カテゴリ:経済・マネジメント( 117 )

ドラマ「半沢直樹」のラストシーンに思う小林一三の名言
実は私・・・、今流行の「あまちゃん」「半沢直樹」「ショムニ」も、どれも見てませんで、まったく流行についていけておりません。
唯一、見ているのは「八重の桜」だけですが、これも最近は単なる同志社の宣伝動画みたいになってきてますので(企業のHP内にありそうな創業物語動画みたいな・・・。)、西南戦争の回も終わっちゃったし、このままの流れなら見なくなるでしょうね。
この点で、以前、「歴史ドラマは中央の有名人が絡まないと、単なる地方の郷土史になってしまう。それだと関係ない地方の人には興味が持てない」と言った人がいましたが、確かにそういう傾向はあるんでしょうね。
そう考えれば、良い悪いではなく、明治の頃に地方の学校に在籍していた人が誰かなんて、普通はなかなか興味を維持してもらうのは難しいですよ。
何かしらスパイスを活かさないと・・・。

e0027240_14481036.jpg

ただ、そうは言っても、家族は見てますので、時々、私の意志には関わりなく点いている時があり・・・。
従って細切れには見ているので、何となくストーリーは頭に入っております。
で、昨日もたまたま、食卓でドラマ「半沢直樹」が点いており、最終回だけ、別に見るともなしに見てしまいました。

で、その最終回の最後のラストシーンですが、これを見たうちのガキが「何で?さっぱりわからん」を連発しておりました。
でも、私的にはバレバレでしたよ。
ドラマ特有のどんでん返し・・・という観点から言えば、少し引っ張りすぎましたね。
もう少し、前振りなしに、いきなり結論のシーンに飛んでも良かったんじゃないですか?

で、そのことはさて置いて、このラストの展開、他にも結構、「なぜ、こうなるのかわからない」という声がありましたので、少し解説しますと、こういう人事は昭和の財界人事では実際にあったことのようですよ。
つまり、主人公の半沢くんは非常に良くやったんですが・・・(やり過ぎた?まあ、ドラマですからね(笑)。)、その行為はある意味、スタンドプレーでもあり、追い落とされる側はもとより、それ以外の人たちの中にも快く思わない人も多いわけです。
となれば、仮に彼を取り立てるにしても一度、冷や飯を食わせてからでないと周囲が納得しないし、何より、本人も増長する・・・と。
その人が左遷先で懸命にやれば、戻されて出世コースに乗ることもあるでしょうが、「何で俺が」とか、「話が違う」などと言って腐ってれば、それまでなわけです。
阪急の創始者・小林一三翁の言葉に「下足番を命じられたら、 日本一の下足番になってみろ。 そうしたら、 誰も君を下足番にしておかぬ」という物がありますが、早く、それに気づくかどうかでしょうね。

つまり、半沢くんは上から見られているわけで、後は「半沢直樹2」で述べられるんじゃないですか。
最終回しか見てない私が偉そうなに言うことではいんですけどね(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-09-23 07:44 | 経済・マネジメント | Trackback(1) | Comments(2)

権限が集中することの危険と効用
以前、橋下徹・大阪市長が「独裁が好ましい」というような発言をして、物議をかもしたことがありましたよね。
まあ、実際に演説を聞きいた限りでは、それほど、目くじらを立てるほどではなかったように思いましたが、とかく、こういう物は独り歩きしてしまうもののようで・・・。
ただ、それとは別にナポレオン三世の統治下でも皇帝独裁の頃が一番、実績が上がったという話があるように、「独裁=悪」というつもりもありません。
権限が一人に集中している方が、正しいかどうかはともかく、結論が出るのは早いわけですから・・・。

