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私事に見る「天道是か非か」的告知
親愛なるアッティクスへ

e0027240_14135498.jpg私儀、恥ずかしながら、この度、二冊目の著書「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」を出版致しました。
お笑い下されたく候です。
ちなみに、前作、「傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯」は、その節は、ヨン様と並んでましたが、今回は石原慎太郎と並んでました(笑)。

ちなみに、マジの話ですが、今日もずっと、車を運転しながら、著書のことを考え、ブログのことを考えていたら、ラジオから血液型占いが流れてきて、聞くとも為しに聞いていたら、「A型の貴方。(私です。)自意識過剰にならないように。井の中の蛙と笑われますよ。ラッキーポイント世界地図です。」と・・・。
嗚呼、天道是か非か・・・。

実は、アマゾンでもまだ、画像も登録されてませんし、店頭に並ぶのも来月初旬と聞いてましたので、それから・・・と思っていたのですが、先ほど、友人を迎えに博多駅に行ったら、すでに並んでましたので、慌てて、UPした次第でした。
本当は、昨日でブログも仕事納めにしようかな・・・と思っていたのですが・・・。
ちなみに、正月の間、アップされ続けれるだろうと言う腹黒い計算も・・・(笑)。

さておき、今回の作品は、名前からすぐにおわかり頂けると思いますが、戦国の名将「武田信玄」とその後継者「武田勝頼」を描いたモノです。
ただ、前作よりも、かなり色濃く、私自身の体験が出ている作品だと言えます。
そして、哀しいかな、これは、私だけの特異な体験ではなく、これが、日本の中小企業(あるいは、松下幸之助などを見ていると、大企業でさえも・・・。)で起きていることの現実だとも言えるような気がします。
中内功、藤田田、水島広雄、和田一夫・・・etc、昨日の名将が今日も名将であるとは限らないんです。
その意味で、おそらく、500年前の武田家の実態も「当たらずといえども遠からず・・・」だったのではないかと思っています。
過去のカリスマがかえって仇を無し、迷走さえも深謀遠慮に映る・・・。

「ボケた毛沢東ほど始末の悪いモノはない。」
これが、私が身を以て体験したことの結論です。

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by heitaroh | 2005-12-30 20:24 | 私小説 | Trackback(6) | Comments(5)

年末に薩英戦争と織田信長で嗤う年忘れ!
親愛なるアッティクスへ

以前、昭和46年放送の「天皇の世紀」という幕末モノのテレビを見ました。
今回は薩英戦争のところでしたが、負けたはずの薩摩側代表団が、世界に冠たる外交上手の大英帝国を和平交渉でアフアフ言わせるのは痛快でしたよ!
薩摩側は薩英戦争の和平条件として軍艦の購入を切り出したわけですが、まあ、これも奇手といえば奇手ですが、今日の外交交渉でも使えるような気もしないでもありません。
講和という観点で言えば敗戦国でも、軍艦購入と言うことになればお客様なのですから・・・。
むしろ、平太郎独白録 「東洋史と西洋史にみる戦争目的の異質さ。」の中で申し上げたことを踏まえるなら、薩摩側はよくぞ経済戦争とを密接に結びつける」西洋社会独特のシステムを認識したな・・・と。
この後、太平洋戦争に至るまで、日本人の多くに、このことが理解出来なかったわけですから・・・。

で、これは、その追加でもあるのですが(昭和46年のテレビ番組「天皇の世紀」では触れてませんでしたが)、一説によると、条件が妥結した後、執拗軍艦購入固執した薩摩側を皮肉って、イギリス側代表が、「そんなに言うのなら、イギリス陸軍の一個師団でもつけてやろうか?」と皮肉ったそうです。
すると、薩摩側はひそひそと話した後、「兵士一人あたりの給料は?」と聞く・・・。
イギリス側代表、うんざりしながら、「まあ、***ポンドくらいだろう。」と。
この返事を聞くと、再び、薩摩側はひそひそと話した後、「それでは、一個師団はいらないから、その分の金で、もう2隻、軍艦を無料で付けてくれ。」と切り出したそうです。
これには、思わず、イギリス側代表は口をモゴモゴとさせるだけだったとか!(笑)。
世界に冠たる外交上手のはずの大英帝国を、しかも、負けたはずの薩摩側が、和平交渉でやりこめるなんて、想像しただけで愉快痛快です。

