カテゴリ:その他( 135 )

危うく忘れるところだった祝12周年!
気がつけば3月も後半。
「何か書かなきゃなあ」と思っていたのですが、特に書くこともなくそのままになっていたところ、ふと、「あ!12周年だ!」と。
もう、12年も経ったら、完全に忘れてしまってました。
(12年の星霜は短いようで長い。人間の経年劣化も激しく。思い出すたびに忘れ・・・(笑)。)

ということで・・・、相変わらず貧乏暇なしで、色々と世間の雑事に追われておりますが、祝!12周年~!となりました。

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(↑初回からずっと、周年は「道」をテーマにした画像をUPしてきましたが、今回は少し趣向を変えて、「海に残った道」ということで。)

で、12年ですが、先述したとおり、12年というのは短いようで長い歳月ですねえ。

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(↑過日、長崎県でたまたま通りがかったホテル。周囲の風景には似合わないほど、明らかに目立ってましたので、ちょっとお茶してきました。設計は・・・、案の定、隈研吾でした。)

42歳の本田宗一郎が38歳の盟友・藤沢武夫と初めて会った時、「あたしも若かったけど、うちの副社長(藤沢)も若かったねえ」と言ったといいますが、当時、私はまだ20代。
「42歳と38歳の何が若いんだ。おっさんじゃねーか」と思いましたが、今、改めて振り返ってみて、40代が如何に若かったか・・・ということを痛感しますね。

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(と思ったけど、やっぱり、道シリーズが途切れるのも心苦しいので形だけ(笑)。)

最近では、「私たちはスマホと大人になっていく初めての世代だ」などというCMがありますが、スマホなんてあっという間に過去の遺物になりますよ。
iモードが死語になったように。

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(やっぱ、周年の割には華やかさが足りないなと。)

とりあえず、13周年・・・があるのか無いのかわかりませんが、ぼちぼち、頑張りませうご同輩。
                     平太独白
by heitaroh | 2017-03-21 17:57 | その他 | Trackback | Comments(2)

米欧亜回覧の会20周年シンポジウムの冷ややかな東京
気がつけば、あっという間に12月も半ばを過ぎ、すっかり年末ですね。
私も今、原稿の最終校正でかなり余裕がない毎日を送っており・・・。
今、ようやく時間が出来たので、年賀状でも書こうかと思い、ふと、ブログ更新をと思い出しました。
まだ半月ある・・・なんて思っていると、また、二度目の一ヶ月更新怠りになってしまうので、今やっておかないと・・・と(笑)。

e0027240_20143620.jpgで、少し前のことになるのですが、明治初期に日本政府首脳が丸ごと長期に渡って外遊したことで知られる岩倉使節団が書き残した「米欧回覧実記」という物があるのですが、今月初め、それに因んだ、NPO法人「米欧亜回覧の会」設立20周年記念 グランドシンポジウムとやらに出席するため、ちょっと、東京まで行ってきました。福岡はこの秋、あまりすっきりした天気がなかったのですが、東京は見事なまでの快晴。
ただ、風は間違いなく、福岡より冷たかったですね。

福岡ではまだ、あまり、マフラーを巻いている人は見かけなかったのですが、東京は皆、完全な冬装備でしたから。

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(↑博多駅前クリスマスマーケット。東京だとさすがに寒いかも(笑)。)

e0027240_20164880.jpgちなみに、先日、東京から福岡に移り住んだ人から、「福岡は日本海側だから、東京に比べ、冬は曇りの日が多い」と言われ、特にそんな気もなかったもので、「そんなことないやろ」と言って、調べたら、やはり、冬場の日照量は東京の半分でした。
ただ、日本海は関係なくて、東シナ海の影響とのこと。
まあ、半分正解、半分不正解というところでしょうか(笑)。

で、当日はシンポジウムに集中するため、酒は一滴も飲まない・・・予定だったんですが、なぜか、当日はしっかり二日酔いとなっており・・・。
隣の席のおばさんの目が外気並に冷ややかでした(笑)。

