

つまり、「このままでは大変なことになる!いい加減に痛み止めでごまかすのはやめてくれ!」・・・という沈痛な想いのところへ登場してきたのが小泉政権でした。
もう、日本経済の病巣は限りなく大きくなっており、遅いくらいでしたが、少なくとも、これまでと違い「痛み止め」ではなく、本気で、「痛みが伴いますが手術しましょう」と言い切る医者の登場に、これが「日本再生」の最後のチャンスかもしれない・・・と真剣にそう思いましたし、実際、小泉さんは、各政策の是非は別にしても、総理大臣という、あんな小さな権限しか持ってない中で出来る最大のことを為したと思います。

その意味では、橋下 徹大阪府知事の改革は行き詰まると思います。
彼は、安倍晋三氏と同様に、TOPが「右と言ったら、皆、右を向く」と思っていますが、大組織とはそういうものではありません。
「歓迎されない命令は実行されない」ということを理解するべきでしょう。
「歓迎されない命令」は、伝言ゲームを重ねていくうちに骨抜きにされ、ときには、いつの間にか、雲散霧消してしまうことさえあるものです。
無論、総理大臣と知事とでは、権限に違いはあったとしても、詰まるところ、今の日本で改革をやるには、結果的に、小泉方式の方が近道であり、それしかないと思います。
                              平太独白

by heitaroh | 2008-09-27 17:17 | 政治 | Trackback | Comments(6)

麻生内閣に求められる負けるが勝ちの戦略
小泉純一郎元総理が引退されましたね。
あの人のことを色々、悪く言う人もいますが、信奉者だった私としては「ご苦労様でした」と言いたい想いです。
跡を息子に譲ったことを悪し様に言う識者もいるようですが、元々、小泉さん自身、世襲議員の、しかも、すでに三代目ですよ。
中曽根さんのところが息子が幾つになっても、なかなか、譲ろうとしなかったことと比べれば、「見事な引き際」だと言って良いんじゃないでしょうか。
それに譲ったからと言って、それでいいかどうかは、選挙民が判断するわけだし。

そもそも、マスコミ・・・・、特にジャーナリストを名乗っている人たちは、小泉さんや、かつての、田中角栄さんのような国民的な人気を持つ宰相というものが許せないんじゃないでしょうか。
以前、アメリカ領事館で開催されたセミナーに参加したとき、「著名なジャーナリスト」を名乗る方々がたくさん来られてましたが、彼らの言葉の端々からは、「国民大衆というのは大して学問もない愚かな輩だから、高い見識を持つ我々が指導してやらねばならない」みたいな雰囲気が伝わってきましたよ。

で、それはそうと、気が付けば麻生太郎内閣が発足しましたね。
新内閣は10月解散をにらんだ暫定的体制の色彩が濃いと言われていますよね。
でも、衆議院選挙を行ったとしても、基本的に自民党が数を増やすということは有り得ないわけですよね?
となれば、過半数を獲得したとしても余計、政権運営がやりにくくなるだけなんじゃないですか?
その意味では、私は麻生総裁は、今度の選挙ではいっそ、第一党の座から落ちても良いのではないかと思っています。
つまり、一度、政権を野党に渡すべきだと。

彼の祖父、吉田茂昭和21年(1946年)5月、自由党総裁鳩山一郎公職追放にともない首相に就任するも、翌年の衆議院議員総選挙日本社会党に第一党の座を明け渡した際には、社会党の一部には吉田続投を企図する動きがあったものの、あくまで、「首相は第一党から出すべきである」という憲政の常道に従って総辞職したという経緯があります。
その後、これにより、成立した社会党の片山哲内閣は内紛を繰り返し、指導力不足を露呈し瓦解。
禅譲という形で首相に就任した連立パートナーの芦田均内閣も昭和23年(1948年)、昭電疑獄事件を受けて総辞職。
ここで、吉田茂が再び、首相の座に着き、直後の総選挙で大勝し、その後の吉田時代を作った・・・と。