この手の話で、もうひとつ、傑作なのが、戦国の覇王、織田信長が、当時、四国を席巻しつつあった長曽我部元親の家臣を引見したときのこと。
一通りの引見の儀を終えたところで、信長は、平伏する長曽我部家の家臣に向かい、「元親はムチョウトウノヘンプクよのう」と声を掛けたと言います。
ムチョウトウノヘンプク・・・漢字に直すと「無鳥島の蝙蝠」・・・、つまり、「鳥が居ない島ではコウモリでさえも鳥に見える」と言う意味で、即ち、「四国という田舎だから、元親程度の人物でも群雄に見えている」と皮肉ったわけです。
まあ、こういう頭が良くて気位の高い人にありがちな諧謔家としての信長「らしさ」だったのでしょうが、ところが、田舎者の元親の家臣は、これが何のことだかわからない。
何のことかわからないから、「ははー!信長様も、『●β△$□※■α◇$☆$△』でござりまするぅ」と返事したそうで、これには、さすがの覇王信長の方が、今度は、「???・・・う、うん、左様か・・・」とモゴモゴとなったとか(爆笑!)。
無知より怖いモノはない・・・ってところでしょうか(笑)。

当方、年末の予定も定まっておりませんが、とりあえず、良いお年を!
                             平太独白
by heitaroh | 2005-12-29 08:35 | 歴史 | Trackback | Comments(2)

ALWAYS 駅前三丁目の夕日5 名品は昭和と共に。
以前、平太郎独白録 「もったいない」は、現代日本に於いては罪悪である!の中で申し上げましたこととも関連するのですが、以前よく言われた話に、「一番安い買い物というのは、本当にいい物を買っておいて、それを親子何代にも渡って使っていくのが、結局は一番、安い買い方なんだ」というのがあります。
しかし、この話は今となっては、まったくの「昭和時代」の考え方でしかありません。
この技術革新激しい平成の世ではそんなことをしていたら、「昔は高かったんだろうけど、今どき、こんなの使わないもんなー」ってことに成りかねないからです。

一例を挙げますと、私が高校生の頃、カイロはすべてベンジンという燃料を入れて使うやつで、燃料さえ入れ替えれば半永久的に使える物だったのでしょうが、今時は皆、使い捨てカイロですから、そんなの使わないわけです。
(ちなみに、先日、子供がグローブが欲しいというので、「よし、お父さんの愛用のグローブをやろう。」と言ったところ、「もう、今の物は、まるで違うんだよねー」などと言われる始末・・・。)
衣服なども、昔の「生地はいいけど、重いし、虫食いを気にしないといけないようなコート」より、今の「雨をはじくし、軽いし、保存も楽な、ダウンジャケットやスキーウェア」などが、重宝されているわけで、いくら、良い物でも、呉服などが伸び悩んでいるのは、その良い例だと思います。

そして、その最も顕著な例として、私の頭に浮かぶのが、大工道具のひとつ、「のこぎり」です。
かつて、私が学校たばかりの頃までは、大工の世界では、昔の武士と一緒で、職人たる者、名人作と呼ばれる道具を持ちたいと思い、それを持ったなら、大事に大事に使っていたように記憶しております。
中でも、のこぎりという物は、しばらく使って切れが悪くなったら、昼休みなどに、自分でヤスリを使って、のこぎりの刃を一本一本研いで切れを取り戻すものでした。
通称、「目立て」と呼ばれる作業です。
そして、ある程度、そうやって使い込んだのこぎりは、段々と刃先が揃わなくなったりすることから、専門の「のこ屋」というところに目立てに出し、そうやって、何年にも渡って、一本ののこぎりを使っていたものです。
ところが、今や、のこぎりは替え刃でカイロ同様、使い捨てが主流であり、のこぎりを研いでまで使う人は、おそらく、皆無でしょう。
20年ほど前までは、まだ、辛うじて、年配の研ぎ専門の職人さんが「のこ屋」として店を構えておりましたが、もう、今ではこの職業を探すことは不可能でしょうね。
絶滅危惧種ではなく、完全に絶滅したと思います。

