ナポレオン三世の真実・おまけ編 無責任な傍観者。 
親愛なるアッティクスへ

「陛下が陣頭に立って突撃し、戦死すれば、帝政は守れる。」
これは、セダンでプロシア軍に包囲されているときに、家臣のひとりがナポレオン三世に対して進言したと言われている言葉です。
政治的には、極めて、的確な判断だったでしょう。

で、一昨日の続きです。
長年、淫蕩の限りを尽くしてきたからか、老いたナポレオン三世は持病の膀胱炎に悩まされることになります。
また、かつて、伯父がそうだったように、皇帝の健康状態が悪化するのに比例して、政局の方も、手詰まり感が漂う閉塞状況が強くなっていきます。
そして、遂に、プロシアの宰相、ビスマルク世紀の陰謀と言われる、開戦挑発謀略、「エムス電」により、フランス世論は一気に開戦へとなだれ込んでいくわけですが、このとき、ナポレオン三世は、国民に向けてのメッセージの中で、こう述べています。
「私は次のように言うことが出来る。抗い難い高揚の中で、我々に開戦を命じたのは国民全体であると」

普仏戦争勃発後、ナポレオン三世は、敗戦を早くに予想していたにも関わらず、一子、ルイ皇太子と共に自ら戦場へ赴きますが、この時期の皇帝の健康状態は、かなり、悪かったようで、イギリス人の侍医は、「この状態で戦場に行くなどと言うのは、自殺行為に等しい」と言ったとか。
実際、戦場でのナポレオン三世は、「自力で排尿」することが出来ず、「どの部隊も、私を厄介払いしたがっている」という状況下にあったとか・・・。
そして、フランス軍は敗走後、皇帝共々、運命セダン要塞へと追い詰められます。
プロシア軍が要塞攻略を始めたとき、その容赦ない砲撃の中で、ナポレオン三世は兵を励ましつつ、騎馬前線に立ちつくしていたと言い、その姿は、「明らかに死に場所を求めていた」ように見えたと・・・。

ここで、冒頭での家臣のセリフ、「陛下が戦死すれば・・・」になるわけですが、この進言に対して、ナポレオン三世は、しばし、沈思黙考した後、「突撃すれば、さらに一万、いや、二万人の命が失われるだろう。突撃は無駄だ。私には兵を殺す権利はない。」と言い、ひとりで、降伏の決断を下したそうです。
降伏後、ナポレオン三世は、イギリスに亡命し、生涯を終えますが、その臨終の間際、一瞬の昏睡状態から覚めたかつての皇帝は、侍医に呼びかけます。
「君はセダンにいたか?」
「おりましたも、陛下。」
「なら、わかるな。セダンで、私たちは卑怯者ではなかったな、そうだろ?」と。
これが、ナポレオン三世の最期の言葉となったか。

既述の「怪帝ナポレオンIII世」では、最後をこう結んでいます。
「ナポレオン三世とルイ皇太子の墓はその後、1887年に、ヴイクトリァ女王のはからいでロンドン近郊にあるフランス・ベネディクト派修道院管理ファーンボロウ墓地に移された。
 セント・ヘレナ島ナポレオン遺骸は、大々的なセレモニーのうちにパリのァンヴァリッドに移され、国民の英雄として、全世界的に礼拝されている。しかるに、実質的にフランスのために伯父以上の業績を成し遂げたナポレオン三世のそれは、死後、130年を経ても、フランス移送が計画されたこともない。」と・・・。

確かに、伯父ナポレオンは、ド・ゴールなどをして、「フランスの栄光」と言わしめましたが、その反面、彼がやったことは、「多くの人を殺して、国を小さくして、次代に申し送ったに過ぎない」とも言われています。
その意味では、このナポレオン三世の現代に於ける功績と処遇は、まさしく、拙著、「傾国の烙印」での毛利輝元と同じで、歴史とは、誠に「結果を知った上で批判だけを行う、極めて無責任な傍観者」に過ぎないということでしょうか・・・。
                                        平太独白
by heitaroh | 2006-06-08 08:44 | 歴史 | Trackback(1) | Comments(0)
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久しぶりの6017F。釣りかけかと見まごう轟音もよい 9004Fは若葉台に収容された模様なので部品市は免れるかもな...more
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国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。

by heitaroh
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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