カテゴリ:スポーツ( 287 )

祝!福岡ソフトバンクホークス日本一!
祝!福岡ソフトバンクホークス日本一!になりましたねえ。

私はクライマックスシリーズなる、原理原則から大きく逸脱した蛮習が出来て以来、すっかりプロ野球に対する興味を失っていたのですが、それでもやはりいざ日本一ってのは福岡人としては祝わなければならないわけで・・・。
おかげさまで本日、日本一の美酒からようやくの復(笑)。
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この日、たまたまの友人との飲み会だったのですが、おそらく今日優勝するのではないかという勘がピピピッとはたらき、「これは中洲に繰り出すことになるかもしれん」と一人、よそ行きの格好(笑)。
で、結果はその通りの展開に。
で、中洲に繰り出した・・・辺りまでの記憶はあるのですが・・・。

気がつけばベッドの上で二日酔い・・・でした(笑)。
ふらふらしながら、優勝セールの薬局に行ったら、肝心の福岡人愛用のインスタントラーメン「うまかっちゃん」だけが売り切れ。
そりゃないぜセニョリータ・・・って感じで夕暮れに沈む福岡ドームを横目に帰途に・・・。

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でも、ふと、亡父の独身時代、博多は西鉄ライオンズ全盛。
「勝てば勝ったで祝い酒、負けたら負けたで自棄酒」で毎晩出撃していたと言っていたのを思い出し、少しウルっときてしまいました。
年はとりたくないものですねえ。
でも・・・、日本一っていい。
                      平太独白


by heitaroh | 2014-11-01 15:07 | スポーツ | Trackback(1) | Comments(2)

サッカーワールドカップの首の皮一枚の論理
サッカーワールドカップ日本代表、ちょっと厳しそうですね。
「まだ、首の皮一枚で繋がっている」と言ったのは、昭和33年、プロ野球日本シリーズで巨人にストレートで3連敗した時の西鉄ライオンズを率いた知将・三原脩だったと記憶しておりますが、でも、先日、明石家さんまさんは「首の皮一枚ってことは既に死んでいるってことでっせ」と仰ってましたが・・・、まあ、確かに(笑)。
この辺は、たとえ、首の皮一枚になっても、完全に首を切り落とされない限り、相手に食らいつくぞ!という勝負師らしい表現だったのでしょうが(笑)。
それにしても、三原という人のコピーの上手さは本当に惚れ惚れします。
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で、ザッケローニ監督の攻撃重視にはスタッフの中からも日本人にはあわないという批判も起きているようですね。
確かに、体格的に劣る日本人にはあわないのかもしれません。
で、少し考えてみました。
プロ野球でも、広岡達郎氏以来、守り勝つ野球というのが主流となっているようです。
確かに、守備が相手を無得点に抑え込めばたとえ味方が無得点でも引き分けで負けはしないわけですし、いくら味方が点をとっても守備がそれ以上に点をとられたのでは引き分けにすらならないわけで。
でも、守備重視というのは口で言うほど簡単ではありませんよ。

守って守って、数少ないチャンスで得点して勝つというのは精神的に物凄いプレッシャーですよ。
相手からすれば攻めてこない相手というのは技術的な意味は別にして、気持ちの上ではこんなに楽なものはないわけで。
それに、サッカーの場合、全試合引き分け狙いでも決勝トーナメント進出は難しいんでしょ?
であれば、一試合は勝たなければならないわけで、それ以前に、引き分けにしようと思うのなら、勝ちに行って初めて引き分けになるもんじゃないんですか?
最初から引き分け狙いだと、結局、一敗二分けみたいなことになっちゃうような気がするのですが。
                        平太独白

by heitaroh | 2014-06-24 12:44 | スポーツ | Trackback(1) | Comments(4)

打撃の神様でV9巨人の監督・川上哲治氏の逝去を悼む!
「巨人大鵬卵焼き」・・・、当時の子供が大好きな物と言われてますが、一面、その言葉の裏には、「誰がどう立ち向かっても、倒すことが出来ない圧倒的な強さ」という含みがあったように記憶しております。
当時、相撲界に無敵の強さで君臨していた横綱大鵬と並んで、9年連続日本一という盤石の強さを発揮していたのがV9巨人軍
巨人オーナーの正力松太郎のことを「勝利決まったろう」などと呼ぶほどの無類の強さは、徒花として、「アンチ巨人ファン」なる存在を生み出したほど。

