カテゴリ:教育( 20 )

親父が偉いのとおまえとは関係ない!
以前、飛行機に乗った際、前方にあるビジネスクラスの座席に、ちょこんと小さな女の子が座っているのが目に付きました。
シートが大きい分、その女の子の小ささが余計、目に付いたのですが、当然ながら、その子の隣には母親と思しき女性の姿がありました。
まあ、それは、その方が自分の収入の中からされておられることですから、別に他人がどうこう言うことではないのですが、この点で印象に残る話を思い出しました。

河野洋平という政治家がいらっしゃいますよね。
総理大臣になれなかった自民党総裁・・・として、ご記憶の方もいらっしゃるかもしれませんが、彼の父、河野一郎氏は、佐藤栄作、池田勇人といった人たちと総理の座を争った政界の大物にして、泣く子も黙るソ連の独裁者・フルシチョフを向こうに回し、大立ち回りを演じたほどの強気の政治家であり、吉田茂をして、「嫌いな物はスカルノ河野一郎と言わしめたほどの豪腕政治家にして戦後政界の大実力者でした。
それだけに、父は生前、多忙で、洋平氏と旅行などしたことはなかったそうですが、それが、あるとき、何かの関係で二人で同じ列車に乗り込むことになったそうですが、その時、父は、自分だけ、さっさとグリーン車に乗り込み、学生服姿の洋平青年には「親父が偉いのと、おまえとは何の関係もない!」と言って、独り普通席に座らせたそうです。
普通、日頃、一緒にいることが少ない父親がたまの旅行の時に別々の席に座りますか?

付けるべきケジメはきちんと付ける。
子供への愛情などに流されることはない。
多忙な父の、息子への精一杯の訓導・・・。
厳父・・・。
河野一郎と言う人物の、ただ傲慢なだけではない一面を見せつけられたような気がしました。
同様のことは明治の厳父と呼ばれた人たちには散見されるようで、もっと凄いのが東武鉄道の創始者、根津嘉一郎翁。
東京から北海道まで列車で息子と移動することになった際、自分は二等車に乗って、息子は三等車に乗せたのだとか。

・・・当然、大金持ちですよ。
それに、北海道までって言ったって、今みたいに新幹線ですぐって時代ではありませんから、おそらく、24時間で着けば良い方だったのではないでしょうか。
当時の二等車、三等車という物がどれくらい差があったのかは知りませんが、たぶん、三等車は寝る時も座ったままだったでしょう。
甘やかすことなく、そこへ平然と座らせることが出来る・・・、これが真の教育でしょう。
まあ、私は交通費と宿泊費には金をかけない方針ですので、それ以前にグリーン車に乗ることはないでしょうけどね。

親愛なるアッティクスへ
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-01-12 17:42 | 教育 | Trackback | Comments(2)

大津市いじめ事件に見るいじめる側に現実を伝える指導
親愛なるアッティクスへ

今、大津市立中学2年の男子生徒が自殺した問題・・・。
確かに学校大津市教育委員会の対応などは酷いですね。
なんか、「いじめ件数に数値目標を設けているから、学校側はいじめを隠蔽しようとする」・・・という話も聞きましたが、こんなのに目標数値なんて設ければこういう本末転倒みたいなことになりますよ。
ただ、私が使っているネットのスタートページに毎日、ユーチューブが提示されるのですが、何気なく見ていたらそこに「大津いじめ問題云々」という言葉が見え、「?」と思い、見てみたら、いじめた側の子供の名前から顔写真から自宅の住所玄関画像航空写真親の氏名職業から転校先、転居先、担任の顔写真から自宅住所ナドナドまでがずらずら~っと出てきたのには驚きました。

私は、別に彼らを擁護するつもりはありませんよ。
子供だからって何しても許されるってわけではないですからね。
それを放置しておくことは次の犯罪を誘発することになるわけですし。
ただ、ここで言いたいのは、それって間違いないのか?・・・ということです。
間違いなかったとしても、その場にたまたま居ただけ、仲間じゃないのに周囲から仲間だと思われている・・・なんてことはないのでしょうか?
それに、子供の世界では、とかく、むりやり「おまえもやれ!」なんてこともありますし、それを拒否すると、今度はイジメられていたその子がいじめ側に加わっていきなりこちらに牙をむいてくる・・・なんてこともありますよ。

