カテゴリ:社会全般
  • 東日本大震災一年に思う「タイミングの悪さ」の共通点
    [ 2012-03-12 07:05 ]
  • 人生初、松飾もとれぬうちからの台湾周遊行 その2
    [ 2012-01-11 08:20 ]
  • 人生初、松飾もとれぬうちからの台湾周遊行 その1
    [ 2012-01-10 07:28 ]
  • 東日本大震災・北関東派遣見聞録 その17 総括大晦日
    [ 2011-12-31 16:09 ]
  • 「東京から美人が減っているかも」は肉食女子の草食化!
    [ 2011-12-26 17:38 ]
  • 坂の上の雲に改めて思った大山巌元帥の魅力 前編
    [ 2011-12-24 18:20 ]
  • 秋元康氏の街づくりも含めた卓見に考えさせられた連休
    [ 2011-09-25 17:54 ]
  • 東日本大震災・北関東派遣見聞録 その4 生き別れリスク
    [ 2011-08-17 08:28 ]
  • ウナギは白焼きに限る。
    [ 2011-05-28 12:42 ]
  • 気候が土地を作り土地が人を作る。郡名は土地を端的に表す
    [ 2011-05-11 19:40 ]

東日本大震災一年に思う「タイミングの悪さ」の共通点
親愛なるアッティクスへ

東日本大震災から一年が経ちましたね。
あの日のことは直接的な被害という点では無関係と言って良い博多人にも鮮烈な記憶として残っております。
お忘れかもしれませんが、あの日は翌日に迫った九州新幹線全線開業プレイベントの日でして、博多駅前に生まれ育った人間としては翌日の本イベントが講演依頼を戴いていた日と重なっていたことから、断腸の思いでこの歴史的なイベントを見送り、やむなく、前日のプレイベントだけでも行くべく車に乗り込みました。

で、少し早めに帰途についたところ・・・、車のラジオから流れてきたニュースで、初めて今、東日本で起こっている事態を知りました。
さらに帰宅後、あの映像を見たときには、福岡県民でありながら、偏屈さゆえか福岡よりも東北に友人が多い私としてはとてもプレイベントに駆けつける気にはなれず・・・。
まあ、幸いにして私の友人らは皆、無事だったのですが、その後、まさか自分自身が長期にわたって被災地に行くことになるとは夢にも思いませんで、その意味ではあの日のことはその始まりの日として鮮烈に印象に残っております。


それにしても、今回の東日本大震災もそうですが、どうしてこういう歴史的な大災害というものはここまでタイミングの悪い時に起こるのでしょうか。
安政大地震などは別として、被害の甚大さという点では、やはり、近世以降の三大大地震といえば関東大震災、阪神淡路大震災、そして、今回の東日本大震災・・・となるのでしょうが、阪神淡路大震災の時に政権を担当していたのは政権運営という点では素人と言って良い、社会党政権・・・。
今回の東日本大震災では同じく、素人の弊害を至るところであらわにしている民主党政権・・・。
関東大震災のときは・・・といえば、前日に総理が急死しており、事実上の空白状態での震災勃発だったという・・・。
「どうして?」と言いたくなるような見事なタイミングの悪さ・・・。
天に何らかの意図があったのならば、少々、戯れもすぎるのではないですか・・・と言いたくなるような負の悪さです。

何はともあれ、今はお亡くなりになった方のご冥福といち早い復興を祈念してやみません。
改めて合掌・・・です。

                             平太独白
by heitaroh | 2012-03-12 07:05 | 社会全般 | Trackback(1) | Comments(0)

人生初、松飾もとれぬうちからの台湾周遊行 その2
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

7日の朝、5時起きで台湾から帰国したのですが、松飾もとれようかという頃になって年賀状の束を見るのも違和感がありましたし、その晩、七草粥と一緒にお雑煮を食べるのも何か変な感じでした。