で、当時、その巨人を率いていたのが川上哲治監督。
私が生まれる前は「打撃の神様」「赤バットの川上」「弾丸ライナー」・・・などの称号で知られた球界を代表する大打者で、私が知る限り、本人主演の映画が作られたのは川上氏と長嶋茂雄、稲尾和久の3人のみ。
(マンガ巨人の星で「主人公の家の壁の穴から飛び出してくるボールを木切れでその穴に打ち返してたのが印象深いですね。今考えれば、ありえねーって話でしょうが、当時は「これが達人か!」って思いましたよ(笑)。)

e0027240_1694551.jpgで、その川上氏が、去る28日、遂に逝去されたか。
御年93歳、老衰だったとか。
(←熊本県出身だったからか、福岡の地元紙には1面トップで出てました。)

いつかこの日が来るんだろうなとは思ってましたが、日本のプロ野球史はこの人と野村克也氏で9割語れるんですよ。
つまり、ノムさんが語れない沢村栄治などプロ野球草創期の部分を、同じグラウンドの上に居た者としての目線で語れる最後の生き証人だったわけです。
(ノムさんって、凄いんですよね。選手として日本のプロ野球選手第一号の三原脩翁の謦咳に接し、監督としては今をときめく、田中マーくんから、マンガのあぶさんまでが教え子なんですよね。)
チームの打撃練習時間30分のうち20分を一人で使ったというエゴイスト。
ゴルフでも、いくら後ろの組が詰まっていても、平然とラフの中の自分の球が見つかるまで探したとか。
サッカーの三浦知良選手は「99回外しても、平然と100回目を蹴る。そういう精神構造でないとやっていけない」と言ったそうですが、おそらく、川上さんも平然と100回目を蹴ったでしょうね。
酷いといわれる方もあるかもしれませんが、これがプロのあるべき姿なんでしょう。合掌。
                                     平太独白
by heitaroh | 2013-10-31 18:04 | スポーツ | Trackback(1) | Comments(2)

田中マーくんとバレンティンの記録更新に見る記録の意義
e0027240_16213792.jpg先日、遂にヤクルトスワローズのバレンティン選手が王貞治、T・ローズ、A・カブレラの各氏が持つ本塁打シーズン記録55本を抜きましたよね。
同選手は三冠王の可能性も含め、その後も順調に記録を伸ばし続けていますから、最終的には65本くらいは打つのではないかと思ってますが、ただ、この記録に関しては、他の記録と違い、何か、日本球界記録の象徴的な感じを持つ人があるようで、それがこれまでの外国人選手による記録更新を阻んできたことも事実なのでしょう。

外国人選手に対する「差別」の端緒は、昭和40年(1965年)の阪急ブレーブスのD・スペンサーに対するそれでしょうか。
スペンサーはこの年、南海ホークスの野村克也選手と激しい三冠王争いを繰り広げたものの、同じタイトルをとらせるなら日本人である野村に・・・という思いが球界全体にあったようで、8打席連続で歩かされたり、(9打席目、敬遠球を無理矢理打ったことで連続四球は8打席で終わったとか。)野村選手が所属する南海との対戦では、スペンサーはバット逆さまに構えて打席に立つという抗議行動に出たものの、南海はそれでも敬遠した・・・などという話が伝わっているほどに露骨だったようです。