・・・おそらく、現在の民主党にも政権担当能力はありませんよ。
ほぼ、間違いなく、同じようなことになるのではないでしょうか。
となれば、一旦、負けて勝ちを獲るという戦略も必要なのではないでしょうか。
もっとも、麻生さん自身、総理大臣としての手腕という点では、何とも未知数であり、正直に言えば、ちと、怖い部分もありますので、彼が総理を長く続けることが良いかどうかは別ですけどね。
                     平太独白

by heitaroh | 2008-09-26 17:52 | 政治 | Trackback(1) | Comments(0)

王監督辞任にみる相変わらずのソフトバンク球団 その2
親愛なるアッティクスへ

e0027240_12365411.jpg昨日の続きですが、昨夜は福岡ソフトバンクホークス福岡ドーム最終戦最後のスーパーボックス、そして何より、王 貞治監督の引退試合へ行ってきましたので、予想通り見事な二日酔いです。

頭がまったく回っておりません。

e0027240_12504748.jpgでもって、行く直前に、夕方のニュースで、「王監督の福岡での最後の勇姿を見るべく、福岡ドームには朝から行列が出来ている」という話を耳にし、混雑に巻き込まれないよう、慌てて球場へ・・・。

e0027240_13452654.jpgもっとも、券が売れたというだけで、出足はいつもどおりでしたけどね。

(↑及び← スーパーボックスです。双方に写った座席の位置で構造がおわかりいただけると思います。)

e0027240_12272289.jpgで、昨日の試合ですが、試合を通して、皆、言ってた言葉があります。

「オリックスも空気読めよ・・・」(笑)。

で、色々と聞いたところでは、王監督の後任には秋山幸二氏よりも古田敦也前ヤクルトスワローズ監督の就任の線の方が強いみたいですね。
王監督も球団からも、「後任は秋山君で」という話がまったく出てきませんからね。
古田監督というのは以前から噂があったのは知っていたんですよ。
だけど、秋山氏が随分前から後継者としていたわけだから、それは有り得ないだろう・・・と思っていたのですが、内情を聞くとまあ、それもありかな・・・と。

そのうち、続くと思います。

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by heitaroh | 2008-09-25 08:08 | スポーツ | Trackback | Comments(6)

王監督辞任にみる相変わらずのソフトバンク球団 その1
親愛なるアッティクスへ

王 貞治監督、辞任を表明されましたね。
私的には、少し、遅すぎたような気もしますが、あの方の貢献を思えば、とりあえずは、「お疲れ様でした」・・・ですよ。
本当に、「長いこと、福岡がお世話になりました」です。
ただ、ソフトバンク球団も昨年、辞任の申し出があっていたにも関わらず、慰留した・・・ってのは、一体、何考えているんだ!と言いたいですね。
王さんを殺すまで使役するもりだったのか・・・と。
いくら、営業面で響こうが、知名度で落ちようが、68歳のお体のことを思えば、慰留したい気持ちをぐっと抑えて、退任に応じるのが人道というものでしょう。
それに、監督を辞めたとしても、現在、兼務するGM、副社長など球団の顔としての仕事まで無くなるわけではないのでしょうし・・・。
少々、呆れて物が言えません。

で、それはさておき、ワタクシ、実に良いタイミング(?)で、今夜は福岡ドームへ、今年最後公式戦へ行って参ります。
友人から、「最終戦だから見に行かないか?」といわれ、「いいよ」という話から、「せっかくだから、来年から取り壊されるスーパーボックスに行こうか」となり、「獲れる?」「獲れる」という会話となり、そういうことになりました。
と言っても、ゲーム自体は、事実上は、もう、終わってるんですけどね(笑)。
プレーオフ進出どころか、このままだと、楽天に抜かれて最下位転落さえしかねませんよ。)