で、到着したその日の夜だけはフリーでしたので、たまたま現地に滞在していた台湾通の知己に伴われ、台北の街を色々、案内してもらいました。
で、まずは昨日申しましたとおり、101ビルへ行き、その後、ここ(←)へ・・・。
誤解なきように申し上げておきますが、台湾料理の店ですよ(笑)。
台湾の中華料理は日本統治時代があった関係で割と日本人向きの味になっている・・・と聞いてましたが、ここのは特に「日本人向き」だったようで、結構、美味しかったですね。
私がこれまで、海外で食った中華の中で一番美味かったのは香港で食ったそれでしたが、ここのはそこより美味しかったです。

本場で食う中華は独特の香料の香りがあり、私的には食材に選り好みはないのですが、あの臭いというのはあまり得意ではありません。
まあ、決して我慢できないわけではないのですが、何日もあの臭いを嗅いでいると、もう良いかなー・・・と。
その意味で、それが殆どない中華料理というのは美味い不味いというよりも、やはり「口に合った」と言うべきなのでしょうか。
もっとも、それでも結構、入店するのに待たされましたから、地元の人たちの間でもそれなりの人気店だと思いますよ。

(←北海道の余市でも那須の与一でもなく、台湾の夜の名物、「夜市」です(笑)。)

(↑あまりにはっきりと「観光」とか「北海道」などと書かれると日本人的には有難味がないような・・・(笑)。)

ということで、久保大人師、この場を借りて謝謝!

明日に続く・・・と思う(笑)。


                                         平太独白
by heitaroh | 2012-01-11 08:20 | 社会全般 | Trackback | Comments(2)

人生初、松飾もとれぬうちからの台湾周遊行 その1
親愛なるアッティクスへ

   「松飾 とれぬうちから 空の旅」   梁庵平太

今日からようやく、本格的な仕事始めですね。
今年は私の半世紀になんなんとする人生の中で初めて、正月早々、旅に出てきました。
なぜなら、当家には「正月は家で迎えなければならない」という家訓があり、私も若い頃には多少、反発もあったものの、一応、これまで、その家訓に従い、家内の実家に帰るくらいで旅らしい旅には出たことはなかったのですが、今年だけは3日から4泊5日で台湾へ行ってきました。

(←台北のシンボル、101です。)

まあ、元旦二日じゃなくても、三日だから良いだろうと・・・。
ご先祖様、許してチョーダイ!(←古い・・・(笑)。一応、ご先祖様にわかるように昭和30年代の流行語で先祖に許しを乞うてます。)

(↑展望台からの眺め。高すぎて雲がかかってます。ここはドバイ上海に抜かれたと聞いてましたが、タワーではなく、ビルとしてはまだ、世界一の高さなんだそうですね。)

(↑101の免震構造。日本の従来の高層ビルと違い、まったく揺れないことに驚いたのですが、その秘密がこれだそうです。ちなみに、エレベーターも最上階の展望台まで上がるのにあっという間だったことにもびっくり。東芝の技術だそうですが、さらに、それだけの高速で登って、揺れはもとより、耳もまったく痛くならなかったことも印象的でした。)


従って、正月の松飾もとれぬうちから家を空けたのは私も初めての経験でして、どうにもこれまでと勝手が違うことが多い年の初めとなっております。
まず、例年、正月はすることがないから、もう、3日4日くらいから本格的に仕事をしているのですが、今年はようやく、本格的に動き出したのは今日からで、それどころか、まだ、昨年からの積み残しも終わっていない状態・・・。
それから、初詣に初めて行ったのもやっと昨日。
(一応、三社参ってきましたが。ちなみに、一昨日、新年会の席で初めて知ったのですが、福岡は京都に次いで二番目に神社の数が多いのだそうで、確かに、選ばなければ三社参りくらい通勤の道すがらで簡単に終わりますね。)

明日に続く。余裕があれば・・・ですが(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-01-10 07:28 | 社会全般 | Trackback | Comments(0)

東日本大震災・北関東派遣見聞録 その17 総括大晦日
親愛なるアッティクスへ

この年末、まったく大掃除をする余裕がありませんでしたので、昨日の夜に、独り、大掃除をやっていたのですが、本日に持ち越したものの、当然、終わるはずもなく・・・。
本日、午前中は散髪に、午後からガソリンスタンドに行き、さあ、大掃除態勢に入ろう・・・と思ったものの、夕刻には博多人毎年恒例の厄八幡こと、若八幡神社へ行かなければならず、大掃除を放棄して、寸暇を縫ってパソコンに向かっております。