この点で、教育現場はもっと、彼ら加害者側に現実を伝える指導をすべきだと思います。
私なら、彼らに向かって、こう言います。
「君たち、日本という国をなめてはいけない。君たちが思っているほど、この国は優しい国じゃない。いじめられていた子が自殺し、イジメていた実態が明るみに出ると、イジメていた人たちの家には毎日、マスコミが押しかけてきます。名前は、どこからか漏れて、毎日、昼も夜もいたずら電話がかかります。親も仕事ができなくなり、一家離散します。
さらに、数年後、バス停で立っていたら、誰かが、『あいつだよ』などと言ってると思ったら、見知らぬ人から突然、蹴られます。次に、就職しても、そういう過去がばれたら会社には居づらくなります。日本は、そういう国なのです。」と言います。
後は、各人、自分で判断しなさい・・・と。

もっとも、教育の世界でも「寛容」「懲罰」はどちらかに偏ってはいけない、並立すべき二本の柱だと思いますが、この点でも、子供というものは善というものだけを見せておけば善人に育つ・・・という事が、今の教育の教是になっているような気がします。
「カチカチ山のたぬきさん」グリム童話にみられるような、本来、残酷な話、グロテスクな内容というものはすべて、皆、「最後は仲良し」みたいな結末に書き換えられように記憶しておりますが、実際、私も、子供の頃、きれい事ばかり言う教育というものを心の底から軽蔑してましたよ。
それらを踏まえた上で、「働かなかったキリギリスさんは、助けを求めた蟻さんに殺されて食べられてしまいました。そうなりたくなかったら、皆さん、一生懸命、働きなさい」・・・と教えるべきでしょう。
子供には、それをきちんと把握する能力があると思いますから。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-07-18 07:40 | 教育 | Trackback(2) | Comments(6)

歴史の教科書の半分が近代という配分は如何なものか・・・
親愛なるアッティクスへ

今日から7月ですね。
毎年のことではありますが、さすがに、もう、一年の半分が経過したかと思うと少し焦ります。
昨日は今年初めて冷房を入れて寝ましたしね。

ところで、昨日、ちと中学生の歴史の教科書を手にとってみたのですが、数年前に見た時でもすでにびっくりでしたが、今の教科書は凄いですねぇ・・・。
もう、昔の無味乾燥な見てるだけで気が滅入りそうな教科書とはまるで別物ですよ。
教科書自体カラフルだし、絵とか図解入りで説明してあるし、もう、昔の参考書以上の上げ膳据え膳状態・・・。
子供に何とか興味を持ってもらおうとあの手この手で歓心を買う・・・、いや、関心を引こうとしているのはわかるのですが・・・。
いくら今の子供の学力が低いからって、そこまで媚びなくても・・・という気もしないでもないような・・・。

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で、それとは別に驚いたのが歴史の教科書のうち、半分が近代なんですね。
我々の頃は、まあ、世代的に教えている側の人たちもあまりその辺は触れたくなかったんでしょうね。
試験には殆ど出ないし、出ないからなおさらなおざりになる・・・。
しかもちょっとしか載ってないし、最後の方になると、「授業時間が足りないのでここから後は自分たちでよく勉強しておくように」で終わってましたからね。

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その辺も踏まえて、まあ、近代の日本の侵略の歴史をきちんと教えて来なかったという外国からの批判に対する反省からなのかもしれませんが、それでもいくらなんでも近代が半分を占めるというのは行き過ぎなんじゃないですか?
だって、2000年の日本の歴史うち、時間に直せばたかだか100年程度、1/20の世界ですよ。
バランスを考えれば、いくら重点的に教えるとしても、せいぜい1/4くらいで良いんじゃないですか?
                                 平太独白
by heitaroh | 2012-07-01 17:35 | 教育 | Trackback | Comments(0)

孔子は15歳で将来を決めろと言うけれど・・・。
親愛なるアッティクスへ

e0027240_1712532.jpg昨日は懐かしい顔と久々に相見え、旧交を温めるうちに、つい、飲み過ぎてしまったようで・・・、本日、ご多分に漏れず、しっかり二日酔いです。
(ちなみに、昨夜はまた、泥酔して風呂の中で寝てしまったことは言うまでもありません。ホントに、いつか死にますね。)

