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古代ローマに見る良い仕事をしすぎたが故の作家の功罪 2
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

「あまりにも良い仕事をしすぎた」という点での、司馬遼太郎氏のの部分、即ち、「司馬史観=史実」であるという誤解についてだが、これについては、実はかくいう私も、それに毒されていた一人である。
司馬翁の著書の中に、「坂本龍馬脱藩するに当たっては、の一人がそのを負って自害した」という記述があり、また、他の媒体でも度々、見かけたことから、これはてっきり、事実だとばかり思っていたのだが、以前、高知を旅した際に、「坂本龍馬記念館」(?)に行くことになり、道々、このことを、同行者に得意気に語ったところ、同館には、「この話については、事実としては確認されていない」と、大きく張り出されており、これには大いに面目を失うこととなったのである。

これ即ち、研究発表でない限り、極力、史実を基に描いたとしても、そこに作者の史観が影響してくるのはやむを得ないことといえるだろう。
この点で、塩野七生女史は、大作「ローマ人の物語」を著すことで、これまで、日本人にあまり馴染みがなかった古代ローマというものを、系統立てて、わかりやすく、それでいて、既存の学者の説をなぞるだけに終わらない、優れた逸品に仕上げた。

明治以降、日本人は、脱亜入欧というスローガンを掲げてきたわけだが、その是非は置くとして、それを掲げる以上は、最低、「ギリシャ・ローマ史」「聖書」くらいは(入信しないまでも)理解しておくべきではなかったか・・・というのが、常々の私の考えであった。
ただ、聖書はともかく、ヨーロッパ文明の基礎となった「ギリシャ・ローマ文明」については、これを、きちんと、系統立てて、しかも、基礎知識がない日本人にもわかるように詳述した良書は皆無であったのである。
(昔、私が学生時代には、日本人向けにわかりやすく、ローマ史の一部として系統立てて著した著作を探したのだが、書店では皆無だった。 カエサルアウグストゥスの名前は知っていても、彼らをモデルに描かれた著作は、小説ですら見つけ出すことは困難だった。)
日本人は、必ずしも、欧米に同化する必要はないが、その意味では、この書は必読の書であると思われる。
そこへ、この本が出た。
読んでみると、読みやすいし、わかりやすい。

だが、それだけに、ローマ帝国がきちんと機能している時代までを「理想的な政体」であるかのように描いているのは、少々、いかがなものかと思える。
それは、いかに素晴らしい政体であっても、現実には、既述のように、古代国家以外の何ものでもなかったからだ。
(無論、現代より優れた部分もあっただろうが。)
即ち、古代ローマとは、奴隷で成り立っていた政体であり、塩野女史は、「解放奴隷」などの救済措置があったことで、奴隷制度の現実を希釈しているようだが、もっと、これら負の側面についても詳述するべきではなかったか。
それらのことについては、貴族の平均年齢65歳に対し、奴隷の平均年齢20歳という数字が雄弁に物語っているだろう。
(最たる物は、剣闘士奴隷による大規模な反乱「スパルタカスの反乱」に対する部分での記述であろうか。塩野女史には、なぜ、こんな反乱が起きたのかが、理解できなかったのではなかろうか。)
                                 平太独白
by heitaroh | 2007-09-28 08:04 | 歴史 | Trackback | Comments(6)

古代ローマに見る良い仕事をしすぎたが故の作家の功罪 1
親愛なるアッティクスへ

以前、テレビで、「ROME」(ローマ)というドラマ(?)をやっているのを見た。
ローマとは、言うまでもなく、古代ローマのことで、ユリウス=カエサルや、オクタビアヌス、クレオパトラの時代を舞台に、毎週二話、2時間にわたって放送されていたのだが、なかなかに見応えがある番組で、大いに気に入っている。
特に、驚くべきは、その舞台設定だ。