今年は私にとっては、東日本震災豪雨災害などの関係で、これまでの50年間の人生で経験したことがなかった貴重な経験をさせて戴きました。
この場を借りて、いち早い復興を祈念申し上げます。

(←出張中、苦楽を共にした「靴」です。今となっては笑い話ですが、行った当初はどういう状況かわからず、余震次第では倒壊する家屋から逃げ出さねばならない時や火災に巻き込まれた時、また、泥濘を何日間も歩かねばならない時などを考え、結局、選んだのがこの安物ビニール靴でした。とはいえ、新品だったのが、帰る頃にはボロボロになりましたからねぇ。よく頑張ってくれました)

で、出張中はずっとホテル暮らしだったのですが、それでも、最後の方はかなり、精神的にきつかったですよ。
よく、壁に向かって、「お帰り」と話しかける・・・などというギャグがありますが、気持ちはよくわかりましたね(笑)。
(←最終的に解放された日の帰途、新幹線の車窓から見た広島スタジアムの光景です。手前の電車なんか、何だかモーゲージみたいにも見えますが、立派な本物です(笑)。やはり、人間にはこういう場がないと・・・とは強く思いましたね。)

で、このシリーズですが、本来は、もう少し、書き残しておくこともあったのですが、ちょうど大晦日でもあり、切りが良いので、ここで完結させておきたいと思います。


ということで、ちょうど、タイムアップとなりました。
(大掃除は年明けですね(笑)。)

今年は、本当に、心から御礼申し上げたい人に恵まれたことを痛感した一年でした。
私の人生ではこういう年は初めてでしたね。
ということで、どなた様にも大変、お世話になりました。
良いお年をお迎えください。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-12-31 16:09 | 社会全般 | Trackback | Comments(0)

「東京から美人が減っているかも」は肉食女子の草食化!
親愛なるアッティクスへ

母親を亡くした悲しみを乗り越え、浅田真央ちゃんがフィギュアスケート全日本選手権女子で2年ぶり5度目の優勝を果たしたそうですね。
たぶん、まあ、勝つんだろうなと思ってみてましたが。

「土俵の鬼」と謳われた初代・若乃花も、昭和最後の大横綱・千代の富士も、共に愛児を亡くした直後の場所で優勝しましたから。
最愛の人を失った悲しみというのはこういう、元々、実力のあるアスリートにとっては余計な雑念を取り払うことに繋がるような気がします。
まあ、それほど簡単なことではないのでしょうが。
ただ、昔はそれは、男が結果を残すことの代名詞にもなっていたのでしょうが、最近ではここでも底力を発揮するのは女性ばかりのようで・・・。

で、先日、久米 宏司会のテレビ番組があってましたので、まあ、見るともなしに見ていたのですが、その日のタイトルは「東京から美人が減っているという噂は本当なのか?」というものでして・・・。
とはいえ、こちらは元々、東京にどの程度、美人がいるかも知らない身ですから、「はあ」って感じで見ていたのですが、ただ、東京に美人が集まるというのは私にも理解できるわけですよ。
私がよく言うのは、女性を魚に例えるのは如何なものかと思いますが、「九州で上がる魚で良い魚は博多(中洲)に行く、もっと良い魚は築地(銀座)に上がる」・・・と。
だって、現実に単価がまるで違うわけですから、自分に自信がある女性はわざわざ、安い賃金しか提示されない所には行かないでしょう。

ところが、番組では今、東京から美人が減っている・・・という。
まあ、少々、番組の構成自体、少し誘導的な物があったように感じましたが、でも、番組に出ていた地方の若い女の子たちの話を聞いていると、少し違う感慨が湧いて来ました。
つまり、「日本はとうとう、男子のみならず、女子までがここまで来たか・・・」と。
確かに今はわざわざ、東京に出なくても、地方でも郊外型ショッピングモールでそれなりの物は手に入るし、無い物はネットで手配できるわけで、ましてや、福岡市くらいになると、もう、そこそこの都会ですから、品物の面以外でも特に東京と比べても著しい不便はないわけですよ。
事実、私も、どうしても東京に行かなくては・・・という用事はもう、随分無いしですね。