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講師の方たちは錚々たる顔ぶれで、とても参考にはなったのですが、肝心の米欧回覧実記については、いささか、話を広げすぎているような嫌いがあり。
現代日本の諸問題の根源をすべて岩倉使節団に求められても、彼らも、「そんなの知るか!」と言うんじゃないかと。
「後世のお前らは何をやってたんだ!」と。

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私は、岩倉具視が髷を落としただけでも、十分に価値があったと思いますけどね。
何より、彼らが西洋文明なるものを持ち帰らなければ、日本がユートピアであり続けられたかと言えば、決して、そんなこともないわけで。
                   平太独白
by heitaroh | 2016-12-17 20:46 | その他 | Trackback | Comments(0)

「中国文化大革命50年と私」展と映画「トランボ」の同根
当方、この連休を利用して、一泊で東京に行ってきました。
本当は他の用事も済ませたかったのですが、まあ、そう都合良くも行かず。
で、旧友と久闊を叙し、久々に斗酒なお辞せずをやったら、15年前に沖縄で泡盛飲み過ぎて以来の超絶悶絶二日酔い。
確実に飲酒人生は終盤に近づきつつあるようです。

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(↑残照・・・。)

ということで、宴に臨む前に今回の上京の主目的である「中国文化大革命50年と私」展に行ってきました。

これは今からちょうど50年前に日本写真家協会会員でいらっしゃらる荒牧万佐行氏が、当時、文化大革命の嵐が吹き荒れる中国を撮影したときの貴重な写真を展示された物で、当時、文革中の中国の実態は今の北朝鮮と同じで、特に西側諸国にとっては謎とされていたことから、帰国直後にこの写真は大きな反響を巻き起こし、これにより、氏は67年度写真協会新人賞を受賞されたのだとか。

ただ、当時、私は5歳ですから、この写真の存在を知らず、また、今になると日本でも文革中の中国のことはどこまでが本当かわからないような話も多く出回っており、日本人が日本人の目で見た文革中の中国という物を是非、見ておきたいと・・・。
で、今回、さすがに写真展に展示してある写真を撮ることは憚られたので撮ってないのですが、何より、その場に荒牧氏ご本人がいらっしゃったことで、「当時、中国側から10人だけ観光客の受け入れをする旨の申し入れがあったこと」「中国研究の第一人者たる東大の林健太郎教授がいらっしゃったことで何とか写真撮影が出来た」等など、色々と興味深いお話を伺うことが出来ました。

で、当時は日本も学生運動華やかなりし頃で、似たような風景の写真があったことを思い、ふと、先日見た、アメリカの赤狩り時代のハリウッドとの脚本家を描いた映画「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」を思い出しました。
当時のアメリカに吹き荒れた「赤狩り」と中国の文化大革命というものは東西、それぞれの陣営で起こるべくして起こった時代の徒花だったんじゃないかと。

ちなみに、当時のハリウッドで、夢よもう一度・・・みたいな老女が妙に権勢振るうようになる辺りは、「牝鶏朝する時はその里必滅といへり」(雌鶏が時を告げると家が滅びる・・・つまり、女性が政治に口を出すと国が乱れる)という言葉を想起。
今の時代、これを口にするだけで怒られるんでしょうが、問題はサッチャーさんなんかのように正当な手続きで選出された場合ではなく、江青エレナ・チャウシェスクのように、ただ、権力者の妻などいう曖昧な存在理由で口を挟むと、確かに、男だけのときに比べ一段罪深さが増す・・・と。
そういう意味では、この言葉は必ずしも間違ってないのかなと。
                    平太独白
by heitaroh | 2016-09-24 07:03 | その他 | Trackback | Comments(0)

平成も28年が過ぎ的な暑中お見舞い申し上げます
 暑中お見舞い申し上げます
 暑い日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。
 時節柄、体調を崩されぬようご自愛下さい。
               平成28年盛夏
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(↑気持ちだけ水辺に涼を求め・・・の画像です。)