そう言えば、私の祖父が工業高校(戦前は工業中学?)に行っていた時代の名簿を見ると、「建築科」などではなく、「大工科」と「指物(さしもの)科」でした。
指物とは、仏壇などの細かな細工をする職業です。
つまり、昔は、指物師という職業は、大工と並んで、一般的な職業だったということです。
ところが、戦後、核家族化が進み、仏壇を置く家庭が減り、さらには、今では細かな細工などは機械がやるようになりましたから、その業界の高年齢化を考え合わせると、こちらも今や絶滅危惧種でしょう。
私としては、寂しい限りですが・・・。

あ、ちなみに、今の大工は名人作どころか、カナヅチなども使いませんよ。
全部、インパクトドライバーです・・・。

「名品は 昭和と共に 遠くなり」 byへいた
                     平太独白

by heitaroh | 2005-12-28 17:37 | 社会全般 | Trackback | Comments(0)

若き日の矢沢永吉に思う草千里と川島雄三的我が身。

e0027240_14274149.jpg

この画像は、9月末頃の物ですが、阿蘇草千里です。
なぜ、唐突に・・・とお思いでしょうが、先日、たまたま、テレビ付けたら、BSで昭和36年の映画やってました。
木下恵介監督「永遠の人」という映画で、高峯秀子主演、佐田啓治(中井貴一の父)、仲代達也加藤嘉といった名優が脇を固めた物でした。

たまたま、自分が生まれた年だったのですが、まあ、見るともなしに見ていたら・・・、いきなり、髙峯秀子が我が子と待ち合わせする場所に草千里!ヾ(ーー )ォィ
まあ、当たり前と言えば当たり前ですが、全然、今のままの風景!
驚いたのは、昭和36年当時、すでにこんなところがアスファルト舗装がしてあり、バスが通っていたという・・・。

もうひとつ、日曜に、撮りダメしていた「矢沢永吉ヒストリー」を見たのですが、昭和53年のヒット曲「時間よ止まれ」を、当時、20代後半の矢沢永吉が歌っているのを見て、思わず、涙が出そうになりました。
音楽そのものよりも、矢沢のギラついた若さに・・・。

で、これです。
 にんげんねもなくへたもない
 みちにさまようちりあくた
 ときのながれにみをまかすだけ
 しょせんこのみはつねならず
 うれしいときにはよろこんで
 ともだちあつめてのもうじゃないか
 わかいときはにどとはこない
 あさがいちにちにどないように
 いきてるうちがはなではないか
 さいげつひとをまたないぜ

〈陶淵明 作 川島雄三 意訳〉

以前も申し上げたかもしれませんが、20代というのは今の時代、滑走路だと思います。
今の成人という概念は、人間の寿命が50年だった時代の物です。
人間の寿命が80年に延び、ましてや徴兵制も無い現代、本当の成人は30歳だと思います。
20代には選挙権もいらないと思ってます。
ただ、それだけに、逆に言うと30歳になったときには、いつでも離陸できるような態勢になっておく必要があると思うのです。
となれば、今、別に焦らなくとも、30歳になったときに、飛び立てるようになっていればいいかと・・・。
少し説教くさいことを言うようですが、すべて、我が身を振り返ってのことです。
お聞き流し下さい。

つまり、
わかいときはにどとはこない
さいげつひとをまたないぜ

です。

ということで、今日も二日酔いですので、この辺で・・・。

P.S 鬼才、「川島雄三」は当然、ご存じですよね?御同輩。
                               平太独白

by heitaroh | 2005-12-27 18:15 | 思想哲学 | Trackback | Comments(0)