確かに、地元に居れば、とりあえず、困らないし、周囲も勝手知ったる所ばかりだから怖くもないし、であれば、無理して、冒険して、違う環境に身を置かなくても良いのでしょうが、でも、郷土愛が強いというのと、様々な環境に身を置いて研鑽を積むということはまったく別の話なんですよね。
それが、うちの子供たちを見ていても強く思うのですが、とにかく、「贅沢しなくても良いから小さく安全確実に・・・」という考え方に染まってしまってるようなんですよ。
特に、そういう傾向は以前は草食男子だけに強かったのが、とうとう、肉食女子と呼ばれるほどにアグレッシブだった女子まで「守り」に入りだしたか・・・と。
まったく嘆息尽きずの年末です。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-12-26 17:38 | 社会全般 | Trackback | Comments(2)

坂の上の雲に改めて思った大山巌元帥の魅力 前編
親愛なるアッティクスへ

今日、ちょっと福岡市の中心街・天神まで行ったので、たまたま目についた食堂に入り、焼き魚定食を注文し、さあ、食おうと思ったその刹那、友人からメール・・・。
「質問。孫 正義氏の100億円ってどうなってるんですか@まだ払ってないとか言う人いるんですが、本当ですか??」って、そんなの知るかよ・・・と思いつつ、「知らないけど、まだだと思うよ」と返し、さあ、箸を付けようとしたところ、今度は、「本当なんだ。なんででしょうね。」と・・・。
やむをえず、「そんなの普通に考えて右から左に払えないでしょ」とだけ送って、焼き魚をむしろうとしたら、またメール。
え?早くない?と思いつつ開いたら、やはり、奴からで、「えーーーー!はったりですか。自然エネルギーで儲けるための。。」・・・と。
しょうがねーなーと思いつつ、同時に、私には思い浮かぶ話がありました。

先日のNHKドラマ、「坂の上の雲」で、苦闘する日本の満州派遣軍に対し、内地の桂 太郎首相から「宮城の気仙沼に大きな金山発見」の報があり、「これで軍費も大丈夫だと、総司令部では大騒ぎだ」と兵士たちは大喜びしている中、大山 巌満州軍総司令官のみは児玉源太郎総参謀長に対し、破顔一笑、ひとしきり大笑いした後、「たとえ金山の話が本当じゃったとしてん、そん金山を採掘するには数十億は投資する必要がありもそう」・・・と。
半信半疑の児玉総参謀長に対し、「そげんして、みんなの士気をあおろち しちょっとごわす。桂さぁの落語じゃちと思うて聞いておれば良うごわんそ」と愉快そうに言い、再び、笑う姿でした。
大山巌は陸軍の大物であると同時に、内務大臣なども歴任してましたから、単なる軍人と違う「経営感覚」も持っていたということなのでしょう。
それを聞いて、児玉総参謀長も苦笑すると共に、一方で、「乃木は笑えんじゃろなぁ・・・。乃木はこういうことを笑えんからダメなんじゃ。頭が固うて、戦が下手なんじゃ」・・・と。

そこまで考えて、再び、箸を置いて再びメールに向かい返信。
「そこまでは言わないけど・・・、あいは士気を鼓舞するための孫さぁの落語じゃち思うて笑うておけば良か・・・と坂の上の雲の中で大山大将が言っておられもんした」と返信。
そのまま、もう、これ以上、相手にしておられんと・・・飯をかっ込みました(笑)。

だって、普通に考えて、ソフトバンクだって少なからぬ借り入れがある以上、100億円なんて数字は、いくら孫さん個人の財布から・・・と言っても、右から左というわけにはいきませんよ。
最低でも、金融機関株主の理解は必要でしょう。
投資ならリターンを望むでしょうから詳細な説明を求められるでしょうし、リターンなき投資なら容易に理解を示してくれるとは思えませんよ。
だから、孫さぁの落語じゃっち思うて、笑って聞いちょればようごわす・・・ですよ。