ところで、その際、その友人から聞いたのですが、スーパーボックスが来年から取り壊されるということは決まっているものの、その後の利用は、まだ具体的に決まっていないんだとか。
私はてっきり、一般席にして、現在でも3万6千人くらいしか収容できないキャパを東京ドーム甲子園並みに引き上げるものだとばかり思っていたので、少し、意外でした。
聞くと、「いや、一般席にするよりも、年間指定席専用ラウンジにして年間指定席の販売を促進するということも考えられている」そうで、でも、私的には、それを聞いて結構、絶句しましたね。
「え?この時期に??」・・・と。
だって、もう、年間指定席の販売は始まってるんですよ。

ただ、そうは言っても、私も以前から、福岡ドームが東京ドーム並みに4万5千人の収容能力を持ったところで、東京や大阪並みに、毎日のようにそれだけ入るか・・・と言えば、少々、疑問でしたので、まあ、わからなくはないこともないですけどね。
今現在、3万6千人収容可能と言っても、シーズン中、平均して入っているのは精々、3万2千人、実際は3万人そこそこ・・・というところではないでしょうか。
つまり、日本シリーズオールスターなどになればそれなりに入るでしょうが、それ以外に、年間を通して、福岡のレベルで、何日、4万5千人動員できるかということになると、かなり、厳しいと思います。

明日に続きます。

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by heitaroh | 2008-09-24 08:43 | スポーツ | Trackback(1) | Comments(0)

固定資産税は天下の悪税!
「固定資産税」という税金があります。
誰しも、税金というものを喜ぶ人はいないのでしょうが、私はこの税金こそはまさに天下の悪税だと思っております。
なぜなら、この税金の旨みは、得た利益所得に対してではなく、その評価によって課税できることだからです。
そういうと、すぐに「金持ち優遇!」と目をつり上げる人たちがいるようですが、別に金持ちでなくとも、一戸建て持ち家を持っている年金生活者もいるわけですから・・・。

まず、固定資産税とは、言うまでもなく地方税であり、市区町村と言った自治体の収入となるのでしょうが、一方でこれら自治体の中には、かなりの数の公営住宅を所有しているところも少なくなく、となれば、それ自体、民間の賃貸経営者を圧迫しており、そればかりか、さらに、その賃貸経営者からも固定資産税を徴収しているわけですから、まさに「官業の民業圧迫」以外の何ものでもないわけです。
つまり、公営住宅からの家賃収入に加え、競争相手からも収入を得られるという、民間では考えられない仕組みが出来上がっているわけです。
そして、そういった圧倒的に旨い仕組みの上に成り立っている上に、一定期間経ち、古くなった公営住宅は平気で建て替えることが出来、さらに競争力を増します。
自治体は笑いが止まらないでしょう。

そもそも、戦後の住宅難の時代でもないのに、どうして、こんなに官が住宅を所有する・・・建て替えてまで所有し続ける必要があるのでしょうか?
官が公営住宅を所有するのであれば、地方税は無しにしても良いのではないでしょうか?
持ち家を持つと、収入が無くとも、固定資産税を払わなければならない・・・。
これって、もしや、市民に持ち家を持たせず、公営住宅に追い込む為の官の深謀遠慮なのでしょうか?
本来は、自治体は、住民からの家賃収入を得ているわけですから、逆に固定資産税は廃止していいのではないでしょうか?
それが出来ないなら、少なくとも評価ではなく、収益の中から取るようするべきだと思います。

また、土地だけあっても、特に今の時代、借り手がいない場合もあり、そんな土地を持っている人は結局、競売にかけられるしかなくなります。
もっと言えば、自治体ばかりか、住都公団や他の官の組織も、同様の事業を営んでおり、それらまで入れると、公営住宅というものは、もの凄い数になると思われます。
さらにさらに、それら公営住宅を行政が管理することによって、住宅供給公社の維持や、アニータ(笑)にも繋がっているわけです。