ただ、当時は戦後まだ20年ですから、昨日までの交戦国ということもあり、やむを得ないものがあったのでしょうが、以来、半世紀近く、通算打率、三冠王、名球会入り・・・と外国人選手に対するアレルギーもかなり薄まってきたように思える時代となった・・・ということも記録更新の背景にはあるのかもしれません。
その意味では、バースの時もローズの時も自らの記録を更新される側の立場で監督として対戦することになった王さんは、「私は何の指示もしていない」と言ってましたが、「そりゃないよ!」って思いましたよ。
この件については何度か触れていたと思いますが、誰だって、上司の機嫌損ねるようなことはしたくないわけで、王さんは明確に勝負を指示するべきですよ。
それをしなかった以上、王さんにも暗黙の指示があったと言われても仕方ないわけで・・・。
王さんは自分の記録だからこそ、余計にそうするべきだったと思いますよ。
おそらく、指示していても現場は歩かせるかもしれず、そういう時は自らマウンドまで行って、「勝負しろ!勝負して、打ち取れ!」と発破をかけるべきで・・・。

今回も張本勲氏などは、「抜いてほしくない。日本人の記録だから」と言ってましたが、既に韓国で抜かれているわけで、その意味ではバレンティンに抜いてもらうのが、日韓双方にとっても良いことなんじゃないの・・・と(笑)。
ちなみに、記録の神様の宇佐美徹也さんが、「記録を時代で比べるのは無意味。記録でわかることはその時代での突出度」だと言ってましたが、まったくそのとおりだと思いますね。
実際、福岡人的に言えば、田中まーくん20連勝稲尾和久さんは1ヶ月で達成してますからね(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-09-19 07:56 | スポーツ | Trackback(1) | Comments(4)

マーくん20連勝の日に摂津15勝の土橋正幸逝去を悼む
昨日、マーくんこと、楽天田中将大投手が日本ハム戦に先発して開幕20連勝を飾り、昭和32年(1957年)の西鉄ライオンズの「鉄腕」稲尾和久氏のシーズン20連勝のプロ野球記録に並んだ・・・と。
無敗でのシーズン20勝到達は史上初めてで、昨年からの連勝記録24を更新、さらに、ルーブ・マーカード(ジャイアンツ)が記録した開幕19連勝の世界記録も101年ぶりに更新だとか・・・。

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(↑福岡人的には新聞の見出しに「稲尾」の文字が並ぶと、それだけで少しウルウルっときてしまいます。ちなみに、福岡では今だに、「稲尾」ではなく、「稲尾さん」です。)

で、実は昨日は、マーくんの陰に隠れてまったく注目されませんでしたが、福岡ソフトバンクホークス攝津正投手も15勝目を挙げたんですよね。
つまり、彼は例年ならてっぺんにいる数字を残してるんですよ。
ところが、今年に限っては、上にちょっと異常な数字を残している選手がいるという「不運」があるわけで・・・。
この点で、私には思い起こされたことがあります。
それが、先頃、亡くなった往年の東映フライヤーズの名投手・土橋正幸氏の存在でした。

土橋氏は通算162勝を上げ、また、1試合での奪三振記録を打ち立てるなど、当時を代表する名投手だったわけですが、どういうわけか個人タイトルには縁がなく、特に私が生まれた昭和36年(1961年)にはパ・リーグ唯一の30勝台である30勝に加え、防御率1.90という成績を残したにも関わらず・・・です。
なぜか?この年、30勝台はいなかったけど、40勝台がいたんですね。
それが、日本記録の42勝を上げ、防御率も1.69、さらに、14敗もしていながら勝率一位も獲得してタイトルを独占した、福岡人をして「神様仏様稲尾様」と呼ばしめた稲尾和久投手の存在です。

もっとも、それほどに日本記録を更新し、投手のタイトルを総なめにしたにも関わらず、稲尾さんは1つだけ、あって当然のタイトルを逃しております。
それが、「最高殊勲選手賞」(現在は最優秀選手賞)、すなわち、M.V.P
この年、これだけの活躍をしたにも関わらず、M.V.Pは優勝した南海ホークスの野村克也氏が獲得。
(この年、野村さんが獲得したタイトルは本塁打王(29本)だけ。打率に至ってはベスト10にも入らない.291・・・。)