寒波襲来に見る日本人は湿度の民!2 日米母性比較論
親愛なるアッティクスへ

今週より、いよいよ、年末も最終楽章に突入ですね。
(例年、年末はバタバタして、気が付いたら、正月がもうそこまで来てた・・・ってのが多いんですが、今年は寒いからでしょうか、ここ数年では、本当に年末らしい年末のような気がします。)

随分昔に聞いた話なのですが、日本人の母親アメリカ人の母親とが、戦時下赤ん坊を抱いて、戦闘機から逃げようとする場合、もうダメだ!となったときには、日本人の母親は地面に突っ伏して、我が子をかばい、撃たれて死ぬ。と。
これに対し、アメリカ人の母親は、もうダメだ!となったときには、我が子をあらぬ方向放り投げ、自分がとなって撃たれて死ぬ。と。
子供をかばって地面に伏したとしても、人間の体で機銃掃射阻止できるわけでもないし、逆に放り投げた我が子が運良く、いい人に見つけてもらえる可能性があるとは限らず、野犬喰い殺されるか、奴隷に売られるかもしれないわけで、どちらが正しい選択だとは言えないものでしょうが、まさしく、平和ニッポンにとっては、思考の端に乗せることすらも考えられない究極の選択でしょう。

e0027240_1572185.jpgもとより、どこまで本当の話かもわかりませんし、第一、アメリカ人の母親は敵機に追われた経験などないはずで、あるいはヨーロッパ人の話かとも思います。
が、アメリカ人の女性に「生涯で一番メモリアルな出来事は何ですか?」と聞いたら「結婚」というのに対し、日本人の女性は「出産」と答えるという話も聞いたことがあります。
(その割には、アメリカは離婚率が高いし、日本は出生率が低下する一方ですが・・・(笑)。最近は変わってきたのでしょうか?)

また、入浴中を人に見られた場合、日本人の女性は体を隠すのに対し、アメリカ人の女性は顔を隠すともいいます。
体を隠したところで、隠しきれるモノでもないでしょうし、顔を隠せば誰だかわからないからいいというのも、そういう問題ではないような・・・(笑)。

ついでにいうと、今更言うことではないでしょうが、赤ちゃんを寝せるときは日本は仰向けで、アメリカはうつ伏せとか。
そう言われてみれば、国民性というか、考え方の違いというか、まあ、そういうのはありかな・・・と、そう思えるような話です。
ただ、日本人の母親が子供をかばい共に撃たれる・・・という点は、日本人の国民性という点で、何となく、わかるような気がしますが・・・。
                          平太独白
by heitaroh | 2005-12-26 18:54 | 思想哲学 | Trackback | Comments(0)

真田太平記に見る昭和的クソ親父のあり方
親愛なるアッティクスへ

e0027240_14164311.jpg以前、平太郎独白録 「地震で忘れ去られたもう一つの島」でも申し上げました、博多湾を外海と隔てている福岡市民の憩いの島、志賀島に行ってきました。
(←志賀島から見る百道浜方面。ちなみに、ここが都心ではありませんから、誤解のないよう・・・(笑)。)

ちなみに、昨日はどういうわけか、対岸がくっきりと見えていましたので、思わず、シャッターを押してしまいました。
ヤフー・ジャパン・ドーム福岡タワーがおわかりになるでしょうか・・・。

ところで、もう、二十年くらい前でしょうか、NHKで真田太平記というドラマをやってました。
(原作は言わずとしれた池波正太郎です。)
当時、NHKでは、大河ドラマとは別に水曜大型時代劇というのを放送していたのですが、そこで放送されていて物で、ただ、こちらは「大型」と言いながら、大河ドラマと違い、かなりの低予算番組だったようで・・・。
が、私には、当時、置かれていた環境もあり、同時期の大河などよりも遥かに印象に残るドラマでした。
それが、先般、DVDが、それも総集編ではなく、全編BOXで発売されたと聞き、大変、意外でした。
私には印象に残った番組であっても、大河ドラマならともかく、あんな安っぽい時代劇が・・・と。