ちょいと、二日酔いで書いてますので、我ながら、イマイチ、何を言いたいかわからなくなってきましたが、要は金持ちが優遇されようと、自分には関係なかろうと、「官業の民業圧迫」という原理原則をないがしろにするべきではない・・・ということを言いたいわけです。
細かいところは突っ込まないでください(笑)。
今日は、今日だけは・・・武士の情けです・・・。
                     平太独白
by heitaroh | 2008-09-22 07:59 | 政治 | Trackback | Comments(2)

サザエさん磯野家25年目の真実
「25年後の磯野家」という「サザエさん」をモデルにしたCMがありますよね。



なかなか、ほのぼのとした味のある仕上がりになっていますが、確か、サザエさんは、原作者である長谷川町子女史が、終戦直後の昭和21年(1946年)、福岡市の自宅近くの百道海岸を眺めていて、登場人物の名前や家族構成を思いついた・・・とと記憶しております。
(百道海岸というところは、昭和の終わり頃から埋め立てられて、現在、福岡ドーム福岡タワーなどが建ってしまっていますが、私の父が若い頃までは福岡市で一番人気の海水浴場があったところです。ちなみに、私の子供の頃は、ここはすでに大腸菌が繁殖しすぎて遊泳禁止になってました・・・。)

で、そのCMを見ていて、ふと、思ったのですが、昭和21年の連載開始当時、サザエさんは独身OLでしたので、まあ、21歳だったとすると、昭和元年生まれ・・・
(ちなみに、なぜか拙宅にあった「磯野家の謎」という本には確か、サザエさんは大正11年生まれと書いてあったような気がしますが、だとすれば、マスオさんは太平洋戦争を経験しているんですね。もっとも、マスオさんはああ見えて、早稲田大学卒業でしたから、当時、兵役法などの規定により旧制大学の学生は26歳まで徴兵を猶予されていたことを考えると微妙なところでしょうが。)
ただ、そうなると、このCMでは、イクラちゃんがスーパーカーに乗り、「今時、スーパーカーなんて言わない」などと言っているところを見ると、私の記憶では、確か、スーパーカー・ブームというものは昭和50年頃だったように思いますので、設定はもう少し後・・・、おそらく、マンガの「サザエさん」ではなく、アニメの「サザエさん」をモデルにしているのではないかと。

となれば、アニメの放送が始まったのが、昭和44年(1969年)といいますから、サザエさんは、当時、すでにイクラちゃんを産んでいたことを考えると、24歳くらいにはなっていたと考えられ、となれば、昭和20年生まれ・・・ということになるのでしょうか。
(私はサザエさんが初放送されたとき、見ていた記憶があります。)
その25年後と言えば、平成6年(1994年)ですから、「今時、スーパーカーなんて」という表現も適切でしょう。
カツオが36歳、ワカメが34歳、タラちゃんが28歳、イクラちゃんが26歳ですから、まあ、計算も合うし、そうなると、サザエさんはこの時点で49歳・・・。
ちなみに、ワカメとタラちゃんは姉弟ではなく叔母甥、さらに、タラちゃんとイクラちゃんは従兄弟でもなく、又従兄弟という遠ーい親戚です。

一方、このCMの舞台をもし、現代だと設定すると、25年前は昭和58年(1983年)になりますから、昭和44年なら、まだぎりぎり、マスオさんが妻の実家で妻の家族と同居していたというのも頷けますが、昭和58年となると、ちと、無理があるように感じます。
もっとも、私的には、年上と思っていたカツオがはるか年下だったことと、宮沢りえちゃんがいつの間にか35歳になっていたことの方が結構、ショックでしたけどね(笑)。
                             平太独白
by heitaroh | 2008-09-19 08:13 | 文学芸術 | Trackback(1) | Comments(12)