これは、本来、史実に表れてこないローマの姿そのものが、忠実に再現されており、そこに出てくる人々は良い意味でも悪い意味でも、実際にそこに生きていた人として、活き活きと描かれている。
主人公は、カエサルでも、オクタビアヌスでもなく、一介のローマ軍兵士二人であり、彼らの生涯と視点を軸に、英雄たちと絡ませることにより、一層、当時のローマという物を等身大で描き出すことに成功したように思える。
史実としては、多少、面白おかしく作ってある部分もあり、また、本来、架空の主人公の兵士二人を含む登場人物の色づけなどには不要論を唱える私も、むしろ、これを切り離してみることこそがフィクションであるかのように思え、見応えという点では、実際のローマかくありし・・・と思わざるを得ないほどの仕上がりである。

街には、ローマ人ばかりではなく、ユダヤ人、マウリタニア人、ゲルマン人、ケルト人、ギリシャ人、エジプト人、ペルシャ人などが、普通に、各々の民族衣装のままで溢れており、この都市が、雑多な人種の集合体であったことがわかるだろう。
ローマのマフィア同士の抗争など、史実にはどこにも出てこない話であろうが、その凄惨ぶりは目を覆わんばかりで、実際のローマかくありき・・・と思わせられる一場面でもある。
さらに、ローマの女同士の争いもまた、上流社会も日本の大奥の比ではなく、売春婦のそれも、「陽暉楼」「吉原炎上」の比ではなく、とにかく、人間の値段が限りなく安価であることに驚かされる。
思えば、キリスト教的価値観が浸透する前であり、そこには「貞操観念」、「同性愛」、「拷問」、「人権」・・・・、即ち、「理論上考えられること」は何でもありの世界なのである。
この点は、いくら、古代のギリシャ・ローマ「民主主義の原型」を求めようとも、そこにあるのは、まごうことなき古代国家であり、しょせん、古代社会は古代社会だな・・という感を強くする。
一部、R-15指定になるのもやむを得ないといえよう。

で、先日、塩野七生女史の大作、「ローマ人の物語」の最終巻を、ようやく、読み終えた。
この点で、故司馬遼太郎氏は、あまりにも良い仕事をしすぎたがゆえに、その裏表としての「功罪」を生じさせた・・・。
即ち、あまりにも良い仕事をしすぎたがゆえに、多くの人が、そこに書いてあることが史実であると思いこんでしまった・・・、つまり、司馬史観というフィルターを通して見てしまっていることである。

そして、その点で、塩野女史もまた、然りであろうか。

明日に続く・・・。
                                 平太独白
by heitaroh | 2007-09-27 08:08 | 歴史 | Trackback | Comments(0)

福田新総理誕生に福岡県唯一の総理・広田弘毅を想う
親愛なるアッティクスへ

自民党総裁選の結果、ついに福田康夫新総理が誕生しましたね。
少々、物足りないような気もしますが、安倍晋三前総理が「日本のブッシュ」と化してましたから、とりあえずは、迷走状態脱却するためにも、ああいう手堅い人の方がいいと思います。
(一方の旗頭だった麻生太郎さんは、元々、問題発言が多いことでも知られており、また、少々、「奇をてらうキャラ」でもあることから、現時点では福田さんの方が適任だったかと・・・。)
もっとも、人事については、国会開会中と言うこともあり、あまり、いじらないと言ってましたが、私には一見いじってないようで、少しいじりすぎたのでは・・・という印象がありますね。
官房長官も与謝野氏で良かったと思いますし、党四役人事もそのままで良かったんじゃないですか?
「今は国会開会中だから」、「我々には責任がある」という大義名分を掲げれば、麻生さんもとりあえずは幹事長に留任することも否とは言えなかったようにも思うんですけどね。

ちなみに、福田総理の誕生で、群馬県は総理大臣四人となり、東京、岩手を抜いて、山口県に次ぐ輩出県第二位に躍り出ましたね。
まあ、多少は、福岡県から2人目総理大臣誕生にも期待したんですけどね(笑)。

この点は、以前、平太郎独白録: 自民党次期総裁候補に見る総理大臣論 その1。の中でも触れたところですが、「福岡県からの総理」というのは、どうにも、あと一歩・・・届かないんですよねぇ。
(といっても、べらんめえ調で話している麻生さんに、同郷人という感覚はありませんけどね。)
我が福岡県は戦前の広田弘毅一人だけで、しかも、2.26事件の直後に総理になって、そのまま、軍に為すがままにされて、あげくには、軍の専横を決定的な物にする軍部大臣現役武官制復活を許し、結局、総辞職・・・。
最後は、東京裁判で、文官として、唯一の絞首刑になっているという運の悪さ・・・。