ただし、予算は低かったのでしょうが、配役の方はなかなかの布陣で、主人公、真田信之には渡瀨恒彦、その父、真田昌幸丹波哲郎御大、爽やかな次男、真田幸村に当時、人気絶頂の草刈正雄
他にも、名優として、知る人ぞ知る加藤嘉、今ではすっかり大御所の感のある中村梅雀が、当時、まだ駆け出しだったのでしょう、父、梅之助と共に家康・秀忠親子を演じてました。
さらに、夏八木勲、坂口良子、竹下景子・・・。
加えて、異色というか特筆と言うか、当時のアイドルとして、今は亡き、岡田有季子堀江しのぶも出てましたね。
中でも、特に、壮年の脂がのりきった時代の真田安房守昌幸を、これまた、壮年の脂がのりきった時代の丹波哲郎さんが演じたのは、もう絶品でした。
とにかく、味のある演技でしたよ。

くせ者ぶりを発揮しながら、大勢力の中を泳ぎ回り、その上で、徳川大軍二度にわたって撃破する・・・といった、いい仕事をしながらも・・・限界があり・・・、悲哀を感じさせながら、一方でコミカルな部分もあって、女性にもお盛んで・・・。
私には昭和中小企業親父の姿その物に見えましたね。
今でも、私にとっては、「父」という言葉が口を付いて出るときは、後に続く言葉は亡父でも自分のことでもなく、「安房守」です(笑)。

德川の大勢力と事を構えると決したときの真田昌幸が、自分より大きな息子二人を従えて、小規模ながらも、天守閣に立つ・・・というシーンがありました。
(この時代の信州の小城に天守閣があったかと言われれば、かなり、疑問ですが・・・(笑)。)
このときの丹波哲郎の姿は、私にとっては、亡父よりも、子を持つ父として、こうありたいという自分自身の姿でもあります。

このドラマでは、長男、信之と父、昌幸は、深いところでは結びつきながらも、あまり、仲が良くなく・・・。
息子は息子なりに、次の時代を見据えて家康に接近しようとし、父は父で、あくまで従来通り、独立独歩を維持しようとする。
この点は、平太郎独白録 「最大の抵抗勢力・・・「父」!」平太郎独白録 「続・幕末薩摩藩!改革者と後継者世代の葛藤!」の中でも、たびたび、申し上げてきたことでもありますが、こういった対立は、親子間の問題ということもながら、一方では世代間の路線対立という問題でもあり、これが当時の私が、他人事ではなく、身に染みて思ったことだったのですが・・・。
                                       平太独白
by heitaroh | 2005-12-23 08:24 | 文学芸術 | Trackback | Comments(6)

越路吹雪とモハメド・アリの同種性に見るガラス的「晴耕雨読」。
親愛なるアッティクスへ

今日も寒いですね。
でも、私が子供の頃は、12月でも立派に寒かったように記憶しておりますから、まあ、ここ数年が暖かかっただけで、これが本来の姿と言えばそうなんでしょうが、雪繋がり・・・というわけではないのですが、以前、天海祐希・主演「越路吹雪の一生」というドラマがあってましたね。
(越路吹雪という芸名は、彼女の宝塚時代、新潟に出張していたお父さんが、新潟からの帰途、雪を見て思いついたとか。つまり、越後路に吹雪く雪・・・って意味ですね。)
それを見ていて思ったことがあります。
プロ野球で、長年、捕手として活躍し、史上最年長監督・野村克也氏の言葉ですが、曰く、「長年、捕手として、投手という人種を多く見てきたが、投手というのは、皆、多かれ少なかれ、ガラス玉だ。一流になればなるほど、ガラス玉であり、扱いにも苦慮する。金田正一江夏 豊などは、とびきり一級品のガラス玉だった。」と。
この点では、越路吹雪という人も、そうだったみたいですね。