とりあえず、次回に続きます。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-12-24 18:20 | 社会全般 | Trackback | Comments(0)

秋元康氏の街づくりも含めた卓見に考えさせられた連休
親愛なるアッティクスへ

昨日、地元某会の会報誌を見ていて、作詞家で音楽プロデューサーの秋元 康氏の談話が目につきました。
秋元氏と言えば、今は何と言ってもAKB48の仕掛け人としての存在で知られているのでしょうが、一方で、私は「この人こそ、プロの作詞家だ」という感をもっております。
以前、「プロとは何か?」について私見を申し述べたと思いますが、私的にはプロとは『お金をもらうつもりでお金をもらえる物が作れる人」だと思っています。
平たく言えば、ビギナーズラック対極にある物・・・と考えていいでしょうか。
その点、秋元氏のそれは「良い悪い」ではなく、「お客さんからお金をもらうつもりで、お金をもらえるように作って、お金がもらえた歌」の端的な物であるように思えます。

また、AKB48が出た当初は、「こんなに数を増やせばいいってもんじゃないだろう」と少々、批判的に見ていたのですが、最近では、AKB総選挙などの様々な仕掛け以前に、「量の優位性」というものに得心させられるようになってきました。
つまり、毎回、全員を一度に登場させる必要はないわけで、売れている順にA.B.C3段階くらいに分け、それぞれ、A2人、B4人、C6人くらいで各イベント、収録などに派遣すれば、同時に様々な活動ができるわけですよね。
この点、かつてのピンクレディーが2人ではなく、40人も50人もいたならば、代わりが利かず過労で倒れるまで酷使された・・・などということはなかったはずですよね。
(まあ、今更言わなくても、おにゃんこのときに気付け・・・と言われれば、それまでですが(笑)。)

そんなこんなで、最近、秋元氏の発想に少し興味を持っていましたので、その会報誌に目を通してみたのですが、やはり、この人は凄いですね。
一番驚いたのは、「福岡は食事は美味いけれど、他の見て回るようなコンテンツが少ない」という意見に対し、[僕なら「福岡は何も観るところはありません。だから食べてください」と敢えて言いますね。「あちこち見てまわる暇がないほど、屋台が美味くて面白いよ]と仰っていたこと・・・。
無論、この点はかねてより、郷土の顕彰などにまったく興味を持たない福岡人気質を苦々しく思ってましたし、また、食べて回るだけでは一日持たないでしょ・・・などなど、その意見を鵜呑みにするつもりはないものの、その、発想の斬新さには「そういう見方もあるか!」と思わず唸りましたね。

(←花より団子の市民性です(笑)。)

ちなみに、氏は、他にも、[まちは、どこか歪で偏ったところがあるほうが魅力的]と語っておられましたが、まったく同感ですね。
また、[「アジアにいちばん近い都市」という切り口からのアプローチはつまらない]とも・・・。

まあ、正確には、「アジアに一番近い都市」という切り口からだけのアプローチはつまらない」と解するべきでしょうが、確かに考えさせられる話ではあります。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-09-25 17:54 | 社会全般 | Trackback | Comments(0)

東日本大震災・北関東派遣見聞録 その4 生き別れリスク
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

そんなこんなで、学生時代の友人と一緒に行くことになったわけですが、いくら、良い年こいた大の大人が自分の意志で来た・・・と言っても、そこはやはり誘った手前、私には彼の家族に対してのある程度の責任はあると感じておりました。
で、たびたび申し上げておりますように、今となっては隔世の感があるのですが、当時はまだ東日本大震災の発生から1ヶ月も経っていない頃ですから、どういう不測の事態が起こるやもしれず・・・、ノーリスクだとは毛頭思っておりませんでした。
(実際、「建築士」という腕章を付けていたら、殺気立った被災者の方たちから囲まれて、「うちも見てくれ」、「いや、うちが先だ!」などというようなことになったらしい・・・というような話も聞いていましたし・・・。)


