カテゴリ:思想哲学( 115 )

人は鬼にも人にもなる変幻自在の生き物。
世の中には、「人を見たら鬼と思え」ということわざがありますよね。
ところが、一方で、「渡る世間に鬼はなし」という言葉もある・・・、では、果たしてこれはどちらが正しいのか・・・といえば、答えは、おそらく、どちらも正解なのでしょう。
これには、2つの考え方があると思います。
まず、一つは人間社会とは善人ばかりで構成されているわけでも、悪人ばかりで構成されているわけでもない・・・ということですね。

よく、「東京人は都会を鼻にかけかけているから嫌いだ!」などという声を聞きますが、だからと言って、東京人すべてが、そんなに感じ悪い人ばかりでもないでしょう。
同じ事は、外国人にもいえるわけで、よく私は、「何国人は悪い!」という人に対して、「それは何人が悪いんじゃなくて、そいつが悪いんだ。日本人にだって嫌なやつはいるだろう・・・」と言います。

2つ目が、人によって善人悪人に分けるのではなく、同じ人が善人にも悪人にもなる・・・ということです。
昔、手塚治虫の作品に「どろろ」という戦国時代を舞台にした妖怪マンガがありましたが、この中で一つ、印象に残るシーンがあります。
「雷火犬」という、読んで字の如くを操る犬の妖怪の話なのですが、主人公・百鬼丸はこの妖怪を倒すべく闘いを挑むも、逆に雷に弾き飛ばされ、道端で意識を失う・・・とそこへ、一人の村人が通りかかり、「行き倒れか、若いのに気の毒になぁ」と言って手を合わせた後、「どれ、遺品は有難く、おらがもらっといてやるからな」と言い、身ぐるみを剥ごうとする・・・。
そこへ、急に百鬼丸が息を吹き返したことから、驚いた村人は、少しバツの悪そうな顔をしながらも、生きてるとわかった後は村で懇切に介抱してくれる・・・。

この、死体の身ぐるみを剥ごうとしたのも、親切に介抱してくれたのも同じ人なんですよね。
他の人だったら、生きてるとわかったところで、どうせ動けないんだし、誰も見てないんだから、そのまま身ぐるみを剥ぐかもしれないし、場合よってはいっそ殺してしまったかもしれません。
それをしなかったということはこの村人は基本的に善人だったのでしょうが、それでも、もし、「借金の返済に追われている」など、ほんの少し、条件が違っていたら、この人も鬼になることに、大して躊躇はなかったように思えるんですよね。
もちろん、これはフィクションでしょうが、全くの絵空事だとも言い切ることもできないように思えます。
あるいは、手塚が生きた戦後の日本の姿であったのでしょうか・・・。

親愛なるアッティクスへ
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-02-09 07:08 | 思想哲学 | Trackback | Comments(0)

「先んじて 咲きたる梅の 心意気」
今日の福岡県地方好天に恵まれました。
今年の冬は割りと、驚くくらいの好天の日が見られるようですね。
でも、まだまだ、気温は低いのですが、早くもはほころび始めています。

e0027240_19375826.jpg

本当は今日は別のことを書くつもりだったのですが、梅は一日を待ってくれません。
たぶん、3日経ったら、この画像はもう、使えないと思いますので、敢えて。

「先んじて 咲きたる梅の 心地よさ」 梁庵平太

昔、武士は桜の散り際を愛でたといいますが、私は酷寒の中、人に先駆けて咲こうとする梅の心意気にこそ、毎年、はっとさせられます。
「おいおい、いくらなんでも早すぎはせんか?」・・・と(笑)。

e0027240_20152461.jpgところで、これで思い出しました。
先日、何かで、「限界」とは?という問いがありましたが、私の応えは、「歩き疲れて前のめりに倒れた地点を指す」・・・と。
歩き続けている限り、目の前にいくら高い壁が聳え立っていようと、それは限界ではない・・・と。

ついでに、「大人」とは・・・と問われれば、私にとっては、簡単明瞭!、一升瓶カマクビを持ってコップに注げる人・・・です。
学生時代は胴体の方を持たないと注げませんでしたので・・・。