ところで、平成28年盛夏・・・と書いて、「平成になっての盛夏も、もう、28回目になったか」と思ったところで、ふと、思いました。
天皇陛下が生前退位した場合、元号も変わるんだよな?・・・って。
もし、変わる場合はこれまでと違い、1月1日などのキリの良いところでやってほしいし、やるべきでしょと思うわけです。
ちなみに、昭和って下一桁が西暦と5年というキリの良い違いだったんですよ。
「昭和10年生まれの人の西暦は何年だっけ?」とか考えるときに確実に末尾に5がつくわけで、後は自分の年から考えて、「1945年なわけないな。1935年か」ってわかったわけです。
まあ、そのくらいすぐにわかるだろうと言われるかもしれませんが、算数が苦手な人には意外に使い勝手がよかったと。
今は平成がキリの良い所になってないので、「平成15年は西暦何年?」と言われてもすぐにはわかりません。

ところで、その元号ですが、改元となるとその場合、やっぱ、「平和」というのが一つのキーワードの一つになると思われ・・・。
かつ、アルファベットの以外で始まる物となる・・・と。
でも、「平」も「和」も既に過去二回で使われているわけで、間接的にそれを思わせる表現ということにならざるをえない・・・と。
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で、ここまで書いてふと思いましたが、昭和が終わるとき、「和という文字が入っているにも拘らず、昭和は戦争の時代であった」ということが多く言われました。
でも、よく考えたら昭和も戦争の時代だったのは最初の20年、つまり、1/3だけで、その後の2/3とそれに続く今日までの平成の時代は、平和の時代だったんですよね。
まあ、当時を知る世代にとってはあまりに血と脂と恐怖に凝縮された時代であり、どうしても戦争の印象が強くなったのはやむを得ないのでしょうが。
元号にこめられた「平和」という思いは何だかだ言っても維持されてきたわけで、そう考えると、やっぱ、あったほうがいいんだよなあ・・・とふと、思った28年目の平成の夏でした。
                     平太独白
by heitaroh | 2016-08-05 07:44 | その他 | Trackback | Comments(2)

昭和男よサヨウナラだぜの今年の6月の特異性
今日からいよいよ6月ですね。
私事ではありますが、実は私、今月が誕生月でして、今年で満の55歳になります。

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で、今年の誕生月ですが、少々、私にとっては、これまでとは違う意味を持っており・・・。
実は、時代が昭和から平成に変わった時、私は27歳6ヶ月・・・。
今月で55歳ですから、ちょうど半分で、すなわち、今月を境にこれから先、私の人生では昭和より平成のほうが長くなるってことです。
何を言いたいか。
「いやあ、俺は昭和男なんだから・・・」などと言ったところで、もう、否応なく、平成の人なんですね。
つまり、私より1ヶ月でも下の人はもう、既に「今時の若者」と同じ平成の人で、たとえ、上の人でも年々、平成が近くなってくると。

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(↑アーメン・・・って違うか。「アーメン素麺冷やそうめん」・・・なんて昭和のギャグ、もう、誰も知りませんよねえ。)


「水無月に 分水嶺を 覚えけり」梁庵平太

さみし~!(←わからないと思いますが、昭和のギャグです。最後のヒト吠え。)
                           平太独白
by heitaroh | 2016-06-01 07:44 | その他 | Trackback | Comments(2)

「デジタルを 過信めさるな ご同輩」的ながっくり談
先般、長いこと書きかけだった物をようやく脱稿し、今度は過去に会報誌などに寄稿した奇行・・・じゃなかった紀行文をまとめて小雑誌にすることを思い立ちました。
我ながら、まったく退屈しない性格です。

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で、それに使用すべく過去の画像を探していたら、見つからず、あるのはガキの写真ばかり。
(そんなに昔の物じゃないんですが、みんなミニチュアみたいに小さい...。俺が大きくなったんだな...って違うか(笑)。)

