三代将軍家光、人材抜擢の妙!
親愛なるアッティクスへ

最近はあまり見かけなくなりましたが、昔は良く「天下のご意見番」として、映画やドラマの題材になっていた人物に大久保彦左衛門という人が居ます。
この人物は、実在の人物なのですが、実際には、天下のご意見番というよりは、窓際族だったそうです。
生粋の三河武士であったにも関わらず・・・です。
で、当然、憤懣やるかたなく、そこいらの鬱憤を書きためたのが、家康立志伝とでも言うべき、「三河物語」であり、それは、当時、彦左衛門同様に待遇に不満を持っていた武功派武士たちから支持され、一大ベストセラーとなっていたとか・・・。

では、なぜ、彼が「天下のご意見番」などと言われるようになったのかと言えば、三河物語の評判と共に、彦左衛門の憤懣を知った、時の三代将軍家光が彼を抜擢したからだとか。

徳川家光という人は、あるいは、痴呆であったのではないかという説もありますが、私的には、やはり、名君であったと言っていいと愚考しております。
特に家光は、人事面においての、その手腕には見るべきものがあったと思います。
家光の人事上の特徴、それは現在、不遇にある人材を抜擢することです。
家光と言う人は、この点での人使いが極めてうまかった・・・。
冷遇されている人や、自分のバックアップあって初めて・・・というような者を積極的に抜擢しているからです。

ご承知の通り、家康が創立した徳川幕府は、家光の代で基礎は固まっていたのでしょうが、家光が死んだとき四代家綱はまだ7歳だったため、幕臣たちには、結構、危機感があったらしく、新将軍お披露目の席上で後見役だった保科正盛は、「謀反したい者はなされよ。まずは、ただちに私が会津兵を率いて後を追い申すゆえ。」とまで言ったとか・・・。
諸大名、毛利も島津も伊達も、誰も固まったようにして動かなかったそうです・・・。

余談ですが、薩摩(鹿児島県)にも「島津暗君無し」という言葉があったと言います。
これなんかも暗黙のうちに幕府の仮想敵国として、絶えず臨戦態勢にあったからこそではないでしょうか。
思うに企業もこの危機感と言うものがあれば、一致結束するもので、逆に言えば、絶えず危機感を認識させることも経営者にとっては一策かもしれません。
清朝の創始者、ヌルハチはその死に臨んで、敢えて後を不安定な状態に置いたそうです。
その結果、後継者たちは危機感から、一致団結して彼の遺業邁進したとさえ言います。
閑話休題。

この保科正盛と言う人は、家光の腹違いの弟なのですが、一方で、家光は両親が弟(実弟、大納言忠長)ばかりを可愛がって、自分を廃嫡しようとまでした経緯があったこともあり、この弟を自害に追い込んでいます。
でも、そうは言っても、身内に頼れる奴がやっぱり欲しくて・・・、で、そんなときに自分にもう一人、弟がいることを知り、しかも異母兄弟だし、一度、家臣の家に養子にいってるから、自分の後を狙う心配もない・・・で抜擢するわけですね。

一方で、この保科正盛と言う人も嬉しかったんでしょう。
秀忠は奥さんが怖くて認知さえしなかったそうですから・・・。
(ちなみに秀忠ので家光のというのは、あの淀の方の妹で、お市の方の娘、つまり、あの「鳴かぬなら 殺してしまえ!」の信長の姪にあたるわけです。いやー、聞いただけで気が強そう・・・。)
それまで徳川家の血を引くことは知っていても、父は会ってさえくれない天涯孤独だったわけで、そこへ、兄から「これでもか!」というばかりに頼りにされ、次々に抜擢される・・。
最後は失明してまで、文字通り、削って働いたらしいですよ。

