ナポレオン三世の真実・前編 おお、ジョセフィーヌ!
親愛なるアッティクスへ

今日、5月29日は、あの、ジョゼフィーヌ亡くなった日なんですね・・・。
改めて言うまでもなく、フランスの英雄、ボナパルト・ナポレオンにして、皇后だった人ですが、この人って、「社交界の花」って印象が強いので、てっきり、生まれも育ちもパリパリの(?)パリジェンヌかと思っていたら、西インド諸島の出身だったんですね。
そう言えば、何か聞いたことがあったような・・・。
もうひとつ、意外だったのは、ジョセフィーヌって、ナポレオンより先に亡くなっていたんですね。
ジョセフィーヌが、亡くなったのは、1814年
一方、ナポレオンが幽閉先のセント=ヘレナ島で亡くなったのが、1821年・・・。
ちなみに、二人は、1809年に離婚していたにも関わらず、ナポレオンの最期の言葉は、「おお、ジョセフィーヌ。」だったとか・・・。
まあ、後世劇作家創作かもしれませんが、これが、あの、大ナポレオン最期の一言かと思うと、華やかで、それでいて、何だか、物悲しいような・・・。
その意味では、ナポレオンらしい・・・と言えば、らしいようにも思えます。

で、ナポレオンと言えば、当ブログでも、度々、取り上げております通り、コルシカ島に生まれ、フランス革命の混乱に乗じて皇帝にまで登り詰めたものの、ロシア遠征大敗して以降は坂を転がるように凋落し、最期は孤島幽閉されて生涯を終える・・・という、何とも、これほどに起承転結がはっきりした人も珍しいというくらいにドラマチックな一生を送った人物なのですが、実は、皇帝ナポレオンと呼ばれる人物は、もう一人います。
それが、大ナポレオンの甥、ナポレオン三世です。
と言っても、この人物は、まあ、私が改めて紹介しないといけないほど、無名な人でもないのですが、実は、私自身、この人物のことは知ってはいましたが、「ナポレオンの甥で、ナポレオン失脚後にクーデターによって、再度、ナポレオン家の帝位を回復した人物であるが、最後はビスマルクにいいようにやられた挙げ句に、皇帝自ら普仏戦争捕虜になると言う失態で終わった人物」という認識でした。
でも、その一方で、「クーデターで政権を奪取するくらいだから、それほど無能な人物ではないのだろうけど・・・。」とは思ってましたが、それでも、「何とも最後が・・・ねー。」と・・・。

で、一度、この評価定まらぬ人物のことについて書かれた本があれば読んでみたかったのですが、ようやく、ちょっと前に、「怪帝ナポレオンIII世」という本を手にすることが出来たのですが、これを読み終えたとき、恥ずかしながら、ルイ=ナポレオンという人物の生涯に、思わず、胸が熱くなりました。
さすがに、泣きはしなかったものの、「本を読んで、胸が熱くなった・・・」などというのは、ちょっと、ここ最近は記憶がない話でしたね。
この辺のことは、以前、少しだけ、平太郎独白録 キング・オブ・キングス・・・「皇帝」!や、平太郎独白録 「ナポレオン三世と小早川秀秋に見る歴史というものの無責任性について」の中でも触れておりましたが、いずれ、改めて、ちゃんと書こうと思っておりましたので、ジョセフィーヌ皇后の命日は、いいきっかけになったようです。

こう言うと、「ジョセフィーヌの命日に、ナポレオン三世のことについて書く、いいきっかけになった・・・って、少々、こじつけ気味じゃないの?」と思われるかもしれませんが、実は、ナポレオン三世は、あの、ボナパルト=ナポレオン(以下、単に「ナポレオン」で統一します。)の、つまり、であると同時に、ジョセフィーヌのでもあり・・・、つまり、ナポレオン三世からすると、ナポレオン実の伯父ジョセフィーヌ実の祖母になるわけです。
なぜ、こういうややこしいことになったかというと、ナポレオンとの間に子が出来なかったジョセフィーヌが、自分の影響力を少しでも残そうと、先夫との間に出来た娘(つまり、連れ子)オルタンスをナポレオンの弟、ルイ=ボナパルトに嫁がせたことに起因します。

で、ルイ=ナポレオン、後のナポレオン三世は1808年に生まれていますが、、母、オルタンスも、祖母、ジョセフィーヌに似て、まあ、お世辞にも貞淑とは言えない男性関係だったようで、ルイの出生については、現在でもなお、様々に憶測する声があるとか・・・。
まあ、この辺の生々しい話には、昔は耳を逆立てて聞いた私も、最近では少々、辟易するようにもなってきたこともあり、ここでは一旦、置くとして、その後、ルイ少年は伯父ナポレオン失脚後の亡命先を母に従って、転々としながら、成長したようです。
その後、成長したルイは、28歳の時に最初のクーデターを起こし、以後、失敗、逮捕、投獄、国外追放、クーデター、失敗、投獄、脱獄、亡命、国会議員補欠選挙立候補、当選、大統領立候補、当選、クーデター、選挙、皇帝・・・という、まさに、七転び八起きの中、深謀遠慮不屈の闘志をもって、皇帝ナポレオン三世となるわけですが、ここから先は、またまた、明日のココロだ~♡

よろしければ、クリックお願いします。→ 人気blogランキング
by heitaroh | 2006-05-29 07:51 | 歴史 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://heitaroh.exblog.jp/tb/3463691
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
名前 :
URL :
※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。
削除用パスワード 
<< またもや「ザ・ヒットパレード」... 古き良き「ザ・ヒットパレード」... >>


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。

by heitaroh
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
ライフログ
最新のコメント
<ラブラドールさん ..
by heitaroh at 13:17
先ほど書き込みしたもので..
by ラブラドール at 18:35
はじめまして。 面白く..
by ラブラドール at 18:25
<silku928さん ..
by heitaroh at 11:48
こんばんは!ふぞろい、の..
by silku928 at 23:00
< sakanoueno..
by heitaroh at 21:41
おっしゃりたいこと、なん..
by sakanoueno-kumo at 18:45
<村石太ガールさん ..
by heitaroh at 18:23
人が 手彫りで 大岩を ..
by 村石太ガール at 17:24
< sakanoueno..
by heitaroh at 12:52
< sakanoueno..
by heitaroh at 12:46
まったくもって同感です。..
by sakanoueno-kumo at 18:46
遅ればせながら、7周年お..
by sakanoueno-kumo at 18:30
< silku928さん..
by heitaroh at 20:44
こんにちは。御無沙汰して..
by silku928 at 10:06
検索
タグ
カテゴリ
以前の記事
最新のトラックバック
5歳の鎧飾りと中日ドラゴ..
from 脳挫傷による見えない障害と闘..
映画『20世紀少年』鑑賞記
from 坂の上のサインボード
武士の起源
from 坂の上のサインボード
東日本大震災から一年
from 虎哲徒然日記
朝ドラ『カーネーション』..
from 坂の上のサインボード
ダルビッシュ 札幌でさよ..
from 王様の耳はロバの耳
ダルビッシュ有投手のメジ..
from 坂の上のサインボード
ダルビッシュの会見コメン..
from 虎哲徒然日記
坂本龍馬の命日に再考する..
from 坂の上のサインボード
再録紀行 77
from つき指の読書日記by大月清司
お気に入りブログ
ブログパーツ
  • このブログに掲載されている写真・画像・イラストを無断で使用することを禁じます。
ファン
XML | ATOM

skin by excite