もちろん、今は普通にカマクビを持って注げます。
おっさんですから、はい。

親愛なるアッティクスへ
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-01-11 20:32 | 思想哲学 | Trackback | Comments(0)

ユーミンが言う貫禄不要の意味・・・。
親愛なるアッティクスへ

先日、歌手のユーミンこと、松任谷由実さんがテレビに出られた際、「私も出来るだけ気をつけて、貫禄というものを出さないように戒めている」・・・という内容のことを言っておられました。
「別に、作品が心に届けばいいんであって、周りを威圧する必要は全くないのよね」・・・と。
ユーミンと言えばデビュー40年・・・、「あの日にかえりたい」がヒットして、世に、「ユーミン」という言葉を知らしめたのは私が中学生の時ですから、アルバムの売上数やコンサートの動員数などに触れるまでもなく、もう、押しも押されもせぬ大御所ですよ。

それだけに本来なら、かつての美空ひばりさんのように、もっと奉られてもおかしくないとわけで(むしろ、私と同級生の松田聖子ちゃんでも、すっかり貫禄がつきましたよね。)でも、この人は、男性社会に戦いを挑むような気負いもなければ、かと言って、同性から嫌われるほど男に媚びを売るわけでもない、この辺の自然体的なものが、この人の楽曲に繋がってるんだな・・・と。
そこまではまあ、普通に聞いていたのですが、私が考えさせられたのはむしろ、その後の部分でした。
「貫禄なんてあると損しちゃうと思うのよね」・・・と。
曰く、「若い人からでも常に、何か、学びたいし刺激を受けたいと思っているから」・・・と。
確かに、世に御大とか大御所と名が付く人たちがいますよね。
無論、そういう人は、その分野で極めた人たちなんでしょうが、そう考えれば、反面、その人達はもう、新しいことを学ぶことをやめた人たち・・・でもあるんでしょう。
普通、大御所とか呼ばれる人に、何か物を教えようと思う人はいないでしょうから。

時々、「老舗の名店」という所に行くと、「美味いのは美味いんだけど、いつか、どこかの時点で味が止まってるな・・・」ってのがあるんですよ。
そういう店は決して不味いわけではないんですが、これから売りだそうとしている店と比べると、何か、味に物足りなさが残る・・・、あるいは、感動のような物が無いと言っても良いのでしょうか、つまり、いくら味を極めた名店であっても、「もっと美味い何かがあるんじゃないか?」というものを追求していく姿勢が必要なのではないかと。
となれば、それには絶えず、「素人」「若造」などと言われるような人からでも、何かしら吸収しようという姿勢が必要なわけで、その意味では、大御所という称号は「吸収」という観点からは「損」なだけとも思うわけです。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-10-14 17:47 | 思想哲学 | Trackback | Comments(0)

権力は遠心力を有している
親愛なるアッティクスへ

今日からついに10月ですね。
驚いたのはカレンダーが2月のまま止まっていたこと・・・。
今年に入ってからの私の多忙さがおわかりいただけるでしょうか。
それと一緒で、久しぶりに当ブログの訪問者数を見てみたら、何と、236,984となっており、25万人突破が視野に入って来ていることに気づきました。
(ただ、これはこのエキサイトブログだけの数字ですから、当初はライブドアでもやってましたし、一時期はgooとも併設していましたので、実数はおそらく、30万人を突破しているのではないかと思われます。)

さて、常日頃、私は、「権力とは、それ自体に遠心力を有しているもののようである」と感じております。
即ち、権力とはハンマー投げハンマーのように、油断すると、すぐに手から離れて飛んでいってしまうもののようだと。
時には、ちょっとした油断からその辺に落ちて、側近くの者に拾われてしまうもののようでもあります。
従って、それを手放さないように維持するためには、もの凄いエネルギーを必要とするわけで、その意味では、黒田如水よりは豊臣秀吉・・・、周 恩来よりは毛 沢東のような、権力に対しての脂ぎった執着心を持った者の方が適任である・・・といえるでしょうか。