私の記憶にある越路吹雪という人は、歌う為に生まれてきたような人でしたが、その実は、極度のあがり症で、舞台に出るまでは、舞台のソデで、カーテン摑んで、ガタガタ震えていたとか。
そのくせ、一歩、舞台に足を踏み出すと、堂々たるステージで、聴衆を魅了する・・・。
(ミュージカルの女王、木の実ナナさんにも、そういうところがあったと聞いたことがあります。)
さらには、たばこが手放せないし、ステージが近づくと不眠症がひどくなり、友人を集めて、夜中まで麻雀しないと眠れない・・・と。

また、あの、ボクシング、ヘビー級チャンピオン、モハメド・アリもそうだったようですね。
ビッグマウス(大口野郎)と言われるほどに好戦的挑発的な姿勢からは考えられないほど、実際の彼はガラス玉だったようです。
以前、ALI(アリ)という映画を見ましたが、伝説とさえもなっている、「キンシャサの奇跡」で知られる、ザイール(現コンゴ)のキンシャサで、気鋭のチャンピオン、ジョージ・フォアマンを破ったときも、実際の彼は、すでに全盛期を過ぎており、当時、殺人的なパンチ力を誇っていたフォアマンとの試合では、「アリは殺されるんじゃないか?」という声もあったとか。
そんなわけですから、試合前の計量のときも、少なからず、不安だったようですが、それが、一旦、計量会場に入るや、いつもの強気のビッグマウスぶりで、「チャンプは俺だ!」などと叫んで、そこら辺にある楽器などを叩いて、まだ、会場から出て行ってないフォアマンに罵声の限りを浴びせかけ・・・。

この辺は、私には何となくわかります。
別に一級品でないというだけで、私自身、ガラス玉的な要素を色濃く持ってるからです。
でも、ガラス玉というのは、それだけ、光り輝くモノでもあるでしょうが、同時に・・・。
ま、結構、自分でも自分を持てあまし気味のところがありますよ・・・。
しょっちゅう、絶縁しますしね(笑)。
老後は、人里離れたところに庵を結び、晴耕雨読でいきたいと思っております。
あ、電気は通ってないとだめね、PCできないから・・・。ヾ(ーー )ォィ
ついでに、やっぱりネオンも欲しい・・・かな・・・。(x_x) ☆\( ̄ ̄*)バシッ

あ、ちなみに、ガラス玉ってのは、神経質!っていうのとは、少し、違いますよ。
要は、まあ、感性の問題なんですよね・・・。
                       平太独白
by heitaroh | 2005-12-22 08:23 | 思想哲学 | Trackback | Comments(0)

ALWAYS 駅前三丁目の夕日4 女が泣いてはご飯は出来ない
「女が泣いてちゃ、ご飯はできないよ!」

昔、NHKで、小林薫主演、「イキのいい奴」というドラマが放送されてましたが、覚えておられますでしょうか?
冒頭のセリフは、その中で、大女優・松尾嘉代さんが扮する東京下町のおかみさんが言うセリフなんですが、私にはどういうわけか、この一言が、大変、印象に残っております。
(当時、割と人気有ったみたいで「続・イキのいい奴」というのも作られましたから、確か、そちらの方で言われたセリフだったかと・・・。)
時代設定は、ALWAYS・・・まさしく、昭和27〜28年頃の東京の下町を舞台にしたドラマでしたが、冒頭のセリフを言った松尾嘉代さんの役は、少し、年齢不詳気味でしたが、夫役の若山富三郎さんが、60前後といったところでしたから、50歳代くらいだったでしょうか。

e0027240_1421298.jpg(←昭和43年頃の博多駅前です。雰囲気だけでも味わって頂ければと・・・(笑)。)

思えば、その時代、その年代の人は、それまでに、死ぬほど涙を流してきてるんですね。
ちょうど、我々の祖母くらいの年代でしょうか・・・。

まさしく、今のイラクアフガンと一緒で我が子の死を見、友人知己の死を聞き、家を焼かれ、食べるものもなく・・・。
ドラマではそこまで言ってませんでしたが、言わないのが当たり前で、誰もが経験している当たり前のことなのですから、当時を実際に生きた人間なら、わざわざ、取り立てて言うようなことでもなかったでしょう・・・。