で、本日は別のことについて書くつもりだったのですが、何を書くつもりだったのかがどうしても思い出せませんので、また、後日に譲ります(笑)。

晩年、孔子が自分の一生を振り返って、
「私は、十五の時に学問で身を立てようと決意した。
三十の時に独り立ちができるようになった。
四十の時に心に迷いがなくなった。
五十の時に天が与えた使命を自覚した。
六十の時に聞くことが直ちに理解できる境地に達した。
七十の時に思う通りの言動をしても道を踏み外すことがなくなった」と言った・・・というのがありますよね。

私は、今年、五十の大台を迎えるわけですが、たぶん、天は「おまえに何か使命を与えた覚えはない」と言うと思いますし、私も孔子は説教臭くてあまり好きではありません(笑)。
荘子は好きですけどね。)
で、それはさておき、15歳と言えば、現代では中学3年ですよね。
数え年と満年齢の違いということは置くとしても、中三といえば、受験の時期で、その意味では「志」を決めなければならない年齢であり、孔子に言わせれば、「決められる年齢」ということになるのでしょう。
ただ、この点で少し思い当たることがあるのですが、私が中三の時、先生から、「自分が何になりたいかを考えてそれに合わせて進路を選びなさい」と言われましたが、当時、私には「自分が何になりたいか」なんてまったく見当もつきませんでしたよ。

そう考えれば、我々の時代はのんびりしすぎていたと言えるのでしょうが、ところが最近では少し状況が変わってきているようですね。
この長引く不況と雇用環境悪化に伴い、子ども達にも「成りたい職業」を決めさせ、早くから就職に備えさせようという動きがあるのだとか・・・。
まあ、孔子に言わせれば当然のことかも知れませんが、私としては、右も左もわからないような年齢のうちから将来を決めなければならないというのは少し可愛そうな気もします。
私だって、「字を書いて飯が食えれば、これが天職だ」・・・などと思え始めたのは、やっと40歳になってからですよ。
まあ、私の場合は、生来の愚鈍ですから、遅すぎたのも当然と言えば当然で、今頃、それを痛感しているわけで、その意味では何の説得力もないのでしょうが・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-01-26 18:57 | 教育 | Trackback | Comments(4)

史上最大の作戦と白熱教室に見る現実世界からの乖離
親愛なるアッティクスへ

e0027240_1540491.jpg何だかんだ言って、福岡市内は昨日までは日中はTシャツ一枚でOKでしたが、今日は雨模様ということもあって、さすがに少し涼しいみたいですね。
でも、明日よりはいよいよ、冬モードに入っていくそうで、まあ、考えてみれば10月も残す所あと僅か、年が改まるまでも2ヶ月余となっていることを思えば、そうなるのが当然なのでしょうが。

(←先週の福岡市内。博多駅から車で20分くらいの所ですが、同行した秋田人も「陽射しが違う」と言ってました。)

で、昨日、今週からまた、ちと忙しくなるので、その前の骨休め・・・ということで、一日、ゴロゴロしてビデオを見て過ごしたのですが、まず見たのが、映画「史上最大の作戦」・・・。
無論、以前に見たことはあったのですが、多分、中学生くらいの頃に見たきりで、まったく覚えてませんでしたので、あれだけの大作でもあり、改めて見てみようと思い立ちました。
まず思ったのが、現代の戦争映画と比べて、実にあっさりと死んでいくことでした。
CGが登場する遙か前ですから、やむを得ない面はあるにしても、数年前に公開されたの「父親たちの星条旗」などでは、間近で頭が打ち抜かれたり、手足が吹っ飛ばされたりする恐怖が如実に描かれてますが、戦死者はただ倒れるだけで、それが無いわけです。
まあ、これが公開されたのは終戦から17年後昭和37年(1962年)ですから、多分にアメリカによる従軍者への慰労映画という側面はあったのでしょうが。

次に、NHK教育テレビで録り溜めていたETV特集「ハーバード白熱教室@東京大学 日本で正義の話をしよう」を見たのですが、まあ、マイケル・サンデル教授という人は、発言者の名前から内容から、ひいては千人を超える受講者の中でその人が座っている位置まで覚えてますし、東大の学生さんたちもさすがという切り口で感心しきりでした。
ただ、彼ら、学生さんたちのディベートを見ていて・・・、特に、第二部の「戦争責任」においては、少し、思ったことがあります。