無論、問題は「絶対権力は絶対的に腐敗しやすい」という言葉がある通り、当初は理想に燃えて始まった独裁であっても、とかく、時の経過と共に腐敗堕落に陥ってしまう・・・ということは、今日でも世界中の独裁者がその悲惨な末路とともに示してくれているわけで、やはり何らかの目障りな存在というのは必要でしょう。
(この点を、私が師と仰ぐ、兵法評論家の大橋武夫氏は「経営者にとって、もっとも嫌なことを言ってくれるのは労組である」と看破しておられましたし、その意味では、野党というのは時の権力にとっては健全性を担保するという意味では無くてはならない存在なのでしょう。)

実際、ソニー、シャープ、パナソニック・・・などなど近年、日本企業が軒並み苦境に陥っている一方で、サムスンに代表される韓国企業の躍進・・・を考えれば、これは、必ずしも円高ばかりが原因ではなく、やはり、意思決定機関の弱体化ということも一因にあるように思います。
ソニーの社長・会長を歴任した出井伸之氏は、「社長だからって大組織は思うようには動かせない」・・・ということを言っておられましたが、それはそうなんでしょうね。

思えば、かつての本田宗一郎、松下幸之助などの創業者は、社長であると同時に大株主でもあったわけで、自分が「右」と思えば「右」と出来たのでしょうが、その後の社長となると、他の重役は少なからず、かつての同僚ということも有り得る話で、なかなか、社長の独断で決裁するというわけにもいかないのでしょう。
トヨタが創業家から未だに社長を出し続けていることの背景がここにあると思います。)
その為には、社長に就任することが決まった時点で新社長は金融機関から個人的に融資を受けて、自社の新株を必要かつ可能と思われるまで買うことが出来るようにする・・・といのも一案でしょう。
無論、買う買わないは個人の自由で良いと思いますが、少なくとも、もう少しトップの任期中は権限と責任を集中させねば、企業としての競争力は保てないように思えてなりません。

親愛なるアッティクスへ
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-03-13 17:33 | 経済・マネジメント | Trackback | Comments(0)

第二次安倍政権40日に門外漢なりのアベノミクス その2
昨日の続きです。

少し、順不同ながら、アベノミクスが掲げる2%というインフレターゲット・・・ですが、私が危惧するのはプラザ合意の時の日本政府の姿です。
あの時、竹下登蔵相(現財務相)が円高を容認したものの、その後、日本政府の思惑をはるかに超えた円高が進んでしまい、国内からの悲鳴に慌てて行き過ぎを戻そうとしても制御不能になってしまいましたよね。
つまり、本当にああいう物は政権が思うように統御できるものなのか・・・ということです。
もちろん、円高とインフレはまったく別の次元の話ですから同じ俎上に上げて考えるのは適当ではありませんし、何より、私はこの問題はまったくの門外漢ですから、それ以上、詳しいことはわかりません。

ただ、その上で、その前提となるデフレについて言えば、多少、思うことがあります。
デフレについての詳細な観測は専門家に譲るとして、私が思うのはそもそも、それ以前にインフレを誘導すること自体、少し無理があるのではないか・・・ということです。
というのも、日本の場合、物価の少なからぬ部分はまだ土地本位制が経済の基盤として根強いように感じているからです。

e0027240_1157036.jpg

まず、地価を形成する要素は「この場所が欲しい」ということを別にすれば、少なからぬ部分が「そこに建物を建てた時に得られるであろう賃料」です。
ところが、自民党政権時代、殆どの政権が「とりあえず、自分の任期中だけ景気が良くなれば良い」で、もっとも手っ取り早い建築促進策を後押ししてきたことから、建物は日本中、明らかな供給過剰となっており、となれば、実需を大きく上回る空室が現実に存在している以上、賃料は低迷せざるを得ないわけですね。
この点は、特に、外資系出店や起業要素に乏しい「地方」では既存建物がある程度の老朽化を迎え、築年数という点で競争力を持つようになるまでは、まず新規の着工が軌道に乗り始めることは期待できないでしょう。

