私小説「昭和33年の10円玉、父、そして、平和台球場・・・」

以前、福岡ドームの帰り、勝利の雄叫びと共に、焼酎片手に焼鳥屋で猛烈な勢いで書いたものです・・・。
ご照覧ください(笑)。

***********************

その日、確かに私は疲れていた。
仕事もうまくいってなかったし、妻ともしっくりいってなかった。
帰宅すると、子供の寝顔を見るのもそこそこに、すぐにパソコンに向かった。
ここ何日も、そういう日が続いている。

不意に、私は顔が水面に浸かるのを感じた。
(あ!、また風呂の中で寝てしまったか・・・。)
最近では、珍しくない事だった。
だが、目を開けた私の前には、先ほどまでと変わらぬパソコンの画面があった。
電源が落ちてしまったか、画面は真っ暗だった。
「???」
(寝たのか・・・。それにしても、今の感触は何だったんだ・・・。)
そう思い、ふと画面に触れてみた・・・。
すると、画面が水面(みなも)のようにぴとっと手のひらに吸い付いた。
瞬間、そのおかしな感触に驚いたものの、そんなバカなと気を取り直し、再び、手のひらを画面の中へと沈ませてみた。
すると、チャポンという音と共に、ずぶずぶっと、手が中に入ってしまった・・・。
(どうなってるんだ・・・。俺は疲れているのか・・・。)
次の瞬間、画面の向こうで誰かが私の手をグッと握った。
暖かく、大きな手だった。その手は、もの凄い力で私を画面の中に引きずり込んだ。
抵抗も何も、あ!っと言う間もない出来事だった。
視界が真っ黒になり、頭は真っ白になった・・・。

やがて、「早く座らんか!」という声が聞こえ、私は我に返った。
低い声だった。
(あ、オヤジ!)
そこには、数年前に死んだはずの父が座っていた。
「他のお客さんの迷惑になるだろうが!」
再び、父の叱責がとんだ。
辺りを見渡すと、そこは野球場だった。
だが、今ハヤリのドーム球場などとは似ても似つかぬ殺風景な球場で、座椅子などは板が張り付けてあるだけの背もたれもないものだった。
観客も皆、痩せこけて、それでいて、異様に目がぎらついた男たちばかりだった。
その中に、父も見事にとけ込んでいる。
痩せていて決して血色が良いとは言えない風貌であり、さらに、肌寒さを感じさせる空気の中、袖から出た父の腕は土色で至る所に染みがあり、そこへ、太い血管が巻き付いている姿は蔦蔓(つたかずら)に絡まれた枯れかけの樹木のようであった。

慌てて、私は父の横に腰を下ろすと、まじまじと父の横顔を凝視した。
生前は口うるさいだけの父で、父子仲もあまりいいとは言えなかった父であった。
その父は、晩年の風貌ではなく、まだ、三十代くらいであったろうか。
父はそんな私の視線になど、構うことなく、前を向いてグランドを眺めて続けていた。
「長島だ。」
父が不意に口を開いた。
「は?」
父はあごでグランドを指した。
私もそれにつられるように、グランドに視線を落としたとき、「3番、サード、長島・・・。背番号3。」というコールが聞こえた。
「あれが、巨人の新人、長島だ。」
父はぶっきらぼうにそう言った。
そこには、若々しい長嶋茂雄がいた。
私は思わず、興奮した。
子供なんだから、興奮していいんだとわけのわからない理屈で納得していた。
「お父さん!お父さん!長島はね、長嶋は凄いバッターなんだよ!」
父を「お父さん」などと呼んだ記憶は絶えてこの方なかったが、思わず、「お父さん!」を連呼してしまった。
「心配いらん。稲尾は絶対に負けん。長島のような新人とは背負ってるものが違う・・・。」
父はそういうと、そのまま、グランドを睨み付けるように凝視し続けていた。
(いなお・・・?)
スコアボードに目をやると、そこには、手書きの文字で巨人と「西鉄」と書いてあった。
(西鉄・・・って、西鉄ライオンズかよ!てことは、ピッチャーは伝説の名投手、鉄腕・稲尾和久か!)