広田という人物は、城山三郎の小説、「落日燃ゆ」の主人公として知られていますが、さらに、今日、彼を知る古老らに言わせれば、大変、立派な人だったそうです。
が、少なくとも、どうせ、政権を投げ出すのであれば、少なくとも、軍部大臣現役武官制だけは阻止できたのではないか・・・と。
そうすれば、彼の後に、組閣の大命が降下した陸軍の天敵、宇垣一成内閣が出来たわけで、唯一、太平洋戦争へと至る日本の歴史が変えられる可能性があったと思われるだけに、残念です。
東京裁判での尋問記録を紐解く限りでは、彼には、軍部大臣現役武官制というものの危険性に対しては、あまり、認識を持っていなかったように思えますが、この点は、首を傾げさせられるところです。
なぜなら、軍部大臣現役武官制については、前にも、「復活」と記したとおり、元々、大正時代に「弊害が大きい」という理由から、一旦、「廃止」された経緯があったものだからです。

ちなみに、東京裁判における広田は、「私には責任がある。どのような判決でも受け入れる用意がある」と語っていたといいますが、この点は、ニュールンベルク裁判におけるシュペーアに相当するでしょうか。
日本でも、ドイツでも、戦犯として裁かれる者の中にも、一人くらいは、良識を持つ者がいる・・・ということかと。
平太独白
by heitaroh | 2007-09-26 08:40 | 政治 | Trackback | Comments(2)

RAA設立に対する池田勇人への批判は政治の怠慢容認
親愛なるアッティクスへ

RAAというのをご存じでしょうか?
Recreation and Amusement Associationの略で、特殊慰安施設協会・・・、つまり、終戦直後、占領軍兵士向けに作られた有料の売春施設のことで、忌まわしい戦後史の闇の部分です。
敗戦直後の昭和20年(1945年)8月18日、「日本の女は、進駐してくる米兵に犯される」との噂が飛び交ったことで、内務省は、占領軍兵士のための、特殊慰安施設協会を設立することを考え、当時、大蔵官僚であった池田勇人に、そのための予算1億円の打診をしたとか。
このとき、池田は、「1億で大和撫子の貞操が守れるなら安いものだ」と語ったといわれ、現在でも、池田が後に総理大臣にまで登り詰めたことに掛け合わせて、これを池田の犯罪であるかのようにいう人がいますが、私は、これには同調しません。

ただ、こういうと、すぐに目をつり上げられる方もいらっしゃるでしょうから、この問題の負の部分に、もう少し、光を当てておきますと、「このとき、やってきた女性の多くは仕事の中味を聞くと去って行ったが、しかし、中には、当時は終戦直後ということもあり、他に生活手段の無い女性や、また、騙されて就業してしまった女性などを合わせて、最終的には1,300人あまりの女性が協会に登録した」・・・と。
ところが、「この後、公的組織としてのRAAは性病の蔓延などが、度々、指摘されたことから、昭和21年(1946年)1月15日に廃止されたが、実際に解散するに至ったのは昭和24年(1949年)4月のこと」だったそうで、一方で、「RAAの完全解散は、今や、他の職業に就くことも出来なくなったこれらの女性たちの生活手段を奪うことになり、彼女らは街娼となり、町に溢れた」と言われています。
(ちなみに、これらの女性は、一般兵士向けであり、将校に対しては、良家の子女「行儀見習い」と騙されて、彼らの元へ送られたとも言われています。)