どうやら、保存したのは媒体は今や絶滅危惧種のMO・・・。
これが生産中止になっていると知らずに、そのまま、使っていました。
ヨドバシカメラに買いに行ったら、「生産中止」と言われ、「ホワイ!?」と言ったら、「さあ、今時、もうMOなんて使う人はいませんからね」と一言・・・。
今ある機械が壊れないうちにMOのデータをHDかCDに移さなきゃ・・・とと思いつつ、面倒くさくてまだやってません。
(若い頃と違って、年々、こういうことが面倒くさくなっています。)

しかも、肝心の探していたディスクだけが無い・・・。
ようやく見つけたと思ったら、どうやら、機械の中に入ったままで取り出せなくなっていたようで、やむなく、機械を分解し取り出し、再び、もう一台の機械で再生したところ、ディスクが傷ついているのか再生不能でまたもや取り出せないという悲劇。
助かったなあと思ったのがこのブログに投稿した画像。
これは閉鎖されない限り残ってますからね。
あと、それと、昔のパソコンの中に動画は残っていたので、そこからカットしたのが1枚。
(映像は静止画にした場合、画像ほどに写りがよくありませんね。今のはどうか知りませんが。)
まあ、これで何とか間に合わせましたが、もう、永久にあの時の画像は無いんだ・・・と思うと。

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以前、新婚旅行から帰ってきた人が、「もう、現像などせずにそのままディスクに入れている。昔みたいに、イチイチ、アルバムに貼って見たりしないから・・・」と言われたことがあります。
昭和のアナログ親父としては、その話にいささか危うさを感じたのですが、今回、改めて、デジタルだから、劣化せずに半永久的に保存できると考えるのは現代人の驕りだと実感しました。
いつまでも若いつもりでも、人間が老化するように、気がついたら保存媒体の変化についていけない。
デジタル過信するなかれの教訓。
                     平太独白
by heitaroh | 2016-05-24 11:49 | その他 | Trackback | Comments(2)

惰性でもってるだけの祝11周年記念号!
去る3月20日、ふと見たニュースで、「福岡県西方沖地震から11年」・・・というのを見て、「あの日もちょうど休日でこんな良い天気だったんだ。書き始めたばかりだったブログにも書いたよな」と思い、はたと気付きました。
「あ!つーことは俺のブログも11年になるんだ!」と。
ということで・・・と言いながら、色々と世間の雑事に追われ、今日になってしまいましたが、寸暇を惜しんで、祝!11周年~!ということで。

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(↑例年、周年は「道」シリーズということでやっております。ここは何の変哲もない風景に見えるかもしれませんが、黒田如水が関ヶ原の戦いの折、豊後石垣原で大友の軍勢を撃破した古戦場の道です。正面に海が盛り上がっているのがおわかりいただけるでしょうか。この坂が、数に勝るはずの黒田勢が当初、苦戦した要因だったのかなと。)

で、あれから11年。
今にして思うと、何だか隔世の感があります。

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(↑私にはスター・ウォーズR2-D2C-3POが立っているように見えます(笑)。)

11年前・・・、いやいや、ホント若かったよなあ。
最近ではすっかり酒が飲めなくなってしまい、腰は痛い、中性脂肪は危険水域に入る・・・などという話は祝いの席ではやめましょう(笑)。

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ちなみに今、また懲りずに一つ書いてます。
何とか早く片付けて、次に移らないといけないのですが、なかなか・・・。

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ということで、こんな(↑)感じで、かなり息も絶え絶えですが、今少し、世上にはびこりますので、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。
ペロリ。
                     平太独白
by heitaroh | 2016-03-23 18:25 | その他 | Trackback | Comments(2)

続・所変われば式変わる的な韓国結婚式見聞録。
一昨日からの続きで、先月下旬に韓国の結婚式に行った件です。

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(↑結婚式会館の建物全景。地下鉄の駅こそ近かったものの、郊外に位置するのか周囲は割りと殺風景。でも、この日は日が良かったのかそれでも10組くらい式を挙げており、結構、大混雑でした。)