となれば、どうにも、こういう脂ぎった物を持たない・・・、つまり、恬淡すぎる私としては・・・、平たく言えば、福岡人の国民性そのものに、アバウトでどうにも粘りがない私としては・・・、砕けて言うならば、ワックスなど滅多にかけないけど、たまにかけると、半分掛けた段階力尽きてしまう私としては・・・、もっと砕けて言うならば、残り半分のワックスはまたそのうち・・・などと思いつつ、半永久的にに掛けない私としては・・・(長い!)、とにかく、こういう具体的「数字」というものは、大いに励みになるということです(笑)。

e0027240_1145265.jpgともあれ、「継続は力なり」とは申しますが、これほど多くの方にお越し頂いていたことに、知らぬうちにご支援を戴いていた感慨を覚えると共に、改めて、謝意を表し奉る次第です。誠に持って、有り難うございました。

(←この鍾乳石が繋がるには、まだ60年かかるとか。意外に早い?(笑)。)

と言いつつ、実は昨日までは先月中旬以来、多忙さも一段落して、わりとゆっくりしていたのですが、今朝からなぜか、突然、忙しくなってしまいました。

で、また、しばらくは思うに任せない日々が続くのですが、今後ともご支援のほど、よろしくお願いいたします。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-10-01 07:58 | 思想哲学 | Trackback | Comments(0)

またまた見た邯鄲の夢みたいなどうでも良い夢物語
親愛なるアッティクスへ

今朝、嫌な夢を見て目が覚めました。
まあ、私の夢など、人様が聞いて面白いものでもないでしょうから、別にわざわざ、ここで触れることではないとは承知しておりますが、私が触れたいのは夢の内容ではなく、夢に費やした時間・・・のことです。
ただ、目覚めたもので、やむなく、傍らの時計を見たところ、いつもの起床時間を10分過ぎている・・・。
私も、良い年になってきましたので最近では寝過ごすなんてことは滅多にないのですが、「もし、その時間までに起きてこない時は起こせ!」と家人に言っていたので、起きしな、どうして起こさなかったんだろう・・・、もしかして、起こされたのか・・・、そういえば、起こされたような・・・と。
で、家人に尋ねてみたところ、やはり、いつも通りに起こし、私もしっかり返事をしたのだそうで、そうなると、私はたった10分の間に二度寝し、夢を見た・・・ということになるわけですが・・・。

世間的にはこの程度の事、それほどおかしなことではないかもしれませんが、私が驚いたのはその夢の内容そのものではなく、その夢がそんなに短い時間のことではなかったことでして・・・。
まあ、内容はくだらない、私としてもあまり愉快な夢ではなかったのですが、そこでの時間というものは10分なんてものではなかったですよ。
1時間とは言わないかもしれませんが、40分くらいあったんじゃないでしょうか。
「AからBに飛んだのを、その間があったと錯覚しているだけさ・・・」と言われるかもしれませんが、それがその夢が隣客とのトラブルものでしたので、嫌な思いで目が覚めたからか、結構、細かいところまで覚えてまして・・・。
これって、邯鄲の夢・・・とまでは言いませんが、実際に、そんなことあるんだな・・・と。

この点は、以前、平太郎独白録 : 春眠暁を覚えずに思い出す邯鄲の夢的妄想の極み!で申し述べたようなことを体験するような元々、少しおかしな人間ですからわからないではないのですが・・・。

e0027240_17553410.jpgちなみに、邯鄲の夢・・・とは、「古代中国はの都、邯鄲にてのこと。我が身の不遇を嘆く若者が、粟が炊き上がるまでの間、道士から借りた不思議な枕でうたた寝をしたところ、夢で名家の娘と結婚し、科挙にも合格して官吏に登用され、異民族を討伐し出世。一時は宰相に疎まれて左遷されるも、ついには自らが宰相になる。その後、謀反の濡れ衣を着せられ失脚、世を儚んで自殺しようとし、妻に諌められてこれを思いとどまると、やがて濡れ衣が晴れて再び高位に上り、晩年は大勢の子や孫に囲まれて一生を終える・・・。
そこで目覚めると、枕元の粟はまだ煮えてもいなかった・・・という故事ですね。