無論、円安の進行と共に耐久消費財の値段が大きく上昇することはあるでしょうが、それでも、その一端であるはずの不動産価格の上昇はあまり期待できないことを思えば、下手をするとインフレとデフレの同時進行の可能性もあるように思えるわけです。
不動産価格だけ低迷したままでの物価上昇というものが、具体的にどういう事態となるのかは私にはわかりませんが、健全な物価上昇にはならないように思えるんですよ。

明日に続きます。

親愛なるアッティクスへ
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-02-05 07:51 | 経済・マネジメント | Trackback | Comments(0)

ソフトバンク孫正義と家康との欠陥の同義性
孫正義という人物については、以前から、平太郎独白録 「海とプールとホリエモン保釈に想うソフトバンクの参謀不在。」で指摘してました通り、短期間に急成長した会社というものは、なかなか、色々と問題を抱えているようです。
特に、孫さんのような天才型のトップというものは、とかく、極端から極端に飛ぶことが多いもののようで、であれば、本来、そういう人が飛び回った後を、確実に道にしていくような人材が必要なのでしょう。
端的に言えば、本田宗一郞における藤沢武夫・・・と言うよりも、むしろ、正力松太郞における務台光雄のような人材でしょうか。
あるいは、孫さん自身が、そういう人材の必要性を感じていないのかもしれません。

この点で、思い当たったことがあります。
「大軍の統帥とは方向を明示して、後方を整備すること」と言いますが、孫正義という人物の非凡さについては、以前、平太郎独白録 「草木も芽吹く季節、我、何処へ向かう・・・」で触れたところですが、この人は、オールマイティのようで、やはり、技術偏重の嫌いがあるように思います。
これも、以前から、平太郎独白録 「組織を支える三本の足」の中で、持論として述べております、組織を支える為の3本の鼎(かなえ)の足・・・、(つまり、国家に当てはめてみたとき、それは「軍事、経済、外交」であり、またさらに、その中の軍事だけにあてはめてみたときには、「作戦、補給、情報」となり、企業にあてはめてみたなら、「技術、経理、営業」となる・・・というものであり、これらは三本の柱は、バランスよく立つ必要があり、どれか一本だけが突出したり、極端に短いとそのテーブルは安定せず、倒れてしまう可能性があり、その意味では、戦前の日本は軍事のみが突出しており、戦後は経済のみが突出したいびつな形になっており、決して正常な形態をなしているようには思えない・・・ということを言ったと思うのですが、)これをソフトバンクに当てはめてみたときに、孫正義という人は、極端な正面重視主義・・・、つまり、平たく言えば、補給を軽んじる傾向があるのではないか・・・と思うのです。

「そんなばかな!孫さんほどの人が、そんなことに気づかないわけがない!」と言われるかも知れませんが、この点では、意外なことに、徳川家康という人の軍隊もそうでした。
忠誠無比の三河武士や、信玄以来の甲州武士を中核とする徳川軍は、確かに精強ではあったのでしょうが、極端な戦闘重視の傾向が強く、補給と言う概念が極めて薄い軍団であったようです。
本多忠勝、井伊直政榊原康政等など、勇将猛将は数多けれど、幕僚と呼べるのはわずかに本多正信くらいのもので、それも主に作戦参謀というべき幕僚であり、兵站を専門に担当するような幕僚は見当たらないのです。

その為、関ヶ原の戦いの時も、徳川軍は軍を二手に分けねばならず、さらに、主力を率い、中山道を進んだ、息子秀忠の軍は、混乱に次ぐ混乱で満足に行軍することもできず、結果的に関ヶ原の戦いに間に合わなかったことが、それを如実に表してると思います。
この点、秀吉は長駆、九州の最南端まで大軍で攻め込みながらも、混乱らしい混乱もなく、戦国最強と呼ばれた島津軍を撃破しておりますが、このときも、徳川軍は東国の留守を任されており自国の国境から、遠く離れての遠征には一切、参加しておりません。
あるいは、この点には、秀吉の深謀遠慮が働いていたのでしょうか・・・。
                                         平太独白

by heitaroh | 2012-11-07 07:45 | 経済・マネジメント | Trackback | Comments(0)