そして何より困惑したのが、地震に起因する怪我などについては一切、保険が適用されないということ・・・。
つまり、建物の調査中に余震が来て建物が倒壊し、その下敷きになったような場合でも怪我の治療費はすべて実費かつ自腹ということになるということですね。
(つまり、労災が出ないということですから、場合によっては社会保険も否認される可能性もあったでしょうね。ちなみに、死亡の場合、生命保険は出るようでしたが。)

その上で、当初は茨城、千葉、栃木と勤務地ははっきりしないし、行った後も「そこから誰か一人だけ隣県へ移動してもらうことも有り得る」・・・などという話もあったこともあって、私が一番危惧していたのは、お互い、別々の場所で活動していて、再び、大地震が起こった際に、「何日経っても彼に連絡が取れないから、もう帰ったのだろうと思って、独りだけ福岡に帰ってきたら彼はまだ帰ってなかった・・・」というような事態になった場合のことでした。
(←神社仏閣は殆どこの状態。)

したがって、できるだけ一緒に行動させてくれ・・・ということを申し入れた際には、他の建築士の中には「この期に及んで女々しいやつらだ」という目で見ていた人もいたようですが、真意はそういう所にあったわけで・・・。
と、まあ、今となってはすべて笑い話ですが、当時は本当にそういう切迫感がある中での活動開始だったということですね。

いずれまた続く・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-08-17 08:28 | 社会全般 | Trackback | Comments(2)

ウナギは白焼きに限る。
親愛なるアッティクスへ

こちらはウナギが名産だと聞きました。
ちょっと贅沢ですが、せっかくなので、埼玉を去る前に是非、賞味しておきたいと思い、足を運びました。

戴きます。

                                         平太独白
by heitaroh | 2011-05-28 12:42 | 社会全般 | Trackback | Comments(0)

気候が土地を作り土地が人を作る。郡名は土地を端的に表す
親愛なるアッティクスへ

今日は栃木県那須郡那珂川町(←)という所に行ってきました。
もちろん、初めて行った所ですが、那珂川町というのは私にとっては結構、馴染み深い町名でして、なぜかというと福岡市の隣にもまったく同じ町があるからです。
つまり、福岡県筑紫郡那珂川町ですね。
栃木県の那珂川町は平成の大合併により出来たと聞いてますので、福岡県の那珂川町が先のようですが、いくら離れているからって、よく、字までまったく同じ町名が付けられたな・・・と。

もっとも、福岡県の那珂川町は福岡市のベッドタウンとしてかなり、人口も増えている地域ですので、近い将来、「市」に昇格するでしょうからその点はノープロブレムでしょう。
むしろ、私が気になるのは福岡県の那珂川町が「市」に昇格すると、「筑紫郡」が消滅してしまうことです。
なんの根拠もない私見ですが、私には郡の名前というのがその地域をもっとも端的に表している名前であるように思えるんですよ。
福岡市周辺を例にとれば、筑紫郡(江戸時代は那珂郡糸島郡、糟屋郡などがありますが、これを聞いただけで何となく、福岡市及びその周辺を象徴しているような気がしませんか?

筑紫というのは筑前筑後に分かれる前の国の名前ですし、那珂というのは金印で知られる奴国にちなむことから、福岡市には那ノ津、那珂、那の川など「那」が付く地名が結構あり、福岡市の一番メインの川は「那珂川」です。
また、糸島郡は魏志倭人伝で有名な伊都国の伊都とその隣りの志摩半島の志摩がくっついてできた名前だったと記憶しております。
糟屋の謂れは知りませんが、何となく、これだけでも福岡市一帯の雰囲気がわかるような気がしませんか?
気候が土地を作り、土地が人を作る・・・。
安易に消しちゃって良いのか・・・という気がするんですが、いかがでしょうか?

(↑この日、奇岩御前岩という所の隣にある物産センターで食べた名物のごりやくそばです。ちなみに、その傍らにある唐揚げはなまずの唐揚げです。私はなまずは初めて食べたと思うのですが、結構、美味でした。)

                               平太独白
by heitaroh | 2011-05-11 19:40 | 社会全般 | Trackback | Comments(4)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。

by heitaroh
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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