とにかく、今、多忙でして・・・。
これにて、ご容赦くだされたく候・・・です。
現実の時間もこんなふうに圧縮してくれれば良いんですけどね(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-03-06 18:11 | 思想哲学 | Trackback | Comments(0)

南紀なちなう
親愛なるアッティクスへ

e0027240_112268.jpg人間には二通りあると。

の中、長靴履いて、二日酔いで、片道一時間半かけて、被害を受けた那智大社まで行かなくともいいじゃないの・・・」
と考える、きちんとした計算ができる人間と、

の中、長靴履いて、二日酔いで、片道一時間半かけて、被害を受けた那智大社だからこそ、行くべきだ!」
と考える、お馬鹿な人間と・・・。

残念ながら、どうやら、私は後者のようです。

                 平太独白
by heitaroh | 2011-09-16 11:22 | 思想哲学 | Trackback | Comments(2)

ナイアガラの滝転落死に人は驚きながら死ぬを思う夏の終わり
e0027240_13123751.jpg先週の日曜に、日本人学生らしき人物がナイアガラの滝から落ちたらしいというニュースがテレビで流れましたよね。
結局、木曜日に遺体が見つかったとか・・・。
私はこの滝には行ったことはありませんが、この滝は川の水量も含めてもの凄いものがあるらしく、間近で見ると怖いくらいだ・・・とも聞きました。
であれば、柵から乗り出して撮影する危険には思い至らなかったのか・・・ということが思えてなりません。

ただ、それだけの滝だけに落ちた以上はそうなることは必然だったのでしょうが、本人もまさか、ここで死ぬとは思わなかったでしょうね。

「皆、びっくりしながら死んでいった」とは過酷な戦場体験をお持ちの老漫画家・水木しげる翁の言葉ですが、確かに、「死」なんてものは、「はい、今から死にますよ」といって訪れるものばかりとは限らないわけで・・・。
水木翁の場合も、無論、戦場にいるわけですから、誰も「死」というものを自分には関係ない遠い世界の出来事・・・とは思っていなかったでしょうが、それでも敵の弾に当たって死ぬのならともかく、食料を探しに行ってワニに食われたり、穴を掘っていて土に埋まって死んで行った兵士らもいたといいますから、そういう人たちは、「え?俺、こんなので死ぬの?うそ?え?」って感じだったんじゃないでしょうか。
上杉謙信も戦死した家臣に対し、「驚きながら死んで行くやつがあるか」と言って悼んだ・・・という話も聞いたことがありますから、やはり、「死」というものと隣り合わせの戦場であっても、そういうことがあるものなのでしょう。

となれば、ましてや、危険とは縁遠い平和な日常生活を営んでいる我々としては、突然、死というものに直面したとしても、なかなか、その現実を受け入れることは容易ではないことは想像に難くないことで、実はこの辺は、私にも経験があります。
恥ずかしながら、若い頃海で溺れて死にかけたときには本当に、そう思いましたね。
「え?まさか?俺、こんなことで死ぬの?まさか、え?」・・・って。
他にもまだありますが、多かれ少なかれ、そういうことは考えましたね。

e0027240_13403989.jpg

この方も「ここからロープで滝壺まで下りてくれ」と言われれば十二分に気を付けられたでしょうが、「ちょっと乗るだけなんだから」という安易な気持ちがあったのでしょう。
でも、私がそこに居て、その人を責められたかと言われれば、ちと、自信がありません。
親としては、「運」で済まされる話ではないでしょうが、その人と私とにどれだけの差があったのかと考えると・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-08-28 07:57 | 思想哲学 | Trackback | Comments(0)