同業者の数が多すぎるに見る萎縮する日本経済?
親愛なるアッティクスへ

以前、ちょいと怪我した時に、帰宅するまでの間に外科があれば行こう・・・と思い、探しながら帰ったことがあるのですが、残念ながら外科は一軒もなく、代わって、やたらとあるのが「歯医者」でした。
そういえば、あそこも歯医者だったっけ・・・などと考えていると、改めて、病院の中で「歯医者」の多さに気づいたのですが、この点で、ここしばらく、私が至る所で耳にしてきた言葉があります。
それが、「同業者の数が多すぎる」です。

e0027240_17393892.jpg自動車産業は、「世界中を見ても、こんなに自動車のメーカーがある国はない」と言いますが、確かに言われてみれば・・・と。
また、私の身近でも、建設会社の友人は「かなり減ってきているが、元々が他業種に比べ突出して同業者が多い。10年くらい前の業種ランキングでは1位が建設業者で2位の不動産屋4倍だったことがある。ちなみに、3位は設計事務所で、結局、住宅産業ばかり・・・」と言い、「仕事がたくさんあった時代ならともかく・・・」と嘆く。

一方、鮨屋に行くと、「鮨屋は数が多すぎる。戦前は市内には2~3軒しかなかったそうで、それが、高度経済成長期に人手不足から弟子を多く抱えたけど、オイルショック後、景気が悪くなったことで、一斉に独立を余儀なくされた。その為、住宅街の中のでも昭和の頃までは半径500m以内くらいに20軒くらいあった。今はこの辺には2~3軒しかないけど、それでも・・・」と仰る。
弁護士さんもまた然り。
「新司法試験になって合格率が大幅に高くなり、大量に弁護士が増えることになった。これからの時代は大変だ・・・」と。

e0027240_17413847.jpg

少子化という問題もあるのでしょうが、結局、それも含めて、日本という国の経済規模がどんどん、小さくなっていってるんだろな・・・ということを実感しております。
「歯医者復活」といけばいいんですけどね(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-09-29 18:22 | 経済・マネジメント | Trackback | Comments(0)

改革者に最も必要な要素「辛抱」
親愛なるアッティクスへ

「隈板の 轍は踏まじと うば桜」 梁庵平太

これは、確か、自社さ連立政権当時だったと思うのですが、村山富市社会党内閣から橋本龍太郞自民党内閣への禅譲続貂?(笑)。)があったときに詠んだ句でした。
隈板(わいはん)とは明治の大隈重信板垣退助連立内閣の通称ですが、この二人、連立を組んですぐに不和が表面化し、結局、短期間でで崩壊したらしいですね(笑)。
(姥桜と桜を季語に引っ掛けたわけですね。季節がいつだったか忘れましたが、これが季語として正しかったのかどうかは定かではありません(笑)。)
もっとも、昨今を顧みれば、小泉純一郎元総理以降は踏む轍すらないようですが・・・。

そういえば、当時、経団連会長から「小泉改革15点」とか酷評されていましたよね。
理由は、「改革のスピードが遅い」って。
でも、改革ってそんなに右から左って感じに簡単にできるものじゃないでしょ。
その意味では、改革者に最も必要な資質は決断力でも想像力でもなく、「辛抱」ですよ。
この点で、小泉さんに限らず、現代の先進国の指導者は何だかんだ言っても専制君主でもない以上、ひたすら「辛抱」が求められるようです。
もっとも、君主だからといってなんでも出来たと思うのは大間違いで、この点で、春秋戦国時代の趙王の話を思い出します。