と、まあ、ここまで述べた上で、敢えて、上述した池田勇人の発言への批判について、私が軽々に同調することはでないという理由・・・。
それは、「犠牲を最低限に抑えるのが政治の仕事」だと思っているからです。
無論、犠牲がないなら、それにこしたことはないでしょう。
しかし、犠牲が出ること避けられない場合、わかりやすく言うならば、日本沈没する場合に、「どうせ沈んでしまうんだから、100人死ぬも1000人死ぬも一緒だ」ではなく、「100人助かるところを101人助ける」のが政治の仕事だと思うのです。
そして、そのためには、酷なようですが、「助かる人から助けざるを得ない」と。
その意味では、彼女らには、まことに酷ですが、現実に、一般女性への被害が抑えられたという説もあり(事実、そうだったと思います。)、彼女らは多くの女性を生かすための「人柱」になったと言えるでしょうか。

事実、日本に先立つこと3ヶ月前に降伏したドイツではスターリンは、ベルリンの女性たちをソ連兵「ご褒美」として、はっきりと、GOサインを出しています。
もちろん、その「人柱」に入れられる方は、たまったものではないですよ。
しかし、それをしないで、もっと多くの被害者を出すことを容認するのは政治の怠慢だと思うのです。
「川を渡ってくる人に、一人一人、体を拭いて火に当たらせるよりも、橋を架けてやれ」という言葉があります。
この「橋を架ける」ことこそが政治の仕事ではないでしょうか。
いかなる批判にさらされようとも・・・。
                     平太独白
by heitaroh | 2007-09-25 08:15 | 政治 | Trackback | Comments(6)

ピストル堤こと堤康次郎の卓見、「喬木風に弱し!」
親愛なるアッティクスへ

以前、20年くらい前でしょうか、「西武VS東急戦国史」という本を読んだことがあります。
あの!西武東急が成立していく過程を講談本的に描いた、なかなか、面白い本だったのですが、その中で、今でも、大変、印象に残っている話があります。

西武の創業者にして先代である「ピストル堤」こと、堤 康次郞氏や、東急の創業者、「強盗慶太」こと五島慶太氏という、あの時代の、いわゆる明治生まれの大物というのは、まあ、時代的な背景もあったのでしょうが、現代のホリエモン楽天三木谷氏のように決してスマートではない・・・、(むしろ、そういったきれい事に身を包むという必要もなかったのでしょうが)本音という核の部分がむき出しの家長的雰囲気を持っていた人が多かったように思えます。
(「ピストル堤」は、右翼に銃で威嚇射撃されても、まるでひるまなかったというエピソードから・・・、「強盗慶太」といのは、余りにも強引な企業合併・・・つまり、乗っ取りを次々としかけることからそう呼ばれたのだと。)

で、私が印象に残っている部分というのは、堤 康次郞と西武がその拠点である東京池袋に対する姿勢です。
昭和22年(1947年)、公職追放中の身であった堤 康次郞は、地元より、「地元復興のために、東京池袋東口の土地、1万6千坪のうちの1万坪を売っていただきたい」と懇願されたとか。
このとき、本来、公徳心などというものには、まったく縁遠いはずの堤が、なぜか、それに応じて放出することを決定したと。
折から、地価が高騰していたことで、重役や株主の中には、「近い将来、西武百貨店を建設しなければならないのに、その土地にたくさんの商店が開店されるのは西武百貨店のためにはならない。あくまでも独占しておくべきだ」と、反対する者もいたといいます。
一見、至極もっともな意見に聞こえますが、これに対する堤康次郞の答えこそが、まさしく卓見だったと思います。
「それでは発想が逆だ。西武百貨店のためになるからこそ売るんだ。喬木は風に弱しで、たくさんの商店や飲食店ができれば群衆が多く集まる。ひとりでに街になる。そうさせておいてそのまん中に、わが西武百貨店を建てれば、なお効果的ではないか」

一本でぽつんと立っている木は風に弱い・・・。
思わず、ほー!と唸りましたね。

周辺にさまざまな雑木が繁っていてこそ、それらが防風林の役割を果してくれる。
一店だけで独占していると、一見、独占収入のようにも見えても地域に広がりが出ないばかりか、何かあった場合、一店だけで陳情などの活動をするのと、業界団体として活動するのとでは重みが違ってくる・・・。
また、西武百貨店が、東急の地元、渋谷に店を出したときに様々な妨害にあったのに対し、東急が西武の地元、池袋にデパートを出そうとしたとき、当然、反対すべきだという社内の意見を抑え、康次郞はこれを容認したと言います。
これこそ、まさしく、「喬木(桿木)風に弱し!」でしょう。