おそらく、今も昔も、こういう、「いざ!」となったときには、女性の方が強いのでしょう。
現代の女性には、望むべくもないことなのかもしれませんが・・・。
でも・・・、現代でも世の女性方に、どこかで声を掛けてあげられる、こういうおばさんが居て欲しいですね。
「ほらほら、女が泣いてちゃ、ご飯が出来ないよ」って。
「ご飯?コンビニで買ってくれば・・・」って言われちゃいますかね(泣)。

e0027240_1629384.jpg(←参考までに、こちらが撮影位置より500mほど後ろからの現代の博多駅前です。)

一方で、主演の小林薫さんが演じた寿司屋の親方にも、その時代の空気が色濃く感じられましたよ。
思えば、うちの明治生まれの祖父などがそうだったような気がします。

そう、いわゆる、「昔気質」ってやつですね。
「あっしにとっちゃあ、寿司ネクタイしてるってのが、どうにもいただけねぇんでさぁ。どっかにありやせんかね、昔ながらに着流しで寿司握ってる店・・・(笑)。」←影響受けやすい性格なもんで・・・。あいすいやせん。

P.S ちなみに、まったく、余計なことですが、ワタクシ、実は、主演の小林薫さんに似ていると、いつも言われます。
でも、だったら、もう少し、モテてもいいんじゃないの〜!というのが、私の正直な感想です(笑)。
マジですぜ、御同輩!
                              平太独白

by heitaroh | 2005-12-21 17:53 | 文学芸術 | Trackback | Comments(2)

知日派退任の日に思うハリケーンはヤクザ的国際社会の行方
今日付で、ブッシュ政権から、アーミテージ前国務副長官に次いで、政権きっての知日派であるグリーン米アジア上級部長が退任するそうですね。
現ブッシュ政権は、二期目以降は、日本などの同盟国よりも、中国インドEUなどとの関係を重視する姿勢に傾むいているとか。
退任は当初からの予定であったとは言え、対米追随外交国是としてきた日本にとって、北朝鮮や中国との問題が懸案課題となったままの今、政権から知日派がいなくなるというのは、あまり歓迎出来る話ではないようですね。

ここで、思うのが、「英豪両国イラクから撤退するときは、日本も撤退する」と明言したことと、「大型ハリケーン、カトリーナは日本のやくざが旧ソ連の台風製造装置で作り出したテロだ」という荒唐無稽の風説です。
イラク撤退の方は、改めて言うまでもなく、アメリカとすれば、面白かろうはずがない話でしょうが、もし、自衛隊撤退の口実として、カトリーナへの復興支援に・・・ということを、誰かが発言したとしたなら、災害対策批判を浴び、支持率低迷している現政権としては、これを表だって断ることはできないでしょう。
さらには、復興支援を日本人に手伝ってもらわないと出来ないのなら、イラクに派遣している本来、災害救助が任務のはずの州兵帰還させろ!という話になるでしょう。
となれば、(閣僚などではなくとも、)日本のどこからか、そんな声が聞こえてくるようなことのないよう、意図的にそういう噂を流したのでは?と思ってしまいます。
そんなところへ、ノコノコと自衛隊だけが復興支援に出て行けば、現地の人たちにしてみれば、いかにも・・・って感じに映るでしょうから。

もちろん、実際には、もし、そういう申し出をするにしても、根回し好きの日本人が、米政権の意向も聞かずに、いきなり、そんなことを表明するはずもないでしょうが、アメリカとしては、日本に対し、暗に「牽制なんだぞ!」ということを匂わせている・・・とは、まあ、いくら何でも、勘ぐりすぎでしょうかね(笑)
いずれにしても、アメリカの政権から知日派がいなくなるということは、こういった風評被害に対しても、なかなか、有効な働きかけができなくなるということに繋がりかねず、残念であると同時に、この後のブッシュ混迷政権がどこへ行くのか・・・、いや、それ以前に、衰退のスパイラルに入ったと確信するアメリカ(とその保証体制)の行方と合わせて、大変、不安に感じられますが、如何でしょうか?