趙は古代中国の「戦国七雄」と呼ばれた群雄の中でも北方にあったことから遊牧騎馬民族に接する機会が多く、彼らが馬を自由に操るために使っている服や道具に着目した趙の武霊王は自軍騎馬部隊にその導入を提案したところ、「あんな蛮族どもが付けているような物を!」ということで親族や貴族たちから轟々たる反対が起こったとか。
これに対し、王ははどうしたか。
問答無用で反対派を粛清した・・・わけでもなく、自案を撤回したわけでもなく・・・、粘り強く、辛抱強く、時間をかけて反対派を説得したんですね。
その結果、これを導入した趙軍の軍事能力は飛躍的に向上し、周辺諸国を席捲するほどになった・・・と記憶しております。

昨今の日本では、高度成長時代以前に創業された企業などでは、昨今の情勢に適応すべく、少なからぬ企業で「改革」の必要性が叫ばれているようですが、いずこも、社内での抵抗勢力の妙な意味の無い手強さ(?)隔靴掻痒の感を深めておられるのではないでしょうか。
ましてや、国家のように複雑巨大な組織体ともなれば、利害は入り組み、抵抗勢力も多岐にわたり、性急な改革は弊害の方が大きくなることから、政権担当者としてはそうそうむやみにスピードアップは出来ないと思います。
                                平太独白
by heitaroh | 2012-08-09 07:03 | 経済・マネジメント | Trackback | Comments(0)

AKB48のAKB商法は何も今に始まったことではない
親愛なるアッティクスへ

今、テレビで見ない日はないというくらい芸能界を席巻しているAKB48ですが、残念ながら、私は「顔と名前が一致するのが4人~8人」の48でして・・・詳しいことはわかりません。
アカン・顔・バイバイ4~8でAKB48?(笑)。ていうか、すでにモーニング娘。の時点でそういう状態でした。おニャン子クラブまではわかったんですけどね(笑)。)
そのAKB48ですが、ここまで来るには仕掛け人である秋元康氏の様々な販売戦略があったことはよく知られてますよね。
その一つがメンバー全員にファンからの投票で順位をつけるAKB総選挙ですが、選挙自体はファンにも本人にも一目瞭然になるという意味では悪いことではないと思うんですよ。

秋元氏はその総選挙を始めた経緯について、「当初は誰をどこにどうするかは私が決めていたが、そのうちファンからその結果について異論が相次ぐようになり、『ならば、はっきりするように』ということで、総選挙をやるようになった」という意味のことを仰ってましたが、確かにその辺の選考過程が「数字」として現れるというのは本人たちも含め、誰の目にもはっきりしててフェアで良いのではないかと。
(もっとも、順位なんて物はそもそもが相対的な物、つまり、下位の人がいるから上位の人がいるわけで・・・。劣等生だった私などはいつも思ってましたよ。「俺達がいるから上位もいるんだ。有難く思え・・・」と(笑)。)

ただ、「投票権欲しさにCDを買うことで売上は大きく上がる」という、いわゆる、「AKB商法」と呼ばれるCDの販売方法については如何なものでしょうか?
経済原理の上では間違っていないのかもしれませんが、問題は誰もが皆、このやり方を踏襲していくことになるのではないか・・・ということです。
その結果、内容の伴わない楽曲が多くなり、皆がこのシステムに飽きてきた頃には本物が育っていない・・・ということになるのではないかと。
(投票券欲しさにCDを買って、CDは捨てるというケースもあったそうですが、思わず、昔の「仮面ライダースナック」を思い出してしまいました(笑)。あ、私はちゃんと皆が捨てた分まで食べてましたよ。食い物を粗末にすると死ぬほど殴られた家で育ちましたから・・・。)

ただ、秋元氏はこの投票券購入システムは自分が創造したと仰ってましたが、実は結構、早くからあり、明治30年代には河北新報を起こした一力健治郎氏が経営難打開の為に「県内実業人番付」を新聞紙上に発表するとして投票券を新聞紙面に載せ、プライドが高い名士らが競って新聞を購入したことで業績立て直しに一役買った・・・とか、同時期に、大阪毎日新聞桐原捨三氏が大相撲の優勝力士予想投票に、同じく、投票券を紙面に載せて売る作戦で販売部数を大きく伸ばした・・・などという話も聞いております。
ちなみに、大阪毎日新聞の場合、ライバルの大阪朝日新聞は「新聞の品位を落とし、人心を惑わす企て」として激しく批判したと言いますが、今のAKB商法批判についても結局、言いたいことはそういうことなんじゃないかと・・・。
まあ、その意味ではこの新聞拡販戦略は今ではどこもやってませんから私の心配は杞憂に終わると思いますが・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-07-10 20:14 | 経済・マネジメント | Trackback(1) | Comments(2)