東日本大震災・北関東派遣見聞録 その3 隣の芝生
親愛なるアッティクスへ

先日の続きです。

そんなこんなで宇都宮に到着し、業務に精励する毎日が始まったのですが、(業務の内容については肝心要の所ではありましょうが守秘義務の絡みがあり、また、プライバシーの問題もあるため、あまり具体的なことは申し上げられません。この辺のこと、よろしくお汲み取りくださいますようお願い申し上げます。)以前も申しましたとおり、ここには学生時代の友人と二人で行っており、最初の頃はこの友人と勤務が終われば、「今日はどこ行くや?」であちらこちらの店に行きました。
(宇都宮と言えば餃子だと思いますが、餃子は最初の1週間で飽きました(笑)。)

で、時にはそのまま互いの部屋で焼酎を傾けることもあり・・・、そのとき、彼に言ったのが、「まさか、この年になっておまえと二人でこんな所に来るとは思わんやったぜ・・・」でした。
「30年ぶりの修学旅行だ」・・・と(笑)。
と、申しますのも、彼とも卒業後、そう頻繁に会っていたわけでもなく、特にここ10年くらいは殆ど年賀状だけの付き合いでして、となれば、当然、部屋で杯を酌み交わすうち、話は互いの家族も含めた近況のことに及んでいき・・・。

e0027240_17111984.jpg(←宇都宮城攻略の際に土方歳三が斬り込んできたという橋です。後方が宇都宮城ですから、土方は橋の向こうからこちらに向かい刀を振りかざして吶喊してきたわけで、隊士の先頭に立つその勇姿が見えるような気がします。アスファルトですが(笑)。)

で、彼は建築設計を生業としているのですが、私などからみるとその人望は恐るべきものがあり、実態はまったくの個人商店でありながら、聞けば得意先は皆、誰もが知るような錚々たる所ばかり・・・。

私は、この10年、彼の人望にはいささかも衰えがなかったことを痛感した次第でしたが、ただ、その彼をしても業界の衰退ぶりだけはどうしようもないようで、息子には「自営業はやはり大変だから、『おまえは大きな会社に行け』と言っている」と言ってました。
で、それを聞いて思い出したのが、よく、昔のドラマで出てきた、「百姓は大変だから、おまえは大きな会社に入れ」というセリフ・・・。

また、栃木で乗ったタクシーの運転手さんは「もし、娘がタクシーの運転手と結婚すると言ってきたら、俺は猛反対する」と言ってましたし、工務店経営者の別の友人は「きつい・汚い・危険3Kの仕事だぞ。それで、明るい展望があるならいいけど少子化供給過剰で萎む一方の業界だ」と言っていたのですが、一方で、某大企業勤務の友人は「うちの会社は自殺率が異常に高い」ということを言っていたのを思い出し、結局、皆、隣の芝生が青く見えるだけじゃないのか・・・と。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-08-16 17:50 | 思想哲学 | Trackback | Comments(0)

川上監督にの指示にも頑なだった王選手と頑固と信念の違い
親愛なるアッティクスへ

良く、プロ野球などでも「コーチの指導に従ってフォームを矯正したばかりにだめになった」「大成した選手の多くは頑としてコーチの指導に従わなかった」・・・などという声を耳にしますよね。
確かに、選手時代の王 貞治さんなどは当時の川上哲治監督から「開眼当時はともかく、軌道に乗った以上、一本足打法を普通の打法に戻した法が良い」といくら言われても、頑なにそれに従わなかったという話も聞いたことがあります。
(川上哲治という人は名監督として知られていますが、現役時代は「打撃の神様」などと呼ばれた人ですから、おそらく、打撃理論的にはこちらの方が正しかったのだろうと思います。)

ここで、唐突ですが、「信念」「頑固」の違いは何だと思われますか?
例によって、勝手な私見で言わせて頂くなら、それは「簡単にいえば頑固とは『主観』である。自分の考え、思い込みだけで自らの世界に没頭することであり、したがって、信念という物には、その根拠となるべき裏付けがいる。裏付けとは何か。それは理論である。理論的裏付けがない信念とはただの思いこみ、頑迷固陋に過ぎない。よって、信念と頑固とは似て非なる物なのである」ということだと思っています。