堤 康次郞という人物は、衆議院議長を務める一方で、「社員は皆、明智光秀だから、信用するな!」などと言ったという話もあるあくの強い経営者であり、その意味では、今の西武の凋落ぶりの根本を作ったという点で功罪半ばする人だったのかもしれませんが、この「桿木風に弱し!」という一点に於いては、経営者として、素晴らしい見識を持っていた人だと思わざるを得ないように思います。

ちなみに、同書の中では「喬木」と表示されていますが、私は同書の中に、なぜか、「桿木」とわざわざ、走り書きを入れております。
もう、20年も前のことで、なぜ、そういう書き込みを入れたのかは覚えておりませんが、(あるいは、別の本などでそう表示されていたのかも。)わざわざ、入れているということで、当時の私を尊重し(笑)、敢えて、一言。
誤り等有りましたら、どうぞ、遠慮無くご指摘下さい。
                        平太独白
by heitaroh | 2007-09-22 08:03 | 経済・マネジメント | Trackback(1) | Comments(4)

野村高将氏の身に起きた大難に憤慨ひとかたならず 後編
親愛なるアッティクスへ

で、昨日の続きです。

昨日のケースというのも、相手に悪意があればまだしも、まったく、悪意がない・・・というのもこれまた、困りものなんですよね。
かくいう私も実は、先日、車を運転中に、当たってないのに「当たった!」と言われるトラブルに巻き込まれました。
バックしようとしたら、後ろから来た車にクラクションを鳴らされたので、一旦、その車を先に行かせようと、端に寄せて止まったところ、その車はそのまま私の車の後ろに付けて、激しくクラクションを鳴らす・・・。
「道が狭いから行けないのか・・・」と思い、先に進んで行かせようとしたところ、角を曲がってやったにも関わらず、向こうも角を曲がって、どこまでもクラクションを鳴らしながら追いかけてくるので、「当たり屋か?」と思い、10mほど行ったところで後ろを覗き込んだら、普通のおばさん・・・。
ここで初めて、降りていって、「何ですか?」と聞くと、「当たったでしょうが!」と。
見れば向こうのバンパーには痕跡が・・・。
でも、それは棒状の物が当たった跡で、どこをどうやっても、こちらの車では付かない傷。
警察呼んでも、警察も、「当たったかどうかは我々には責任ない」の一点張り。
どうせ、大した事故じゃないし、後は保険屋がやるんだから、本当に当たっているのなら事故扱いにしても構わなかったんですが、とにかく、当たった感触も痕跡もないので・・・。
で、結局、そのまま、2時間粘られて、これ以上、時間とられるのもかなわないので、事故扱いにしました。

ところが、後日、保険会社が調査したところ、やはり、「当たってない」という結論に・・・。
ところがところが、相手は納得しないで、すったもんだあった末、逆に、「あいつは、当てた後、逃げたんだ!」などと言いだす始末・・・。
これには、思わず私もカチン・・・と来ましたね。
普通、止まっているのに、後ろからクラクション鳴らされたら前に進むだろうよ・・・と。
逃げるなら、誰が、止まり止まりしながら逃げるか!と・・・。
でも、色々考えましたが、やはり、相手には、あまり悪意はあるようには思えませんでした。
全くの思いこみなんでしょうね。

まあ、この、当たった当たってないの話は、さすがに相手の頑迷さに手を焼いた保険会社のほうが泣きついてきたのと、私の方も、こんなくだらない問題でこれ以上、時間をとられることもかなわないので、矛を収めましたが、今にして思えば、やはり、最高裁まで争うべきだったなと悔やまれてなりません。
少なくとも、「逃げた」などという事実がなかったことだけは確定させておかなければ、後日、万一、何か名前が出るようなことがったときに、「あいつは、あのとき逃げた奴だ」などということを言われかねませんよ。