物価高がもたらす効用 その2
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

プラザ合意以降の円高に伴い我々の暮らしを潤していった物価安ですが、ただ、同時にその物価安というのは、知らないうちに日本人が作り出していた質実な社会を冒していったという側面もあったようです。
かつて、ソニー盛田昭夫氏がその著書、「メイド・イン・ジャパン」の中で、「日本は資源のリサイクルが世界一進んだ社会だ」というようなことを言っておられましたが、円高になってくると、もう、リサイクルして使うよりも海外から買ってきた方が安い・・・というようになりましたよね。
その最たる物が「紙」でしょう。
それまでは、古新聞が溜まると、「ちりがみ交換」回収車が廻ってきて、それなりのトイレット・ペーパーと変えてくれましたが、今や、殆ど、見なくなってしまいました。
家庭から出る古新聞は焼却処分にして、海外の古新聞を買ってきた方が安くなってしまったんですよね。

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で、その延長線上で、今日、驚くべきは、毎日、拙宅郵便受けに入るチラシの量です。
毎日毎日、読まれもしないコミュニティ紙マンションのチラシピンクチラシなど・・・、これでもかというくらい投函されています。
しかも、それらはそれなりに結構、立派な紙質なんですよ。
そして、それが殆ど、読まれもせずに捨てられているわけですから、物がタダ同然というのも考え物です。
これなどは、もし、このまま、紙の値段が高騰して行ったならば、こういう無駄遣いはできず、読まれる可能性もないところに無造作に投資するという、従来型の非効率広告宣伝活動も見直されるでしょう。

その意味でいえば、食べ物もまた然り。
食糧自給率が低いといいながら、毎日、捨てられている食料投棄率は異常なほどです。
その顕著な例がでしょう。
「物価の優等生」と言われる卵ですが、これまでは一つしか欲しくない人でも、6個パックでしたから、6個買わざるを得ず、つまり、残りの5個は捨てていたわけですよね。
(この点では、かつて、どこかの清涼飲料水メーカーが消費者が飲みたい量に応じて選べるようにして販売したところ、逆に売り上げが激減した・・・という話を思い出しました。つまり、それまでは、一口しかいらない人も、350mlを買って、一口だけ飲んで、後は捨てていたんですね。)
でもこれって、私的には本末転倒のような気がします。
だから、卵を「投げつけることに使う」・・・などという人たちが出てくるわけで。
それが、今では、物価高とそれに伴う売り上げ減少に対応するため、1個売りするところも出始めた・・・とも聞きました。
そう考えれば、物価高というのはそれまで日本人が持っていた質実な社会という物を取り戻させてくれる機会であるようにも思うのですが、如何でしょうか。
                                平太独白
by heitaroh | 2008-09-18 08:52 | 経済・マネジメント | Trackback(1) | Comments(2)

物価高がもたらす効用 その1
親愛なるアッティクスへ

円高株安に振れましたよね。
株安はともかくとして、円高というのは、私はかねてからの円高容認論者ですから、それほど、悪い事とも思いません。
それは単に、諸物価の高騰に一息付ける・・・というだけではなく、日本の購買力競争力が付くという意味で、つまり、資源確保という意味で、産業界にも有益だと思うからです。
いくら、円が安くなっても、原材料が入ってこなくなっては輸出企業も製品を作れないでしょうから。

その上で、ご存じのように、昨今、原油高に端を発する諸物価の高騰が著しいですが、この傾向は、BRICSなどの新興国も資源を消費しだしたことで、需要自体が高まったという構図があり、となれば、投機による乱高下はあったにしても、基本的に元のレベルに戻ることはない、つまり、高止まりするという視点で間違っていない・・・と思います。
それを踏まえた上で、昨今の「物価高」について言わせて頂くなら、物価高というのも必ずしも悪いことばかりでもないと思います。
ただ、この話題は、これを言うと、今、物価高で苦しんでおられる方からはお叱りを受けるだろうという思いから、実はこれまで触れてこなかった話題の一つだったのですが、一応、開陳しておきたいと思います。