昭和41年の三鬼陽之助著「HONDA商法」読了 その3
親愛なるアッティクスへ

先週の続きです。

これまでもたびたび、述べてきたことですが、本田技研という会社は、本田宗一郎、藤沢武夫という二人のカリスマ創業者によって発展してきた・・・と言われており、さらに、今日では本田宗一郎の名前しか残っていないような嫌いがありますが、本田宗一郎という人は技術担当重役というべきで、むしろ、事実上の創業者という意味では藤沢武夫だろうと思っています。

e0027240_154567.jpg本田という人は社長として、そのユニークな言動と相まって、マスコミ受けした人なのでしょうが、すべてを演出、脚本していたのは藤沢であり、おそらく、藤沢が敷いた線路の上を本田はそ知らぬふりで滑るように走っていった・・・というところではなかったでしょうか。
(←「徒桜
  陰の緑の
  鮮やかさ」
   梁庵平太


この点で、まず、その1でも申し上げました本田宗一郎の「絶対に人まねはしない」という独創精神伝説について、興味深い記事が載っていました。

ホンダが昭和33年に発売し、未だに売れ続けているドル箱商品である「スーパーカブ号」は、藤沢が提案し、渋る本田を説き伏せて、他社に先駆けて世に送り出した独創的な商品・・・と聞いておりましたが、同書によると、これが売れたのは「片手で運転でき、下駄代わりになるという性能にもあったが、あくまでも低価格にあった」のだそうで、「このセールスポイントを強調した需要開拓に、副社長の藤沢武夫は、先頭に立って指揮」、「凄まじい需要開拓作戦」の前に、「すでに、スーパーカブよりもさきに発売されていた昌和製作所(倒産)の東昌エコー五〇CCは販売網の未整備をつかれて、緒戦で敗れ去った」・・・とか。

つまり、この商品以前に同様の商品がなかったわけではなく、そこには他社の商品と販売網の長短狡猾なまでに見据えていた一羽の梟がいた・・・というわけですね。
おそらく、その梟は、相手の販売網の整備の遅れに目をつけ、相手がこれを整備する前にこれを市場から駆追する必要を感じ、その為には同等品でより値段が安い物を供給する必要がある・・・と踏み、それを技術担当の相方に示唆という形で指示した・・・と。

二人の現役時代、「技術の本田、営業の藤沢」と呼ばれ、それぞれに、自らの分野に口を挟ませなかったことを評して、「ワンマンならぬツーマン」などと言われたと聞いていますが、その意味では、本田宗一郎その人も技術開発と広報、何より、TOPとしての確固たる思想という点で名創業者であったでしょうが、私が、藤沢武夫こそ、ホンダの事実上の創業者と評する点はここにあるわけです。
おそらく、三鬼陽之助翁も松下幸之助氏も本田宗一郎のカリスマ性よりも、藤沢武夫の経営手腕をこそ買っていたのではないでしょうか。
同書では、他にも多々、考えさせられることがあったのですが、まずは一旦、このシリーズはこれにて筆を置かせて戴きたいと思います。                                         平太独白
by heitaroh | 2012-04-09 17:50 | 経済・マネジメント | Trackback | Comments(0)

昭和41年の三鬼陽之助著「HONDA商法」読了 その2
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

今回、同書を読んで初めて知ったことがあります。
松下幸之助本田技研大株主だったんですね。
当時、筆頭株主は本田宗一郎 1330.4万株、2位が日本共同証券 1203.4万株、3位が藤沢武夫 697.1万株だったそうですが、松下幸之助の所有は公表している分だけでも、松下不動産の30万株あり、他にも松陽不動産、松下幸之助個人名義での所有もあったそうですから、それらも含めると、「相当の大株主であることは、まちがいないようである。」とのことで、これって、今はどうなってるんでしょうか・・・。
買い増しはしていないかもしれませんが、すべて売却してしまったら、風評被害ものですから、ある程度はまだ、松下家は持ってるんですよね?

