幻の都 安土をゆく その1 龍馬と司馬遼太郞の読み違えに見る安土。
親愛なるアッティクスへ

e0027240_11244280.jpg過日、愛知県まで行った帰途、どうにか早起きして、ついで(?)に念願だった安土へ行って参りました。

安土とは、言うまでもなく、織田信長が晩年に建てたと言われる、安土城があったところですね。

(←復元された安土城天主閣!)

実は、以前から、私は、この安土という場所には、どうにも理解出来ない疑問をもっておりました。

古来、歴史上に名をとどめるほどの人物が本拠として選んだ地というのは、今日でも、県庁所在地であったり、あるいは、それなりの交通の要衝にあることで、それなりの栄えた町になっていることが多いのですが、不思議なことに、地政学上審理眼という点では、中でも一頭群を抜くはずの信長が、それも、ほぼ覇権が確立した観があった時期に選んだ、この安土に関しては、残念ながら、現代では、決してそうはなっていないからです。

信長亡き後、この安土の領主となった豊臣秀吉の甥、秀次は、安土を再興して拠点とすることはせず、隣町の近江八幡支配拠点に選びます。
もし、安土がそれほどに要地であったなら、秀次もここに別の城を造って、自らの居城としたのではないでしょうか?
大坂城落城後も、徳川幕府によって、別の城が建てられたことを考えたわけですから・・・。
「秀次は愚か者であり、安土の重要性に気づかなかっただけだ。」と言われるかもしれませんが、秀次は愚かでも、安土にそれほどの地理的重要性があるのであれば、叔父の秀吉が、安土に拠点を置くことを命じたでしょう。

私のその疑問を後押しするものとして、織田信長は、足利義昭を奉じて、群雄に先駆けての上洛を果たしたとき、義昭は欣喜雀躍して、「副将軍に!」という申し入れをしておりますが、それに対し、信長は、それを辞退した上で、大津草津、堺」代官の地位を要求しております。
即ち、安土はこのときも、この中には入っておりませんで、もし、信長が早くから安土に目を付けていたのなら、この時点で、この中に入れていたのではないかと思うのです。
もちろん、信長の最終目的地大坂であったという説や、当時と今とでは埋め立てなどで地形が変わったという問題、科学技術、特に交通手段の発達度合いが極端に違うと言うこともあるでしょう。

余談ながら、坂本龍馬は、江戸よりは上海に近いという長崎地政学上の利点から、これからの海上交通の要衝となることを予測し、海援隊の本拠を長崎に置いたのに対し、「現実には交通手段の発展は龍馬の想像を超えていた為、残念ながらそうはなっていない」と、司馬遼太郞さんが言われたように記憶しておりますが、しかし、私は龍馬の視点は間違ってなかったのではないかと愚考しております。
司馬さんの時代、東アジア経済圏という物の力自体が弱かったこと・・・、いや、そのまま弱含みで続くと予測されたことが、司馬さんのその誤算の理由ではないかと思います。

なぜなら、今や、上海勃興と相まって、かつて、龍馬が期待した長崎の役割は、福岡市が果たそうとしているからです。
福岡は、日本地図で見る限りでは辺境かもしれませんが、東アジア経済圏という観点から見ると、東京上海のちょうど、中間地点に位置し、つまり、ここに支店を置けば、上海と東京と、さらに、ソウルという三つ一千万都市を一挙にカバーできるわけで、この円を、さらに、もう少し拡げたならば、北京、台北、平壌もカバー出来るわけです。
4つ一千万都市5つ首都がこの円内に入るわけですから・・・。

思いっきり長くなりそうなので、続きは明日のココロだーということで・・・。
                          平太独白
by heitaroh | 2006-03-13 08:19 | 歴史 | Trackback(1) | Comments(2)
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Tracked from 日本の歴史。【織田信長】編 at 2006-03-17 23:25
タイトル : 日本の歴史人物を紹介。
織田信長に関するグッズ、本、DVD、ゲームなどを紹介。... more
Commented by Sarhto at 2006-03-13 18:35 x
[玄関]・▽・)ノ おじゃまします♪
お!今日は歴史の記事ですねぇ~
実はあたし学生時代歴史は苦手でして・・
歴史上の人物の名前を見るとそれだけで
何でも難しく思えてきちゃったりしますww
なははは・・・

応援ポチ凸

Commented by へいたらう at 2006-03-13 19:51 x
>Sarhtoさん

いつも苦手な物にまでコメント頂きましてありがとうございます。
ちなみに、以前、なぜか亡父の遺品の中にあった高校の歴史の教科書を見たとき、私でさえ、気が滅入りそうになりました。
<< 幻の都 安土をゆく その2 S... 赤穂浪士の死生観の是非。 >>


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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