今ではちょっと考えられないことですが、当時は「優勝チームから選出」という制約があったそうで、2年後の昭和38年(1963年)に西鉄が優勝した際には今度はこの制約が外されいたことから、28勝を挙げた稲尾さんではなく、当時のプロ野球新記録となる52本塁打を記録した野村さんが選ばれた・・・と。
おそらく、当時の西鉄ファンは皆、釈然としないものを感じたんじゃないですかね。
まあ、ともあれ、兵どもが夢の跡、土橋翁が逝ったこの年、田中マーくんが次々に稲尾さんの記録を更新し、摂津が霞んでしまう・・・というのも、いささか、因縁めいたものを感じるわけです。
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-09-07 07:17 | スポーツ | Trackback | Comments(2)

桑田真澄に心底すげえと思った盆の入り
昨日、たまたま、風呂あがりにテレビの前を通ったら、高校野球の番組に元巨人の桑田真澄氏が出てたので、少し立ち止まって、見るとも無しに見てたのですが・・・、「桑田ってすげえ!」と心底思いましたね。
PL学園のエースとして甲子園に出場した高校2年の時の決勝戦で、茨城県代表の取手二高に打ち込まれて負けたそうですが、驚いたのは、彼はその後、一人で、わざわざ大阪から茨城まで行って同校を視察し、練習の仕方を学んだそうです。
普通は「悔しい」とか「残念」とかで終わりですよ。
そこを、自ら足を運んで見てみたい・・・と、しかも高校生が・・一人で・・・ですよ。

おそらくは、対戦している時に何かしら感じるものがあったのだとは思いますが、それでも当時、彼は既にスター選手だったわけですから、メディア関係者などは普通に周囲にたくさん居たはずで、せいぜい記者らに聞くくらいのものですよ。
桑田はその辺のことを、この時、取手二高の選手が「楽しく、のびのびやって」結果を出している姿に興味を持ったと言ってましたが、取手二高の練習を見て、短期集中型の練習方法の大切さを知り、これを採り入れ、翌年には再び、2度目の全国制覇で有終の美を飾ることができた・・・と。
「高校2年生の僕が一人で取手まで行って、負けた相手の練習を見せてもらうなんて自分でもよくやったと思いますよ。」とは本人の言ですが、私自身、自分の高校生の頃を思い出したなら、とてもとても・・・。

e0027240_18113085.jpgで、ちょっと調べてみたのですが、当時、彼はPL学園の寮にいたとして、その最寄りの喜志駅から取手二高の最寄りの取手駅まで行くと、途中、徒歩を含めた乗り換え5回で移動時間が約5時間・・・。
直線距離で500km、おそらく、実際の移動距離は600kmを超えていたのではないかと思われますが、当時はまだ、国鉄民営化前ですから、サービスも案内も決して懇切丁寧とはいえなかったでしょうし、乗り換えだって不便極まりなかったはずで、実際には殆ど一日がかりの移動だったでしょう。

それほどの距離をよう行ったなあ・・・と。

自分が高校生の時にはそういう選択肢など思いもつきませんでしたし、たとえ、思いついても、私が博多から京都の舞鶴辺りまで行くようなもので、今なら乗り換えだってスマホですぐに出るし、最寄り駅も周辺地図もネットですぐに検索できるでしょうが、当時はそんな物ありませんし、駅だって、駅員だって、お世辞にも懇切丁寧というのとはかけ離れてましたからねえ。
それを考えれば、もう、これは「移動」と言うよりも、殆ど「冒険」ですよ。
「やつは凄い。はっきりと並みじゃないって言える」って思いましたね。
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-08-13 18:12 | スポーツ | Trackback | Comments(4)

広島マツダスタジアムなう。
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e0027240_2015207.jpg今、広島マツダスタジアムに来ています。

言うまでもなく、福岡ソフトバンクホークス広島東洋カープの交流戦観戦です。

この球場は初めて来ましたが、やはり、野球は外で見るものだと改めて実感。
カクテル光線がむちゃくちゃきれいです。

席の方は「砂かぶり席」という、福岡ドームにもある、いわゆる、ファールゾーンにはみ出した席で見ているのですが、どういうわけか、この席は一段深く掘り下げてあり、全体を俯瞰できないため、結構、見にくい・・・。

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球場はやはり、新しいし、メジャーリーグの球場にかなり模して作ってあるみたいで、良い感じでした。