まず、昭和50年代、ガソリンの値段なんて、確か、普通に135円くらいで、180円ってときもあったような気もします。
それが、プラザ合意以降、当時は、輸出企業の業績不振に伴い円高不況などと言われたものの、その反面、確実に物価は下がって行き、我々の生活を潤していったように記憶しておりますが、それも、見過ごせない事実でしょう。

e0027240_0394269.jpgその結果、この20年近く、ガソリンの値段ひとつを採ってみても、かなり、安い価格が定着してきたわけで。
(昭和55年だったかに懸命にアルバイトをした金で精一杯の無理をして買った29,800円高級革ジャンが10年後くらいに見たときには9,800円になっていたのには、本当にがっくりときました。その意味では今、不用意に円安に振れるのは物凄く危険なことだと思います。)
つまり、現在、物価が高くなっているんじゃなくて、今までが安すぎたんだと思うわけですよ。

その意味では、「現代は、実体経済から見れば超円安だ」などと言われますが、プラザ合意前・・・、すなわち、本来(?)の物価水準からすれば、まだまだ、円高であるように思えて成りません。

台風が来ているので、おそらく、どこにも出かけられないと思いますので、たぶん、明日に続くと思います。
                              平太独白
by heitaroh | 2008-09-17 08:52 | 経済・マネジメント | Trackback | Comments(0)

「アキラ・カトーは神様だ!」
親愛なるアッティクスへ

加藤明という人物をご存じでしょうか?
私も、一年ほど前まで知りませんでした。

加藤明という人は、昭和40年から単身、ペルーに渡り、17年間でペルー女子バレーボールを世界レベル(最終的にソウルオリンピック銀メダルが最高位)にまで引き上げ、そして、その二年後の昭和57年(1982年)3月20日、ペルー・リマ市内の病院で、突然、客死した人です。
享年49才。

その人が死んだら、大げさでなく、ペルー中が悲しみ、2時に死んだのに、深夜まで、一晩中、弔意を表す車のクラクション鳴り続けたと言います。
棺を持つ葬列は、もの凄い群衆で埋まり、人々は狂ったように泣き叫んでました。
皆、口々に言います。
「アキラ・カトーは神様だ!」と。

こういう生き方もあるんだよなって・・・。
色々なところで行き詰まっている私には、少し考えさせられる生き方でした・・・。

無論、加藤明がペルーをここまで引き上げるまでには、経済的な面、言葉の面に限らず、様々な、並じゃない苦労があったようです。
やはり、戦争が終わって、何もないところからはい上がってきたあの時代の日本人だからこそできたんだろうな・・・などと思っていたら、そんなことはなく、やはり、ペルーに着いて早々の加藤明は、バレーボールどころじゃないあまりの現実の前に、相当、途方にくれたみたいですね。
その意味では、彼の17年間という物は、我々が思っているほど平坦な物ではなかったことは確かでしょう・・・。
そして、それがわかっているからこそ、ペルー人の多くが彼に感謝し、彼の死を悼んだ・・・。
当時の流行歌である坂本九さんの「上を向いて歩こう」を、加藤明がよく口ずさんでいたらしく、教え子たちは、今でも、皆、この歌を日本語で歌うそうです。
「涙がこぼれ~ないように♪」って。

参考:【加藤明。昭和30年、慶應義塾大学を卒業後、当時の八幡製鐵に入社。
当時は9人制であった前衛のレフトとして活躍し、そのセンスは天才的であったとさえ言われる。
しかし、その選手寿命は意外に短く、6人制での第4回世界選手権大会(昭和35年)の日本代表を最後に引退。
その後、指導者の道を歩むこととなり、2部に低迷していた母校、慶応をバレー部監督として、1部に復帰させ、さらには昭和39年のインカレでは強豪を次々破って優勝に導くなど、指導者として非凡な才能を見せた。
これにより、南米ペルー女子バレーの代表監督を委ねられることとなる。】
              平太独白
by heitaroh | 2008-09-16 17:14 | スポーツ | Trackback | Comments(2)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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