先日、うちのガキが小学校の歴史の教科書を拡げていたのをチラ見したところ、もう、我々の頃の無味乾燥な教科書とはまるで違うんですね。
でも、そこに書かれていることにはある一定の傾向があるように思えました。
それは、個別具体的には申しませんが、一言で言って、「お利口さん」の内容でして、私は彼ら、「白熱教室」で発言していた学生すべてに、これと同じ臭いを感じたんですよ。

まあ、今の大学生が同じような教科書を使っていたかどうかはわかりませんが、もし、そういう私の感じたものが正しいのであれば、彼らは優秀であるがゆえに教科書に書いてあること、先生から言われたことを素直に受け入れてきた・・・、俗な言葉で言えば、洗脳されて来たのではないかと。
まあ、戦争容認論が正しいとは言いませんが、安保闘争の時には「安保賛成」を主張する東大生もいたわけですから、全員が同じ認識の上に立脚しているというのは如何にも奇妙なもののように思えるわけです。
私が扱いにくい子供だったのは間違いないのでですが・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-10-25 18:30 | 教育 | Trackback | Comments(2)

日本の暗記崇拝への価値観と暗記至上教育の是非
親愛なるアッティクスへ

e0027240_16142949.jpg今朝の朝刊に福岡ソフトバンクホークスクライマックスシリーズでの敗退を総括した記事が載ってまして、その中で、秋山幸二監督が、「間が長く空いた中で調整の仕方がうまくいかなかったのが一番」と言っていたというのを聞いて、大変、呆れました。

中日はしっかり勝っとるやないかい!」と。
まあ、確かに、最後の二つを勝って3位になったロッテと、最後の二つを負けて3位になった巨人とでは手強さという点では違うのかもしれませんが、でも、過去に同じ条件で戦った日ハム西武はしっかり、勝って日本シリーズ出場を果たしているわけで、それを言うなら、他のどこよりもその辺のノウハウを持ってなければならないのがホークスでしょ・・・と。
(むしろ、敗因は「6連戦」にあったと言った方がまだ、説得力があるんじゃないですか?年寄りばかりのホークスは後半、見るからに、疲れてる・・・って感じでしたから。)

で、本日の本題です。
オランダ43歳マルク・ルッテ首相が誕生したという報道を見ていて、「閣僚経験もなく未知数だが、討論では博覧強記ぶりを発揮して・・・」という一文が目に付きました。
思えば、博覧強記という点では人後に落ちない、故田中角栄元首相も、日中国交回復の折、交渉の相手となった周恩来首相(当時)には舌を巻いたようで、「周恩来という人は、交渉中、どこそこの戦闘での被害云々という話になると、『このときは、どれだけの死傷者が出て、どれだけの被害があった』ということを忽ちのうちにそらんじた。すべての数字が頭に入っていた。私が知る限り、この人より凄い交渉相手はいなかった」と回顧しておられました。
でも、ここで注意すべきは、単に暗記していたことが凄いというのであれば、円周率を延々暗記している人などが総理大臣になれば良いわけで、周恩来という人が凄いのは、それを交渉の席で臨機応変に使いこなした・・・ということだと思います。

この点で、実は今、うちには受験生がいまして、この不肖のガキの勉強を見ていて思うのが、日本の勉強・・・、ひいては日本人の、「人の能力に対する評価の基軸」となっているのが「暗記力」ではないか・・・ということです。
実際、「あの人くらい頭がいい人はいない」などという場合、大半が「記憶力」を意味しており、(それ以外ではわずかに「計算力」が続くくらいですが、ただ、暗算が発達している日本では割と計算力は賞賛の対象にはならないことが多いようです。)従って、試験に出るから暗記しなさい・・・などというのは、何のために勉強するのかという意味では愚の骨頂であり、学問を修めるという観点から考えれば本末転倒だと思うんです。
つまり、忘れたことは調べれば良いし、覚えきれないことはメモすれば良いわけで、この点、確か、アメリカなどでは試験には辞書教科書を持って入って良いんですよね?
つまり、詰め込みの暗記ではなく、自分なりにそれをどう消化するかという応用力に重点を置いているわけで、私も本来の教育とはこうあるべきだと思いますよ。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-10-21 18:11 | 教育 | Trackback | Comments(0)