かつて、漫画界の神様・故手塚治虫翁は、終戦直後医学生時代、たまたま、夜道を歩いていたところ、向こうから来た数人の酔った米兵に、突然、動けなくなるまで殴る蹴るされたといいます。
手塚翁は、何ら、悪いことはしていないわけで、さぞかし、我が身の理不尽を呪ったことでしょう。
私のことはまあ、良いとしても、今回の、この非常勤講師氏の身に起きた何とも理不尽な災難は、まあ、結果的に、検察官がきちんと調べ直してくれたからか、とりあえずは、不起訴となったようですが、この方が失ったものは余りにも大きすぎますよ。

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by heitaroh | 2007-09-21 08:25 | 社会全般 | Trackback | Comments(0)

野村高将氏の身に起きた大難に憤慨ひとかたならず 前編
親愛なるアッティクスへ

e0027240_1032354.jpg先日、国士舘大学非常勤講師野村高将氏が、電車の中で痴漢として逮捕され、不起訴になったものの、職場に迷惑が及ぶのを恐れて辞表を提出したとの話を耳にしました。
(詳細:荒川区議会議員小坂英二の考察・雑感: 誤認逮捕:報道被害の名誉回復を!

まさしく、私が、以前、平太郎独白録: 映画、それでもボクはやってないに想うそれを生業にする女性で指摘した通り、「あの映画以来、これで小遣い銭を稼ぐ知恵を得た女性が増えたであろう」ということを危惧しておりましたが、不起訴になったということは、明らかに、そのケースではないでしょうか。

で、こういう場合、警察も、ちょっと考えれば明らかに「おかしい」とわかるような話も少なくないんですよね。
このケースも、警察も初動捜査の段階から、きちんと実況検分したのでしょうか?
不起訴になるということは、安易に、女性の側の言い分だけを聞いて誤認逮捕に至ったのではないでしょうか。
十年前ならまだしも、これだけ、痴漢によるえん罪被害が取りざたされているのに・・・です。

それから、電鉄会社の怠慢糾弾されて良いところではないでしょうか。
これだけ、痴漢えん罪被害が問題になり、映画まで作られているわけですから、十年一日のような対策しかしてない電鉄会社の責任も問われてしかるべしではないかと。
電鉄会社も、それが嫌なら、監視カメラの設置や、女性専用車両の拡充とそれ以外の車両に乗っていての被害の却下などはやるべきではないですか?
電鉄会社が訴えられないから、対策に無神経になるのではないかと。

ちなみに、JRでは痴漢を突き出したら、無条件1万円くれるってのは本当ですか?
しかも、後から間違っていても返却不要だとか・・・。
だとすれば、これで、電鉄会社が訴えられないのがわかりません・・・。

今回のことは、この方に、たまたま、降りかかってきた災難・・・などではなく、たまたま、そこに居たのがこの人だったということにすぎません。
一歩間違えば、今、そこに居るのは私だったわけで、まったくもって、冗談じゃない話です。
おそらく、氏は、今、名誉回復への対応に追われていると思いますが、世間が、きちんとえん罪だったことを認識してくれればいいんですけどね。

憤懣やるかたないコメントは明日に続きます。
本当は、もう少し、詳細がはっきりしてから書くつもりだったのですが・・・。

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by heitaroh | 2007-09-20 08:09 | 社会全般 | Trackback | Comments(2)

自民党総裁選にみる味方を増やすよりも敵を減らすこと
親愛なるアッティクスへ

世は、自民党総裁選一色・・・ですね。
誰も安倍首相が入院していることなど気にならないくらいに・・・(笑)。
ていうか、総理がいないのに、どうして、首相代理を置かないんでしょうかね。
小渕さんの時もそうでしたが、ここまで、法制化しない・・・ってのは、何か裏があるのか・・・って勘ぐりたくもなりますよ。

まあ、それはさておき、「次の総理は誰に?」という街頭アンケートで、小泉純一郎前総理が圧倒的に多かったのにはちょっと驚きましたね。
マスコミは、今でも、小泉流をこき下ろしますけど、現実には、今でも、これほど、国民に人気があるわけで・・・。
で、小泉さんが「100%出ない」と言った後に、テレビを見てると、ある評論家が、「(小泉出馬は)五分五分でしょうね」と言っていましたが、これには少し首をひねりましたよ。
小泉さんは、一度、断言したら変えない人だって、まだ、わかってないんですね・・・。