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で、試合の方はとても勝てる気がしません。

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                                       平太独白
by heitaroh | 2013-05-15 20:14 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

監督はスタンドとも勝負する

かつて、プロ野球で名監督の名を欲しいままにした三原脩翁は、近鉄バファローズの監督時代、娘婿でもあった中西太氏(かつての西鉄ライオンズ時代の主力選手)をヘッドコーチに据え、監督修行をさせようとした際、中西氏が初回から主力打者に送りバントのサインを出すのを見て、「中西は監督として大成できない」と嘆じたという話を聞いたことがあります。
つまり、ファンは基本的に主力打者の快打をみたいと望んでいるはずで、終盤の、勝敗を決するような場面ならともかく、そうでない場面では初回からファンの期待を裏切るような采配はするべきではないというわけですね。
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それを端的に表しているのが、翁の名言、「監督はスタンドとも勝負する」で、すなわち、監督は盤上の采配に神経を尖らせ、勝利を確保すると同時に、顧客であるスタンドのファンをも満足させる演出をしなければならなというわけです。
(この点は、元千葉ロッテ監督だったバレンタイン氏もアメリカでの監督時代、自らファンサービスに力を入れ、チームを勝利に導くと同時に、赤字だった球団経営を黒字にしたという話も聞きました。)

とかく、今のプロ野球の監督は自軍の戦績にしか意を尽くそうとしないようですが、落合博光氏のように数字は抜群のものを残しながらも、解雇されることになるわけで。
これも、現場から見れば「現場で力を尽くすのが、俺たちの仕事」となるわけでしょうが、経営サイドから見れば、「収益の為にやっているんだから、そこに結びつかないのならいくら勝っててもいらない」となるわけで、やはり、そうなりたくないのであれば、プロの監督と名が付く人は考えるべきだと思います。

で、なぜ、そういうことを言うかといいますと、福岡ソフトバンクホークスの秋山幸二監督というのはさんがなかなか譲らなかったせいで、苦労人らしく監督としては有能なんでしょう。
ただ、彼には致命的に欠けてる物があるんですよ。
それが「志」
WBCの監督に・・・という話もありましたが、彼は自軍の・・・、いや、自分の実績として周知されないようなことにはまったく関心がない人なんですよ。
アジアシリーズなんかは、露骨に「余計なお付き合い」感を出しますし、つまり、全体を盛り上げようという意志は毛頭無い。
でも、福岡ソフトバンクホークスなんて、そもそも、スポーツニュースの扱いも悪い田舎球団なんですから、球団全体を考えれば、こういう機会にはもっと積極的に出るべきだと思うんですよね。
それをやろうとしない彼は、いくら現場で実績を残せても球団サイドから見れば、「人望」があるようには思えないわけで・・・。
                           平太独白
by heitaroh | 2013-04-18 19:12 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

WBCサムライジャパン惜敗に悔しいけど健全な発展の為
ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)日本代表・・・、プエルトリコに負けちゃいましたね。
これで、三年連続世界一の夢が絶たれたわけですが、私はこれはこれで良かったと思いますよ。
だって、第一回大会から、日本だけが全部優勝というのは、やっぱり、健全な展開ではないでしょう。
WBCの健全な発展の為にも、また、世界一の価値を落とさないためにも、今度くらいは違う国が優勝するべきだと思ってましたから。
このまま、日本だけが優勝し続ければ、やがて、「WBCって日本がやりたがってるだけでしょ」・・・とか、「日本が実際に世界一強いわけではなく、たまたま、日本の野球の質がWBCの形式に合ってるだけだ」・・・などという声が出てきたように思います。