男の子は男の子だが女の子は女の理に男世界の崩壊を嘆く
親愛なるアッティクスへ

e0027240_1924181.jpg←先日、たまたま、道を歩いていて見つけました。

「女心融資」・・・だそうです。
私は、こちらの方は、物心付いたときから慢性的に欠乏しているようですので、是非、御願いしたいのですが(笑)。
・・・などと、あまり言っていると、ご婦人方の視線が一層、冷ややかになりそうですので、一応、説明しておきますと、言うまでもなく一番上のうかんむりが雨風で潰れちゃってるだけで、正確には「安心融資」ですね。
でも、思わず、何とか珍百景というやつに、出そうかと思いましたよ・・・。
ちなみに、横には、「女性のひも大歓迎」と書いてあります(笑)。
私ではダメでしょうねぇ。

で、本日のお題です。
先日、テレビのバラエティ番組で、郷土の先輩・タモリさんが「女の人と違って、男は元々は何も無いんだ。教育で、段々と男になっていくんだ」という内容のことを言っておられました。
なるほど、確かに、うちの子供たちを見ていても思い当たることがあります。
私も以前、友人に言ったことがあるのですが、「男の子は男の子だけど、女の子はなんだ」・・・と。

その上で、最近、良く、草食性男子という事が言われますよね。
これは、以前、畜産学の権威の先生に聞いたのですが、「生物の世界でも、外敵の脅威が無くなると、段々と雄と雌が同化してくる」のだそうです。
その意味では、今の日本は間違いなく平和なんでしょう。

ただ、生物は本来、「平和」を前提に体が作られていない・・・ということを考えると、いささか、複雑なものを感じます。
(戦前の日本を顧みれば、その差は理不尽なまでに際だっていたわけで・・・。)
そう考えれば、男の子は昔から、多かれ少なかれ、男だけの独自の「大人になるための」システムという物が存在してきましたよね。
若衆宿然り、青年団、消防団然り、博多祗園山笠などの祭り然りでしょう。
あるいは、徴兵などというものも乱暴な言い方をすればその範疇に入るのかもしれません。
一定年齢に達すると、本人の意思に関わりなく、むりやりでもそこに入れられ、良いことも嫌なことも含めて、「男」になっていく・・・と。
それが今、見事に崩壊してますよね。
(男の習性の一番の好例が、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の祝勝会で、田中将大投手が胴上げされると見せかけて、皆から足で踏んづけられていた光景です(笑)。さすがの、まーくんもダルビッシュさんや松坂大輔さんたちには何も言えないでしょう。変な話ですが、私的には、もの凄く感動的なシーンでした。)
だから、引きこもりなどという現象が起きてしまうのではないか・・・と。
(勉強不足で申し訳ないのですが、あんまり、女性の引きこもりというのは聞かないもので・・・。)

ただ、そうは言っても、では、女性は子供の時から成熟した思考法を持っているか・・・と言えば、当然、そんなことはないわけで、それはやはり、男女の別ということではなく、教育とか、経験などによって、段々と「人」としての完成度を高めていくものだのと思います。
ただ、スタート地点が無か有かの違いであって・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-11-10 19:03 | 教育 | Trackback | Comments(6)

日本に学校制度はなじまない。
親愛なるアッティクスへ

などがこれほど充実した今、もはや学校は不要ですべて民営化すべきだという意見もありますが、私は義務教育は別として、日本に於ける、最も相応しい本来の大学教育のあり方とは、やはり、江戸時代の私塾という形式ではなかろうかと思います。
つまり、どの学校に入るのか・・・ではなく、誰の門下に学ぶのか・・・ということです。
高校生くらいまではまだしも、本来、高度な専門知識を学ぶはずの大学制度が、「何を専攻するか・・・」ではなく、「どこに入るか・・・」、また、「何を学んだか・・・」よりも、「どこで学んだか・・・」が重視されるというのは、少々、本末転倒のような気がします。
やはり、本来有るべき形としては、そうではなく、自分は何を学びたいから、その為には、この方面での第一人者である誰々先生の下で学びたい・・・であるべきではないでしょうか?