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by heitaroh | 2006-02-15 19:04 | 歴史 | Trackback(1) | Comments(6)
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Tracked from 戦国武将ファイル at 2006-02-17 21:23
タイトル : 石田三成の子孫
 石田三成は関が原において敗れた後、斬首され一族の血は絶えたとする文献も存在しているが、実際は三成と正室である咬月院との間に生を受けた子供達は津軽氏によって保護されたのである。  長男は出家しているものの、僧として一生を終えた様である。しかし次男重成は津軽藩2代目藩主信牧の庇護の元「杉山源吾」と改名して仕えたと言う。源吾(重成)の子孫は津軽藩で家老職にもなったほど優秀だった様だ。 またこの信牧の正室は三成の三女辰姫である。そして3代目藩主信義の母となったのである。 しかし信義を生んだ後は幽閉生活......more
Commented by 南の国の会社社長 at 2006-02-17 21:30 x
私も現代版三河物語を書いて抜擢されたいなあ。今度のNHKの連続ドラマの舞台は三河の岡崎のようですね。しかし、冷遇されている人を抜擢して、活躍の場を与える。なるほど会社の人事にも活かせそうな考え方ですね。
Commented by へいたらう at 2006-02-17 21:50 x
> 南の国の会社社長さん

三河物語という名の、企画書ですか?(笑)。

今回は、岡崎にも行ってみたいと思ってたんですけど、体力的にもう、無理が利かないようです(笑)。

社員に危機感を持たせるというのは、決して悪いことではないと思いますが、難しいのは、その方法でしょうか。
ご健闘をお祈り申し上げます。
Commented by tokkey_0524zet at 2006-02-20 13:53
「島津に暗君無し」・・・斉彬が長生きしていたら幕末史はどうなっていたんでしょう。色々想像してしまいます。本当に惜しい人物でした。(西郷は最後まで「暗殺説」を信じて疑わなかったそうですが。)
Commented by skyportpub at 2006-02-20 17:08
へいたらうさん、初めまして。トラバありがとうございます。
歴史の研究をされてるんですね。記事、じっくり拝読致しました。
僕が家光にハマったのは一年くらい前でしたが、
それ以来数冊の文献を読みあさり、
自分と考え方や行動で似たところがかなり多くて、
共感が持てる一番好きな将軍です。
僕の名前の一部にも「彦」という字が使われていて、
人に紹介する時よく、「彦左衛門の彦」と伝えるのですが、
そう言いながらも彦左衛門って誰だろう?と思っていました。
しかしお陰で疑問がすっきり解決しました。

家光の人を見抜く能力に長けていたのは、
多分幼少の頃からの、人間関係で苦労した経験の賜物だろうと思います。
家柄など表面的なイメージで人を判断せず、
その人の実力に目を向けるところが家光らしい。

早速リンクもしておきました。また時々おじゃましますね。
Commented by へいたらう(管理人) at 2006-02-20 17:47 x
> skyportpubさん

初めまして!
コメント有り難うございます。

私の方は、歴史の研究などと言えるほど、大した物ではないのですが、これに懲りず、今後ともよろしくお願いします。

私は家光という人物は、徳川幕府の基礎を築いた名君であったと聞かされておりましたが、海音寺潮五郎氏の名称列伝だったと思うのですが、その中で、家光は名君などではなく、実は痴呆だったのではないかとされておられました。

で、私なりに、家光という人物を色々な角度から見た限りでは、決して、痴呆などではなく、やはり、名君の範疇に入れてもいい人材だったのではないかと思ったのですが、その論拠となったのが、彼の人事面での手腕でした。

家光の幼少の頃からの経験が彼を育てたとするならば、やはり、人間、葛藤のひとつも持ってないとダメよ・・・ということなのかもしれませんね。
skyportpubさんも、きっと、素晴らしい名君でいらっしゃるのだろうと拝察致しておりますので、ご健闘をお祈り申し上げます(笑)。
Commented by heitaroh at 2006-02-20 17:54
>tokkey_0524zetさん

確かに。
彼の死は、思いっきり、日本史という物を変えてしまいましたよね。
あのまま、上洛していたら、おそらく、伊藤、山県といった軽輩の天下は来なかったように思えます。
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国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。

by heitaroh
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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