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で、これ(↑)が式場内部の様子。

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こちら(↑)は式が終わってから撮りましたので真っ暗ですが、場内の様子がよくわかると思います。
中央の花道、いわゆるバージンロードが一段高くなってますよね。
新郎新婦はここを通って上の画像の場所に行くのですが、ただ、花道の両側に座るのは親族でなく、誰でもいいのだとか。

で、このあと、記念撮影して、隣室のビュッフェに移って食事。
バイキング形式なので席次などないし、時間も短く、祝儀も安い。
おそらく、相場は日本の1/5から1/10ではないかと。
受付に封筒が用意されており、それに入れて出すと、その場で中身を確認し、「誰々さんがいくら」とノートに記入されます。
ちなみに、私は日本代表として、日本の水引のご祝儀袋で出しましたよ(笑)。
服装もさすがにジーパンってことはなかったですが、フォーマルというほどでもなく、ノーネクタイにセーター姿もありました。

こういうのって、日本ももっと見習っていいと思うんですよね。
辟易するような乾杯前の長い挨拶もないし、どこかの知らないおばさんの自己満足の舞踊や詩吟も無い。
(もっとも、他の結婚式では最初から最後までカラオケ大会だったという話もありますが・・・(汗)。)

で、2時間ほど式場とビュッフェにいて、その後は色々と趣味の史跡巡りに連れて行ってもらい、夜は本場の韓国料理を満喫させていただきました。
むしろ、特筆すべきは翌日のこと。
韓国はマイナス11℃だったのですが快晴。

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(↑釜山空港の夕暮れ。)
むしろ、福岡は雪と聞いていたので、飛行機大丈夫かなぁと思いつつ・・・。
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それが福岡上空に来たら降りられないと言って、しばらく、周回・・・。
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で、到着して一句。
「帰りなば 九州博多は 銀世界」梁庵平太

ところがこれで終わったわけではなく、ようやく着いたと思って空港出たら、タクシーは大行列。
いくら待っても来ないので、やむなく連絡バスで国内線へ移り、そこから電車乗り継いで帰宅した時には出発から4時間半が経過。
(国際線が鉄道で結ばれてないというのが問題なんですよ。地下鉄延伸しろよと言いたい。)
普段なら、釜山~福岡は1時間弱ですよ。
でも、私はまだ良かったほうで一緒に行った佐世保のご夫妻は結局、帰れず、どうにかホテルを探して泊まって、翌日も夕方まで電車に乗れなかったのだとか・・・。

ま、これも良い思い出ということで。
                 平太独白
by heitaroh | 2016-02-04 07:50 | その他 | Trackback | Comments(2)

所変われば式変わる的な韓国結婚式見聞録。
先月下旬にちょっと縁あって、韓国の結婚式に行って来ました。

e0027240_11292922.jpgで、「所変われば品変わる」・・・ならぬ、「所変われば変わる」・・・で、ちょっと思ったところを開陳してみたいと思います。

まず、私が行ったのは韓国は韓国でもソウルでも釜山でもなく、韓国第三の都市・大邸でした。
(←大邸タワーです。この日はなかったけど普段はバンジージャンプもやってるんだとか。)

で、その話の前に、この日はちょうど、日本でも寒波が来襲した週で滞在中の最低気温は何と、マイナス11度
・・・九州人、初めて経験する気温です。
(先日、四十代の人と話していたら、「大雪大変でしたねえ。私、マイナス気温なんて初めて経験しましたよ」と。私が子供の頃までは早朝だけですが、時々、マイナス2℃とかはありました。でも、この年代からはそうなんでしょうね。)

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で、結構、困ったのが言葉。

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(↑川が凍るというのは初めて見ました。)

この川は韓国で最長の川だそうですが、位置的には決して大邸の繁華街とは言い難い所にあり、にも関わらず、この川の真中に喫茶店(死語?)が。
別に景観がそれほどいいわけでもなく、「やはり、こういう所にこういう物が出来るのは寒い国ゆえなんだろうな。福岡だと皆、素通りするだろう。」と思いつつ、外は極寒でもあり、ちょっと一服していこうと。

e0027240_11572920.jpg(←鉄道の橋を歩行者用に改造した橋です。)