もっと、その師なり、学長なりの顔はもっと見えていて良いように思います。
かつての、緒方洪庵適塾は幕末、多くの人材を輩出したことで知られていますが、すべての生徒を緒方洪庵一人が教えたわけではありません。
村田蔵六、後の大村益次郞など、優秀な生徒を助教授として、その人に授業をさせていたようです。
ただ、それでも、緒方洪庵という人の教育方針に根ざした校風というものは、厳然と存在しており、この点は、現代の大学の多くも同様の物を掲げてはいるのでしょうが、いかんせん、多くの大学が創立から歳月が経ちすぎたことで、創立当初の教育方針などというものは形骸化しているように思えます。
こういうった、創立者の教育方針、校風などというものは、所詮、創立者個人のものであり、せいぜい、実際に、その謦咳を受けた世代くらいまででしょう。
(一部、外語大学などは、まだ、わかりやすいということもあり、そういった校風がしっかり残っているようにも思えますが・・・。)

場合によっては、もっと、こういう小規模の私塾が、たくさん出来ても良いと思います。
その上で、もっとも自分の適性にあった校風を選び入学する。
ここで、さらに大事なのは、「自分の気風にあわない、学問の方向が違う・・・ということを感じたなら、即座に自分にあった学風の私塾への転入を可能とすべきである」ということです。
学校などというものは、所詮、行ってみないとわからないものなのですから・・・。
現在の学校制度は、この点で、春先の一回だけの入学ですが、もっと、柔軟に対応しても良いのではないでしょうか?
小学校ならまだしも、最高学府であるはずの大学生を皆、ひとつの部屋に押し込め、同じカリキュラムを餌をついばむヒヨコのよう教え込む必要はないのではないですから・・・。
要は、学問とは志である・・・ということでしょうか。
                            平太独白
by heitaroh | 2008-07-05 08:18 | 教育 | Trackback | Comments(2)

教師も中途採用を奨励すべき論
親愛なるアッティクスへ

以前、テレビの「100万円あげます」とか何とかいう番組で、ある教員が、「学校で、地理を教えているのに、自分がその地域に行ったことが無い。それで地理を教えていることに矛盾を感じている。だから100万円当てて、世界中ではないにしても、海外旅行に行きたい」と言って出場されてきたことがありました。
番組のコメンテーターなどからは、失笑が漏れてましたが、私には彼が言っていることが、それほど、おかしなことだとは思えませんでした。

無論、すべての地理教員だけを公費世界一周旅行に行かせてやる・・・というのは、到底、現実的なことではないでしょう。
しかし、いくらマスメディアが発達しようとも、とにかく、現地に行ってみないとわからないことがあるのも、また事実です。
そういう意味では、やはり、教師の側も、行ったこともなくて教えているのであれば、教科書に書いてあること以上のことは教えられないでしょうし、生徒の突飛な質問にも答えられず、ひいては、授業にを拡げてあげることもできないでしょう。
で、私が言いたいのは、「教員も、もっと、中途採用を増やすべきだ」と言うことです・・・。

そう言うと、以前、校長民間から採用したものの、うまくいかずに、その方が自殺した・・・という事件を持ち出されるかもしれませんが、それって、校長を採用するからだめなんですよ。
校長を民間から採用すると言うことは一般教員(特に教頭)にとっては、自分たちのポストが一つ減るということでもあり、だとすれば、こんなのがもし、「評判!」ということなれば、「やはり、校長は民間から・・・」ということにも成りかねず、何より、これまでの校長が否定されることになるわけで、到底、歓迎される要素を見つけ出すことはできないでしょう。
だから、そうではなく、一般教員をもっと、積極的に民間から採用すべきだと思うのです。

私の友人にも学校の先生がいますが、「あれはあれで大変そうだな・・・」とは思うのですが、ところが、彼に限らず、新卒から、そのまま教員になった方が圧倒的に多いようで、私の見るところ、教員以外の経験というモノが、余りにも不足しているように思えるのです。
「先生だけを専一にやってきたプロの先生でないと学力低下が心配だ!」というPTAの声もあると伺いましたが、小学校、中学校程度の勉強であれば、基本的に先生だけをやってきた人間でないと教えられてない・・・というレベルでもないでしょうし、何より、教えるのはうまくても、それ以外の人生経験がないと生徒の相談にのってやることにも限界があるのではないでしょうか?