マウンドの稲尾は誰が見てもわかるくらいに、疲労困憊していた。
肩で息をしている。
ここで、長島である。
父の足下には、何本も、もみ消したタバコが落ちていた。
稲尾は振りかぶって、渾身の一球を投げ込んだ。
魂がこもっているのが、素人目にもわかった。
長島の打球は「カッ!」という乾いた音を残して、宙に舞った。
ピッチャーフライだった。
父に限らず、満員の観衆の呼吸が一瞬、ひとつになった。
直後、歓声ともため息ともつかぬ、異様などよめきが起こり、ボールは、すっぽりと稲尾のグラブにおさまった。

気が付いたら、父と二人で球場の外にいた。
ここはどこなの?というくらい、辺りに明かりはなかった。
横をチンチン電車がガーっという音と共に走り抜けていった。
「お父さん、電車で帰らないの?」
私がそういうと、父は少し、口をゆがめて、ポケットの中から10円玉を一枚取り出した。
「券買ったからな・・・。もう、これだけしか残ってない。歩いて帰るしかなかろう。」
二人はトボトボと真っ暗な道を歩いた。
少し先に街の明かりが見えた。
よく見ると、歩いている道は土の道で、至る所にくぼみがあり、雨が降ったのだろうか、水たまりができていた。
私たちの横を、これ見よがしにチンチン電車が再び、ガーっという音と共に通り過ぎた。
不意に、私は涙がこみ上げてきた。
(お父さん!)
そう、声に出そうとした刹那、父が口を開いた。
「おまえ、自分に恥ずかしくない生き方をしとるか・・・。」
私は「うん」と答えるのだけが精一杯だった。
「それならいい。」
私はもう、声にならなかった。
少し無言で歩いた後、また、父が口を開いた。
「人はどうでもいい。おまえが、自分に恥ずかしくない生き方をしとるのなら、それでいい。」
私はただただ、かぶりを振るのみであった。

顔を上げた私の前には、パソコンの画面があった。
画面には、スクリーンセーバーが無感動に動いていた。
そのとき、後ろで声がした。
「コーヒーでも飲む?」
妻だった。
久々に聞くような優しい声だった。
私は少し考えて、「いや、ビールをくれ。」と言って、笑って、大きく背伸びをした。
笑ったなんて、いつ以来だったろう・・・。
妻は少し口をとがらせて微笑むと、奥へ消えた。
缶ビールのプシュっという音を聞きながら、私はたばこを手に取ると、ライターを出そうとズボンのポケットをまさぐった。
ポケットには、ライターはなく、代わりに10円玉が一枚出てきた。
(まさか・・・。)と思って年号を見ると、昭和33年と書いてある。
長島が入団した年で、西鉄が日本シリーズで奇跡の逆転優勝をした年である。
(よく考えたら、昭和33年なんて、オヤジと試合見に行ったどころか、俺はまだ、生まれてもないじゃねーか・・・。)
私は思わず、苦笑すると共に、思わず、涙がこぼれ落ちた。
(父さん・・・。)

*************************

あ、これ、「空想もので」という条件でしたので、モデルは特にありません。
くれぐれも、私ではありませんから(笑)。
あしからず・・・。
                                 平太独白
by heitaroh | 2005-06-25 18:13 | 私小説 | Trackback | Comments(2)
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Commented by sakanoueno-kumo at 2013-07-18 19:33
拝読しました。
焼酎片手に焼鳥屋で書きなぐったとはとても思えないほど、短いなかに起承転結がしっかりあって、さすが!といった感じですね(って偉そうなこと言っちゃいました)。
私は6歳のときに親父と死別しているので、記憶の中の父は大きく見上げる存在でしかなく、この物語や映画『フィールド・オブ・ドリームス』のように、父とぶつかったり、煙たいとかウザいとか思ったこともないので、共感するというより、羨ましい気分になります。
大人の父子関係ってどんなもんなのかなあ・・・と。

ちなみに昭和33年の十円玉はギザ十の最後の年で、流通枚数が少ないためとても価値があると聞きます。
どうでもいい情報ですが(笑)。
Commented by heitaroh at 2013-07-18 23:33
< sakanoueno-kumoさん

お手数おかけしております(笑)。

これ、書いた時は、散々、自分がモデルだろうと言われ、いくら否定してもわかってもらえずに辟易しましたが、実は、むしろイメージしたのは父ではなく祖父でした。
年代的にも、父はまだ、当時は人に説教できるような年ではありませんから、その意味では父を云々するのはせっかくの郷愁に水を差す用で恐縮なのですが、あまり意味がありません(笑)。

ちなみに、この年は、全国的には長島デビューの年でしょうが、福岡では今だに西鉄ライオンズ奇跡の逆転三連覇の年です(笑)。
ギザギザの話は聞いたことがありますが、すっかり忘れてました(笑)。
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国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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