松下幸之助が本田技研と交流があったことは知ってましたが、実際に、大株主という形で関わっていたというのは初耳でした。
この点を、著者である三鬼陽之助翁は「松下は義理や人情で株を持つ男ではない。」とした上で、「ただ、どういう心理か、松下は、自分が本田技研の大株主になったことを、世間に公表されることを好まない。現に、本田宗一郎にも、株主であることを世間に公表しないよう懇望している。」と記しておられましたので、公表したがらなかったというのは「義理や人情ではない」としたならば、おそらく、「儲け話の種」として見ていたと考えていいのではないでしょうか。

次に、私が注目したのは藤沢武夫の、「企業には、人間の心理学が必要だ。ユーザーが何を欲しているかを知るには、直接、相手に触れることがいちばんだ。」という言でした。
すなわち、「いわゆる新聞、雑誌、テレビ、ラジオなどを通じて、間接的にユーザーと接触してもだめだ」ということだそうで、この点は確かに、最近の企業でも、エンドユーザーの一人として少なからず、感じることでもあります。
携帯電話やパソコンなどでもそうですが、私はゲームもやらないし、音楽も殆ど聞かないので、その分、昼のニュースを自動で録画しておいてくれるとか、もっとほかの機能を付け、かつ、簡易に操作できるようにして欲しいんですよね。
おそらく、私くらいの年代の男性は結構、そういう人っているんじゃないですか?
そういう声はまったく届いているようには思えないんですよね。

この点、本田・藤沢のコンビは鈴鹿サーキットで第一回のオートバイ競争が行われた時、出場他社の首脳部がモーニングの胸にでっかい花飾りをつけて、いかめしく構えている中、来賓席よりはるか下の一般席にノーネクタイで一般大衆と一緒に大声で声援を送っていた・・・とか。
やっぱ、偉くなると、人間、なかなか、耳に痛い言葉が聞こえてこないようになりますから、余計に、こういう場は必要なんじゃないでしょうか。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-04-07 14:02 | 経済・マネジメント | Trackback | Comments(0)

昭和41年の三鬼陽之助著「HONDA商法」読了 その1
親愛なるアッティクスへ

少し前になるのですが、「HONDA商法―企業における”情無用”の研究」という本を読み終えておりました。
(本当はもう少し早めに触れようと思っていたのですが、とにかく、ここ数か月は多忙でして・・・。)
この本が、他のホンダ本と違う所は、発行日が昭和41年7月1日・・・、私が満5歳の時の物だということで、(当時の価格「300円」・・・。)すなわち、最近では子供向けの伝記になるなど、すっかり、神様になってしまった観がある本田宗一郎氏と、今や、氏の陰に隠れてすっかり、伝説の人になってしまった感がある藤沢武夫の両創業者が、まだ神様や伝説になる前の、バリバリの現役時代に書かれた物である・・・ということです。

著者は、拙稿でもたびたび採りあげております昭和の老財界記者・三鬼陽之助で、私はこれまで、「ホンダ」と名の付く本はある程度、読破していたつもりだったのですが、実は同世代本田・藤沢コンビの現役時代について書かれた本は殆どありませんで、その点では、世界恐慌以来、多くの財界の変転を見てきた三鬼翁がどういう切り口で描いているのか、他の本と違い、大いに興味がある所でした。
まずもって、最初に違和感と言うか、どうにも驚いたのが、その数字の大きさでした。
昭和41年と言えば、まだ、オイルショックの前で物価は現在とは一桁は違っていたはずですが、それが、数百億円なんて数字がポンポン出てきて、まるで、現在の経済誌を読んでいるような錯覚に陥るんですよ。
(私の記憶では、当時は確か、ハガキが1枚4円、封筒が7円だったと・・・。)