教員とは、宗教人同様、生徒をただ、良い学校に送り込むことだけが本来の姿ではないはずですから、わずかでも、教員というものに「聖職」という意識をもたれる方があれば、こういった葛藤に悩まされることも十分に考えられると思います。
そんなときに、「銀行員時代に、営業成績が上がらないと机の上に正座させられた。」、「マンションの販売で、成績が上がらなかったとき、夜中に消防署や警察署などに飛び込みで営業に行った」、「自分ばかりが悪いわけではないのに顧客から罵詈雑言の限りを浴びせられた」などなどの経験がないと、生徒の痛みなどわかってやれないでしょう。
また、「商社マンとして世界中を渡り歩いてきた」、「旅行代理店の添乗員として色々な国に行った」から、果ては、「商談に行ったら、あと少しでギャングに殺されるところだった」、「北極海の海に転落したときは、もうだめだと思った・・・」などの経験がある人を雇えば地理の先生も助かるし、生徒にとっても、貴重な記憶となるのではないでしょうか?

少なくとも、教員の殆どが教員経験しかないという現状は、もう少し、変えてもいいのではないかと思いますし、むしろ、教員を新卒で採用する枠を半分と、色々な経験をしてきた人を優先的に雇うべき枠を半分、設けてもいいのではないかと思うんですけどね・・・。
                                      平太独白
by heitaroh | 2008-02-02 08:40 | 教育 | Trackback(2) | Comments(6)

総理になれなかった総裁が見たこれぞ明治の厳父


以前、飛行機に乗った際、ビジネスクラスの席に、ちょこんと小さな女の子が座っているのが目に付きました。
(もちろん、私は普通席でした(笑)。)

e0027240_16192381.jpgシートが大きい分、その女の子(2~3歳くらいでしょうか。)が、余計、目に付いたのですが、その子の横の同じシートには、いかにも裕福そうなキャリア風の母親が座ってました。
まあ、それは、その方が自分の収入の中からされておられることですから、別に他人がどうこう言うことではないのですが、この点で、私にはひとつ、印象に残っている話があります。
(←こちらは、以前、福岡県にある古処山という山に登った際、山頂で仰向けになったときに撮った画像です。ちなみに、ちょうど、この時間くらいに、宮城県では、大きな地震があったそうです。まるで、「我レ関セズ」って空ですね(笑)。)

河野洋平という政治家をご存じでしょうか?
確か、現衆議院議長だったと思うのですが、むしろ、自民党総裁でありながら、只独り、総理大臣になれなかった総裁・・・として、ご記憶の方もいらっしゃるかもしれませんね。
彼の父、河野一郎氏は、佐藤栄作、池田勇人といった人たちと総理の椅子を争った政界の大物にして、ソ連の独裁者・フルシチョフを向こうに回し、大立ち回りを演じた強気の政治家であり、吉田茂をして、「嫌いな物はスカルノと河野一郎」と言わしめた豪腕政治家にして戦後政界の大実力者でした。

その洋平氏が以前、何かに書いておられたことなのですが、河野一郎という人物は、そういう精力的な政治家であったこともあり、生前は多忙で、息子と旅行などしたことはなかったと言います。
それが、あるとき、何かの関係で父と二人っきりで旅行することになったそうですが、そのとき、河野一郎という人は、自分だけ、さっさとグリーン車に乗り込むも、学生服姿の洋平氏には「親父がエライのと、おまえとは何の関係もない!」と言って、独り普通席に座らせたそうです。
フツー、日頃、多忙な父が我が子と水入らずで旅行するときに、別々に乗りますかー?

厳父・・・。
付けるべきけじめはきちんと付ける・・・。
多忙な父の、息子への訓導・・・。
子供への愛情などに流されることはない・・・。
河野一郎と言う人物の、ただ傲慢なだけの人ではない一面を見せつけられたような気がしました。
以来、私が忘れられない話の一つとなっています。
                 平太独白
by heitaroh | 2007-09-15 18:10 | 教育 | Trackback | Comments(4)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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