「頑固というのは人の話を聞かないこと。信念というのは人の話を聞いても考えを変えない人のこと」という話を聞いたことがあります。
頑固とは即ち、頑迷固陋のことですから、これはこれで間違ってないと思います。
一方で、その論で行くなら、信念とは、「人の言に耳を貸さないことではない。人の言に惑わされないことである」ではないでしょうか?
聞いても考えを変えないというのでは、聞いたか聞かなかったかだけの違いで、頑固と大差はないようです。
(また、逆の見方をすれば人の言に耳を貸してしまうと考えがぐらつきそうだから、耳を貸さない・・・とも言えるわけです。)

即ち、信念とは考えを「変えない」のではなく「変わらない」、そして、その為には、考えが変わらない根拠がいるのです。
無論、裏付けとしては、「直感」、「閃き」なども然りでしょう。
(王さんなどはまさしく、これでしょう。)
しかし、それは一握りの天才にのみ許されることであり、凡人が真似をすることは危険極まりないと思います。
そこで、凡人にとっての根拠こそ、理論なのだろうと思います。
思想と言い換えてもいいかもしれません。
考えに理論的な背景があれば、人から説得されても、理論が変わらない限り、考えを変えることもないし、逆に、変えなければならないときにも柔軟に対応できます。
ただの頑固な人との違いはここだと思うのです。
                              平太独白
by heitaroh | 2011-07-06 22:24 | 思想哲学 | Trackback | Comments(4)

決して絶望する事なかれ
親愛なるアッティクスへ

昭和時代、極道和尚と呼ばれ一時代を築いた今 東光という人物がいます。
この人は、その豪放磊落な人柄もあり、まあ、良いにつけ悪いに付けエピソードには事欠かない人でしたが、中でも私が忘れられない話に「絶望するなかれ」というものがあります。

大正3年(1914年)、16歳の今 東光は、女性問題を咎められたことで教師を殴り、学校を退学処分になったことにより、町にいられなくなった彼は、上京すべく、独り、駅のホームに立ちます。
当然、一人の見送りもなく、他には人もまばらで、がらーんとしたホームで、不意に、誰かが隣に立つ・・・。
フロックコート山高帽という出で立ちで身を固めたその人物は、よく見ると何と、退学になった学校の校長先生だったそうです。
校長と言っても、当時の校長は今とは比べものにならないくらいステイタスが高い時代ですから、怪訝な顔をしていると、突然、「絶望するなかれ」と一言・・・。
さらに、困惑する少年に構わず、校長は前を見つめたまま、「君にこの言葉を贈ろう」と言い、こう続けたと言います。
「絶望したときがすべての終わりである。絶望さえしていなければ、まだ、事は終わったわけではない。決して絶望するなかれ」
うろ覚えで書いてますので、言葉の詳細は違うかもしれませんが、ニュアンス的には大筋はこのようなものだったと思います。

「敗戦とは、司令官負けを認めた瞬間決定する」と言う定義があります。
つまり、司令官が負けを認めてないうちは、どれほど苦戦していても、当然、撤退命令も出ないわけで、まだ、負けてないわけです。
フランスの英雄ナポレオンロシアとの激戦の際、ロシア軍の猛攻の前に、「もうだめだ。負けた。明日の朝になったら撤退を発令しよう・・・」と思っていたところ、夜が明けたらロシア軍の方が撤退していた・・・という話があります。
ロシア軍はロシア軍で、フランス軍の敢闘の前に「負けた」と思ったということなのでしょうが、世の中とはとかく、こういうことが起こり得るもので、この校長が言ったのも、そういう意味だったのでしょう。
けだし名言ですね。
絶望して、投げやりになったときに終わりが始まる・・・と。

しかし、この言葉の意味もながら、さらにこの言葉を効果的にしているのが、このシチュエーションでしょう。
地域の名士である校長が、これまた、退学処分になるなどというとんでもない問題児を独り、見送りに来た・・・と。
あるいは、校長は駅まで来て、もし、見送りの生徒が数人でもいたら、一言も声をかけず、その場を立ち去ったのかもしれません。
なぜか、そんな気がします。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-11-18 19:26 | 思想哲学 | Trackback | Comments(2)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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