で、内容ですが、まず、読み始めてすぐに、私が抱いた感想は「失望」でした。
というのも、現在でも発行されているホンダ本と大差ない内容ばかりでして・・・。
それが、雲行きが変わってきたのは半ばを過ぎた辺りから・・・で、まず、「おや?」と思ったのが、ホンダとソニー・・・というよりも、本田、藤沢の井深 大、盛田昭夫との経営方針についての比較した部分でした。
「ソニーは技術開発でも、まったく新しい商品を考案する。」が、「本田技研は、ソニーとまったく逆である。オートバイは、戦前からの製品であるし、新しい車種にしたところで、かならず弱小他社が本田技研の先兵をつとめている。」・・・とした上で、具体的に事例をいくつもあげておられました。
この瞬間、私は、「あ、三鬼翁、今、笑顔の裏で匕首(あいくち)を抜いたな・・・」と感じましたよ。

これまで、私が聞いていたのは、本田宗一郎という人はF-1で、「部品が自前でないからダメ」と言って、空輸をストップさせた・・・などという話を聞いてましたので、とにかく、人まねが嫌い・・・、自ら、創造した物のみを世に送り出してきた・・・と思っていたのですが、これも、都市伝説にすぎなかったんですね。
「本田は石橋を何度もたたき、先輩・同輩会社の成功、不成功を凝視、これならぜったいだいじょうぶと思うや、一瀉千里の勢いで突撃するのである。」とも言っておられましたが、この辺は、本田・・・というよりも、むしろ、藤沢翁の手腕だったのでしょうが・・・。

次回へ続きます。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-04-06 18:35 | 経済・マネジメント | Trackback | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
ライフログ
最新のコメント
> sakanoueno..
by heitaroh at 10:46
ようやく読み終わりました..
by sakanoueno-kumo at 19:09
> sakanoueno..
by heitaroh at 17:31
12周年おめでとうござい..
by sakanoueno-kumo at 03:47
> sakanoueno..
by heitaroh at 18:12
光を当てられていない人に..
by sakanoueno-kumo at 15:14
>sakanoueno..
by heitaroh at 11:09
あけましておめでとうござ..
by sakanoueno-kumo at 15:22
>Mさん  そうだ..
by heitaroh at 20:52
壊れた時計が動く理由もネ..
by M at 20:38
> sakanoueno..
by heitaroh at 12:35
なるほど。 先日の疑問..
by sakanoueno-kumo at 22:50
>sakanoueno..
by heitaroh at 10:05
キリのいい年となると、あ..
by sakanoueno-kumo at 19:28
>細田さん すみま..
by heitaroh at 10:36
検索
タグ
(64)
(54)
(54)
(51)
(50)
(46)
(42)
(41)
(41)
(36)
(32)
(31)
(30)
(30)
(29)
(28)
(26)
(26)
(25)
(25)
(24)
(24)
(24)
(24)
(23)
(23)
(21)
(21)
(21)
(20)
(19)
(19)
(19)
(18)
(18)
(18)
(17)
(16)
(16)
(16)
(16)
(15)
(15)
(15)
(15)
(14)
(14)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(12)
(12)
(12)
(11)
(11)
(11)
(11)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
カテゴリ
以前の記事
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
最新のトラックバック
八犬傳(上・下)
from 天竺堂の本棚
2016年NHK大河ドラ..
from <徳島早苗の間>
明治日本の産業革命遺産の..
from 坂の上のサインボード
明治日本の産業革命遺産の..
from 坂の上のサインボード
時~は2015年♪。
from <徳島早苗の間>
フォロー中のブログ
ブログパーツ
  • このブログに掲載されている写真・画像・イラストを無断で使用することを禁じます。
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