で、コーヒーを注文したのですが、コーヒーが通じない。
カフィー、こーひー、カヒ・・・。
何を何と言っても「は?」。
文字はすべてハングルだし、日本語はもとより、ローマ字も漢字もない。
(後で聞いたらカプチと言わなければならないと。)
で、今度は「レシート」がわからない。
日本語の領収証でわかるはずもないし、レシートでわからない物をどう表現していいか、これにはお手上げでした。

まあ、レシートが欲しかったのは、単に、ここの住所はどうなってるのかな?と思っただけでしたので諦めましたが。
(そもそも、住居表示あるのか?)

ということで、結婚式その物に行く前に、ちょうど時間となりました。
続編を乞うご期待ということで。
by heitaroh | 2016-02-01 06:23 | その他 | Trackback | Comments(0)

大晦日に思う新暦と旧暦の閏月が欲しいの年末ご挨拶!
今年も間もなく一年が終わろうとしております。

本日は大晦日ですが、日本では1月1日を元旦正月として祝いますよね。
でも、欧米では日本ほどのお祭りムードは無いそうですし、中国韓国では暦(こよみ)上の1月1日よりも、むしろ旧正月の方を「春節」として祝祭の日として祝う・・・と聞いております。

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私も毎年、正月には僅かな時間でも机に向かい、その年のテーゼをノートの1ページ目に記すようにしているのですが、その意味では、「一年の計は元旦にあり」ということで1月1日を特別の日とすることに異論はないんですよ。
でも、本来、我々の祖先が上代より神聖な日としてきたのは旧正月のはず。
その日を、暦が変わったからと言ってまったく別の日に変更しても良いものかという気もするんですよ。
であれば、今更、1月1日を普通の日に戻せというのも無理があるでしょうから、1月1日はそのまま祝い、遠い昔から先祖が祝ってきた旧正月もせめて、「国民の祝日」として、何か少しは正月に近いことをやる・・・くらいはしてもいいように思えるんですよね。

e0027240_13192289.jpg本来、日本のような四季がはっきりしている国には旧暦(太陰暦)の方があってるとか。
つまり、季節の風物詩がまったくわからなくなっているんですよね。
明治5年12月2日(1872年12月31日)まで使われていた天保暦は、その翌日の12月3日をもって明治6年(1873年)1月1日に改められ、太陽暦(グレゴリオ暦)に改暦されたわけで、これは維新後、財政難の明治政府が閏月の1ヶ月分の役人の月給を削減することが目的だったといわれてます。

でも、これは当時の人もながら、私のような歴史好きな人間も結構、混乱するんですよね。
たとえば、天下分け目の関ヶ原の戦いなどは、慶長5年(西暦1600年)ですが、旧暦だと9月15日で新暦だと10月21日とほぼ1ヶ月違うわけですね。
ちょうど、季節の変わり目であり、温暖化になる前だったことを考えれば、この1ヶ月の違いは合戦の日の情景を思い浮かべる時、かなり違ってくるわけで。

もっとも、明治5年に新暦へ移行した時点で庶民生活の隅々まで新暦が行き渡ったと考えるのは大間違いで、しばらくはカレンダーには旧暦が併記されていたため、一向に庶民生活に浸透せず、業を煮やした明治政府は明治43年(1910年)から旧暦併記を禁止。
これにより、国民の間に新暦がある程度は普及したようですが、それでも神社が発行する六曜と旧暦併記のカレンダーについては政府も黙認せざるを得ず、結局、新暦が国民の間に完全に定着したのは戦後になってからのことだとか。
(やっと浸透し始めたという戦後の新聞記事を見たことがあります。)

とまあ、以上、とりとめのないことを書いてまいりましたが、本日もしっかり時間に追われており、私だけ閏月が欲しいと思う、今日この頃であります。
一年間、ご愛顧のほど、有難う御座いました。
どなたさまも良いお年をお迎えください。
                          平太独白
by heitaroh | 2015-12-31 06:36 | その他 | Trackback | Comments(4)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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