ちなみに、あれ、今の大統領選挙って、本当に投票結果がそのまま反映されているんですかね・・・。
これだけ、技術革新が進んだ今、政権側から、何らかの開票偽装が為されていたとしても、不思議なことではないのではないかと思ってしまうのですが・・・。
                                     平太独白

by heitaroh | 2005-12-20 08:13 | 国際問題 | Trackback | Comments(0)

企業アンケートから読み解く「組織」の動脈硬化。
親愛なるアッティクスへ

先日、ある取引先から、「アンケート調査へのご協力のお願い」なるものが送ってきました。
こういうのを書いていて、いつも思うことがあります。
大体、こういう物は、末尾に「ご意見ご感想なりありましたら、どんなことでも結構ですので御願いします。」と書いてあることが多いのですが、私としては、「どんなことでも」と書いてあるので、「最近、担当者がまったく、顔を出さなくなった。」とか、「以前、支店に頼んだ件の回答がまだない。」などと書いて送ることがあるのですが、まず大半が、それを送ったからと言って、担当者から何か連絡が有るかと言えば、まず無いのです・・・。
職責が違うと言ってしまえば、それまでですが、私は、こういったところにも、その企業に組織としての柔軟性があるのかどうかを見て取れるものだと思っています。
いわゆる、大企業病、老朽化、動脈硬化・・・というものです。
もちろん、中には、支店や担当者から電話があり、「・・・だと本社の方から伺いましたので。」というところもあります。
しかし、圧倒的多数でアンケート受付担当は「アンケートだけが受け持ち」、あるいは、「アンケートから傾向を読み解き、TOPの判断の役に立てることが我々の業務であり、個々の案件に関わるのはまた別の話だ。」と思っていることが多いようです。

この点で、思い当たることがあります。
以前、5年ほど前でしょうか、たまたま、参加したことのある経営コンサルタントだったか誰かのセミナーで、その講師が言っていたことなのですが、「私は、日産ともトヨタとも取引があるのだが、トヨタでは、打ち合わせの後、『これは、この部署にも関係があることなので、そちらにも一言、言っておいて下さい。』と言っておくと、100%、そちらの部署に伝わっている。ところが、日産では、同じ事が、まず、100%伝わっていない。」と。

古代中国聖人宰相が町を歩いていて、ケンカがあっていたのに、素知らぬ顔で通り過ぎたのに対し、牛が舌を垂らして喘いでいたら、おもむろに近寄り、これをしげしげと観察したので、従者が「なぜ?」と問うたところ、「ケンカの処理は警察の仕事であり、総理大臣が自らやらねばならない業務ではない。しかし、牛が舌を垂らしていたというのは、疫病が蔓延する前兆かもしれず、そうなると、これに早急に手を打たねばならないから、それは総理大臣たる私の仕事となる。」と答えたなどという話が、彼らの頭にはあるのかもしれません。
それはそれで、確かにその通りでしょう。
しかし、同時に、そこには、大きな勘違いがあります。
多くの場合、アンケート係社長ではないからです。
もし、アンケート係が社長自身であったなら、絶対に何らかの指示を出すはずです。
逆に、それを見て、なんの指示も出さない社長は論外でしょう。
なぜなら、社長は指示するだけで済むからです。

ついでに言えば、それを実行する上での妨げとして、派閥などの存在を持ち出すのは愚の骨頂でしょう。
本来的には、派閥などと言う物が存在すること自体、その組織の、言うならば、コップの中だけの自己満足に過ぎず、それを第一義的に考えるのは、自分たちを中心に世界は廻っている的発想の上に成り立っていることであり、何より、顧客など、社外の者から見れば、まったくのナンセンスなのですから。
平太独白
by heitaroh | 2005-12-19 10:14 | 経済・マネジメント | Trackback | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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