そう考えれば、日本以外の国がココら辺で優勝するのは悪いことではないですよ。
ただ、そうは言っても、日本は過去2回がフロックではなかったことを証明するためにも、負けても、それなりの位置にはいなくてはならないとは思ってましたから、決勝ラウンドの一角に食い込んでの惜敗は十分に許容範囲だったのではないでしょうか。
まあ、それでも、白鵬じゃないけど、「これが負けか」って感じで、やっぱ、悔しいですね。
負けるにしても負け方ってあるだろって・・・、うーん、それを言っちゃあ、おしめえよってやつかなぁ。

e0027240_14394455.jpgところで、このシリーズを見ていて、スタメンというのはどうしても、ちょっと、違和感ありますね。
私なら、

1 4 鳥谷
2 6 井端
3 D 内川
4 2 阿部
5 7 中田
6 8 糸井
7 5 松田 
8 3 稲葉
9 9 角中


としますね・・・。
本当は、1番に糸井を置くというのが一番、面白いかなと思ったんですが、鳥谷が今大会では結果出してましたから、そう考えると、この打順でしょうか。

ちなみに、今日の試合では山本浩二監督の投手交代はかなり、小刻みでしたが、私はあれで良かったと思いますよ。
球数制限の問題もながら、やはり、どこの国も代表メンバーとなると、その適応力は図抜けていますし、逆に、投手陣の層の厚みというのが日本代表の何よりの強みだったわけで・・・。

親愛なるアッティクスへ
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-03-18 14:22 | スポーツ | Trackback(1) | Comments(2)

WBC日本対台湾戦で帰らない客が一番すげえと思った夜
昨夜のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)、日本台湾戦は凄い試合になりましたねえ。
序盤までは、キューバ戦と同じような展開で、塁には出るけど点が入らないという嫌な展開、ただ、日本はこれまでの試合、終盤に得点する傾向が強かったことから、このまま、完封されることはないだろうなとは思っておりましたが・・・。

e0027240_11553695.jpg

従って、同点となった時点で、日本は大喜びしてましたが、私はむしろ、糸井が三塁でタッチアウトになって2死となった事の方にがっかりしましたよ。
「あ、これで同点どまりだ」と。
で、その前まで物凄い気迫で投げ込んでいた田中まーくんも、この攻撃の間にテンションが下がってしまったようで、明らかに前の回までとは違いましたから、3番打者にあっさりと打たれた時点ですぐに変えなきゃ・・・と。
相手チームはカウントの途中だって、厳然と交代させてんですから。

その意味では、9回に好投したストッパーの牧田和久を、その回だけであっさりと引っ込めたのは正解ですよ。
摂津にしても、田中まーくんにしても、替わった直後は好投しても、回が進むと打たれる・・・という現実があったわけで、やはり、この辺の対応力は世界の代表チームはさすがです。
従って、リードを許した時点で相手にはリリーフエースが控えていたことを考えれば、「あ、これは負けたな」と。
(そもそも、打線も大幅に組み替えるとか言いながら、殆ど変わってなかったじゃないですか。結局、長野も途中から普通に出てたし。)

その、日本代表を救ったのは9回表2死からの鳥谷の盗塁と、井端の起死回生の同点打・・・と、そして何より、小フライを飛び込んで捕球した牧田のファインプレーでしょう。
(中田の決勝犠牲フライについていえば、日本はあれでもう勝ったつもりで大喜びしてましたが、無死1.2塁で犠牲フライの1点しかとれなかったんですよ。手放しで喜んでて良いのか・・・と思ったら、その裏、杉内が打たれて一打逆転サヨナラのピンチだったわけで。)
まず、鳥谷は良く9回2死から走ったなあと思いましたし、井端も良く、あの投手から打ったなあ・・・と。
おそらく、走者1塁でも、2塁で井端敬遠でも負けだったんじゃないですか。
でも、それもこれも、牧田のあのファインプレーが全てだったと思います。
WBC第一回大会の時、韓国の美技の前に完全に封じ込められていた日本に対し、多村仁選手がフェンスに激突して捕球したプレーで、日本選手は皆、自分たちの泥臭さという原点を思い出したんじゃないかと思うのですが、牧田のファイト溢れるプレーも、それと同じ効果をもたらしたんではないかと・・・。

でも、一番のMVPはあの時間になってもまったく帰らなかった観客でしょうね。
さすがに東京ドームの客は目が肥えている!
福岡ドームだったら、絶対にああいうことはないな・・・と。
家は近いはずなんですけどねぇ・・・。

親愛なるアッティクスへ
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-03-09 07:33 | スポーツ | Trackback | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
S M T W T F S
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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