それに、小泉政権としては、任期を満了し、後継者にバトンを渡したのに一年でまた復活というのも、ちと、無理があるでしょう。
チャーチルド・ゴールのように、その名声ゆえに政権に返り咲いたケースもありますが、この場合、チャーチルで6年、ド・ゴールに至っては12年の歳月を経ての再任ということは、留意しておく必要があると思います。
国民というのは、いかに自分たちが熱望した政権であっても、長くなってくると、必ず、「飽きる」ものなのですから・・・。

で、総裁選ですが、事実上は、ほぼ、福田さんで決まりのようですね。
私は、麻生さんについては、70年ぶり二人目の「地元からの総理」・・・ではあるのですが、でも、福田さんでいいと思いますよ。
あの人が一番、バランスがとれていると思いますから。
福田さんについては、一年前の総裁選の前に、平太郎独白録: 自民党次期総裁候補に見る総理大臣論 その1。で安倍さんに対して指摘した「主要閣僚、党三役経験がない」lことについてはそれほど気にしなくてもいいでしょう。
あの人の親父の時代と違い、官邸主導が強まった時代に長いこと、そして、無難に官房長官をこなしたという実績がありますから・・・。

一方で、麻生さんですが、本人曰く、「キャラがたちすぎている」を連発していましたが、かつて、故田中角栄元総理は、「総理になるためには、味方を増やすよりも敵を減らすこと」と言ったといいますが、この点では、彼は総理を目指そうとする者としては少々、敵が多すぎたといえるでしょうか。
地元福岡県選出の山崎 拓、古賀 誠という大物が、真っ先に、福田支持に廻りましたからね。
この点は、「風見鶏」と呼ばれ、なりたくてもなかなか総理になれず、「雑巾がけ」を余儀なくされた中曽根康弘元総理を彷彿とさせるような気がします。
ちなみに、福田康夫さんは、麻生さんと二人になったとき、「キャラって何?」と聞いてましたが、これにも、少し驚きましたけどね(笑)。

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by heitaroh | 2007-09-19 08:42 | 政治 | Trackback(4) | Comments(2)

根本式球団編成の妙は競合を恐れぬ姿勢にあり!
親愛なるアッティクスへ

1996年頃だったでしょうか、当時、元広島カープ衣笠祥雄さんが言っていたのですが、「昭和50年から、広島が急に強くなったのは、根本さんのおかげ。これから、ダイエーは強くなりますよ」と。
根本さんというのは、根本陸夫氏のことで、氏は、当時、福岡ダイエーホークスの球団社長だったと記憶しておりますが、それを聞いて、「ホークスも、本当に、そんな日が来るんだろうか」と思いましたよ。
だって、ホークスも、王監督になっても、相変わらず下位を低迷していた頃で、1999年に初優勝する前の話なんですから。
(ちなみに、20世紀・・・つまり、初優勝以前からの投手陣というのは、多かれ少なかれ 、若田部型なんですよね。倉野、水田、田ノ上、佐久本・・・。1試合、素晴らしいピッチングをしたとしても、それが、2試合続かない・・・という。)

では、その根本式球団編成法とはどういうものであったかというと、簡単に言えば、ひとつのポジションに一人ずつ、大物新人獲得していく・・・というものでしたね。
従って、その間、打線は素晴らしいんだが投手陣をもう少し・・・という声が出ても、一切、耳を貸さない。
やがて、それらの選手たちが、実力を付け、絶頂期を迎えた頃にチームは黄金時代を迎える・・・。
広島においての、山本浩二、衣笠、三村、水谷らがそうでしょうし、ダイエーにおいての、小久保、井口、松中、城島などがそうだったと思います。

何が言いたいかというと、ここで大事なことは、根本さんは、大型新人を他球団と競合してまでも敢えて獲得しに行ったことです。
「うちにはそんな金はない」とか、「どうせ、指名したって、うちなんかには来てくれない」などと言って、確実に来てくれる・・・、あるいは、どことも競合しない選手ばかりを獲りに行く球団というのは、残念ながら、強くならないですよ。
「獲り」に行く・・・という姿勢が大事なんでしょう。
驚異的なくじ運の強さで、一時代を築いたヤクルトなどもその好例だと思います。

ホークスにしても、元々、小久保にしても井口和田も、別に、九州とは何も関係がある選手ではないんですよね。
本来であれば、巨人に入るべき選手なんです。
それを獲りに行って、なおかつ、獲得できる・・・。
この辺の人脈も含めた凄さが、根本式球団編成の妙で、この点では、根本さんの実力は圧巻だったのでしょう。

e0027240_15193762.jpgちなみに、和田と言えば、言わずとしれた、和田 毅投手ですが、先日、券をもらったので福岡ヤフー・ドームに行ったのですが、席に辿り着いたところ、たまたま、「和田シート」(←)でしたね。
彼は、1勝するごとに、ワクチンを寄付したりしてますから、おそらく、このシートも、少年ファンなどにプレゼントしているのかもしれませんね。
たまたま、行き手がなくて、巡り巡って、私の手に辿り着いたというだけで・・・。

・・・あれ?この話、以前、言ってませんよね?
言ったような気がするんですけど、どこ探しても、なかったもんで・・・。
マジで何年もやってると、わっかりませ~ん(笑)。

                      平太独白
by heitaroh | 2007-09-18 00:18 | スポーツ | Trackback | Comments(8)

総理になれなかった総裁が見たこれぞ明治の厳父


以前、飛行機に乗った際、ビジネスクラスの席に、ちょこんと小さな女の子が座っているのが目に付きました。
(もちろん、私は普通席でした(笑)。)

e0027240_16192381.jpgシートが大きい分、その女の子(2~3歳くらいでしょうか。)が、余計、目に付いたのですが、その子の横の同じシートには、いかにも裕福そうなキャリア風の母親が座ってました。
まあ、それは、その方が自分の収入の中からされておられることですから、別に他人がどうこう言うことではないのですが、この点で、私にはひとつ、印象に残っている話があります。
(←こちらは、以前、福岡県にある古処山という山に登った際、山頂で仰向けになったときに撮った画像です。ちなみに、ちょうど、この時間くらいに、宮城県では、大きな地震があったそうです。まるで、「我レ関セズ」って空ですね(笑)。)

河野洋平という政治家をご存じでしょうか?
確か、現衆議院議長だったと思うのですが、むしろ、自民党総裁でありながら、只独り、総理大臣になれなかった総裁・・・として、ご記憶の方もいらっしゃるかもしれませんね。
彼の父、河野一郎氏は、佐藤栄作、池田勇人といった人たちと総理の椅子を争った政界の大物にして、ソ連の独裁者・フルシチョフを向こうに回し、大立ち回りを演じた強気の政治家であり、吉田茂をして、「嫌いな物はスカルノと河野一郎」と言わしめた豪腕政治家にして戦後政界の大実力者でした。

その洋平氏が以前、何かに書いておられたことなのですが、河野一郎という人物は、そういう精力的な政治家であったこともあり、生前は多忙で、息子と旅行などしたことはなかったと言います。
それが、あるとき、何かの関係で父と二人っきりで旅行することになったそうですが、そのとき、河野一郎という人は、自分だけ、さっさとグリーン車に乗り込むも、学生服姿の洋平氏には「親父がエライのと、おまえとは何の関係もない!」と言って、独り普通席に座らせたそうです。
フツー、日頃、多忙な父が我が子と水入らずで旅行するときに、別々に乗りますかー?

厳父・・・。
付けるべきけじめはきちんと付ける・・・。
多忙な父の、息子への訓導・・・。
子供への愛情などに流されることはない・・・。
河野一郎と言う人物の、ただ傲慢なだけの人ではない一面を見せつけられたような気がしました。
以来、私が忘れられない話の一つとなっています。
                 平太独白
by heitaroh | 2007-09-15 18:10 | 教育 | Trackback | Comments(4)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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